死地
「ギャギャーッ!!」
インプの掛け声で真っ暗な空が落ちてくる。
それは視界を覆い尽くすほどの鳥、鳥、鳥の群れだ。
大型のグリフォン、コカトリスを筆頭に、無数の鳥型魔物が襲い掛かってきた。
「コ、コーゼオ様!」
「分かっていますッ!防陣を崩さず下がりますよッ!」
コーゼオを中心とした防御陣形。
盾を集めて前面、上面を覆い隠し、亀のようになってジリジリと後退する。
だが先ほどの矢の攻撃とは、かかる圧が違う。
盾の上からでも容赦なく啄ばみ、ひっかき、ぶつかってくる鳥達。
そうして体勢を崩してしまった兵士に、一斉に襲い掛かる。
無数の嘴が肉を抉り食らう。
鮮血が飛び散り、骨が噛み砕かれ、臓腑が撒き散らされる。
だが即致命傷とはならないため、長く長く続く断末魔。
血の饗宴が終わると次の獲物を選別するように、嘴を真っ赤に濡らした鳥達が獰猛な視線で射殺してくる。
「ひぃッ!!」
足が竦み、身動き出来なくなった者が狩られる。
恐怖に駆られ、我を忘れて逃げ出す者が狩られる。
ただで死ぬものかと、蛮勇を奮い反撃に出た者も狩られる。
どうあっても狩られ死んでいく。
(やばいやばいやばいやばいッ)
思考が定まらない。
圧倒的な死の気配に、心までもが絶望一色に塗りたくられそうになる。
そんな中、ギリギリで正気を保たせてくれているのは手。
暗闇の中ではぐれないようにと掴んでいる、ルーインとノゥの震える手の感触。
正視に堪えない地獄絵図に硬く瞼を閉ざし、それでも逃げ出さず貴也の手を必死に掴んでいる。
(守らなきゃ、絶対にッ)
しかしどうする?
手持ちの武器、剣では飛ぶ鳥を落とすことは難しい。
エンカも同様に苦戦を強いられている。
ならば魔法だが、コーゼオの言っていたとおり護衛の兵士達にも魔法を使えるものはいないようだ。
「ん」
私がいると言いたげに、ノゥが一際強く手を握った。
だが、どんな魔法が使えるのか貴也は知らない。
と、ノゥは貴也と繋いでいる反対の手の平を、空中のグリフォンに向ける。
「こぅ」
瞬間、手の平に急速に熱が集まり、形作られていく。
小さな炎の槍となったそれは、真っ直ぐにグリフォンへと放たれ顔面に直撃。
苦悶の表情が炎の中に浮かび、グリフォンは嘶いた。
だが致命傷には遠く及ばない。
ひとつ大きく頭を振るって顔を焼く炎を消し去ると、殺意に塗れた瞳で睨みつけられる。
魔法による攻撃に、一瞬だけ沸き立った兵士達は、その威力の小ささにまた消沈してしまう。
だが一定の効果はあった。
炎を警戒してか、魔物の気配が少し遠巻きになったのだ。
「ですがこのままではジリ貧ですよぉ!」
護衛の兵士の数が三分の二に減っている。
すでに十人前後の犠牲者が出ているのだ。
なにか手を打たなければ、遅かれ早かれ全滅は必至であろう。
「暗いし多いし飛んでるしで、反撃すら出来ないわ!」
エンカの言う通り、不利な条件が山積みなのだ。
飛んでいるから攻撃が出来ない。
数が多いから狙いが絞れない。
空を覆われているから何も見えない。
だが向こうからはこちらが丸見えのようだ。
鳥目とは言うが、本来鳥はそこまで暗闇を苦手とはしない。
しかも魔物はほとんどが夜行性。
暗闇での戦いはむしろ得意なのである。
そこで貴也は思い出した。
コポ村での戦いのことを。
「ノゥ、頼みがあるんだけど」
説明しなくても心を読んで、ノゥが力強く頷く。
どこまで思惑通りに運ぶかは分からない。
だが何もしないよりは遥かにマシだ。
貴也は覚悟を決め、ノゥに力強く頷き返した。
「全員目を瞑れッ!!」
あらん限りの力で貴也が叫ぶ。
瞬間、ノゥが光の球を無数に作り出した。
それはコポ村の戦いでの光源に使われた魔法。
だがあの時よりも遥かに光量が大きい。
瞼越しにも目を焼きそうなほどの光の奔流。
それが治まりかけたところで、再び叫んだ。
「今だッ!走れッ!」
言って、離れないように両の手を強く握り直して貴也は走る。
引っ張られながらルーイン、ノゥが続き、状況を理解したエンカも続く。
コーゼオもすぐさま兵士達に渇を飛ばし、それに続いた。
説明する時間がなかったので全員が従うかは賭けだったが、兵士達にとっては勇者アラニスの言葉。
ほとんどのものが目を焼かれずに済んだらしく、迅速に行動を開始している。
追いかけられる魔物はいない。
真っ暗闇の中、突然に目を焼くほどの光を浴びせられたのだ。
目を白黒させ、飛んでいることもままならずにバタバタと地に落ちる。
「コポ村の時にやられたことの逆ね!やるじゃない!」
走りながらエンカが頷き褒める。
辛酸を舐めたあの夜の仕返しが出来た思いなのだろう。
「えぇえぇ!実に素晴らしいです!さすがです!さすがは我が友ですねぇ!」
「いいから走れッ!」
とにかく森から出なくてはならない。
森さえ抜ければ馬がある。なんとかラングドルまでは逃げきれるだろう。
仮に逃げ切れないとしても、視界が開けている分このまま戦うよりは勝算がある。
どの程度で魔物達の視力が回復するかは不明だが、インプを追いかけて進んだ距離は、そう遠くはない筈だ。
じきに森を抜ける。
――そう思った。
――――誰もがそう願っていた。
「おかしくないかッ!?」
出口が見えない。
「そんなに深くまでは入ってないハズよ!?」
戦いながらもジリジリ後退はしていた。
もう抜けるはずだ。もうとっくに抜けていなければおかしいのだ。
「……まさか」
絶望的な答えに行き着き、兵士の一人が漏らす。
そして皆が思い出す。
この森がなんなのか。失念していたその呼び名。
「……迷いの森」
死の気配は未だ彼等の上に纏わりついていた。




