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竜との死闘2

「やっぱり火は水に弱いのか?」


「それはそうでしょ。

 水をかければ火は消えるじゃない」


 戦闘中に何を当たり前なことをとエンカが呆れる。

 しかし構わず貴也は続けた。


「それだけ?

 なんで火が消えるかは?」


 問いの意味を計りかね、『水をかけたからじゃない?』と曖昧な言葉を返すエンカ。

 火属性には水属性というゲームのお約束は置いておいて、貴也は一つの思い違いをしていたことに気付いた。

 火が水に弱いと彼等が言う理由は、魔素の相性やそういったものではない。

 生活の中で見たことのある、物理現象が元になっている考えでしかないのだ。

 現実世界の物理現象がそのまま当てはまるならば――


 戦いの最中で物思いに耽る貴也を咎めるように、竜が攻撃に移る。

 一度体を縮ませてから、勢い良く首を伸ばして噛み付いてきたのだ。

 貴也の視界一杯に漆黒が迫る。それが全て竜の口腔だと分かった時、サハテオが貴也を抱えて走り抜けた。


「ボサっとしてんなッ!」


 ガキンと重低音を鳴らして竜の口が閉じられる。

 あと少し遅ければ、あの中に閉じ込められて今頃は胃の中だっただろう。


「助かった」


 生と死が次の瞬間にも交錯するこの戦場で、生き延びるために貴也が出来ること。

 それは剣で戦うでも魔法を放つでもない。悔しいがその力が貴也にはないのだから。

 だからせめてと頭をフル回転させる。

 今までの記憶、知識、聞いたこと、見たもの、全てを動員して竜を倒す術を捜し求める。


 その間も当然戦闘は続いていた。

 エンカとレスタシアが見事なコンビネーションで竜の片足に攻撃を集中させる。

 一撃一撃は軽くともそれが蓄積されていく感覚があり、竜はたまらず腕で払う。

 当たれば鋭い爪で引き裂かれる豪腕。それを避けても伴った爆風がエンカを襲い、軽々と吹き飛ばされてしまう。


「させるかよッ!」


 岩に打ち付けられたエンカを噛み砕こうと竜の頭が迫る。

 それを察知し、サハテオが今なら届くと竜の目を狙い斬撃を繰り出した。


「グルォォォッ!」


 攻撃を嫌い、硬い瞼を閉ざして竜が頭を振る。

 岩に当たり、壁に激突し、その度に衝撃音と石飛礫(つぶて)が飛び散った。

 つい回避に専念したくなるその状況で、レスタシアはここが好機と飛び上がり竜の首に飛び乗る。


「くたばれぇッ!!」


 そのまま首元へ全力の一撃を叩き込む。

 他より鱗の薄い箇所。幾度も竜との戦いを経験しているレスタシアはそれを知っていたのだ。

 拳はめり込み、ついに内部へと到達する。

 腕を引き抜くと同時に鮮血が飛び出し、たまらず竜が絶叫する。


「グオォォォォッッ!!!」


 レスタシアを振り落とさんと激しく竜が暴れる。

 だが全力の一撃を放って隙が出来ていた彼女は、それに抗うことが出来ずに吹き飛ばされ地面に叩き付けられた。


「姉さんッ!」


 慌ててエンカが駆け寄る。

 そこに、それを待っていたと、太く強靭な竜の尾が真上から降ってきた。

 姉を抱えて回避行動をとるエンカだったが間に合わない。

 大地を揺らし砂埃を巻き上げて振り下ろされた尾に、エンカは左腕を潰されて声にならない声をあげた。


 ノゥが貴也の袖を掴んで焦れる。

 自分も戦うと。仲間を助けると。

 だが貴也はそれを制した。


「待ってくれノゥ。

 もう少し、もう少しで何かが掴めそうなんだ」


 言いながら貴也は唇を強く噛み締め、血が流れ出す。

 今戦っている三人。自分の力がそれに遠く及ばないことは重々承知している。

 それでも見ていることしか出来ないのは辛すぎるのだ。

 傷つく仲間を助けるために、今すぐにでも駆け出したい。それが何の助けにもならなくとも。


 だが貴也は動かない。

 自己犠牲の自己満足でしかない行動は、この世界に悲劇をもたらすだけなのだから。

 だから耐える。耐えて考えて、考える。


「がぁぁぁぁぁッ!!」


 エンカの悲鳴が貴也の耳に届いた。

 再び尾が振り落とされて、今度は足を潰されてしまったのだ。

 足があらぬ方向を向き、骨が飛び出し肉が潰れた目を背けたくなる光景。

 そして竜は、トドメだと息を大きく吸い込んだ。



 ――これだッ!!



 考え続けた貴也の脳に、ついに閃きが走った。

 貴也を見ていたノゥはその心を読み即座に行動に移る。

 その行動の意味は分からなくとも。



 業火で焼き尽くさんと、吸い込んだ息を一気に吐き出す竜の口。

 その目の前に、突如として突風が吹き荒れた。

 ノゥの魔法である。

 ただエンカとレスタシアを守るため。

 ノゥはそのように理解し魔法を放っていた。

 貴也の指示通りに、そのまま暴風が竜の周りを包む。


「サハテオッ!!」


 それを見ながら貴也は、エンカとレスタシアを連れて渓谷の入り口まで避けろと指示を出した。

『一度撤退止む無しか』と、サハテオはそう理解して指示に従う。


 だがそうではなかった。


 竜の周りを激しく回転する突風は、吐き出した竜の炎を伴って渦を巻き始める。

 サハテオはそれを見ていたが、所詮炎では竜にダメージを与えられないと、時間稼ぎ程度にしか思っていない。

 みるみる炎の渦は巨大化し、今や袋小路だった岩石地帯を覆い尽くす勢いだ。


 そこでレスタシアが異変に気付く。

 風が渓谷の奥から袋小路に向けて、凄まじい勢いで流れ込んできているのだ。

 誰かの魔法かとも思ったが、そんな様子も無い。

 流れ込んだ風は炎に巻かれ、さらに激しく燃えて竜を包み込む。

 それはいつしか炎の柱となって、空高くまで舞い上がっていた。


「あれは貴也の魔法?」


 サハテオに抱えられていたエンカが、息も絶え絶えに問いかける。

 今までに見たこともない熱量と勢いをもって渦をまくあの炎の竜巻の正体を。


 その中心で竜が咆哮する。

 否、咆哮したと竜は思った。だが声が出ない。当然である。

 竜を中心とした炎の竜巻は、周りの酸素を全て燃焼しつくしながら舞い上がっているのだから。


 その現象は、貴也が闇雲に検索したワードの一部で引っかかったものだ。

 戦時中、もしくは災害時にまれに起こる大災害。

『火災旋風』である。


 一切酸素の失われた中心で、声を上げられず呼吸も出来ずに竜が悶絶する。

『息でも止めさせれば?』

 貴也はリュシアナの言葉を反芻した。

 攻撃では倒せない。炎では効果がない。だがこれならと、懇願にも似た視線で願い見つめ続けた。




 やがて、酸素を求めて喘ぐように天を仰いでいた巨大な竜が、ついにその場に倒れこんだ。

 いかに強大な力を持っていようと、生物には逃れることの出来ない酸素への渇望。

 体同様に真っ赤だったその顔は、やや紫に変色していた。窒息死である。


 炎の消えるその時を待ち、復活する前にと貴也が駆ける。

 いかに勇者の剣といえど、貴也の力では竜の鱗を貫けない。

 だが今なら。竜が回復する前ならば、その剣は届く。決死の思いでレスタシアが穿った、竜の首元であれば。


「トドメだッ!!」


 ズブリと、通常の魔物ではあり得ないほどの抵抗感を感じながら、それでも貴也は深々と剣を刺し込んだ。

 光の加護は正しく闇の加護を払い、そして竜の体はキラキラと粒子を放ちながら徐々にその姿を風に溶かしていく。

 その光景を見ながら、力が抜けたようにその場にへたり込む一同。


「倒しちまった……」


 信じられないものを見たと、サハテオが呟く。

 勝利の歓喜に沸くよりも、なぜか次から次へと笑いが込み上げ、サハテオは高らかに笑った。


「五月蝿いよサハテオ。

 妹の傷に響く」


 エンカを気遣い咎めるレスタシアだが、その顔もやはり笑顔で満たされている。

 だが重症のエンカを早く治療せねばと、疲れを無視して立ち上がりかけたところに、ちょうどルーインがやって来た。


「遅く、なり、ましたッ!!」


 ぜぃぜぃと息を切らし、必死に走ってきたルーインが汗を滴らせる。


「疲れてるところ悪いんだけど、すぐに見てくれないか?」


 そのルーインを気遣いつつも、一刻も早くとエンカを頼む。

 それに笑顔で頷き、ルーインがすぐに治癒魔法をエンカに施す。

 これで一安心だと、ようやく貴也も腰を落ち着けた。


「なんとかなったな……」


 腰を落ち着けたというより、腰が抜けたに近い。

 毎度毎度のことながら綱渡りもいいところだと、貴也は苦笑しながら消え行く竜の死骸を見つめる。


「ノゥもよく頑張ったな」


 そして隣に座るノゥの頭を、いつもより気持ち多めに撫でてやる。

 思えばノゥはこの旅で凄まじく成長しているなと、貴也は思った。

 そしてルーインも。

 始めのころは貴也の腕一本を治すことすらままならなかったのに、今はエンカの腕も足もみるみる回復していく。


 と、そこで貴也は見てしまった。

 あの洞窟でも見た不吉の予兆。

 ルーインの胸元で、見たことのないほど、強く紫色の宝石が輝くのを。




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