おど。
お父さん。
世界最高の頭脳と崇められた彼の頭を、そっと床に下ろした。
もう、彼を「世界最高の頭脳」と呼び、縛る人間はいなくなる。
彼は死んでやっと、「良川五月」と呼ばれる様になる。
その邪魔は、させない。
俺は立ち上がり、それで漸く外の音を認識できた。
ことはさんが、泣いている。
いや、涙はない。
だが、その叫び声は泣き声の様だった。
彼女が縋り付く男は、一丁の拳銃を握り締めていた。
自分の脳天に火が落とされた様な怒りを感じたのは、生まれて初めてだった。
「お前が良川を殺したのか?」
男は答えなかった。
ただ、左手の拳銃を後方へ投げ捨て、懐から出した煙草を咥え、靴底でマッチを擦った。
俺を殺す気はないのか……?
良川を庇う様に立ち、俺は男を注視した。
赤っ茶けた、男にしては少し長い位の髪で顔の左側を隠している。
隈で囲まれた右の眼光は鋭く、眼力だけで膝が笑いそうになる。
怖い。
ことはさんが震えるのも分かる。
男の得体の知れないのが怖い。
人間の底の知れないのが怖い。
煙草をふかした彼が顔を上げた瞬間、隠された顔の左側を見てしまった。
思わず息を飲む。
そこには、赤黒く変色変形した皮膚があった。
火傷の痕だろうか。
瞼が爛れて、黒目の無い目玉が剥き出しになっていた。
それにも関わらず、この男は隠す気配もない。
これが、本当にことはさんの「お父さん」なのだろうか。
「小山内美玲で違いねぇな?」
前触れもなく、男は口を開いた。
白い煙が生き物の様に、男の周りを取り巻いた。
その煙が甘い匂いが鼻腔を掠めた。
唐突に、喉が渇いた。
「それは、俺です」
自分の物と思えない程、嗄れた声が出た。
それが先触れであったかのように、ことはさんは男の腰の辺りにしがみつき、雀の様なかなしい声でそう叫んだ。
「お父さん! 待ってください……トマト君は、違うんです。無関係なんです!」
彼女のその言葉は、俺を殺さないでくれという、嘆願なのかもしれなかった。
だが、男はことはさんを睨み付けた。
「無関係なわけあるかよ。
小山内美玲も標的。ハナからそれは変わらねぇ」
それきり、彼女は黙り込み、男の腰に回した手を離した。
ことはさんの表情は、人間でいう「恐怖」そのものだった。
ことはさんのその表情に促されるように、喉からは声が出た。
「……お前は、誰?」
そして、俺は男を正面から見つめた。
人間味のないこの顔に、奴を思い出した。
「俺がこのA-01を造った」
男はそう言って、ことはさんを見おろした。
ことはさんは欠損した腕を抱いて、下唇を噛んで何かを堪えているように見えた。
俺は彼女の背中にあった、生々しいナンバリングを思い出した。
A-01。
「……ちがう。ことは だ」
「知らねぇ」
男は煙草を床に落として、踏み消した。
どうしてこの男はこんなに冷血なんだろう。
父と呼ばれてなお、こんなに冷血でいられるのだろう。
「仮にも、生みの親だろうが」
「生みの親が居ないお前に、とやかく言われる筋合いはない」
「お前……」
「お喋りはお終いだ。小山内美玲。
お前はこの俺……良川双葉が殺す」
男は薄い唇を横に引き、悪魔の様な表情を見せた。




