タイムリミット
見えかけた希望は、しかし次の瞬間には砕け散っていた。
そう、ここは迷いの森。
踏み入った者を誘い、その胎内へと飲み込む魔性の森なのだ。
「どうするの貴也ッ!?」
「貴也さんどうしましょう……」
「如何に状況を脱するべきでしょうか勇者どの!!」
頼られる、縋られる、求められる。
道を、光を、希望を。
それが勇者の宿命だと。
一度でも奇跡を見せた者に課せられる責任だと。
だが何も浮かばない。当然だ。
やすやすと起こらないから奇跡なのだ。
(くっそッ!)
それでも応えたい。
覚悟を決めた貴也に、投げ出すという選択肢はもうないのだから。
(方角は分かっている。南だ、南へ向えばラングドル側に出るはずだ)
幸いなことに、空を覆う鳥達がいない今なら太陽の位置が分かる。
現在時刻を考えれば、太陽を右に見て真っ直ぐ進めば南へ向うはず。
それだけを信じ、その理だけを頼り、貴也は指示を下す。
「とにかく今は、はぐれないように互いの位置をしっかり確認!
そのうえで、出口と思われる方角へまっすぐ進む。
それでいいな?」
反対するものはいない。皆、黙って頷き指示に従う。
だが一様に表情は暗い。
それが正しいとは解るが、それで出られるとは思えない。
かといって立ち止まる訳にもいかない。
背中に感じる気配は『死』そのものなのだから。
手の平からルーインの不安が伝わる。
じっとりと汗ばんだそれを、勇気づけるように強く握り返す。
希望はまだ闇の中だ。
あれからどれだけの時間がたっただろうか。
敵襲に怯える極度の緊張感の中、疲労はピークに達していた。
逃げすがら、幾度となく鳥の強襲を受けている。
だが幸運なことに、大群ではない。
一匹から多くても三匹程度での襲撃。
そのくらいなら倒すこともやり過ごすことも可能であった。
もちろん無傷というわけにはいかないが。
「前方、後方、左右、警戒を怠ってはいけませんよぉ!
魔物が現れるのは後ろだけとは限りませからぁ!」
集中力が切れかけるたびに、コーゼオが必至に渇をいれている。
「魔物達はワタクシ達を完全に見失ってます!
ひょっとしたら、やつらも森で迷っているのかもしれませんねぇ!」
希望的観測ではあるが、その可能性はあるように貴也にも思えた。
魔物達が一斉に襲ってこないことや、現れる位置がマチマチなのがその証左なのではないかと。
仮に違ったとしても、そのコーゼオの言葉は綱。
生きることを諦めかけそうになる兵士達を、ギリギリ繋ぎ留める綱なのだ。
__しかしそれも切れる寸前である。
更に幾度かの襲撃を経て、ついに一人二人と足が止まり始めてしまった。
「なにをしているのです!さぁさぁ、歩きなさい!」
「……どこへ、ですか?
私はもうダメです。せめてコーゼオ様だけでも無事に……」
「諦めないで下さい!
きっと、きっと助かりますから!」
自分も疲れているだろうに、諦めかける兵士を見れば必至に鼓舞するルーイン。
そのか細い脚からは、血が滲んでいることを貴也は知っていた。
しかし弱気は見せない。
痛いとも、疲れたとも――。
ただ健気に、だた信じて付き従ってくれているのだ。
(なんて俺は無力なんだッ!
これが勇者の身体だっていうなら、起こさせろよッ!奇跡をッ!)
思わず剣を振るい、ツタ草をなぎ払う。
空を飛ぶ相手ではほとんど役に立たないのが恨めしいほど、その切れ味は鋭かった。
「無駄に体力を消耗するわよ」
エンカの声も弱々しい。
他のものに比べて体力のあるエンカですら、大分弱ってしまっているのだ。
脳裏に全滅の文字がチラつく――。
このまま森を抜けられずにいれば、一匹の魔物にすら対抗する力が残っていないかもしれない。
__と、その時。
『その剣……』
声が聞こえた。
いや、周りに反応している者はいない。
貴也だけに聞こえたのだ。
(幻聴?)
女の声……だったと思う。
やけに色気を感じさせる声音で。
『仕方ないわね。今回だけよ』
また聞こえた。
自分もヤキが回ったか、絶望に押しつぶされて知らず心が壊れてしまったか。
そう思うのも束の間、貴也には見えた。見えるようになった。
「……え?」
それは森の出口へ導く、一筋の光。
なぜ森の出口へ続いていると思うのか。
解らない。だが分かる。罠かもしれない。罠じゃない。
疑い否定しようとしても、本能がそれを肯定する。
だから貴也は、今一度、力強く言う。
「もう一度だけ俺に着いて来てくれッ!
必ず森を抜けてみせるからッ!」
仲間達は、兵士達は、その瞳に確かに希望を見た。
力強く導く言葉が、勇者の言葉であると信じられた。
だから、誰からともなく頷き返す。
残りの全てを勇者に預けると。
一度皆の顔を見渡し、全幅の信頼を受け止める。
「よし、行くぞッ!」
そうして最後の行軍が始まった。
草を払い、木の間を抜ける。
道なき道を進む間も魔物は容赦なく襲来するが、活力の戻った兵士達が奮闘した。
一人が囮となり、それを目掛けて滑空してきたところを一斉に攻撃。
翼にさえダメージを与えれば、鳥は無残に地を這うだけだ。
少なからず囮役は手傷を負うが、ルーインがすぐさま治療する。
今度はノゥが火を放ち、怯んだところをエンカが飛び蹴りで地に叩きつける。
群れで来られては厳しいが、個の襲撃ならば冷静に対処すれば戦える。
ここにきて、ようやくコツを掴んできた。
それは森を生きて抜けられるという希望のもとに、生き抜く知恵と戦う力を取り戻せたからにほかならない。
あとは自分が間違えなければいい。
そう信じて貴也は進む。
そして――。
「出口だッ!」
森の外に駐留させていた馬が視界に入り、いち早く兵士の一人が歓喜の声をあげた。
その声が連鎖的に広がり、疲れを忘れて我先にと走り出す。
『良かった』と、胸を撫で下ろす前にルーインが強く貴也の手を握った。
緊張の糸が切れたのか、疲労が顔に色濃く表れている。
貴也は手を握り返し、そして一緒に森の外へと飛び出す。
__ほぼ同時だった。
馬車が炎に包まれたのは――。
「ニガスモノカ!」
インプが森を突き抜け現れたのだ。
先に森から抜け出していた兵士が、馬に跨りインプを落とさんと突撃する。
しかし寸前、さらに森から飛び出してきたグリフォンの嘴に胸を貫かれ馬から転げ落ちた。
「撤退です!今は戦う時ではないですよぉ!」
当初の目的であるインプは目の前だが、今その余力はない。
コーゼオは素早く判断を下し、全員に騎乗を促す。
馬に乗れない貴也とルーインとノゥは、コーゼオと共に残ったもう一台の馬車へ急ぐ。
次の瞬間にもインプが火の球を放ち、馬車が燃えるかもしれないのだ。
やられる前にやれと、ノゥが火の矢を放つ。
威力はないが牽制には十分なそれが、インプを怯ませる。
「良くやったノゥ!」
手柄を褒めつつノゥを脇に抱え込み、ルーインとともに転がり込むように貴也は馬車へと乗り込んだ。
瞬間、貴也達を追っていたコカトリスがそのまま馬車に体当たり。
その衝撃で馬車はグラリと大きく揺れ、屋根が吹き飛ぶ。
見晴らしの良くなった空には、すでに無数の鳥型魔物が終結しつつあった。
「さぁさぁ急ぎますよぉ!」
共に乗り込んだコーゼオが激を飛ばし、馬車が走り出す。
騎乗技術も習得しているエンカは、馬に跨り並走。
突っ込んでくる鳥を片手で払いつつ駆ける。
他の兵士達も次々と騎乗を果たし、馬車を護衛するために集まってくるが、依然として鳥の襲撃は続く。
またも上空から、開いた屋根目掛けて鳥が滑空してきた。
「ひぃッ!」
成す術のないコーゼオと、そして仲間達を守るために、貴也は剣を抜き空を薙ぐ。
当たらなくとも追い払うことは出来るのだと。
走り続ける馬車に何度も何度も鳥が突撃し、その度に貴也が払う。
しかし数が多い。
払い損ね、コーゼオが、ノゥが、ルーインが、もちろん貴也にもみるみる傷が増えていく。
だが助けなど呼べない。
エンカも、周りの兵士達も自分のことで手一杯なのだから。
後ろからはインプが追いすがり『ギャッギャ』と魔物にしか分からぬ言葉で指示を出している。
その度にまた、鳥達は標的を変え、飛び方を変え、襲ってくるのだ。
そしてグラリと、また馬車が大きく揺れた。
今度は何が突っ込んで来たのかと、首を回して急ぎ確認する。
――が、何もいない。
かわりに、絶望的なルーインの顔が目に飛び込んできた。
「……まさか?」
急激な眠気が貴也を襲う。
よろめき倒れる身体を、寸でのところでルーインが抱きとめた。
空には無数の鳥が見えたが、閉ざされていく視界に抵抗することが出来ない。
(待てッ!やめろッ!今はダメだッ!)
そんな願いなどあざ笑うかのように、容赦なく、否応なく、どうしようもなく、貴也の世界はぐるりと反転した――




