表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/68

ルディヒアの街

 闘技場の夜から数日。

 一行は、大陸最大の街ルディヒアへと向う馬車に揺られていた。

 最近はいつも乗り物の中で目が覚めるなと、乗り物に乗るために異世界に来ているような錯覚さえ起こる。


「やっと見えてきたわね。

 あの街がルディヒアよ」


 エンカの声に窓から顔を出せば、まだ距離があるというのに軽快な音楽が聞こえてきていた。

 外壁がないので開放感があり、ラングドルの中央広場と同等以上に活気に溢れているように見える。


 だが貴也の目はルディヒアより、その後ろの山に釘付けになった。

 雲を突きぬけ遥か先、その頂きは霞んで見る事すら出来ない。


「あれが有名なディアルドア山ですね。

 世界最高峰、並び立つものの無いという意味の山です。

 私も見るのは初めてですけど、本当にてっぺんが見えないんですね」


 ルーインとノゥも隣に来て山を見上げる。

 現実世界ではあり得ないほどの高山。ひょっとしたら大陸の出来方からして現実の世界とは異なるのかもしれない。

 地理や地質にはさして興味のない貴也だが、あの山が出来た経緯には興味が沸いていた。


「そんなに皆で顔を出したら落ちるわよ?

 それに、もう着いたわ」


 呆れながらエンカが先立って馬車から降りた。

 どうやら目的の街、ルディヒアに到着したらしい。


 外には凶悪な魔物も多いというのに、この街は衛兵すら置かず無防備に門戸を開いていた。

 街中はまるでお祭りでもやっているのかと思うほど人が多く、あちらこちらから音楽が鳴り響く。


 とりあえずは今夜の宿をと、石畳の上を進む一行。

 道々で『観光ですか?』『ルディヒアへようこそ』などと声をかけられ、いつのまにやら腕の中は花束やお菓子で溢れ返っていた。


「凄い活気ですね。

 なんだかこっちまで楽しくなってしまいます」


「ん」


 忙しなく周りを見回すルーインと、踊るように右へ左へとはしゃぐノゥ。

 それを咎めるでも呆れるでもなく、エンカと貴也は後ろから着いて行く。


「それにしても平和な街だな。

 魔王の城が隣の大陸だって聞いてたから、もっと荒廃しているのかと思ってた」


「私も不思議に感じていたわ。

 外壁もないようだし、兵士も駐留していないみたいだもの」


 すると先に進んでいたルーインが何かをみつけ、小走りになった。


「貴也さん! 宿屋みつけましたよー!」


 一足先に宿屋の前まで行き、振り返って大きく手を振る。

 それに貴也も笑顔で答え、急ぐでもなく歩いていく。


 ラングドルを出発してからこっち、闘技場では予期せず巻き込まれたが、基本的には平和な日々が続いていた。

 加護持ちなどいなくなって、こんな日が続けば良いのにと貴也は思う。





「さて、拠点を確保出来たわけだけど、これからどうする?」


 特に多いわけでもない荷物をベッド脇に下ろし、貴也が問うた。

 目的は当然エンカの姉の捜索だが、目撃情報は依然として得られてはいない。

 よって当面は奴隷商の噂、その辺りから探っていきたいが……。


「この街の領主様に会ってみるのはどうでしょう?」


 ルーインが提案した。

 なるほど、領主ならば様々な情報が入ってきているはずだ。

 とくに奴隷商などというアンダーグラウンドの情報は、街の治安を考えれば気を配っていることだろう。


「異論はないわ。

 広い街だもの。手当たり次第というわけにもいかなそうだしね」


「ん」


 話が決まりかけると、ルーインは懐の手帳を出して確認する。


「貴也さんがお眠りになるまでまだ時間があります。

 領主様のご都合次第ですけど、これから行ってみますか?」


「そうだな。動くなら早いほうがいいだろう」


 こうして、一行はすぐに領主の館へ向うこととなった。





「おぉ、よくお越し下さいました勇者様!」


 宿屋からはほど近く、街の中でも一層立派な領主の館に到着すると、さっそく会ってくれるとのことで領主の部屋へと案内された。

 部屋にはこれでもかと高価な壺やら絵画が飾られており、その中央にいるでっぷりとした男が貴也達を出迎える。


「わたくし、この街を治めさせていただいておりますゴッゾと申します。

 お見知りおきください」


 ニコニコと脂ぎった手で握手を求めてくるゴッゾ。

 貴也は代表してその手を握り返し、面会に応じてくれたことに謝礼を述べる。


「いえいえ、この街がこうして無事なのも、全ては勇者様が魔王を討伐してくださったおかげ。

 それをお待たせしたとあっては領主失格でございます」


 過剰にへりくだる態度が鼻持ちなら無いが、しかし貴也を勇者アラニスと思っているのならばこれが普通なのかもしれない。


「それで、この度はどういったご用件でございましょうか」


 手を揉みニコニコとこちらを覗う。

 笑ってはいるが、貴也を値踏みしているような眼差しである。

 まずは当たり障りのないところからと、エンカが前に出た。


「こちらの街は外壁もなく衛兵もいないようですが、街の安全はどのように守っているのかしら?」


 ゴッゾの目がぬるりとした湿り気を帯びてエンカの身体を嘗め回した。

 その気色の悪さは当人が一番感じたであろうが、それでも微動だにしないエンカ。


「確かに外には危険な魔物が多くおります。

 ですがご安心ください。

 我が街には、そこらの兵士よりも頼りになる傭兵が多く控えておるのですよ」


 傭兵。

 金で雇われている人間達だが、それは金で雇っているものがいるから成り立つ。

 そこらの兵士よりも腕がたつほどの傭兵を多く雇うなら、それ相応の金がかかるだろう。


「私財を投じて街を守るなんて、領主様はとても立派な方なのですね」


 ルーインが感心したようにゴッゾを褒め称えた。

 それに気をよくしたのか、ゴッゾはペラペラと聞いてもいないことを喋りだす。


「ありがとうございますお嬢さん。

 いや、勇者様のご一行であるならば名のあるお方。お嬢さんは失礼ですかな?

 しかしそうなのですよ。

 ただでさえ凶悪な魔物が多いこの地方ですが、最近では人の言葉を話すような魔物まで現れだしまし――」


「人の言葉を話す!?

 それは本当なの!?」


 即座にエンカが食いついた。

 最近噂を聞かなかったが、久しぶりに加護持ちの情報。

 胸の辺りがキュッと引き締まる気がした。


「え、ええ。

 北の山の麓によく集まっているらしいのですが、今のところ実害もないので放置しております」


 ――待て。

 集まっている?


「一匹ではないの?」


「さて、正確にどのくらいとは分かりかねますが、少なくとも数十匹単位だと聞いております。

 確かに珍しい魔物ですが、そんなに慌てることなのでしょうか?」


 加護持ちの危険性を知らない領主は、傾げられないほど太い首を無理やり傾げてみせる。

 だが、その恐ろしさを嫌というほど味わった貴也は、顔から冷や汗が流れるのを感じた。

 一匹ですらあれだけの脅威である加護持ち。

 それが数十匹単位……。考えただけで眩暈がしてくる。


「かなりの危険が差し迫っている可能性があるわ。

 まずは私達が調査に行ってみるけれど、最悪の場合はこの街から退避してもらうことになるわね」


 それには領主も慌てて手を振る。


「退避などそんな馬鹿なことできるわけないでしょう。

 たかだか人の言葉を話す程度のことで、なにを言っているのですか?」


「必要であればそうしてもらうわ。

 それほど危険な魔物なのよ」


 エンカの物言いを高圧的と受け取ったのか、先ほどまでニコニコとしていた領主が顔を赤らめ憤慨する。


「この街はわたくしが繁栄させ、わたくしが守っているのです!

 いかに勇者の一行の方とはいえ、横暴がすぎますぞ!

 名を名乗りなさい!」


 それに一歩も怯まず姿勢を正し、真っ直ぐ通る声でエンカが名乗る。


「私はエンカ・クォルツ。竜殺の拳を姉にもつものよ。

 今は行方不明の姉に変わって勇者様を護衛しているわ」


 その名を聞きゴッゾの力が抜けた。

 あの勇傑の7人の妹が言うのであれば仕方ないかと、そのようにも受け取れる。


「俺からもお願いします。

 様子を見て、危険なようでしたらすぐに退避の準備を進めて下さい」


 納得したのかどうなのか。

 その後のゴッゾは覇気を失ったかのように、大人しくなってしまった。

 結局奴隷商のことまで話を聞くことが出来なかったが、それ以上に重要な情報が手に入った。

 もっとも嬉しくない類の情報ではあるが。


 貴也達は一度宿に戻り、明日改めて山の麓へ調査しに行くことを決めた。

 どれだけの数がいて、なにをたくらんでいるのか。

 まったく予測の出来ない事態に不安を抱えながら……。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ガシャリと、真っ暗な中に重い金属が擦れる音が響いた。

 いつものようにアイツがやってくる気配がし、無意識に暴れだしそうになったからである。


「まだ自我がありますか」


 でっぷりとした体を揺すりながらやってきた男が言う。

 元来臆病なこの男は、全身を幾重にも鎖で巻かれた女性が相手であっても、決して牢屋の中にまでは入ってこない。

 しかも鎖には、その一本一本に力を数分の一まで下げる呪いまでも付加してある。


 そうまでしなければ押さえ込めない女性、レスタシア・クォルツが挑発する。


「今日は薬を打たないのかい?

 アタシはまだまだなんともないけれど?」


 腕は何本もの注射痕で紫色になっている。

 ろくに食料も与えられず、いったいどれだけの日が過ぎたのか。


「あまり打ちすぎて廃人になられても使い道がありませんからね。

 もっとも貴方でしたら、その体だけでも買い手はつきそうですが」


 グフフと下卑た笑いをこらえる男を、未だ死んでいない眼光で睨みつける。

 ヒッと一瞬たじろぐが、しかしそこまで。

 結局なにも出来ないことを確認し、また男はニヤニヤと笑う。


「今日は貴方に良いお知らせを届けに来たのですよ」


 良い知らせなどあるわけがない。

 今の自分にとって良い知らせとは、鎖から解き放たれて目の前の男をぶち殺すことだけなのだから。

 そう思っていたレスタシアだったが、次に男の口から飛び出した名を聞いて、態度が一変する。


「さきほど貴方の妹さんが見えられましてね。

 エンカ・クォルツ。

 貴方に似て気丈で、そして良い体をお持ちでしたよ」


 ガシャッと引き千切らんばかりの力で鎖を引く。

 両の肩が脱臼しそうになるほど前のめりになり、しかしそんな痛みなどどうでもいいと叫ぶ。


「あの娘に手を出してみなッ!!

 絶対に許さないッ!! 絶対によッ!!」


 期待通りの反応を得られ、男は満足して笑う。

 何をしても折れなかったその心。心が折れなければ薬を追加しても洗脳しきることが出来ない。

 だがようやく、ようやく竜殺の拳を手駒にする算段がついたのだ。

 笑わずにおられようか。


 なおも喚き散らすレスタシアをあとに、ゴッゾは地下室から消えた。


「エンカ……。エンカ……」


 ただ妹の名を呼ぶことしか出来ない、かつての勇傑の7人を一人残して。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ