桜祭りさあんべぃ!
桜祭りに一緒に行きましょう!
花より団子。
団子より蟹、鴨肉、わたあめ。
蒸した蟹と、茹でたガサエビ。
山菜たっぷりの炊き込みご飯をおにぎりにして、アルミホイルに包む。
重箱にそれらを入れて、風呂敷で包んで車に運び入れた。
車の荷物入れには、すでにテントや日本酒の木箱が積まさっていた。
十人乗りの、水陸空三用のシルバーカー。
これは良川の車で、俺が準備したご飯は今日花見に行く、メンバー全員分の物だ。
……。
はぁ。
全くもってため息が出る。
事の発端は昨日に遡る……
昨日の俺は、ストガさんとふたりきりで商店街で買い物をしていた。
それは花見に行きたいという彼女の望みを叶える為でもあったし、自分の新しいマフラーが欲しかった為でもあった。
花見のための食材や、道具を一通り買い集め、駅前に服を見に行った。
恥ずかしながら、俺は満更でもなかった。
私服の、信じられない美貌の彼女と並んで道を歩いて、他愛ない会話をする事。まるでデートじゃないか。
それまで受け入れ難く感じていた春の陽気も、知らないうちに俺の心を弾ませていた要因であった事を、ここで自白しておく。
昨日のあの時まで、俺は悲しくワクワクしていた。
あの時までは。
駅前の服屋で赤いマフラーを買った時、俺は久しぶりにある人物と会った。
「おう、久しぶり」
通路の向こうで、俺に向かって右手を挙げた人物。
「七海輝? 」
それは、琴寺七海輝。
その人だった。
「珍しいな、彼女さん? 」
七海輝が指差したのは、他でもない、ストガさんだった。
指差されたストガさんは、「誰です?」と小さく尋ねた。
そこで俺は、
「こいつは琴寺七海輝。
小学校まで一緒だった、友達」
とか説明したと思う。
本当は、友達ではない。
つい一年前まで付き合っていた、元カノ……である。
学区が近いからよく会うが、ちょっと気まずかったりする。
だが、琴寺七海輝という女は、そういう気まずさを全く感じていないようなのだ。
「どうも。琴寺七海輝です。
今は青山中学で番長やってます」
ピシリ。
ストガさんの表情が凍結した。
さすがに想定外の自己紹介だったらしい。
彼女は俺に「説明してくれますか」と、凍りついた笑顔のまま言った。
俺が口を開いたのとほぼ同時に、
「説明も何も。そのまんまだよ。
ケンカもカツアゲも何でもござれな荒くれ者どもを牛耳る、孤高の女番長……なんつって。
あ、勘違いしないで欲しいけど、美玲は全然不良とかじゃないから。
むしろ、ヘタレ? 」
「だれがヘタレだよ!
お前、自己紹介で良い印象持たせようとか、ねえわけ?
ほら、ストガさんもドン引きしてんじゃん」
「ストガ? 」
「どうも、ストガです」
「ストガって何、苗字? 」
「そんな感じです」
にこり営業スマイルのストガさん。
七海輝は俺の肘を小突いて、
「彼女じゃないの?」
「誰がそんな事言ったのよ」
七海輝にはデリカシーがない。
どうして別れて間もない元カノに、「彼女です」なんて言えるんだ。
いや、実際、そういう関係じゃないんだけど。
「じゃあオレはそろそろ…」
顔に「なーんだ、つまんないの」と書いた七海輝が、帰ろうとした時だった。
「美玲と七海輝ちゃんとストガちゃんじゃないか!奇遇だね」
聞き慣れた声が後ろから飛んできて、振り向くと、良川がいた。
「あ、良川センセイ。
どうも久しぶりっすね」
七海輝がダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、軽く一礼した。
「先生なんてそんな、カタイのは抜きにしようよ」
良川は買い物袋を両手いっぱいに持って、こちらへ来た。
出来る事なら、俺はすぐさまその場を立ち去りたかった。
ストガさんの表情が、その奥に隠された、あるはずのない真理がまた気になってしまった。
俺はただ、恒久の時間が流れるのを、買い物袋を握り締めて待っていた。
だが、この世に天使はいても、神も仏もいない。
再びその事実が、目の前に立ちはだかった。
「美玲とストガちゃんもおいでよ」
「え?」
それは、柔和な笑顔だった。
「やだなあ、聞いてなかったの?
明日、俺が友達と一緒に花見するから、一緒に来ないかって」
返事はしなかった。
黙って、ストガさんを盗み見た。
ストガさんは良川を見ていた。
ああ、嫌だなあ。
今だけは、大人の言う事、聞いて欲しくなかったのに。
……まあ、断り切れなかったから俺は今、良川の車に乗っている訳で。
ストガさんはやっぱり、良川を見ている。
その瞳に、良川がどう映っているのか? それは分からないけど。
「スーさん、その服、どこのブランド?」
「さあ……クローゼットに入ってたのを着て来たんです。
……スーさん? 」
「へえ、センスいいね」
七海輝が感嘆するのは、よく分かった。
今日のストガさんは白のロングスカート。春の緩い風を思わせる、なだらかなフリルが付いている。
羽織りは、綿あめの様に柔らかい水色のニットカーディガン。ポケットにはリボンがあしらわれていた。
全体像はお菓子ちっくで子供っぽい雰囲気だが、ストガさんが着るって事で逆に何か崇高なオーラが漂っている。
……言い過ぎ?
「ていうか、七海輝がこういう服褒めんの、珍しいな」
「そ? いや、オレは着ないけどね。
可愛いと思ったらすぐ言うよ」
男前な七海輝は、ワインレッドのファーが付いた黒の革ジャンを着て、ダメージスキニーと真っ黒なゴツイブーツをさらりと着こなしている。
うーん。
俺にはこういう服も、さりげない褒め方も無理だ。
「で。何でお前は一言も発しないワケ? 」
七海輝の鳶色の瞳が向いた方向。
そこには、不機嫌である事を隠そうともしない、仏頂面の佐野雅がいた。
「車酔いでもしたんですか?」
ストガさんは窓の外を見ながら、どうでも良さげに言った。
まぁ……雅がこんな状態な理由はハッキリしてるけど。
「吐くんなら窓開けろよ」
「やかましい」
「ていうか、何でお前がいるわけ?」
「……こっちのセリフじゃ、ボケ」
出た、メンチ切り対決。
仮にも女子相手に、雅が大人げないって?
そんな事ねぇ。
青山の女王蜂、琴寺七海輝を舐めてっと痛い目に遭う。
ああ、そう。
雅と七海輝は、すげえ仲悪ぃ。
なのにどうして二人が隣同士座っているのか。
ケンカする程仲が良いって事なのかもしれない。
あの二人は磁石のS極とN極よろしく斥け合いながらも、気が付けば二人寄り添って歩いている。
何も知らない人から見れば犬と猫の喧嘩だろうが、事情を知る俺や良川から見れば蜂と蛇の喧嘩。
あまりそばに寄ると、彼らの毒にアタッて死んでしまう。
「トマト君、レタス君は意外と女々しいかもしれませんね」
「れ……?
あ、雅の事か。髪が青緑色だから」
「そういう事です。
仲がよろしいんですね、あの二人」
「やっぱりそう見える?
……そんな事ねぇと思うけどなぁ」
「それはそうと、私には理解できません」
「あの二人が? 」
「いいえ」
ストガさんは俺の方をキッと見た。
その言葉には、やはり、怒気が感じられてしまった。
何に対する怒りなのか。
「私が理解不能なのは、良川五月です」
ストガさんは声を潜めた。
「良川?」
俺もつられて、小声になった。
そして、ストガさんの瞳の示す方……運転席の良川を見た。
助手席には俺の学校の数学担当、成田幸子が乗っている。
友達 とは、成田ちゃんの事だったようだ。
「良川五月はどうして、こんなに平穏な人物を集めたんでしょうか」
「どういうこと? 」
「だって、変ですよ。
どうして彼はこんなにも大勢を巻き込もうとしているんでしょう」
「巻き込むって……たかだか花見じゃん」
「たかだか? ソフィスト達がどこで彼の身を狙っているのか全くわからない状況なのに?
世界の交換がもたらした影響を、良川五月は誰よりわかってる筈なのに?
分かりませんか、トマト君」
ストガさんの黒い目玉が、ギョロンと俺に向いた。
思わず、生唾を飲んだ。
「あなた達はソフィストにとって良川五月をおびき出す餌になり兼ねないんです。
その数は多ければ多い程、良川五月はソフィストに寄るはず。
そして……最も重要な切り札は、あなたです」
「……俺? 」
「そうです。
良川五月を調べれば、トマト君の名前が腐る程出てくるでしょうし、何よりあなたは世界の干渉を知っている」
「なら、あの時俺をさっさと誘拐すれば良かったんでないの?
それに、俺はそんときのことはなにも覚えてねぇし」
「駄目ですね、トマト君。
いや、人間的には満点なんですけど。単細胞で」
「単細胞って……」
「大きな切り札は、最後まで取っておく物です。
おもしろくありませんから」
そう言って、ストガさんはにっこり笑った。
俺は口を開けて、何か言おうとした。
しかし……
「皆、着いたよー」
良川は白い歯を見せながらにっこり笑って、俺らを見ていた。




