終わらしに、行くべ。
終わらせに、行きましょう。
そこにあったのは、瞳の光を失い始めた彼女の亡骸だった。
あんなに美しかった黒髪は燃え、切られ、見る陰もない。
あんなに滑らかだった腕や脚も断裂し、人間の血管や骨の代わりをしていたと思しきパーツが、まるで本当の臓物の様に彼女の身体の断面からだらしなく垂れ下がって、そこからはまるで血の様に油が滴っていた。
小さな耳だった場所には集音器か何かが歪にあてがわれ、防具という防具もなく、競技水着の様な物をその痛々しいほど儚い身に纏って、研ぎ澄まされた桐の様な手と、猛禽類の様に巨大な足を付けられていた。
銀河を映していた瞳は朧げで、口は少し開き、何か音を発している。
ただ、彼女の背中で無残な姿を晒す白い羽が、ただただ綺麗だった。
燃え盛るこの場所で、一体何が起きたのだろうか。
彼女は墓穴の様な洞窟の奥深くで息を殺して……いや、息も上手く出来ない状態になっていた。
この場所も、もう長くはないだろう。
俺が彼女を見つけられる程、この洞窟の中は街の炎で明るく照らされてしまっていた。
早く、早く良川に合流しないと。
俺が洞窟内へ一歩踏み入れた瞬間だった。
「ク……ルナ、コ、ロ、ス」
彼女はその長い爪の先を俺に伸ばした。あと少しで、その爪は俺の眉間を貫いてしまいそうだった。
来るな、殺す。
彼女には、もう、俺は見えないのか。
「ことはさん、帰ろう」
見えなくたっていい。
感じなくたっていい。
ただ、この言葉が届いてくれれば、それでいい。
「コ、コト…ハ」
彼女の瞳は揺らぎ、若干の光を取り戻した。
ああ、良かった。
聞こえたんだ。
伸ばされていた爪は見る見るうちに縮小し、彼女の手に収まった。
「ことは。
あなたは、ことはなんだってよ」
その瞬間だった。
彼女の醜い爪も、掻き爪も、ボロボロと剥がれ落ち、元の小さな彼女の物になった。
瞳には、再び宇宙が映った。
その瞳は、すぐさま俺に向けられた。
「ことはさん」
もう一回、もう一回と、彼女の名前を呼んだ。
その度、彼女を覆っていた歪な狂気は剥がれ落ち、最後には羽も抜け、スーツも霧になって消えた。
その時初めて、良川がカーディガンを着て行けと言った意味が分かった。
「これ、着て」
俺はそれまで着ていたカーディガンを脱ぎ、丸めてことはさんに投げた。
ことはさんが着替えている間、俺は変わり果てた世界を見ていた。
ここが、俺がいるべき世界だったのか。
あの日も、こんな色だった。
紅。
炎で涙も流せなかった。
熱風で叫べもしなかった。
シェルターに隠れてたんだ。
そしたら、そしたら……。
「美玲くん」
俺の名前。
でも、呼ばれた事のない声。
綺麗な声だよ。
ちゃんと、呼べるじゃん。
振り向くと、ことはさんはカーディガンを着て、奥でへたり込んでいた。
脚が片方無いせいで、歩けないらしい。
俺は中へ入り、
「失礼」
一応それだけは言って、いわゆるお姫様抱っこという物をした。
てっきり嫌がられると思ってたのに、
「ありがとう」
ことはさんはそう言って、俺のシャツを、残った方の手でしっかり握った。
その手は、微かに震えていた。
俺が、今度は俺が守ってみせる。
背中と膝の裏にしっかり手を添え、
「終わらせに行こう」
炎の中を走り抜けた。




