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第十八話 見極める目(一)


登用の審査は校外の独立した坑で行われた。学校の敷地のさらに奥。バスで二十分ほど。国の管理下にある正式な偏差領域の一つだという。管理はされている。入口には詰所があり職員が入退場を記録している。でも危険度はこれまでの校内の坑より、明らかに一段上だった。


入口に立っただけで分かる。偏差が濃い。立っているだけで抜けていく魔力の速さが校内とは違う。校内の訓練坑が浅瀬だとしたら。ここは足のつかない場所だ。入口の詰所には役所の人間が退屈そうに座っていた。入退場を帳面に記す。機械ではない。この坑のすぐ内側から機械は死ぬからだ。だから記録も人の手と紙で行われる。偏差領域のいちばん外側はいつも、こうして古い形に逆戻りしている。帳面に名を書きながら、僕は入口の奥の黒い口を見た。そこから滲んでくる偏差の濃さが肌にちりちりと触れる。立っているだけで身体を包む魔力が抜けていく。審査を受ける生徒は僕を入れて数人だった。みんな、上級生に見えた。実際、話を聞くと四人が三年生で、一人が二年生。その二年生というのが僕だった。その中に、二年の僕が混じっているのを、彼らは露骨に訝しんだ。不適性が登用に、と。でももう前ほど露骨ではなかった。前期の噂はここまで届いているらしい。


あの深澤が、あの不適正が、認定でごぼう抜きをした、という話は。どうやら学年を越えて広まっているようだった。噂はいつも実物より速く、そして、大きく歩く。三年生の一人が僕をちらりと見て隣の生徒に何か囁いた。囁かれたほうが小さく頷いた。値踏みされているのが分かる。最近僕は値踏みされることにずいぶん慣れた。




審査官が規定を読み上げた。学校の教官ではない。国の免許を管理する側の役所の人間だという。その事実だけでこの審査の性質が知れた。これは学校の中の話ではない。外の世界の入口だ。坑に入り指定された種別の資源を規定量持ち帰る。魔物は当然、自力で捌く。その上で鉱脈から鉱石を。特定の魔物から素材を。偏差領域にしか生えない植物から薬効のある部位を。どれも正しく見極めなければならない。似て非なるものを持ち帰れば減点。採りすぎても、足りなくてもいけない。多く採ればいいというものではないのだ。採りすぎは資源の管理を乱す。国が免許で管理している以上、そこは厳しく問われる。そして最後まで消耗しきらずに生きて戻ること。出力ではなく、判断と生還を問う試験。僕にとってはこれ以上ない隠れ蓑だった。


もっとも、この審査を設計した人間はそんなことは考えていない。ただ探索者として役に立つかどうかを実務的に測ろうとしているだけだ。その実務性がたまたま僕の秘密に都合がよかった。運が良かったと言うべきなのだろう。でも僕は少しだけ別の見方もしていた。燃費を隠したまま通れるということは。この世界が燃費というものをまだ正しく見ていないということでもある。みんな燃費が大事だと言う。言いながら測っているのは結局出力と深度と採取量だ。そのずれ。そのずれの中に僕の秘密が隠れている。





入る。濃い偏差が肌に絡みつく。校内の坑とは明らかに違った。空気そのものが重い。狂った定数が身体の芯を静かに軋ませてくる。立っているだけで魔力が抜けていく速さがはっきりと速い。あの夜逃げ込んだ深さとちょうど同じくらいだろうか。いやあそこより、少しだけ、浅い。その比較ができること自体が、僕の他の受験生にはない財産だった。


彼らはこの濃さを知らない。僕はこれより濃いところで一度死にかけている。ここで演技のために魔力を無駄にしすぎれば本当に危ない。だから匙加減は校内よりずっと繊細になる。僕は掌に陣を組んだ。いつもより少しだけ丁寧に。線を、円を、その内側にもう一つ。身体を包む魔力の抜けが緩やかになる。


ここでも僕の燃費は笑ってしまうほどいい。


いや、校内よりもっといい。濃い偏差ほど陣の効きは増す。あの検証で確かめた通りだった。だから、周りの受験生がこの濃さに早々に消耗していく中で、僕だけが涼しい顔でいられる。その涼しさをまた隠さなければならない。だから演技をする。いつものように。辛そうに少しずつ進むふりを。でもここでの演技は校内よりずっと難しい。偏差が濃いからだ。濃いところでは下手に魔力を無駄使いすれば、演技のつもりが本当に危なくなる。だから僕は消耗しているように見せながら、実際の消耗は極限まで抑える。見せかけの目盛りだけを大きく動かす。本物の目盛りはほとんど動かさない。


その二重の管理が濃い偏差の中ではいっそう神経を削った。力を隠すことは力を出すことよりいつも疲れる。息をわざと荒くする。時々壁に手をついて休むふりをする。誰も見ていなくてもやる。審査官がどこかで見ている可能性がある以上は。




魔物が出た。校内のものより二回り大きい。黒い甲殻に覆われた蟹のような形。音もなくじりじりと間合いを詰めてくる。僕はその魔物の動きを見る。硬い外殻。鈍い動き。関節部が外殻より明らかに薄い。なら火より風で関節を狙う。火は硬い殻に弾かれる。殻を持つものは正面から焼いても無駄だ。硬い殻が火の熱をそのまま跳ね返す。跳ね返された魔力は丸ごと失われる。量のある者ならそれでも押し切れる。弾かれたぶんを、もう一度、もう二度、と上塗りできるからだ。でも僕にはその量がない。だから僕は一発ぶんの魔力をいちばん薄いところに置く。殻の継ぎ目。関節の内側。そこだけを風で正確に断つ。


量で殴れない者は当てる場所で殴るしかない。


その当たり前の引き算が僕をここまで生かしてきた。弾かれた分の魔力は丸ごと無駄になる。僕は風の陣を組む。一瞬で。掌の上に細い線と鋭い円。狙い違わず魔物の脚が砕ける。二本目。三本目。自重を支えられなくなった巨体がゆっくりと傾いだ。止めを刺すのに余分な魔力は使わない。急所は腹側の殻の継ぎ目。座学でそう習った。


倒したあと僕はその魔物の殻の内側から規定の素材を丁寧に剥がした。審査は資源の見極めも問うている。どこに価値ある部位があるか。座学で覚えた。覚えたことが初めて生きた。二年間実地で使えないと笑われながらそれでも覚え続けた知識が。今僕の手を正確に動かしている。少しだけ報われた気がした。




鉱脈を見つける。坑の壁の、少しだけ色の違う筋。削り出すと、中から二種類の鉱石が出てきた。似た鉱石が二種類並んでいた。片方は価値がある。もう片方は、ただの紛い物だ。見た目はほとんど同じ。色も光沢も割れ方も。座学の教本には「熟練者は判別できる」としか書かれていない。判別の方法は書かれていない。


書けないのだ。

感覚の話だから。


でも、偏差領域の中では本物のほうがごく淡く魔力を帯びている。僕はそれを感じ取れる。二つの鉱石を掌に載せる。目には同じに見える。色も光沢も割れ方も。でも片方からだけごく淡い魔力の滲みが伝わってくる。収束の感覚はその滲みを拾う。魔力を一点に集める力は裏を返せば、魔力がどこにどれだけ在るかを細かく読む力だ。集めるにはまず感じ取らなければならないからだ。どこにどれだけ在るかが分からなければ集めようがない。


だから、僕の指先は目には見えない濃淡をいつも読んでいる。紛い物を床に置く。本物だけを規定の数採る。迷いはなかった。僕は鉱石のほんのわずかな魔力の滲みを指先の感覚だけで見分けられる。目ではまったく同じに見えるものを。これもたぶん収束の隠れた使い道の一つだった。誰もそんなふうには使わない。量で焼くための力だとみんな思っているから。僕は本物だけを規定の数採った。紛い物には手をつけない。迷いもしなかった。迷わないことのほうがたぶん異常なのだ。でもそれは見ている者にしか分からない。




植物も、同じだった。偏差領域にだけ生える淡く光る葉。薬効のある部位と、毒になる部位が同じ株に混じっている。厄介なのはその混じり方に規則性がないことだ。上のほうの葉が薬になる株もあれば、下のほうが薬になる株もある。だから株ごとに一枚一枚確かめるしかない。僕は丁寧に選り分ける。薬効のある葉は裏側にごく淡い魔力の脈が走っている。毒になる葉にはそれがない。


見た目は瓜二つだ。形も色も艶も。でも魔力の脈だけが違う。僕は指先でその脈をなぞるように確かめる。一枚一枚。葉の裏に触れると微かな細い流れが指の腹に伝わる。流れがあれば薬。なければ毒。それだけの単純な判別。でもその微かな流れを感じ取れる者はたぶんそう多くない。急がない。急ぐ必要がないからだ。




魔力はまだたっぷり残っている。周りの生徒が消耗と時間に追われている中で。僕だけが静かに確実に正しいものを選んでいた。時間の余裕はそのまま判断の余裕になる。判断の余裕はそのまま正確さになる。燃費がいいというのは、ただ長く潜れるということではないのだ。焦らずに考えられる。それがいちばん大きい。この審査で僕がいちばん強いのはたぶんそこだった。



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