打倒・ドラゴン対策会議
自宅のベッドで貴也は目覚めた。
ふと、竜殺の拳はちゃんと倒せたのだろうかと不安になる。
エンカの突きで倒れかけているところまでは意識があったが、その結末をしっかり見たわけではなかった。
強制的な眠りよりも前に、すでに意識が途切れかけていたのだから。
確認するように自分の腹に手を当ててみる。
最後にルーインの心配そうな声が聞こえていた。
だが内臓にまで及んだであろうダメージが今は感じられないところをみると、治癒魔法は間に合ったようである。
そのことに一安心するとともに、それがレスタシアを止めきれたという証左であると、貴也はようやく心から安堵した。
「よしっ」
気合を入れて起き上がると、さっそくパソコンを立ち上げた。
今日は運良く日曜日だ。
一日がかりでも、なんとか竜の撃退方法を調べなければならない。
すぐに検索ブラウザの『ガーガルさん』に検索ワードを打ち込む。
『ドラゴン 倒し方』
…………。
「――まぁそうなるよな」
ずらりと並んだ検索結果は、その全てがなんらかのゲームの攻略記事だ。
中には貴也がプレイしたことのあるタイトルもあるが、懐かしんで読みふけっている場合ではない。
「となると、どうするか」
『爬虫類 倒し方』
当然ながら有益な情報は得られない。
そもそもドラゴンが爬虫類に分類されるのかも分からない。
「まいった……。
現代知識が通用しねぇ……」
ドラゴンという空想の生物に対して有効な攻撃手段など検索で出てくるはずもなく、通用するしない以前の問題であった。
ならばと、思いついたワードを手当たり次第に入れてみる。
『炎』『恐竜』『災害』『怪獣』――。
だが望むような結果を得ることはできず、途方にくれた貴也は仕方なく詩乃の知恵を借りることにする。
ラングドルの時も、彼女の助言がなければ乗り切れなかった。
あの妙に鋭く真理を突いてくる有能なのか無能なのか分からない幼馴染に、かすかな希望を託して。
「おっはよーたかちゃん!
今日も元気そうでなによりだよ!」
外での待ち合わせを提案したのだが直接行ったほうが早いと、電話から僅か五分で詩乃は貴也の部屋へとやってきていた。
社交辞令のようで、その実本当に『元気そう』であることに安心しつつ、詩乃はベッドに腰を下ろす。幼馴染ゆえの気安さと遠慮のなさで。
「で、今度は何に襲われてるのかな?
このアタシにまっかせなさいっ!!」
細い棒状のチョコに手を伸ばしながら、薄くも無い胸を叩いてみせる詩乃。
いつのまにか擬音は『ドン』から『ぽよん』に変わったなと、今更ながらに彼女の成長に気付く貴也であった。
だがそんな感慨深さはとりあえず横にどけ、さっそく詩乃に意見を求める。
「ドラゴンの倒し方なんだけど、なにか良い案はないか?」
途端に渋い顔を作る詩乃。
『えぇ……』と、ため息にしては大きすぎる声が漏れる。
「無理じゃない?
いや、そのドラゴンさんがアタシの想像通りの強さならだけどさ。
実際会ったの? どう、強そう?」
情報がなければ対策も出来ないと以前にも言われていたことを思い出し、貴也は情報の共有をはかるため出来る限り詳細に詩乃に伝える。
それを『ふむふむ』といつものしたり顔で聞きながら、時折質問を挟み、そうして話終えた頃に詩乃は結論を出した。
「無理じゃない?」
と。
「そのエンカさん? のお姉さんが見つかったことは良かったと思うけど、話を聞く分だと戦える状態にはなさそうだよね?」
「たぶんな。
サハテオの話だと、どうやら監禁されていて洗脳するために薬物注射もされていたみたいだし」
思わず『うわぁ……』と詩乃が嫌悪感を露にした。
平和なこの国ではあまり聞かない話だけに、それを平然と話す貴也は大分異世界に馴染んでしまったのだなと遠く感じる。
それが少し寂しくもあり、それだけに何か協力したいと詩乃は改めて強く思う。
「でも上手くいけば解毒剤のようなもので処置出来ているだろうし、怪我なんかはルーインが治癒してくれていると思う。
ひょっとしたら正気に戻っていて、戦える状態ではあるかもしれない。
本来の力にはほど遠くても、それでも俺よりはずっと強いしな」
「あんまり女の人に無理させるのもどうかと思うけどねー」
詩乃はあの強さを知らないからそんなことが言えるのだと、口には出さないが貴也は思う。
女性、男性で推し量れるほど勇傑の7人の称号は軽くないのだ。
貴也はそのように考えていたが、それは異世界に馴染んだものと現実世界に生きるものとでの、どうしても埋められない常識の差であると理解もしている。なので
「もちろんそれを当てにせずにドラゴンを倒せる方法があれば一番だけど」
と詩乃の考え方にも一定の賛同はつけ加えておくことにする。
そこでしばし沈黙が降りた。
この世界にいないものに対しては有効な対抗策が思い当たらないのである。
加えてラングドルの時のように、使えるものを利用する方法もない。
そして圧倒的に戦力が足りていないという事実だけが浮き彫りになった。
「弱点でも分かればいいんだけどねー」
「弱点か……。
逆に通用しなさそうなのは火かなと想像はつくけど」
大穴からドラゴンが出現した時の状況を思い出す。
洞窟内の氷を溶かすほどの熱気。あれは炎でも吐いたのか、それともドラゴンの体温が異常に高いのか。
どちらにせよ高温には強そうなイメージだ。
「じゃあ水に弱いとか?」
ありそうな話ではあると貴也も思う。
ゲームなどでは火属性の天敵は大抵の場合水属性と相場が決まっているからだ。
だが思い当たる水属性使いといえば……。
「ナコラも敵だしなぁ……」
悩みの種をもう一粒思い出し、途方にくれるしかない。
他に攻撃系の魔法を使えるのはノゥだが、今のところ火と風と光しか使えない。
光といってもライト代わりになるものだけだが。
と、そんなことを言ったらノゥは拗ねてしまうだろうがと、貴也の頬が思わず緩む。
一向に良案が生まれぬまま時間だけが過ぎていく。
ドラゴンとの戦いが今日とは限らないが、猶予がたっぷりあるとも思えない。
焦る貴也は猫の手も借りたいと、ふと呼び出せないか試してみることにした。
「おいリュシアナ。
お前も考えろ」
「え? リュシちゃん?」
詩乃がキョロキョロとあたりを見回すが、当然視認出来ない。
貴也としてもリュシアナに聞こえているかは分からなかったが、彼女は言っていた。
『サキュバスは一度入った人間の所なら、いつでもどこでも現れられるからね』と。
半ば冗談だと思っていたが、それを目の当たりにした今なら、ひょっとしたら現実世界からでも呼びかけられるのではないかと思ったのだ。
そして『聞こえるか?』ではなく、『お前も考えろ』とあえて聞こえていることを前提とした呼びかけで、聞こえていることは分かっているぞと観念させる腹積もりだった。
『――――』
反応はない。
ないが、確かに貴也は心の奥底でリュシアナの気配を感じ取った。
「そうか。
一緒にケーキでも食べようと思ったんだが残念だ」
『――――ッ!』
声は聞こえないが、明らかに心の奥がざわついている。
もっとも、目の前にいる詩乃のほうがざわついていたが。
「ケーキ!!
たかちゃんの奢り!?」
「あ、あぁ。いいぞ。
一緒に考えてくれてるお礼だと思ってくれ」
バッと立ち上がり、善は急げと貴也を急かす詩乃。
「いや、俺は引き続き対策を考えるから、悪いんだけど買ってきてくれるか?
チョコのたっぷりかかったやつを二個」
「了解でありますッ!!」
元気すぎるほど元気に返事をし、詩乃がドアノブに手をかけた瞬間だった。
「ウチの分も入れて三個でしょッ!!」
そこにはリュシアナがいた。
貴也の部屋でケーキを食べながらテーブルを囲み、リュシアナはいまだに文句を言い続けていた。
「犬っころでも呼ぶみたいにホイホイ気安く呼んでんじゃないわよッ!」
だが言葉の強さとは対称的に、その頬はチョコケーキの甘さに蕩けている。
隣の詩乃が『美味しいねリュシちゃん!』と一口ごとに同意を求め、『まぁ悪くないんじゃない?』と素直じゃない言葉で返す。
「大体ウチはこっちで実体化したら、夜まで戻れなくなるし大変なの!
また魔力が枯渇して死にかけたらどうすんのよッ!
この前ので羽も穴が開いたままだっていうのにッ!」
「あ、ホントだ。
大丈夫? 痛くない?」
「そ、そんなに痛くはないわよ。
痛覚とかあんまりないトコだし」
なぜか詩乃には甘い。というか頭があがらない?
二人の関係性が貴也にはいまいちよく分からなかった。
「で? なに?
あの竜を倒す方法?
無理に決まってんじゃない」
あっという間にケーキを平らげたリュシアナが、口の周りにチョコを付けながらバッサリ切り捨てた。
「竜殺しのあの女や元の勇者ならともかく、常人に倒せるような生易しいものじゃないわよ」
「そりゃ対峙した俺もそう思ったけどさ、かといって放置も出来ないだろ」
「だったら口でも塞いで息でも止めさせてみなさいよ。
弱点なんか知らないけど、生き物なんだから呼吸が出来なきゃ死ぬでしょ」
あざ笑いながらリュシアナが言う。
あの耳まで裂けた大きな口を思い出し、どうやって塞げというのかという疑問が沸く前に、不可能に決まってるだろと憤る。
「そう不可能なのよ。
サハテオやウチみたいな勇傑の7人ですら無理なんだから」
あぁ、そういえばコイツも勇傑の7人だったなと思う。
ナコラやレスタシアを見たあとでは、やはり自称なのではと疑いたくもなるが。
「今すっごい失礼なこと考えなかった?」
下から覗き込むようにリュシアナが貴也に迫る。
おかげで意識しないようにしていた胸の谷間が視界に入り、しどろもどろになってしまった。
「べ、別に?」
ハンッと鼻を鳴らし、リュシアナはそっぽを向いた。
「どうせホントに勇傑の7人なのかとか考えてたんでしょうけどねッ!」
「たかちゃんそれは失礼だよ!
リュシちゃんだって頑張ってるんだから!」
「あ、い、いや……。
ありがとう詩乃、フォローしてくれて……」
頑張っていると謎のフォローを入れられ、リュシアナは困惑してしまう。
その横で良く分かっていない詩乃は、うんうんと頷いているが。
「まぁ? ウチとしても戦力を当てにされた訳じゃないことくらいは自覚してるからいいんだけどさ。
所詮ウチは幻術と……」
恥ずかしいことなのか、最後は小さくて聞き取れなかった。
それが貴也の好奇心を刺激し、しつこく聞きだそうとする。
「と?
幻術と、あとは何があるんだ?」
「……道案内」
飛び出した意外な理由に堪えきれず、つい吹き出す。
「ぶっはははは!
なんだよ道案内って!」
「しょうがないじゃん!
魔王城の中の案内出来んのはウチしかいなかったんだから!」
リュシアナは乱暴にそう言いながら思い出していた。あの日、初めてアラニス達に出会った日の事を。そして連れて行ってくれるように、サキュバスの村から連れ出してくれるように頼みこんだ日のことを。
感慨に耽るリュシアナをよそに、勇傑の7人の一人が道案内で選ばれたなんて想像出来るものはいないだろうと、尚も腹を抱えて貴也は笑い続ける。
「ほんっとムカつくッ! 死ねッ! ダーリンッ!」
「ダ、ダーリン?」
貴也を叩きながら、思わずリュシアナの口から飛び出した言葉に詩乃が食いついた。『あ』と慌てて口を隠すも時すでに遅く、リュシアナは最悪の言い訳を始めてしまう。
「あ、それは言葉のアヤっていうか……。
あっちで貴也の回りをうろつく女共がうざいから、からかって遊ぼうと思ってそう呼んでたんだけど」
「……たかちゃん?」
「いや話ただろ?
一緒に旅をしてるのは女の子だって。
ただそれだけのことだぞ?」
「ベッドを並べて寝たりする間柄を『それだけ』とは、さっすがダーリンね」
徐々に色彩を失っていく詩乃の瞳に、『覚えてろよ』とリュシアナに抗議の視線を送る貴也。
『これに懲りたら気安く呼び出さないことね』とニヤける彼女に復讐を誓いつつ、詩乃を異世界に連れていければドラゴンも怖くないなと思う貴也であった。




