闇の加護を持つ者達の宴
ルディヒアより北に位置する山の麓で、貴也達は異様な光景を目にしていた。
領主のゴッゾから人の言葉を話す魔物が集まっているとの話を聞いた翌日、目覚めた貴也は仲間達とさっそく様子を見に来てみたのだが。
「あれはなにをしているの?」
山の麓に自然発生した洞窟。
その入り口にはかがり火が焚かれ、そこで二匹のオーガが歩哨をしているように見えた。
「警備……だろうな、やっぱり」
『やっぱり』というのは、本来知能の低いオーガがそんなことをしていることが信じられないという意味だ。
その思いはエンカやルーインも同じで、思わず立ち尽くしてしまう。
すると今度は、洞窟の中から貴也には見慣れない別の魔物が姿を現す。
全身が毛むくじゃらで、鋭い爪と牙をもつ狼男。ワーウルフであった。
この地域では一般的な魔物で、エンカ曰くオーガよりもやっかいな相手だという。
「異常ハナイカ?」
「異常アリマセン」「異常ナシ」
思わず貴也達は互いの顔を見合わせる。
気付かれないようにと口を手で覆いながら、しかし驚愕で目を見開く。
(全員が人語を喋るだと?)
あきらかな異常事態。
ルディヒアの領主の言葉を信じなかったわけではないが、ああいう人種は事を大きく語る癖がある。
ゆえに、せいぜい二~三匹くらいは人語を使う魔物がいるかもしれないが――程度の認識だったのだ。
しかもそれだけではないと、エンカが目で訴える。
貴也も気付いていた。
あいつらの中には、確固たる身分階級が確立されているのだ。
野蛮で、力任せに破壊するだけのオーガが大人しく歩哨を務め、上司と思われるワーウルフに敬語まで使ってみせたのだから。
「我々ノ王ガ出来ルマデ間モナクダ。
邪魔ノ入ラヌ様ニ、シッカリ見張レ」
我々の王? ワーウルフはそう言ったのか?
なんのことだと視線を飛ばすが、三人とも頭を振る。
しかも『出来るまで』とも言っていた。とてつもなく悪い予感が貴也の胸中に広がっていく。
「(どうする?)」
同じ不吉を感じ取ったエンカが訊ねてきた。
話の内容から、どれだけの危険と猶予があるのかは分からない。
だが、少なくともあまり時間は残されていないとみるべきだろう。
貴也は『やるぞ』という意志を込めて目配せをし、三人が頷く。
洞窟前の茂みをノゥが移動し、ガサリと葉擦れの音を立てた。
「誰ダ!?」
目ざとくオーガが警戒し、奥へと戻りかけていたワーウルフも振り返る。
さらにノゥは左へと、わざとらしく音を立てながら移動を続け、魔物達の注意を引き付けていく。
一匹のオーガがそれを追い始め、ワーウルフも追随する。
だが次の瞬間、後方からオーガの断末魔が響いた。
「グオォォォ」
隙を見て右から回りこんだ貴也が、そっともう一匹のオーガの背後から忍び寄り、素早く一突きのもとに屠ったのだ。
「人間ガッ!」
ようやく奇襲を受けていることを悟ったワーウルフが、一足飛びに貴也目掛けて走ってくるが、それを貴也の後ろから飛び出たエンカが廻し蹴りで壁に叩きつける。
葉擦れの音を無視してもう一匹のオーガが駆けつけようとするも、今度はノゥが背後から火の矢を三本同時に放ち、頭、頭、背中と全て命中させた。
そして熱さに悶えるオーガに、トドメとばかりに真空の球を作り出して押し付ける。
「ギャアァァァ」
腹をカマイタチで切り刻まれたオーガは臓腑を撒き散らしながら絶叫し、動かなくなる。
よろめき立ち上がるワーウルフにトドメを刺してから、今しがたノゥが倒したオーガにゆっくりと近づく貴也。
「どう思う?」
警戒したまま振り返り、エンカに意見を求める。
「たぶんそうでしょうけれど、念のため待ってみましょう」
切り裂かれて内臓が露になったオーガ。
その心臓をいつでも貫けるように剣先をくっつけて、しばらく待ってみる。
やはり……と、たちまち回復しかけるオーガを見て取り、貴也は心臓を貫き今度こそトドメを刺した。
他の二匹同様、それでオーガの体は光の粒子となり風に溶けていく。
場を制圧し、一息つきながらエンカが思案顔で呟いた。
「全員が加護持ちだった、ということで間違いないわね」
一人でオーガを撃退してみせたノゥが、『褒めろ』と言わんばかりに貴也に頭を突き出してきたので、それをウィッチハットごとクシャリと撫でてやりながら貴也も同意する。
ラングドル以降、ルーインの大怪我の責任を感じてか、ノゥも貴也同様に特訓を重ねていたのだ。
目に見える成果に、つい貴也まで自分のことのように嬉しくなった。
「いったい何がおきているのでしょう……」
今回は怪我人もなく、出番がなかったルーインも近づいて来た。
と、貴也はルーインの胸元に異変を見止め指摘する。
「それ、なんだ?」
『え?』とルーインも自分の胸元を見て初めて異変に気付き、その原因をローブの中から取り出した。
それは石。
紫色の綺麗な石が淡く明滅を繰り返し、そして貴也達が見ている間にゆっくりと輝きを失っていく。
光を失い元の石に戻ったそれを掲げ、ルーインが説明する。
「ボードレイドを出発する時にお師匠様から頂いた宝石ですね。
魔除けの加護が込められているそうですけど、今までこんな風に光ったことはないと思います」
なんでしょうね? とルーインも分からないと小首を傾げた。
「それだけの危険が迫っている、ということかしら?」
覗き見ていたエンカが自分の意見を述べた。
だとしたら……今までの危機に反応しなかった石が反応するほどの危険があるのだとしたら。
貴也は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「だからといって、放置するわけにはいかないよな」
洞窟の暗がりを見据える。
どこまでも奥に続き、貴也はまるで飲み込まれるのではないかという錯覚を覚えた。
「入ってみましょうか」
さしものエンカも、声に弱気が混じる。
石をローブに仕舞い、ルーインは貴也の袖を掴みながらだが、頷いてみせた。
「行くか。
ただし、手に負えないと思ったらすぐに引き返し、ルディヒアの人たちには退避してもらおう」
迫り来る絶望の予感に押し潰されぬように、自分を鼓舞して頬を張る貴也。
そうして、暗闇の中へと足を踏み入れた。
「くっそ、キリがないな!」
言いながら、目前まで迫っていた軟体状の魔物を突き刺す貴也。
外の騒ぎに気付いていたのか、洞窟内部に入ると奥から、側道から、次々に魔物が沸き出てきていた。
「しかもこれ! 全部が加護持ちじゃない!」
飛び掛ったワーウルフを蹴り飛ばし、右から薙ぎ払うオーガの豪腕をすり抜けてエンカが怒鳴る。
その言葉の通り、現れる魔物全てが闇の加護を持っており、エンカやノゥが倒しても直に復活してしまうのだ。
すかさず貴也がトドメを刺さねばならず、必然その負担は大きなものになっていた。
「貴也さんがッ!」
貴也を回復させ続けていたルーインが、怪我ではなく疲れが酷いと訴える。
エンカもそれは感じ取っていたので、一度休まなければと先ほどから辺りを窺っていたところだ。
そこに、ちょうど休めそうな小部屋を見つけた。
「こっちよッ!」
エンカが道を切り開き、全員がほうほうの体で雪崩れ込む。
間髪入れず、その入り口を岩で塞いでようやく貴也はその場に腰を下ろした。
「悪いな」
ぜぃぜぃと肩で息を切らせながら、不甲斐ない自分を責める貴也。
だが、それを責めるものなど他にはいない。
実質、全ての魔物にトドメを刺して回りながら、自分自身も戦い続けなければならなかったのだから。
「私も大分疲れていたからね。
貴也はよくやっていたわ」
いち早く呼吸を整えたエンカが、そう言いながら周りを見回す。
ちょうど良いところに小部屋があって助かったと思う反面、ここはなんなのだろうと。
今入ってきたところ以外には、奥に一つだけ道がある。
だがそちらから魔物が来る気配はないし、とりあえずは安全と見られるこの小部屋。
暗くてよく見えないが、中央には大きな台座があるようだ。
目を凝らせば、なにかが乗せられていることも分かる。
「気持ち悪い」
洞窟に入ってから奥に進むほど体調を崩していたノゥが呟いた。
ルーインの持つ石も外にいた時よりも激しく明滅を繰り返しており、より危険に近づいている感じがする。
「いる?」
気持ち悪さに時折口を押さえるノゥが、明かりは必要かと訊ねてきた。
『小さめで』と注文を付けるとコクリと頷き、ぼんやりとした光の球を浮かび上がらせる。
「きゃぁ!!」
その瞬間ルーインが悲鳴をあげた。
その視線の先を追い、貴也も思わず口を押さえる。
「なんなの……これは」
台座の上。
乗せられていたものが見えるようになると、一様に目を背けたくなるものがそこにはあったのだ。
それは魔物の死骸。
だが、ただの死骸ではないことが一目で分かる。
両手両足をいくつもの杭で張り付けられた標本のようなそれは、ただし標本のような美しさは微塵も無く、皮を剥がされ指を折られ、臓腑を焼かれ顔を削がれ。
ありとあらゆる責め苦を受けたであろう痕が見て取れた。
さらに奥の暗がりには、それと同じような状態の死骸の山。
魔物といえどもさすがに同情したくなるような、目を覆う惨状であった。
「誰がやったんだ、この有様は……」
「というより、なんの為に……と私は思うわ。
こんなことをして、誰に何の得があるというのかしら」
それらを視界にいれないように目を背けながら、ルーインはノゥの目を手で覆い隠している。
ノゥも嫌がるでもなくされるがまま。
やはり調子が悪いのか、うんうんと唸りながらであるが。
「あの先に、この惨状を作り上げた奴がいると思う?」
奥へと続く一本道を指差し、エンカが恐る恐る訊ねる。
そこにあるのは理解出来ない恐怖だ。
物理的な恐れであれば、その胆力で大概のものは乗り越えられるエンカだがこの惨状は違う。
魔物を拷問して殺すなど、エンカの中にあるどの理にもそぐわない。よって理解出来ないのだ。
理解できないものはそのまま恐怖となり、心の中をジワリと侵食する。
「いないことを願うが……」
退路は絶たれている。
あの大岩をどかせば、再び大量の魔物と向き合うことになるだろう。
そのどれもが加護持ちなのでいずれは倒さねばならないのだが、今は元凶を調べるのが先である。
そう覚悟を決め、疲れの取れた貴也が立ち上がった。
「行くか」
歩き出す。
真っ暗な一本道を奥へ奥へと。
震えるルーインと、原因不明の体調不良を起こしているノゥが貴也の両の袖を握り締める。
そして明かりが見え、開けた場所に出た時そこに彼女はいた。
貴也達は知らないが真っ黒なローブを纏ったその少女は、いつかラングドルで貴也の凱旋を見守っていた一人である。
「早かったな。偽者」
心までをも凍らせるような憤怒と絶望と悲しみを声色にのせて、その少女『絶氷の魔女』が貴也達を出迎えた。




