残された謎
「ダメじゃないかルーイン。
悪化したらどうするんだよ」
ラングドル城へ戻り、ルーインを再び医務室のベッドに横たわらせる。
痛む体を押してでも出迎えてくれたことは嬉しく思う。だが、それとこれとは別だ。
自分の体を労わるようにと叱りつけると、ルーインはしゅんとしてベッドへ潜り込んだ。
「ん」
付き添ったノゥが『怒らないであげて』と目で訴えてくる。
言葉にするかわりに頭を撫でてやると、ノゥはくすぐったそうに首をすぼめた。
うつ伏せで布団から顔だけ出しているルーインが、それを見て優しく微笑んだ。
「えぇえぇ、こういう時はやはり魔法の力が羨ましくなりますよねぇ」
ついてきていたコーゼオが漏らす。
魔法を使えるものがいないラングドルでは、ルーインの回復には時間がかかるだろう。
自分に治癒魔法をかけてはいるとのことだが、貴也の見ていない時に他の負傷者の為に魔力を使っている節がある。
実際、ここに運ばれてきた他の重症者達は、全て歩けるまでに回復しているようだ。
それを咎めるわけにもいかず、貴也は途方にくれていた。
「フォルスボアに治癒魔法師を派遣してもらうことはできないの?」
エンカがコーゼオに提案する。
確かにあそこならば大勢の治癒魔法師がいるだろうし、馬の足であれば数日とかからない。
だがコーゼオはめずらしく渋い顔を作る。
「親友の奥様のためとあらば、このコーゼオ、いくらでもお力になりたいのですがねぇ。
以前もお話したとおり、あそこは魔法を使える者を根こそぎ集めております。
なぜか?それは、他国を容易に手中にするためだと邪推するものも少なくないのですよ」
「「奥様ッ!?」」
不意に飛び出したワードに、貴也とルーインの声が重なる。
思いがけず上擦った声。驚きルーインを振り返ると、一瞬顔を真っ赤にしたのち、すぐにすっぽりと布団の中に隠れてしまった。
「そんなわけでして、国交は滞っておりますですねぇ。
こちらからの救援に素直に応じてくれるかどうか……」
亀のようになったルーインを意にも返さず、コーゼオは続ける。
「だけどこちらには貴也がいるわ。
コポ村を救った勇者の頼みとあらば無碍にはしないでしょう」
「だと良いのですがねぇ。
父上も良い顔はしないかもしれませんが、要請は出すだけ出してみましょう」
「頼むよ」
「えぇえぇ、頼まれました。
どちらにせよ数日はかかると思いますので、その間ゆっくりしていかれてはどうでしょう?」
無論そのつもり、というよりルーインがあの状態では動けない。
だが、恐らく気が逸っているだろうエンカには確認を取らなければならない。
「いいか?エンカ」
この国でやるべきことを果たした今、エンカは一刻も早く向いたいはずなのだ。
姉がいると思われるメービス大陸に。
「仕方ないわね」
「ごめんなさい……」
「謝らないでよ。
あなたが悪いわけじゃないでしょルーイン」
ベッドの中からくぐもった声で謝罪するルーインに、エンカは気にするなと笑顔で応じる。
「でも、そうすると数日間やることがないわね」
「そんなことはございませんよ!」
大仰に手を突き上げてコーゼオが捲くし立てる。
「大勝利を祝って、今宵より三日三晩は続きますからねぇ!
宴会!祝宴!祝賀会!
国をあげてのお祭りになりますですよぉ!」
「私はいいわ」
「俺も」
「拒否」
「ぬぅぅわぁぁぜぇぇぇッ!!」
ノゥにまで不参加を申し渡され、発狂したように髪を振り乱す変人。
多少顔を出す程度ならいいが、海賊流とやらの酒席で生き残れるとは思えない。
それにこちらの世界ではどうか知らないが、一応貴也はまだ高校生なのだから。
ベッドの中から小さく『オルソー……』と聞こえた気がしないでもないが。
「それより、ひとつ気になってることがあるんだ。
だから俺はそれを確かめるために時間を使いたい」
「危険なこと?」
「かもしれない。
だから、出来ればエンカにも協力して欲しいと思ってる」
「水臭いわね。
いいに決まってるじゃない。
で、どんなことなの?気になってることって」
二つ返事で快諾してくれるエンカ。
姉も気風の良い女性だということだが、こんな感じなのだろうかと思う。
貴也が何を気にしているのか、ノゥも気になったようで袖を掴んで見上げてきた。
当然のように、ルーインも平常心を取り戻した表情で布団から顔を出す。
「実は、森で迷った時に声が聞こえたんだ」
「声ですかぁ?ワタクシにはなにも聞こえたという記憶はありませんがねぇ」
「私もね。
でも、確かにあの時の貴也は少しおかしかった気がするわ。
急に確信を持って道を切り拓いたわけだし。
あれがなければ、今頃私達は鳥の餌だったでしょうね」
ゾッとする。
しかし間違いのないことだろう。
つまり、あの声は――。
「俺たちを助けてくれた人がいるってことだと思う」
だがありえるだろうか?
自分で言っておきながら、自問せずにはいられない。
魔物の住まうような森の中に……?
ノゥが自分を指差すが、あの魔女は例外だろう。
第一、あれだけ魔物が集まっている中で、平然としていられるとは思えない。
「そういえば……」
なにか思い当たる節でもあるのか、コーゼオがこめかみに指をあてて、思い出そうとする仕草をみせた。
「えぇえぇ、思い出しました。
ワタクシもなにかひっかかると思っていたのでしたよ」
「ひっかかる、とは?」
「思い出してください。あの人語を話していたインプを。
やつは、他の魔物に指示を出す時どうしていましたか?」
思い起こされるのは耳障りな『ギャッギャ』という甲高い鳴き声。
周りの魔物が人の言葉を理解できるわけもないので当然といえば当然だが、あれは魔物だけに通じる言語のようなもので指示を出していたのだろう。
「えぇえぇ、そうですそうなんです!
あのインプは仲間との会話には、魔物の言語を用いていたのです!」
「それはそうでしょうね。
それがなんなの?はっきりしなさい」
コーゼオ独特の迂遠な言い回しに、いい加減うんざり顔なエンカ。
変人性に慣れたかと思えば、その感情メーターは苦手から嫌いへ振り切ったようだ。
貴也としてもフォローする気にはなれないが。
「はぁぁ……。
分かりません?分かりませんかぁ?」
コーゼオはコーゼオでエンカが嫌いなようだ。
どちらかといえば研究者気質のコーゼオと、体育会系のエンカでは水と油なのかもしれない。
小馬鹿にしてみたものの殴りかかられそうになり、慌ててコーゼオは話を先に進めた。
「目撃談ですよ、目撃談!
インプを目撃した人物、薬草採取に出向いていた人物はなんと言っていましたかぁ?
こう言ってましたよねぇ?
『薬草採取をしていたら話声が聞こえて』と。
話声。あんな森で?いったい誰と話していたんでしょうねぇ?」
なるほどと合点がいった。
しかし同時にそれは、最悪の結論に辿り着いてしまう。
あのインプと人間が仲良く会話するなどあり得ないのだから。
つまり、人の言葉を話せる魔物が、少なくとももう一匹以上いるということだ。
それがなぜ貴也を導き助けたのかは不明だが。
「もう一度行くしかないよな。あの森へ」
気は進まないけれどねと、エンカも同道の覚悟を固めた。
「ワタクシも同行したいのですがぁ、しかしなにぶんこれでして」
と、包帯で吊るされた左腕を持ち上げてみせる。
先ほどまで暴れていたので忘れそうになるが、彼もまた重症を負っているのだ。
「兵にも死傷者が多数出てますが、それでもなんとか護衛は付けられると思いますよぉ。
ですが、多くはないので無理無茶せずに、危なかったらすぐに撤退してくださいねぇ我が親友」
分かっていると手で告げる。
幸いにも街にはほとんど被害が及んでいないとはいえ、外壁の修繕や怪我人の手当てに人手は必要だ。
魔法のないこの国ではなおさらのこと。
貴也の睡眠のことを考えれば、どうあれ今日は無理。
次の起床予定時間をルーインに確認して、この前のように寝ている間に出発するのが望ましい。
そのあいだの手配や準備をエンカとノゥに押し付けてしまうのは心苦しいが、二人は胸を張って任せろと快諾してくれた。
「と、ところで貴也さん……」
コーゼオを送り出し、医務室でルーイン、エンカ、ノゥと四人で食事をとる。
一人では寂しいだろうというエンカの提案だった。
あらかた食事を終え、ノゥが持参したお菓子を摘みながら談笑している中で、ルーインが改まって言う。
「あと一時間程でお眠りになると思うのですが……。
今日はどちらにお泊りになるのですか?」
妙に固いというかたどたどしい口調で本日の宿泊先を訊ねるルーイン。
心なしか顔が赤い。
「変わらないよ。
あの宿に引き続き泊まってていいってさ。
だから心配いらないよ」
安心させるために言ったのだが、どうにも逆に気落ちさせてしまったようだ。
「……そう……ですか」
同時に、両脇からエンカとノゥに抓られる。
「痛ってぇッ!なにすんだよ!」
「察しなさい」
「馬鹿」
二人揃って呆れ顔。
だが『馬鹿』は酷いと思うぞノゥ。
反抗期の娘をもつ父親の気分で、泣きそうになる貴也だが、二人の言いたいことは遅ればせながら理解した。
したが――したけど――それはいいのだろうか?
都市条例やらなんやらが頭の中を駆け巡る。
しかしここは異世界。そのための異世界。
問題はないなと開き直る。
「じゃあ今日は一緒に寝るかルーイン」
「はひぃッ!?い、一緒にですかっ!?」
またも同時に両脇から抓られる。むしろ抉られる。
「スケベ」
「変態」
二人揃って軽蔑顔。
貴也としては一歩距離を詰めたつもりだったが、そこは崖だったようだ。
「い、いえ、もちろん、嫌とかではないですけど!
わ、私、今、こんなですし、お風呂にも入れてないですし!」
自分でも何を言ってるのか分からなくなり、うつ伏せのままジタバタした後、ルーインは枕に顔を埋めた。
その姿が可愛らしくて、たっぷり堪能させてもらってから、貴也は医務室にある空きベッドの一つを、ルーインのベッドのすぐ横に配置し直す。
「これでいいか?」
枕から顔を上げたルーインは、真っ赤になった顔に涙を浮かべ、それでも精一杯の微笑みを浮かべて
「はい」
と応えたのだった。




