かっちゃくっちゃねぇ。
どうしていいかわかりません。
良川双葉と名乗ったその男は、乱暴にことはさんの腕を掴み、抱き上げた。
彼はことはさんの頭を自分の胸に押し当てて、彼女が俺の顔を見れない様にした。
そして、後方に投げ捨てた拳銃を……その手に握った。
真っ直ぐに俺に向けられた黒鉄は、鋭利な光を放っていた。
撃たれる。
そう思うが早いか否か、双葉は引き金を引いた。
刹那、頬を鋭い風が裂いた。
顎に生温かい液体が滴った。
殺される。
俺はほとんど、猛る虎に追い回される兎の様に、だだっ広いフロアを駆けずり回った。
障害物はやたらとあった。
病院によくある様な、レントゲンを撮る機会らしき物や、デスク、パソコン、周辺機器。
それらの陰に隠れながら、俺はどうやって逃げるかを考えた。
もちろん、ことはさんと良川と一緒に。
良川を抱えながら逃げるのは、この状況下じゃ難しい。
ことはさんは敵の腕の中。
彼女が敵を攻撃してくれるなら、話は別だが……残念ながらそれはない。
結論。
敵の動きを封じ、良川とことはさんを連れて逃げる。
良川双葉は弾切れも気にせずバカスカと銃を打ち込んでいる。
跳弾した弾が、俺の頬や耳を掠めていく。
不思議と、痛くはなかった。
ただ、肌から血が噴き出す度、心の中で唸りをあげていた得体の知れぬ感情がふつふつと、湧き立ってきた。
何だ………。
何だ、あいつは?
ヨシカワフタバ。
良川なんて苗字、別に珍しくない。
でも……あの昏い瞳は。
闇の映るあの瞳は。
人間味のないあの顔は。
俺の脳裏には、既に一つの結論とも言えるある発案があった。
けど、それはあくまで発案。
結論とするには、色々な説明が足りない。
ふと、つま先に何かがぶつかる感覚があった。
見ると、それは長い鉄の棒だった。
辺りを見回しても、他に武器になる様な物は無かった。
棒を握ると、冷たい重みに肩が下がった。
馬鹿馬鹿しい。
いくら旧式といえどアイツが持ってんのは拳銃。
敵う訳がねぇ。
俺はポケットの中の、幸せな星屑達を思い出した。
いや、幸せになる筈の二人の星屑と言うべきか。
どうして。
どうしてアイツは、もっと早くこの世で幸せになりたいと思えなかったのか。
どうしてあの人は、良川を止めてくれなかったのか。
それら全ての答えが、これか。
「そんな事、気づかなかった」
死にたいと思って灰色の日々を過ごしていた良川には、この世での幸せに気づかなかった。
そして、そんな良川がやっと現世での幸せに気付いた頃、彼女……成田幸子の瞳には良川はいつの瞬間よりも輝いて見えたんだろう。
それがどんな結果をもたらすかに、気づかなかった。
根本的に、良川五月は変われなかった。
アイツは、やっぱり、自分を犠牲にしてしまった。
世界を救ったヒーローとして死ぬより、自分の手に届くものだけを守って……やっぱり、死を選んだ。
「わや……かっちゃくちゃねぇ」
あの日、部屋に流れ込んだ風をまるきり新しい物として吸い込んだのは、俺だけだったのか?
あの日の、雨上がりの雲ひとつ無い空はお前の目にはやっぱり、額縁の中の、モノクロ写真にしか見えなかったのか?
最早行き場すらないそれらの疑問を、丸ごと棒に籠め、俺は敵の前に躍り出た。




