迷いの森にて迷い惑う
「たかちゃんッ!」
目覚めると同時に、詩乃にきつく抱きしめられた。
あぁ、心配をかけたんだなと思い、貴也は詩乃の頭をポンポンと優しく叩いてやる。
「ただいま。
なんとか無事に解決したよ」
うっすら涙まで浮かべてウンウンと頷く詩乃。
今朝はだいぶ早くから来ていたらしく、持参したペットボトルの中身はもう半分以上減っている。
「これでもう危険はないんだよね?」
ない、とは言えない。
また迷いの森へ行くことになっているのだ。安全を保障出来る要素はどこにもない。
「あぁ、大丈夫。
また危なくなりそうだったら言うよ」
だがそれを言ってどうなるわけではないのだ。
貴也にとっても未知数な迷いの森への再訪。無駄な心配をかけるより、まずは安心させてあげることを優先したいと考ての発言。
それを受けて、一瞬訝しむ詩乃。貴也の言葉が嘘か真か計りかねている様子だ。
小首を傾げて下顎に手をあて、うーんと唸る。このままでは見透かされてしまいそうで、貴也は話題を変える。
「てか詩乃近い。
もう大丈夫だから離れろって」
「うわっととと……」
弾かれたようにベッドの上から飛びのく。
実際、顔が触れそうなほど近くにあったわけで、それを再認識してしまったことで動悸が早くなった。
その甲斐もあってか、どうやら話題を変えるという目的は達成されたようだが。
「ま、大丈夫っていうなら学校行こっか。
今日は行けるんでしょ?」
「もちろんだ」
貴也の返事に気を良くしたのか、立ち上がりくるりとその場で回ってみせる詩乃。
スカートが遠心力でなびいた。
「よろしい!
では準備するがよい!勇者貴也よ!」
貴也にとってはあまり冗談になっていない軽口を叩いて、詩乃は階段を駆け降りていく。
苦笑しつつ着替えを始める。
心地よい日常。
だが、手を握り開けば、まだうっすらと非日常の残滓を感じた。
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「起きた?」
夜。
再び異世界へ渡った貴也が目覚めたのは馬車の中だった。
ガタゴトと背中から振動が伝わるが、後頭部は柔らかなクッションにでも乗せられているのか心地よい。
声の主はエンカだろうか?直上から聞こえた――直上!?
ガバッと跳ね起き天井に頭をぶつける。
「痛った……」
デジャブ。
激しい既視感のある状況に困惑する。
「ルーインの膝じゃなくて悪かったわね」
跳ね起きたことを不快と捉えたのか、エンカがそっぽを向いてしまった。
「いやいやいやいや!
まさかエンカがそんなことをしてくれると思ってなくて!
だからビックリしたというか意外だったというか……」
しどろもどろになりながら必死の弁明。
不快などと思うはずがない。むしろ逆だと、貴也は真っ白な頭で釈明を続ける。
だが。
「プッ……あはは。
冗談よ」
と一杯食わされたと種明かしされ、笑われてしまった。
急に必死に弁明していたことが恥ずかしくなり、文句のひとつも言ってやりたくなる貴也だったが、お腹を抱えて楽し気なエンカを見ていると、そんな気もすぐに消し飛んだ。
「なんだよ」
ポーズだけの抗議はしておくが。
車窓から空を見上げれば、まだ日が高い。昼過ぎ頃といったところか。
ノゥが差し出したお菓子を口に運びながら、しばし外の景色を楽しむ。
外には護衛の為の騎馬が15騎ほど並走しているとのこと。
前回の半分でしかないが、今のラングドルの状況を鑑みれば仕方ない。
それに今回は、はっきりと敵を認識しているわけではないのだから、このくらいでいいとも思える。
「間もなく到着です」
前窓から、手綱を握る御者が振り返って伝えてくれた。
鬼が出るか蛇が出るか……。
剣の柄を一握りし、貴也は気を引き締めなおした。
森の入り口にてしばし逡巡する。
おおよその声が聞こえた位置は分かるが、声を聞いたのは貴也だけで、相手の顔も形も分からないのだ。
何を探せば良いのか伝えることもままならない。
「ノゥ、なにか感じないか?」
特定の相手にだけ直接声を届けるとなれば、それは魔法などの特殊な方法だと推察できる。
ならば魔法を使えるノゥに、気配なり魔力の残滓なりを感じ取れないかと聞いてみる。
「んー……」
しばらく目を瞑って、神経を研ぎ澄ませるノゥ。
だが結果は芳しくないようで、黙って首を横に振る。
「とりあえず進んでみない?
近くに行けばなにか分かるかもしれないし」
他に手段もなく、エンカの提案に乗ることにした。
護衛の兵士達も『勇者を守るぞ!』と、気合十分でついてくる。
ラングドルでの貴也の立場はすっかり要人めいてしまったので、当然といえば当然。
だが職務に忠実である以上に、憧れや敬意の眼差しのほうが強い気がした。
なんとなくこそばゆさを感じながら、貴也もノゥと手を繋ぎ森へと踏み入っていく。
「この辺りだった気がするけどなぁ」
入り口からしばらく歩いたところで、一行は歩を止める。
差し込む光の量が多いとはいえ森の中。なんらかの痕跡を探すのも一苦労だ。
「貴也がなぎ払った草の痕でも見つかればいいのだけれどね。
これだけの草木の中から探すのは不可能に近いわ」
木々の間や多い茂るツタ草を丹念に見回りながら、エンカがぼやいた。
ノゥは入り口で試したように、ここでも魔力の残滓を探している。
「ある程度踏みしめられた形跡があるから、この辺りは間違いなく通った場所だとは思うんだが」
地面に近い草がなぎ倒され、踏み固められている場所がところどころに見られる。
こういった痕跡を見つけるために、護衛の兵士達にはなるべく後ろからついて来てもらうようにしていた。
縦に長い隊列は広範囲を捜索するには不向きだが仕方がない。
「あ、この木。見覚えがある気がするわ」
よく覚えているなと関心する。
あの時は鳥達に追い立てられ、しかも森に迷わされている真っ最中。
とても周りの景色に注視するような余裕は、貴也にはなかったのだ。
だから位置的にこの辺りだろうと予想はつくものの、記憶と照合して確定することは困難を極めていた。
常に周りを気にして気を配るのが、武道家の特性なのかエンカの特性なのか。
ともあれ記憶に合致するかもしれない場所を見つけたエンカは、木の幹に手を当てながらぐるりと回りこむ。
その姿が、貴也の視界から木の幹に隠れた瞬間。
「来た」
ノゥが何かを感じ、握った手に力を込めた。
そちらに注意をひかれ、『どうした?』とノゥを見やったその僅かな時間に――
「……え?」
エンカは消えていた。
「おい?エンカ?」
呼びかけに反応がない。
「……嘘だろ?エンカッ!!」
馬車の中では茶目っ気を出した彼女。
だがこういう時に悪ふざけするようなことは、決してないと断言できる。
後ろの兵達も異常を感じ取り、すぐに駆けつけてくる。
「エンカがいなくなった!すぐに探してくれ!」
言って、最後にエンカが触っていた木の幹を回りこんでみる貴也。
しかし当然なにもない。
集まった兵達も文字通り草の根を掻き分けて探してくれているが、一向に見当たらない。
そうだ。そういえば。
思い出し、ノゥに詰め寄る。
「ノゥ。『来た』って言ったよな?
なんだ?なにが来たんだ?」
ノゥの肩を掴んで揺さぶる。
思わず力が入り、ノゥの頭が前後にガックンガックン揺れた。
「魔法?」
歯切れが悪い。
魔法?魔力は感じたが、魔法と言い切れない何かということだろうか。
(くそっ!)
危険はないとは言い切れない?
何を甘いことを考えていたんだと自分を叱咤する。
曰くつきの森の中にいる声の主。加護持ちの魔物と会話することができるもの。
そんな存在が危険ではないはずがないだろう。
しかし自分を責めてもどうにもならない。
今は行動あるのみだと、すぐに捜索を再開する貴也。
「ツタ草が邪魔だッ!」
イライラが募り、剣を引き抜いてなぎ払う。
と、後ろからノゥに裾を引っ張られた。
「また来た」
今度は『え?』と振り返る暇もない。
突如として世界が渦を巻き、ぐわんと撓む。
酷い眩暈のような立ちくらみに、瞼を強く閉じて耐えるしかない。
(なにが起こって――)
時間にすればほんの一瞬の出来事。
だが、その一瞬で景色がガラリと変わってしまったことに、目を開いた貴也は驚愕した。
木々の色がおかしい。
さっきまでは夏の到来を待ちわびるかのような、青々とした葉を茂らせていた。
だが今は一転、赤や紫。しかし紅葉とは違い、それが斑に色づいて禍々しい気配を醸し出している。
そして静寂。
鳥の鳴き声も、風に葉がすれる音も、エンカを捜索する兵士達の声も、なにもかもが消え失せていた。
ふと恐ろしくなり、貴也は振り返った。
そこには変わらず裾を掴んでいたノゥの姿があり、少しだけ安堵する。
「気持ち悪い」
周りの景色にノゥも嫌悪感を抱き、裾を掴む力が一層強くなった。
空気もピンク色に靄がかっている気がする。
吸い込むだけで、内側から侵食されるような気持ち悪さを感じた。
「……んっ」
前方。
確かに聞こえた。間違いようもなくエンカの声。
なのに『違うのでは?』と、思ってしまう。
なぜなら、エンカにしては余りにも――
「……んぁ」
余りにも艶を含んだ声だった。




