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勇者貴也

 敵も攻めあぐねているのだろう。依然として距離は遠い。

 脅威となる既存武器の射程外から様子をうかがう安全策は、しかしラングドル側へ準備時間を与える結果となった。


「えぇえぇ、少し手間取りましたが、これで準備は完了です!」


 コーゼオが満足気に頷いた。

 だが、上手くいく確証などどこにもない。行き当たりばったりの思いつきでしかないのだから。

 貴也が持ち込んだ知識に、これに近い仕組みの兵器は確かに存在した。

 しかし根本的な部分が違うし、半ば無理やり再現したようなものなのだ。


 遠く西の地平に太陽が触れた。日没が近い。

 暗闇の恐ろしさは、もはや説明するまでもないだろう。

 ゆえに、それまでに決着をつけねばならないため、強引ともいえる作戦を強行することにしたのだ。


 ドルオスも準備が整ったことを確認する。


「よっしッ!これで決着をつけるぞッ!」


 弾込めの終わっている爆砲。その後部に爆石を設置し――


「ってえぇぇぇぇッ!!」


 一斉に起爆。

 轟音が轟き、鋼鉄の砲弾が風を切って射出される。

 ピュー……という風切り音が尾を引き、北の空へと吸い込まれていった。






 いくつものクレータで凸凹になってしまった北の草原。

 その中でも、ラングドルから最も遠いクレーターから、さらに少し距離を取った岩の上。

 戦場を一望でき、確実に射程圏外である位置からインプはそれを人事のように眺めていた。


『無駄なことを』と嘲笑を浮かべて。


 あの鉄の筒の武器。初めは恐ろしく感じた。

 空が痺れる程の爆音を轟かせ、その直後、けしかけたオーガ達が粉みじんになったのだから。


 だが何度か試すうちに分かった。

 あれはただ弾を撃ち出しているだけだと。

 その威力は、地面に着弾した時に初めて発揮される代物だ。

 ならば怖くはない。飛んでいればいいのだから。


 でも先ほどのあれ。あれはなんだったのだ?

 稀に避け損なって死んでしまうマヌケはいるが、あれはそうじゃない。

 明らかに別種の危険を孕んでいた。


『ケケッ』


 だが――、とインプは笑う。

 ようは近づかなければいい。

 このまま夜を待ち、暗闇に乗じて乗り込めばそれでお終い。

 それで憎い人間共を皆殺しに出来る。


 ――なんでそんなに人間共が憎いんだったか――


 一瞬疑問が浮かんだが、それもすぐに人間への憎しみに上書きされて掻き消える。

 今になって思えば、慌てて攻め込む必要もなかったかもしれない。

 闇があたりを包み込むまでは、ここで奴らを釘付け。

 対抗策を考える余裕もなく、精々が今みたいに破れかぶれであの筒を撃つ程度のことしか出来ないのだから。


 直射で魔物の群れを狙ったわけではない爆砲の弾は、いつもよりたっぷりと時間をかけて群れの直上から降ってくる。

 誰が一番ギリギリで避けられるか。

 そんな度胸試しでも楽しむかのように、鳥達は騒ぎたてず、弾の通る分だけ群れの中に隙間を作る。

 虫食いの黒い空の中を、降ってきた弾が通り過ぎていく。


 その時、インプは見た。


 弾になにか着いて来ている?

 弾には紐がついており、その後ろに袋がぶら下がっていた。


 あれはなんだ?


 不吉な予感が湧き上がるより一瞬早く、袋は爆ぜた。

 空中で大爆発。

 同時、中から飛び出した無数の細々した何かが、味方の身体を貫き、ぶつかり、砕き、抉る。

 水溜まりの中心に血を一滴落としたかのごとく。空を占拠していた黒は、爆心から外側へ向けて、波紋が広がるように消滅していった。


 それを見ていた。

 呆然と見ているしか出来なかった。

 鳥が、グリフォンが、コカトリスが――

 通常の戦闘力だけなら、自分を遥かに凌ぐ魔物達が、一瞬で肉片と化し地に落ちていく様を。


 なんだこれは。なんなのだこれは!

 アレもコレも!

 そんな武器は今までなかった。なかったハズなのに!


 頭の中に出来上がっていたパズルが、中心からボロボロと崩れ落ちていく感覚。

 下手に知能があるぶん、そのショックは大きい。

 だから気付かない。本能で動く獣のままだったならば、もっと早く気付いていた。背後から迫る蹄の音に。


 弾かれたように振り返る。

 目の前に馬。馬の顔がある。

 意味がわからない。思考が追いつかない。


「うおぉぉぉぉッ!」


 人間の雄たけびが聞こえた。どこ?どこから?真上――。


 そしてインプの右目は、遠ざかる自分の左半身を。

 左目は遠ざかる右半身を見たのだった。





 走る馬から飛びあがり力任せに剣を振るったため、着地に失敗した貴也はそのまま地面を転がった。


「ペッ……」


 口に入った土草を吐き捨てる。

 そのまま仰向けに寝転べば、紅に染まる空が視界いっぱいに広がっていた。

 そこにスッと、エンカの顔が割り込む。

 夕焼け空をバックに柔らかく微笑む姿は、まるで一枚の絵画の様だった。


「帰るか」


 差し伸べられたエンカの手を掴み起き上がると、二つになったインプの身体が視界に入る。

 さきほどまでの醜悪な姿が嘘のように、風に溶けキラキラと粒子を撒き散らしながら、徐々に消滅していく。


「勝ったんだな」


 改めて口に出してみると、それは余韻となって身体中に広がっていく。

 同時に、興奮していた体から熱がスーッと引いていくのを感じた。


「厄介な敵だったわ」


 エンカも消えかけているインプの死骸を見つめ、言葉少なに呟く。


 最後はなにもかもが賭けだった。

 ぶどう弾を牽引した砲弾が、鳥の群れの位置まで届くかどうかも。

 群れの中心付近で、ちょうど爆石が起爆するかどうかも。

 爆音に紛れて接近する馬の存在が、気付かれないかどうかも。


 もちろん事前にコーゼオが弾着時間や軌道計算をしっかりしたうえで、ではあるが。

 それでもどうなるかは分からなかった。

 とくに最後。

 接近する前にインプに気付かれれば、逃げられる。

 いや、魔物達に指示を下し、一斉に襲い掛かられるといった可能性のほうが高い。

 それでも首尾良くぶどう弾の爆発で数を減らせていれば、こちらも逃げ切れるだろうという希望的観測のうえでの無茶な作戦だった。

 正直、薄氷を踏むような綱渡りであったことは否めない。


 今更ながらに震えだした貴也の手をエンカが掴み、馬上へと引き上げた。

 初めは小柄な貴也を前に乗せて、エンカが後ろから手綱を握るつもりであった。

 だが試しに乗った時、貴也は後頭部に感じる柔らかな二つの感触に、平静を保っていられなかったのである。

 仕方ない。貴也とて思春期真っ只中の健全な男子なのだから。

 ゆえに『飛ぶから!俺飛んでインプに気付かれる前に切りかかるから後ろがいい!』などと子供染みた言い訳までして、後ろに乗ることになったのだ。


 貴也の手がしっかり腰に回されるのを確認してから、エンカは手綱を握って足をいれた。

 景色が流れ出し、少し肌寒さを感じる草原の風が優しく頬を撫でていく。


 揺れる馬上で、エンカの腰に回した手の甲に、柔らかな重みを感じる。

 リズミカルに揺れるそれをなるべく意識しないようにするが、どうしても意識してしまい手を離しかける。


 「しっかり掴まりなさい。落ちるわよ」


 エンカに咎められ、仕方なくその背中にぴったりと顔をくっつけながら、上気してしまった熱が背中に伝わっていないかと、ただただ不安で景色どころではなかった。

 そんな不安と幸福がない交ぜになった帰路は、長いようで短く。


「気持ちよかった?」


 というエンカの言葉で終着。


「な、な、なにがだ!?どこがだ!?」


 と、しどろもどろになる貴也を、エンカは小首を傾げて見やる。


「馬。

 乗るの初めてだったんでしょ?」


「あ、あぁ!そう、うん!気持ちよかった!

 今度練習しようかな!」


 言いながら、急いで馬を降りる。

 下半身に痺れるような痛みがあり、さすりながらエンカと共に街の外壁をくぐる。

 戦闘中は閉じきられていた正面門。外側にはひっかききずなどが無数にあり、ところどころ破壊のあとが見える。

 そこに戦闘の激しさと、紙一重だった現実を垣間見ながら、二人は市街地へ足を踏み入れた。


 ――瞬間。



「「「おおおぉぉぉぉぉッ!!!」」」



 音圧で吹き飛ばされるのではないかと思った。

 それほどの大歓声。大熱狂が貴也を迎えたのだ。


 空には色取り取りの花びらが舞い、あちらこちらで様々な楽器が一斉に打ち鳴らされた。

 思わずエンカと顔を見合わせる。

 エンカはすぐに相好を崩し『それだけのことをやったということよ』と、貴也の背中を押した。


 押され、貴也はエンカと共に街の中心を歩く。

 沿道を老若男女問わず人が埋め尽くし、貴也を一目見ようと押し合いへし合いの様相を呈していた。

 ちょうど中央広場に差し掛かると、そこでドルオスとコーゼオが待っているのが目に入る。

 十分な距離まで近づいたところで、まずはコーゼオが貴也に飛びついた。


「素晴らしい!素晴らしいですよぉ!!

 さすがは我が親友!我が最愛の君です!!」


 それは本気でヤメろと、抱きつこうとするコーゼオを全力で制する。

 数瞬の押し問答のすえ、ようやく抱きつくことを諦めたコーゼオは、なお興奮冷めやらぬ体で元の位置へ戻る。


 すると今度は皇帝が威厳と敬意を携えて、一歩前へ出る。そして右手を上げるとスーっと波がひくように歓声が収まり、中央広場から一切の音が消えた。一瞬溜めると、腹から響く力強い声で皇帝は賞賛を述べる。


「やるじゃねぇかよ勇者。

 勇者貴也ッ!!」


 一際大きな大歓声とともに、『貴也』コールが鳴り響く。


「い、いや貴也って……」


 ガシッとドルオスに肩を組まれる。

 想像していたよりも、遥かに強い力で。


「いいじゃねぇか。貴也ってんだろ?おめぇの名前。

 他の誰でもねぇ、おめぇが戦いおめぇが守ったんだろうが。

 だったら胸張って名乗りやがれ!」


 ガハハと豪快に笑いながら、肩をバンバンと叩くドルオス。

 肩が外れそうな衝撃を受け苦笑と苦痛が入り混じるが気分は悪くない。

 そんな貴也の背中を、ドルオスは中央へ無理やり押し出した。


「みんなおめぇの言葉が聞きたいってよぉ!」


 再びの静寂。

 誰もが貴也の言葉を待ち、その一言一句を聞き逃すまいと瞳を輝かせている。

 慣れない場で助けを求めるように貴也は視線を泳がすが、目が合ったエンカはニコリと頷くだけだ。

 何を言っていいか分からず、言葉が喉の辺りで右往左往している。


 ――と、貴也の視界の端に、見慣れた少女が映りこんだ。

 ノゥに付き添われ、痛みを堪えているのか時折表情を歪ませている。

 僅かな距離でも息を弾ませつつ、やっとという思いでここまで歩いてきた少女。

 目が合い、無意識に駆け寄ろうとするも、少女はにこやかに首を振る。

 その気丈さ、健気さに、貴也はやっと言うべきことを思い出した。


「敵は強大だった。

 数は多く、したたかで、狡猾だった。

 だから、まずはそれを撃退し、その元凶を叩くという役目を果たせたことに、心からホッとしてます」


 偽らざる思いを、ひとつひとつ言葉を選んで口にする。


「でも、それは決して、俺一人の力では成し遂げられなかったことです。

 ドルオス皇帝と、コーゼオ元帥と、ラングドルの為に戦った多くの兵士のみなさん。

 それと、信頼出来る、頼もしい仲間達」


 照れくさいのか視線を合わせないようにするエンカと、対照的に誇らしげなノゥ。


「そして、この勝利は、彼女なくしてはあり得ませんでした。

 動けなくなった俺を、身を挺して守ってくれた少女。

 恐ろしい魔物達の爪を、嘴を、炎を、俺の代わりに一身に受け、大怪我を負ってまで俺の命を救ってくれた少女。

 だから俺は、みなさんから貰う前に、彼女に言いたいんです」


 そして見る。

 しっかりと視線を合わせる。

『え?』と、今の言葉を聞いても、まだ困惑してしまうほど謙虚で優しい彼女に。


「ありがとう。ありがとう、ルーイン!」


 そして、この日一番の大歓声が、ルーインに贈られた。

 割れんばかりの拍手、数えきれないほどの感謝の言葉。

 泣きそうなルーインと、貰い泣きするエンカ。


 ここにいる全ての人々が、感謝と幸福に包まれていた。



 だから誰も気付かなかった。黒い少女の存在に。


(ちッ。そういうことか)


 呪詛のように吐き捨てて、黒い少女は人知れずその場をあとにした。





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