表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/34

かんごうかい。

花見。


幸せそうに、良川は蟹を食べ、酒を飲んでいる。

これが、命を狙われている男の姿だろうか。

緩みきった口からは、調子外れの昔の歌が聞こえる。



俺はマフラーに顔を埋めて、ココアを飲んでいた。

隣には、ストガさんがりんご飴をがりり と齧りながら、眼下に広がる街を眺めている。

彼女の白い肌の上を、たびたび桃色の花弁が滑った。


「トマトくんは、今のままの世界がお好きですか」

「というと? 」

「ソフィストが本格始動するまで、何もしない方が良いと考えていますか」

「いや、無理。今更、できない」

「そうですよね」


ストガさんは、悔しいのだろうか。口唇を軽く噛んだ。

本当に、惚れ惚れする人間くささだ。

だけど、彼女は本当にロボットなんだ。

その事を知っているからこそ、俺は彼女が好きだ。異常な奴だと思われても良い。それでも俺は、この人が好きなんだ。



「実は、明日、あっちの世界で大規模な戦争が始まります」



ぎゃふん。


俺は出し掛けた頭を首から引っこ抜かれた心地がした。

ストガさんの口から発せられた言葉の一つ一つが鉛玉に変わり、俺の胃に重くのしかかった。

ついさっき現実を認めたばかりなのに、俺はもうそれを否定したくなっている。

そんな自分に嫌気がさす前に、俺は自分に呆れた。


どんなに逃げてたって、現実はあの手この手で俺を捕まえに来る。


これは、言霊か。

現実しかない俺に降りかかる、言霊か。


「私はそちらへ行かなければなりません」

「そちらって……戦争に? 」

「ええ。当分帰りません」


嫌にハッキリと発せられた言葉は、俺と彼女との間に冷たい壁を作ってしまった。

彼女は一度も俺を見ず、真っ直ぐ前を向いている。

そこに、現実があるかのように。

そんなところに、現実はあるのか?

どこを向いたって現実じゃないか。

そしたら、その中から本当の現実なんて、見つけられないじゃないか。

そもそも、本当の現実なんて、あるのか?



「トマトくん、現実から逃げるなんて無理な話です。

どこを見たって、現実なんですから」


俺の心中を酌み取った彼女の言葉も、今は残酷な物でしかない。


そんな、そんな絶望があるのか。

俺は現実を信じて生きてきた。

現実は現実であり、嘘をつかない。

なのに、なのに、一体どうしてそれは残酷なのだろう。



「どうして、あなたなんですか」


現実はどうして俺を選び、彼女を選んだんだろう。

俺はしがない平凡な男子中学生に過ぎなかった。

彼女は、そもそも産まれる意味が無かった。




………良川五月さえ、いなければ。





「トマトくん、ダメですよ。

歴史にたらればは、無いんですからね。

いつだって、その瞬間の判断が歴史を作っているんです。

そして、その瞬間の判断を下すのは、私達です。

例え良川五月がいなきゃいないで争いは起こるんです。

あればあったで戦争するし、なきゃないで戦争する。

どちらにせよ、私という存在を創り出すんです。

遥か昔、気の遠くなる程昔、隕石にへばりついたアミノ酸が地球に落ちて、あなた達が生まれたんです。

それから考えたら、今日の今という時間に私という存在があるのは、凄い事だと思いませんか。あなた、元はアミノ酸なんですよ。

ですが、進歩には必ず何かしらの弊害が付き物です。

もしも人間に欲求や感情が無ければ、進歩もなかった代わりに争いも無かったでしょう。

言いたい事、分かりますか」



ストガさんの瞳は、強い色を放っていた。

見る人が圧倒されそうなその瞳には、宇宙の息吹があった。

それを見た瞬間に、俺の頭の中で、ジグソーパズルの欠けたピースが揃った。


この瞳の彼女だ。

俺をあの桜の樹の下で抱きとめたのは。


この瞳の彼女だ。

迫り来る炎の腕から俺を掬い取ったのは。


「私の仕事は、良川五月を殺す事。そして、この世界を守り抜く事……。

でもね、トマト君」


顔を上げると、強い光を放つ瞳と、ぶつかった。


「私にとって一番は、トマト君の笑顔なんですよ」

「……は」



彼女の手が、俺の額を撫でた。

冷たい。

俺の顔が熱いせいだ。



「最後にりんご飴が美味しい事に気付けて、良かったです」



りんご飴の色した、彼女の唇。

この色を、俺は、ずっと忘れらんねぇと思った。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ