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竜との死闘1

 レスタシアの言葉は、次の瞬間に現実となって襲い掛かってきた。

 家々を吹き飛ばすほどの爆風が街中を駆け抜け、窓ガラスが吹き飛んだのだ。


「来やがったッ!」


 ただの四角い枠になってしまったそこから顔を出し、サハテオが竜を目視で確認する。

 巨大な翼を広げ悠々と宙を飛ぶ巨体。炎のように真っ赤な竜がそこにいた。


「どうしましょう! このままでは街の人達が!」


 逃げ惑う人々の声を聞き、ルーインが叫ぶ。

 ただその場で飛ぶという行為だけで爆風を発生させ、近場にあった家屋を崩壊させる竜。それが本格的に暴れ始めたなら、どれだけの被害が出るのか。


「なんとか街から引き離すしかないッ!

 ルーインは街の人達の避難誘導を!

 戦える者は背後から竜を攻撃して街の外に誘いだすぞ!」


 倒す術どころかまともに戦う方法も分からず、だが貴也は指示を出した。危険でも、そうするしか人々を守ることが出来ないのならばと。

 黙ってサハテオとエンカが頷き、レスタシアとノゥも続く。病み上がりのレスタシアには詩乃に言われるまでもなく無茶はさせたくないが、今は一人でも戦力が欲しい。

 貴也は全員の同意を得て頷き返し、飛ぶように宿屋を飛び出した。


 走り逃げてくる人々の流れに逆らい竜の背後を目指す。幸いなことに、まだ目立った攻撃行動を取らない竜。まるで逃げ惑う人々の様を楽しんでいるかのようである。

 しかし空中でひとつ羽ばたくごとに、瓦礫が飛び、窓が割れ、悲鳴が街に木霊する。


「くそッ!」


 弄ばれているような感覚に憤りつつ、貴也は先を急ぐ。

 人で溢れた通りを避けるように路地を抜け、側溝を飛び越えて。


 そうしてようやく竜の背後に回り、合流したノゥに火矢を撃つように頼んだ。

 空中にいる竜に届く攻撃手段が、今はそれしかない。攻撃したノゥが危険に晒されるかもしれないが、全力で守ると覚悟を決めて。


「んっ!!」


 ノゥの手から発せられた熱は即座に矢を形作る。その数五本。それが真っ直ぐに竜の顔目掛けて発射された。

 あの巨体ならば外さないと自信満々に放たれたそれらは、吸い込まれるように全てが命中する。

 だが予測通りに火炎耐性を持つ竜にとっては、そよ風が吹いた程度にしか感じられない。


「やはり火ではダメか!?」


 貴也が他の手を模索しようと頭を回転させ始めたと同時、百八十度首を曲げた竜と目があった。

 例えそよ風であっても攻撃は攻撃。我に仇なす身の程知らずに鉄槌を下さんと、振り返った竜が吼える。


「よし! 逃げるぞ!」


 再びの疾走。

 貴也は脇にノゥを抱え、今度こそ正真正銘、命がけの全力疾走を開始する。


「どこまで逃げるのッ!?」


 姉と共に並走するエンカが叫んだ。


「分からんッ!

 とにかく北へッ!」


 何か考えがあったわけではない。とにかく街から引き離さなければと、その一心で貴也は走る。

 走って走って、とにかく走る。

 時折後ろを振り返れば、悠然と空から追走する赤い竜。その気になればすぐにでも追いつけるだろうに、遊んでいるのだと貴也は思った。


 そうして先日の洞窟よりも北。渓谷を走り続けると開けた岩石地帯へと辿り着いた。

 ところどころに大小の岩が転がっていて動きは制限されるが、周りをドーム上に切り立った崖に囲まれているため、自由に空を飛び回ることも妨げられる立地。

 袋小路ではあるがこれ以上の好条件は望めないだろうと、貴也はそこを決戦の地と決めることにした。


「モウ逃ゲナイノカ?」


 追いついた竜が問いかける。その魂は加護に至ったのか、流暢な言葉で。


「逃がしてくれるなら逃げるんだけどな」


 冗談半分本気半分。今こうして対峙して、改めて恐怖が溢れ出す。

 それはエンカもサハテオも、竜殺の拳ですら同じようで、滴る汗を振り払いながらレスタシアが緊張した面持ちで竜を睨みつける。


「竜は殺す。

 ――竜殺の拳の名に懸けて」


 一瞬、また殺意に呑まれてしまったのかと不安になり貴也が振り返った。

 レスタシアは『大丈夫』と視線で答え、拳を握る。


「デハ遊ンデヤロウ」


 言葉通り、竜が地響きとともに大地に降り立つ。

 飛び辛い場所ではあるが、飛んでいられなくはない地形。それを(あえ)て同じ地に立つのは、圧倒的な実力差からの慢心か。

 それでも好機には違いないと、サハテオが神速の踏み込みで竜に迫る。


「喰らえッ!」


 自らの体を矢として放ち、一直線に竜の足元を刺し穿つ。

 見た目どおりの鈍重な動きで躱すことも防ぐことも出来ない竜は、だが何事もないように一歩進む。

 貴也は気付いた。躱せないのでも防げないのでもなく、その必要がないのだと。

 ガキッと重い音を響かせたサハテオの剣戟は、しかし竜の分厚い鱗に阻まれて傷を負わせることが出来ない。


「硬ってぇ。

 これじゃあ傷を与える前に剣が折れちまう」


 持ち前の速さで、反撃を受ける前にサハテオが戻ってくる。


「次は私が」


 進み出たのはレスタシア。

 竜殺の拳と称えられるその力を、発揮するのは今と駆ける。


「私もッ!」


 その後ろをエンカ。

 万全ではない姉を気遣い、また姉と共に戦える喜びを胸に抱いて空を舞う。


 下から迫ったレスタシアの拳が竜の足を捉えた。

 ただ表面を殴るだけではないその拳。遠当ての要領で、衝撃を内部へと伝える。

 同時に飛び上がっていたエンカの蹴りが吸い込まれるように竜の腹へと命中。


「貫けッ!!」


 裂帛の気合と共に放たれた渾身の飛び蹴りは、しかし貫くには足りずに跳ね返されてしまう。

 その着地際を狙っていた竜の鋭い爪が、爆風を伴って掬いあげるように地面を薙いだ。


「おいしょぉッ!!」


 だが間一髪。

 足に打撃を与えた直後、エンカに迫る危機を察知したレスタシアが力任せに竜の腕を蹴り飛ばしたのだ。

 宙で体勢を崩していたエンカをそのまま抱きとめ、一足飛びに距離を取る。


「やっぱ今のアタシの力じゃ有効打にならんかぁ」


 足への攻撃は確かに手応えを感じたものの、破壊には至っていない。

 いつもの自分ならばと頭を掻きながらレスタシアは消沈する。


「ソレデ終ワリカ?」


 つまらなそうに竜が問う。

 数多の負の魂で心を汚染されているだろうに、より強靭な精神で自我を保っている竜。

 貴也の目には、それが今まであったどの加護持ちよりも理性的に見えた。

 だから問う。戦う必要はあるのか? と。


「――――」


 目を閉じて、竜が長考する。

 人に対する殺意も憎悪も確かに感じる。胸中をドス黒い何かが蠢く感触もある。

 だがそれらを気にせず、静かに過ごすことも可能だろうと。


 その沈黙に微かな希望を貴也は抱いた。

 ――だが。


「戦ワヌ理由モナイナ」


 絶望の言葉とともに、飛ぶではなく風を起こすためだけに竜の翼がはためいた。

 袋小路の空間で、あの巨体をも浮かび上がらせるほどの突風が縦横無尽に駆け巡る。

 小石に限らず岩までもが吹き飛び、飛礫(つぶて)となって貴也達に襲い掛かった。


 ノゥを庇うために覆いかぶさる貴也。

 その背中、足、頭を容赦なく石が叩く。


「痛ってぇ……。

 大丈夫か? ノゥ」


 貴也の腕の中でノゥは頷いたが、貴也の頭部が出血しているのを見ると同時、怒りに瞳を燃やす。

 突風が収まるや否や立ち上がり、竜の頭を目掛けて五本の火矢を放った。


「んっ!!」


 しかし頭を振るだけで、傷を負わせることなく掻き消える火の矢達。

 まるで五月蝿いハエを払うかのように。


「ソンナニ火ガ好キナラ、クレテヤル」


 地に響くような声で宣言し、大きく息を吸い込み竜の腹が膨れ上がる。


「避けろッ!!」


 訪れる最悪の未来が容易に想像でき、一斉に竜の正面から離れる貴也達。

 次の瞬間、そこは竜の咆哮と共に吐き出された灼熱の炎で地獄と化していた。

 ギリギリで全員が射線から離れることが出来たが、元いた場所はあまりの高熱で岩すらも溶けている。

 余熱だけでも体が焦げそうになるほどの熱量に、貴也は恐れ(おのの)くしかなかった。


「冗談じゃねぇなおい」


 サハテオが、その光景を端的に口にした。

 冗談ではない。

 あんなものをまともに受けたら、魂までもが蒸発してしまう。


「せめて強力な水魔法を使える奴がいればな」


 サハテオの愚痴に、ノゥが(うつむ)いた。

(役立たずだと感じてしまったか?)

 そんなことはないと慰める為にノゥを撫でようとした貴也は、しかしその手を止める。


 ――違う。ノゥは悲しんでいるんじゃない。

 悔しがっているのだ。魔力の低い自分、使える属性の少ない自分が不甲斐ないと。


 だから貴也は慰めるでも励ますでもなく、ノゥにこう言う。


「力を貸してくれ。

 あの竜を倒すために!」





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