竜が来る
異世界で頭を抱えながら目覚める貴也に、『どうかしましたか?』と心配そうにルーインが声をかける。
「いや、大丈夫、なんでもないよ」
貴也はそのように言ったが、頭の中は後悔と焦りで満たされていた。
益体のない会話ばかりで、結局なんの打開策も思いつかぬままに夜を迎えてしまったのだから。
心の中で『ざまみろバーカ』と性悪な声が聞こえたが、構っているほどの余裕もない。
「あ、そうでした。
貴也さん、目が覚めたら会いたいとレスタシアさんが」
一縷の希望とともに貴也が顔をあげる。
「正気に戻っているのか?」
ルーインは嬉しそうに頷き、サハテオが持ってきた薬が効いたのだと説明した。今は久しぶりに姉妹水入らずで話をしているとのことだが、貴也が目覚めたら連れてきてくれるように言われていたらしい。
「そっか。良かった。
良かったな、エンカ」
思わず自分のことのように喜びが漏れ、隣でルーインも薄っすらと涙を浮かべながら同調した。ボードレイドから、いや恐らくそのもっと前から始まったエンカの長い旅は、今ここに終着をみたのだと。
「あまり邪魔はしたくないが、呼ばれてるなら行ってみるか」
「はい」
ベッドから起き上がり、襟を正す貴也。目を細めてそれを眺めながら『大丈夫ですよ』と衣服に乱れがないことをルーインが確認し、二人はレスタシアが運ばれた部屋へと向った。
レスタシアの部屋の前まで来ると、外にまで楽しげな二人の声が聞こえてきていた。時に笑い、時に怒ってみせるようなエンカの声は、今まで聞いたどの声よりも幼く聞こえる。
エンカが消息不明となったレスタシアを探し始めたのは、早くとも魔王討伐の一報が届いたあとになる。だが二人が離れ離れになったのはそのずっと前。レスタシアが勇者と共に魔王討伐の旅へと出発した日にまで遡るのだ。
長い空白を埋めるかのように話続ける二人の邪魔をしてよいものかと、扉の前で逡巡する貴也とルーインは、不意に中から呼びかけられた。
「遠慮せず入って来なよ」
レスタシアは扉の外の気配に気付いていた。そして入ろうか迷っているその気遣いを嬉しく思うと同時に、いつまでも入ってこない二人を待ちきれずに声をかけたのだった。
「元気そうで良かったよ」
気付かれているならノックは不要だろうと、貴也はそのまま扉を開けてまずは体調を気遣う。
「おかげ様でね」
挨拶を返すと同時に、ベッドの上で突然頭を下げるレスタシア。ビックリして貴也は止めさせようとしたが、レスタシアは構わずに謝罪と感謝を述べる。
「あんたらには迷惑をかけた。妹共々に感謝しきれないほど世話にもなったみたいだ。
すまなかった。そして本当にありがとう」
エンカもそれに倣い、姉と共に深々と頭を下げる。
「ありがとう貴也。
貴方には感謝してもしきれないわ」
エンカの声は若干涙ぐんでいるようにも聞こえた。それとは対称的に、顔を上げたレスタシアは、湿っぽさの欠片もない満面の笑顔を見せていた。
髪には艶が戻っておらずボサボサのままだが、妹の手で汚れを拭き落とされ、着替えも済ませていた彼女は美しかった。
貴也から見ればエンカも十分に美しい大人の女性なのだが、今姉と見比べてみるとまだ幼さが残るように見える。もっともそれは、心折れぬようにと気を張り続けていた棘がようやく抜けたからなのだが。
「しかし本当に見た目はアラニスなんだな。
いや身体はアラニスのものだから当たり前っちゃ当たり前なんだろうけどさ」
今度は遠慮なく、貴也を舐めるように見回すレスタシア。先程までのしおらしさは、すでにどこかへ消し飛んでしまったようだ。次第にエスカレートしていくレスタシアは、ついにはベタベタと貴也の身体を触り始める。
「ほぅほぅ?
筋肉は落ちてないみたいだ」
美しい女性に身体を撫で回されどうしていいか分からず硬直してしまう貴也と、止めさせたいが止めることも出来ずにあたふたとするルーイン。だが意外にも抗議の声を最初に上げたのはエンカだった。
「姉さん!
身体はアラニスでも今は貴也だからそれ以上は!」
自分で思っていたよりも大きな声が出たのだろう。エンカは慌てて口を押さえた。それを愉快気に見つめながら、レスタシアは優しい瞳でエンカをからかう。
「ほほぅ?
へぇ~? エンカ、あんたもしかして?」
言わんとしていることを悟り、口を閉ざさせるように即座に否定する。
「そ、そういうんじゃないわよ! 勘違いしないで!
ただ、貴也が迷惑しているわ。
レスタシア姉さんとは、ほぼ初対面なんだから」
大げさに怒ってみせるが、その頬が少し赤らんでいることをレスタシアは見逃さない。妹の成長を嬉しく思いつつ、ようやく貴也を解放して、
「本当に良くして貰ってるみたいね」
とレスタシアはにこやかに微笑んだ。
穏やかな時間が過ぎるなか、不意にノックがして貴也が振り返ると、そこには意外な組み合わせ。サハテオとノゥの姿があった。
「お、起きてたかい」
言いながらサハテオが部屋に入ってくる。持ちきれないほどのお菓子を抱えたノゥを連れて。
「サハテオさん。あまりノゥを甘やかされては……」
親代わりのルーインに咎められるが『ついついな』と悪びれもせず、サハテオは部屋の隅に椅子を置いて腰掛ける。
さっそくどれから食べようかと腕の中のお菓子を物色し始めたノゥを加え、手狭になった部屋での会議が始まった。
「あの竜をどうするかだけれど」
口火を切ったのはエンカ。幼さを引っ込め、強く凛としたクォルツの武道家に戻っている。
「正攻法で倒すのは難しいと思うわ」
「だろうなぁ。
レスタシアが万全ならいけそうだが、どうなんだい?」
共に居た年月を思わせるような親しげな口調で会話を振るサハテオに、レスタシアは首を振って答えた。
「期待には答えられそうにないね。
無論戦いには参加させてもらうけど、今のアタシじゃ大した役には立たないだろうさ」
弱気とは違う。客観的に今の自分の状態を分析しての結論である。それを出来ることが強者の第一条件ともいえる。
「でしたら、やはり街の皆さんには避難して頂いたほうがいいでしょうか?」
人命第一と安全策を提案するのがルーインらしいと貴也は思った。そして今回は自分もそれに同意する。現状ではあの竜をどうにか出来ると思えないのだから。
「だったらさっそくゴッゾに言ってこようか?
今ならなんだって言うこと聞くぜ?」
含み笑いをしながら言うサハテオ。いったいどんなお仕置きをしたのやらと、貴也は聞きたいような聞きたくないような複雑な面持ちでいた。
だが、あの傲慢な男が言う事を素直に聞いてくれるならばそれにこしたことはない。街の人々には悪いが、今は避難してもらうことにしようと全員一致で可決する。
「でもそれは一時凌ぎ。
結局あの竜を倒さない限り、問題はなにも解決しない」
レスタシアが苦々しく零す。せめて自分が万全ならばと付け加えて。
「無理はしないでよ姉さん」
責任感からレスタシアはすぐに無理をすることを、妹のエンカは良く知っていた。だから先に釘を刺したのだが『はいはい』と軽くあしらわれてしまう。
その直後だった。
レスタシアが突然胸を押さえて苦しがり始めたのは。
「ぐっ――ッ!!」
「姉さんッ!!」
どうしたのかと、すぐにエンカが駆け寄る。
「まさか後遺症か?」
サハテオも心配になる。
どのくらいの薬を打たれていたのかははっきりしないが、監禁されていた期間を考えれば相当量だと推測出来るからだ。であれば、なんらかの後遺症が出ても不思議はないと、兼ねてより考えていた。
だが、それよりももっと悪い知らせがレスタシアの口から告げられた。
「――竜が来るッ!!」




