インプは笑う
迷いの森。
コポ村の裏手にある大森林に比べれば、たいした面積ではない。
しかし不思議と、奥へ行こうとすれば道に迷い続けてしまうという曰く付きの森。
二時間の行程を経て、貴也達はその森に到着した。
「さて、どこから捜索しましょうか」
森を見渡しながらエンカが言う。
拳の感触を確かめるように何度も手を握り開いているあたり、臨戦態勢といったところだろう。
ルーインは予め申し渡していたとおりに、ノゥの手をしっかり捕まえてくれているようだ。
ノゥも大人しくそれに従っている。
「えぇえぇ、確実に見つけるにはこうしてしまいましょうか!」
コーゼオが護衛の兵達に合図を送った。
すると彼等は等間隔でずらりと横並びになる。いわゆるローラー作戦のようだ。
「この程度の森ならば、この陣形で数往復もすれば完全に制圧できるでしょう!
しかもお互い視認できる位置ならば、迷うなどという馬鹿げたこともなぁい!
ん~、我ながら素晴らし名案ですねぇ!」
確かに理には適っている。
そして首尾よくインプを見つけられたら、あとはそこに集合すれば良い。
「では勇者どの。
ワタクシ達は、この列の後ろからついて行くことといたしましょう。
さぁ、全軍進んでくださぁい!」
号令を合図に、ザッザッと足並みを揃えて兵士達が前進を開始した。
その後ろを貴也、エンカ、コーゼオ、ルーイン、ノゥの五人が続く。
この分であれば自分の出番はないかもしれないと、エンカは少しだけ緊張を解す。
ノゥに至ってはピクニック気分でお菓子を齧りながらの行進。ルーインも分けて貰ったのか頬が膨らんでいる。
踏み入って分かったことだが、この森は広さと同様に、樹木の密度もコポ村の森には遠く及ばないようだ。
スコールのように木漏れ日が差し込み、朝露に反射してキラキラと輝いている。
足元をしっかり確認出来るだけの光量があるのは大変ありがたい。
もしそれが覚束ないほど暗かったならばノゥの魔法で照らしてもらうつもりだったのだが、兵士の数を考えると魔力が持つのか心配なところであった。
その心配がなくなっただけでも、非常に楽な行軍となる。
いつしか貴也の緊張も解れ、商店街を散歩しているような気楽さで歩いていた。
行軍を始めてから40分程経過した。
心的な負担が少ないとはいえ、整備されていない森の中を歩くのは中々に体力を消耗する。
用意していた水筒に初めて口を付けた頃、先を行く兵士から声が上がった。
「報告します!どうやら森を抜けたようです!」
確かに一歩一歩と光量はさらに増しており、先の兵士に追いついた時には一気に視界が開けた。
目の前には草原が広がっており、地平線が見えるほど遮蔽物がなにもない。
貴也達は横並びの列の中央後ろに位置しているのだが、右の方の兵達は貴也達より先に森から抜けていたようだ。
左側の兵達はまだ森から抜けきっていなかったので、もう少しまっすぐ進んだところでコーゼオは行軍を停止させた。
そして、最左に位置する兵士のところに全員集合させ、そこを起点に左側に等間隔でまた兵士を展開させる。
「はぁい、では戻りますよぉ!
向こう側に出たら一度休憩するので、頑張りましょう!」
そして来た道を戻る。
これを数度繰り返して森の左端に到達するまでには、隠れているインプを見つけることが叶うだろう。
コーゼオが適宜指示を下し、兵士達はキビキビと従う。
当たり前のことなのだが、それにしても――
「意外でしたかぁ?」
ぬぅっと、考えごとをしていた貴也の視界にコーゼオの顔が割り込んだ。
「えぇえぇ、よく言われます。
ワタクシのような変人が元帥などという地位にあって、まともに指揮が出来るのかとねぇ。
いえいえいいのです、お気になさらず、ワタクシもそう思いますから」
言い淀む貴也をよそに、愉快そうにコーゼオが笑う。
「この地位は親の七光り。
誰もが思うことですからねぇ。
しかぁし、だからといって、だからこそ!
見せねばならないのですよぉ!その地位に相応しい実力をねぇ!」
そう言って拳をグッと上に突き上げた。
昨日から何度目かのそのポーズに、空になにか恨みでもあるのかと余計なことを考えてしまう貴也。
だがコーゼオの決意と覚悟は本物なのだろう。
そうでなければ危険を冒してまでこんな所に来ない。
馬車の中の会話も、少しでも知識を吸収し国のために役立てたいという努力なのかもしれない。
「それにですねぇ、期待もされていると思うのですよ。
なんだかんだ、父は海賊らしく実力至上主義ですから。
その父がワタクシにこの地位を与えたならば、それに答えるのが息子の務めというものではないでしょうか」
言いながら、ぶつかりそうになるツタを腕で払い進む。
なんとなく、コーゼオという人間を誤解していたのではないかと貴也は思った。
親の威光を借り、自由気ままに権力を振るう。
いつもの狂人めいた態度から、そのような先入観をもってしまっていた。
そのことに恥じ入りつつ『なぜそんな話を俺に?』と聞いてみる。
「似ていると思いませんか?ワタクシ達は。
分不相応な立場に追いやられ、勝手に期待されている。
それでも懸命に期待に応えようとしている健気なところなんかが特にねぇ!
そんなあなたとお友達になれたらと思いましたのですよぉ!」
照れ隠しのように、いつもにまして大仰に手を振り回しながらコーゼオが告白した。
『照れんな』と軽くツッコミを入れたのは貴也なりの返答。
友達になるかどうかは置いておいて、少なくとも距離感は縮まった気がした。
そうこうしているうちに、いつの間にやら出発した側の森の出口に到着。
ここで暫しの水入れとなった。
「片道40分、往復で1時間20分といったところですね」
時間を計測していたルーインが伝える。
森の広さを考えれば、あと二往復。
つまり、あと2時間40分で踏破出来る計算だ。
「道のりだけでしたら、合計で4時間。
ラングドルまで2時間ですので、休憩時間などを加味するとギリギリですが、貴也さんのお身体をベッドで休ませることができそうで良かったです」
「そんなとこまで気遣ってくれてたのか。
ありがとう、ルーイン。
俺は、帰りの馬車の中で眠りに落ちてしまっても構わないと思ってたよ」
「またルーインの膝の上で?」
「ばっ、ちが、そういう意味じゃねぇよッ」
互い笑い合う、穏やかな時間が流れた。
ルーインとノゥには疲れが出てきているので、馬車で待機していてもいいのでは?と提案してみたが二人とも固辞。
さすがにそれは気が緩みすぎだと反省を促される。
ここまで、インプどころか魔物の一匹も現れていないので、どうにも油断している。
それは貴也達だけでなく、談笑している兵士達にも言えるのだが。
だからだろう。誰も反応出来なかったのは。
「ぐあぁッ!」
突然の叫び。
一瞬何が起きたのか分からない。
「敵襲!」
兵士の一人が発する。
見れば、最初に声をあげた兵士の肩には矢が刺さっていた。
しかしいつ、どこから?
答えはすぐにやってきた。
「森の中から撃たれてるぞ!盾構え!元帥を御守りしろ!」
サッとコーゼオを中心に集合し、防御の陣を敷く兵士達。
その陣に貴也達も合流する。
数は多くないものの散発的に矢が飛来し、金属音をたてて盾に跳ね返される。
それが暫く続き、そして攻撃の手が止まると、ソイツは森から顔を覗かせた。
「死ニタクナカッタラ、トットト帰レ!」
そう警告し、ケケケと笑いながらインプは素早く森の中へと消えていく。
「捕まえるのでぇす!!」
間髪入れずにコーゼオの怒号が響き、燃え上がるような勢いで兵士達が森へと殺到する。
「私達も行くわよ、貴也!」
エンカが走り出し、貴也もそれに続く。
ようやく見つけたのだ。逃してなるかと誰もが先を急ぐ。
先頭を走る兵士は、まだインプの後尾を視界に捉えているようで、迷いなく森の中を分け入っていく。
罠かもしれない。
一瞬そんな思考が貴也を過ぎる。
だが隣で並走するコーゼオは否定した。
「罠を張っているなら『トットト帰レ』ではなく『コッチニコイ』と言うんじゃないですかね?
それに罠だとしても、あの程度の本数しか矢を放てなかったなら、大した数ではないでしょう」
しかし貴也の胸中には不安が広がり続ける。
コーゼオの言う『理』は、魔物の知能が低いことを前提としている。
だが想定以上に知能の高い魔物であったならどうか?
あえて裏をかくための言葉。
数が少ないと見せるための攻撃。
他にも不安材料がある。
迷いの森なのに、一度も迷っていないこと。
ただの一匹も魔物に出会っていなかったこと。
「ぎゃぁぁぁぁッ!!」
先頭から兵士の絶叫が木霊し、貴也の思考は打ち切られる。
先を行っていたエンカに追いつき、立ちすくむ彼女の視線を追った。
血と内臓とを腹から噴出し、宙に浮いている兵士。
いや、浮いているのではない、咥えられているのだ。大型の鳥の魔物に。
「グリフォン……」
鋭く太い嘴、止まり木の枝を握り潰しそうな爪。
鷹を巨大にしたような勇ましい鳥が、頭を振って咥えていた兵士を投げ捨てた。
その光景に視線を捕らわれていると、今度は右の方からも兵士が叫ぶ。
兵士は巨大な蛇に絡め取られていた。
否、巨大な蛇ではない。巨大な蛇の尾をもつ鳥である。
「コカトリスまで……」
瞬く間に、兵士達に動揺と恐怖が伝播する。
それは貴也も、エンカも、ルーインも、コーゼオも同じだ。
なぜなら……。
「ノコノコツイテキヤガッテ。ココガオマエラノ墓場ダ」
人語を話すインプ。
それを中心に、木という木、枝という枝から一斉に、重低音の羽ばたきが聞こえたのだから。
迷いの森にインプの笑い声が響き渡った。




