第九話 かすった男
律の記録を、僕は新しい目で読み直した。昨日までとは問いが違う。昨日までは、こう問うていた。
「律はなぜあんなに深く潜れたのか」
答えはいつも同じだった。
量が桁違いだったから。
化け物だったから。
でも今日の僕は、こう問う。
「律の量を丸ごと注ぎ込んでも、あの深さに、本当に届くのか」
僕は、あの夜自分の身体で測った削れ方を、律の量に当てはめてみる。化け物じみた量をそのまま深いところの削れ方で割っていく。
答えは、少しだけ足りない。
量だけでは、律の到達深度にはほんの一歩、届かない。なのに、律はそこへ行っている。量では説明のつかないその一歩ぶんを、律はどこから捻り出したのか。その一歩の中にたぶん僕の間に合わせと同じ影が潜んでいる。喉の奥に二年引っかかっていた小さな骨がすっと抜けた気がした。律は量で押しながら、無意識に効率をかすっていた。そのかすったぶんだけ、量で行けるより一歩深く行けた。でも、律はそれを道として理解しなかった。だから一歩で止まった。僕はその一歩を道にする。律が偶然掠めたものを、僕は正面から歩く。
問いが変われば見えるものが変わる。これも座学で習ったことだった。答えを探す前に問いを疑えと。誰も、律に対してその問いを立てなかった。立てる理由がなかったからだ。化け物だから行けた。その説明で誰もが納得してしまった。納得してしまえば、そこで検証は止まる。届くはずだと世界は流している。誰もそこから先を計算しない。深いところの削れ方のデータが、そもそも足りないからだ。律より深く潜った者がいない。だから比べる物差しがない。律は測られないまま神話になった。
物差しなら僕が持っている。あの夜の自分だ。僕は自分の身体で深いところの削れ方を一度測ってしまった。その生々しい一点を曲線の錘にする。浅いところのデータとあの夜の一点を繋いで、削れ方の曲線を引き直す。粗い曲線では誤差の幅が広くて、律の深度はその中にすっぽり収まってしまう。「化け物だから」で済んでしまう。でも曲線を詰める。何度も何度も詰める。誤差の幅を少しずつ削っていく。一晩では終わらなかった。何日もかけた。新しい実地のたびに、深度と削れ方の生きた数字をそっと持ち帰る。規定の深さで引き返すふりをして、その一歩ぶんの本物の削れ方を身体で測って帰る。その一点一点を、曲線の錘にする。錘が増えるほど曲線は身動きが取れなくなる。勝手に上へ逃げることも下へ逃げることもできなくなる。「化け物だから」という言い訳が逃げ込む隙が少しずつ塞がれていく。
これは要するに検証だ。世界が信じているモデルが、本当に律の記録を説明できるのか。誰もやらなかった検証。誰もやる必要を感じなかった検証。僕だけがそれをしつこく続けた。すると。律の到達深度が幅の外へわずかにはみ出した。純粋な殲滅——集めて放って垂れ流すだけのやり方では。あの桁違いの量を丸ごと使っても。律は記録の深さにあと一歩届かない。届かないはずの一歩を律は踏んでいる。残差だ。小さなけれど確かにある説明のつかない一歩。
その残差の大きさを僕は知っている気がした。あの夜、僕の陣が僕の命を拾ったあの効きの分。それと同じ匂いがする。たぶん律は。あれだけの量を一点に集め続けるうちに、無意識にほんの少しだけ無駄のない集め方に触れていた。本人も気づかないまま。効率という本当の道を、指先でかすっていた。そのかすった分だけ、律は量で行けるよりあと一歩深く行けた。でも、それだけだ。律はそれが何なのか分からなかった。だから道として歩けなかった。
量で押して、押して、押しきって——かすった一歩のその先で。ついに量が尽きた。そこで律は死んだ。効率を知らないまま。いちばん深いところの手前で。僕はその光景をなぜか鮮明に思い描けた。桁違いの魔力を惜しみなく垂れ流しながら、深く、深く、潜っていく男。どこまでも行けるという根拠のない確信を持って。その確信が正しかったのは、あと一歩手前まで。自分でも気づかないほんの少しの無駄のなさに拾われていた、一歩手前まで。そこから先は、量では届かなかった。律はそれを量が足りなかったのだと思って死んだのだろう。もっと量があればと。違う。量ではなかった。どれだけ量を積んでもあの道の先には届かない。届く道は律のすぐ足元にずっとあった。律が恥じることも縋ることもなかったいちばん惨めな道。それに気づけなかったのは、たぶん、律が強すぎたからだ。量で何でも押しきれてしまったから。押しきれない場所に立たされることがなかったから。
僕は動画の中の律の顔を見た。化け物と皆が呼ぶ男。その男は、本当の道の入口を指先でなぞりながら、それと知らずに通り過ぎていた。僕は量を持っていない。律のような桁違いの量は。でも僕には律が持っていなかったものがある。あの夜恥じながら組んだ間に合わせ。効率という本当の道。量では届かない。効率でなら届く。いちばん深いところ。誰も帰ってこられないあの底。あの夜の海の、あの届かない星。胸の裏の熱が久しぶりにはっきりと灼けた。行けるとそれが言う。僕になら行けると。
けれど、僕は誰にも言わないと決めた。言ったところで誰も信じない。不適性の戯言だと笑われるだけだ。仮に誰かが信じたとして。そのときはそのときでまずい。収束持ちは僕だけではない。少ないが、いる。この使い方が広まれば、彼らも同じことをする。そうなれば僕がいちばん深いところへ行く理由は薄れていく。いや、と僕は思い直す。それはたぶん言い訳だ。本当はもっと単純な理由だ。僕はこの力を誰にも渡したくない。この二年、僕を惨めにし続けたこの間に合わせの杖。その本当の意味を僕はたった一人で見つけた。誰にも教わらず。誰にも助けられず。だから、これは僕のものだ。そういう子供じみた独占欲がたしかにあった。証明するにはあの夜の忍び込みを話さなければならない。それに——なぜか直感が言うのだ。この力の本当の意味はまだ隠しておいたほうがいいと。世界が収束を「量で殴る力」だと信じているうちは。僕はただの燃費最悪の不適性でいたほうがいい。だから僕は口を閉じる。そして一人で静かに始めることにした。




