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8 努力と結果は比例しない



「渡せるわけ、ないじゃん……」


 涙を流しながら、フォリアはそんなことを言う。

 その声は、弱々しすぎた。


「もう、クルクスくんに、同じもの渡した女の子がいるって、聞いたの」


 頬を伝う涙を拭きながら、言う。


「それを聞かされて、うち、うち……」


「……ごめん」


 お前が謝って、どうするんだ?


 自責した。

 自分が情けなかった。


 でも、こんな時、俺はなんて言えば良いのか。

 正解が、分からなかった。


「うちって、ほんとバカだよ」


 フォリアは言い続ける。


「適当に、自分の好きな心と、高いプレゼントだけあれば、全部うまく行くって思った。

 ……そんなわけがないじゃん。うちだけが特別なわけないじゃん。クルクスくんを好きな女の子など、山ほどいるのに。そんなの、知ってたはずなのに」


「……」


 実は、俺は、言いたかった。


 お前が特別じゃないって、そんなわけがない。

 お前に好かれて、それを特別に思わない男子なんか、いるはずがない。


 でも、俺の心の中だけでこだまして、それっきりで、終わった。

 何もかも、安易な慰めにしか聞こえなかったからだ。


「……ぷっ、ははっ、ダッサ。うち、ほんとバカだよね」


 自嘲するように、彼女はそう言った。

 彼女は再び後ろに向って、俺から顔を隠した。


 フォリアの背中越しに、イリスバラの景色が重なる。

 坂道の方へ、そよ風はしきりに吹いてくる。

 そのたび、彼女の美しい金色の髪が、さらさらと靡く。 


「……ね、ロゴス」


 フォリアは、俺に言う。

 背中を向けて、遠くを見ながら。

 ちょっと鼻をすすりながら。


「なに」


「今日の晩ごはん、ロゴスが作ってよ」


「……」


 急に言われて、すぐには何も言い返せなかった。


「うち、ロゴスが作ったお料理、食べてみたい!」


 振り向いて、こっちを見て笑っている。

 俺も、つられて笑うしか無かった。


「……分かった。でも、味はあんまり期待するなよ」


「ううん、絶対期待する!」


 涙の跡が残った顔に、眩しい笑顔が浮かんだ。


「だって、ロゴスがうちのために作ってくれる、初めての料理なんだし!」





◇   ◇   ◇





 何を作ったら良いのか、最初はちょっと迷った。

 結局、安直なオムライスを作ることにした。

 もちろんその直後、炊飯器がないと気付いてかなり狼狽したが。

 でも、別に炊飯器なしでも飯は作れる。

 だから、オムライスで押し通すことにした。


「何か、ちょっと曖昧だなぁ……」


 日が落ちる頃、俺は一人キッチンに立っていた。

 自分で作ったオムライスの味見をしたのだが、絶妙に美味しさが足りない気がする。


「元の世界ではもうちょっとうまく出来てたと思うんだけど」


 そう言えば、ニホンではスマホでレシピを確認しながら作っていたな。

 俺は臆病者っていうか、とにかく一々俺より上手な人の指示に従わなければ不安になる性格なのだ。

 だから、いつも同じネット記事を確認しながら作っていた。

 既に何度も作ったんだから、レシピなど熟知しているはずなのに。


 でも、ここの世界はスマホなんかない。

 なので、当然だがレシピを確認するのも不可能である。


「やっぱ、それが原因なのかな」


 かと言って、全然食べられないほどではない。

 日常の食事としては、まあまあ及第点だと思う。


 ……でも、せっかく頼まれたんだ。

 出来る限りうまく作り上げたかったんだよな。

 そういう観点から見れば、満足できるほどではない。


「はぁ……。でも、もう作ったんだし」


 仕方ないと思う。

 後は、皿に乗せて、テーブルに出したら終りだ。


 ……さすがに、晩ごはんのメニューの選択に『否応移し』はいらないだろうな。

 そうであることを祈ってみる。





 テーブルの上には2人分の食事が置かれている。


「フォリア、出来たぞーって」


 居間を見て言おうとしたが、すぐ声をひそめた。

 俺は、居間のソファーに近づいた。


「……寝てるじゃん」


 ソファーの上、フォリアはすうすうと寝息を立てている。

 ずっとソファーの方で横になって、雑誌でも読んでいるのだと思ったのだが。

 いつの間にか、眠りに落ちてしまったみたいだ。


「なんだよ、その格好……」


 かなりの薄着だから、色々見えちゃうんだよなぁ。

 もちろん、家の中には彼女自身以外はチキン一匹しかいないが。

 そうは言っても、いくらなんでも無防備がすぎる。


 でも、このままじゃせっかくのお料理が冷えてしまう。


 どうしよう。起こした方が良いのか?


「────」


 しかし、瞬時にその気を失ってしまう。

 彼女の顔を見て、気付いてしまったからだ。


「……また、泣いてたのかよ」


 綺麗なまつげを垂らしている瞼が、腫れている。

 そこには、新しくできた涙の跡が残っていた。


 胸が疼いた。


「……まずは、布団でもかけてやらないと」


 俺は、彼女の部屋に入った。

 鍵はかかっていない。


 ベッドの上の布団だけを持って、わざと急いで出てきた。

 別に、散らばっている下着なんか、見なかったかんな。


「まったく、こんな薄着で布団もなしに寝てると、風邪ひくぞ」


 布団をかけながら、言う。


「ううん……」


 夢の中で俺の声が聞こえたのか、そんな音を出した。

 でもやっぱり、起きたりはしない。


 居間の方は、灯りを点けない、薄暗がりのままだ。

 明るいころから、フォリアはずっとここでこんな状態だった。

 最初はキッチンの方へ何か話をかけてくれたりしたが、いつの間にか、静まっていた。


「……」


 俺はソファーの前の、低いリビングテーブルの端っこに腰掛けた。

 そして、フォリアの寝顔を見つめた。


「なんだよ、華々しいギャルさまの名が泣くぜ」


 声を殺して、言った。


 最初は、ぼんやりと思っていた。

 このギャルが、俺の前で涙なんか見せるわけがないと。

 なのに、暮らしを始めて間もないのに、もう二度も見てしまった。

 もちろん、こっちだって彼女に抱きついて喚き散らかしてはいるが。


 とにかく、気づいたことがある。


「……お前、全然強くもないじゃないか」


 呆れて言ってるのではない。

 失望しているわけでもない。


 むしろ、そんなネガティヴさとは正反対のものを感じている。


「……ん」


 そんな音を微かに出しながら、彼女は寝返りをした。


 そのせいで、せっかくかけた布団が落ちてしまう。


「はぁ、フォリアお前──」


 愚痴を言おうとしたが、止まった。


 彼女の腹が、見えていた。

 上着が巻き上がったせいで、丸見えになっている。


 ──なんて、きれいな腹なんだろう。


 腰のあたりのラインはギュッとなっていて、とても魅力的だ。

 ちゃんと食べているのか、少し心配になってしまう。

 おへその周辺は、うっすらピンク色が乗っている。

 他の部分は真っ白だから、窓から微かに入ってくる夕暮れの色が反射される。


 フォリアは、ヘソのピアスはしないらしい。

 耳はあんなに多くしてるのに。

 俺は、別にどっちでも。


「……っ、俺は、なにを」


 ハッとなった。

 急いで、落ちた布団を拾い上げた。

 そして、再びフォリアの上にかけてやった。


「……」


 子どものような寝顔を見て、罪悪感を覚えてしまった。

 何も知らないような、純真な顔だ。





「……でも、昨日、この子は」


 こんな寝顔をするような子に、

 誰かが、手を出した。


 そのきれいな腹を、ひき肉にした。


 そいつは、無惨に、何度も、刃物で、彼女の腹を、犯した。


「────」


 あれを、思い出した。

 今日でもう何度目なのか、知らない。

 授業中にも、食事中にも、ふと覚えてしまうのだ。

 彼女が生命を失っていた、あの場面を。


 しかし、もう恐怖は薄れている。

 今それが俺に覚えさせるのは、恐れとは違う、他の感情だ。


 それは、狂ってしまいそうな、怒りである。


「────ッッ」


 思わず、歯ぎしりをした。

 拳に力が入って、関節から音がした。


 ──出来るなら、俺の方から、さきに殺してやる。


 俺は、心の中で呟く。


 絶対に、フォリアに手は出させない。

 見つけたら、俺が殺してやる。


 その時、気づいたことがある。


「──武器が、必要だ」


 もちろん、こっちの世界に渡ってきた時、既に『武器』は貰っている。

『否応移し』は、確かに強力な『武器』だ。


 しかし、それには即時の抑止力が皆無なのだ。

 それでは、足りない。

 肝心な時に間に合わない可能性がある。


 だから、瞬時の破壊力がある奴が必要だ。

 使いやすく、強力な奴。

 携帯が可能で、すぐ準備できる奴。


 そう、例えば、元の世界の、拳銃のような。


「……誰でも、頭を撃たれると、死ぬ」


 魔術師だか何だか知らないが、人間なら誰だってそうだ。

 それは、どこの世界でも不変の真理のはずだ。

 人間である限り、その命題は必ず成立する。


 俺は右手を翳す。

 そして、引き金を引く真似をした。


「──バーン」


 想像の中で、俺は誰かを撃った。

 明確に、誰かの頭が爆ぜる場面を、思い浮かべてしまった。


 それは──シリルス・ラムポートの頭だった。





 ──ピンポーン。


「──!」


 いきなり、玄関のベルが鳴った。

 俺はびっくりして、リビングテーブルから跳ね上がる。


 いったい、誰だろうか。

 最初の日から今まで、このアパートを訪れた人など、一人もいなかったはずだ。


「ううーん」


 フォリアの方を見下ろすと、まだ目覚めてはいない。

 どうやら彼女は、一度寝てしまうとなかなか起きないタイプらしい。

 起きている間は、ずいぶん音に敏感なのに。


「……」


 彼女を起こさないように注意しながら、俺は玄関の方へ足を運んだ。


 そして、ポケットから『否応移し』を出した。


 歩きながら、側面の蓋を開ける。

 そして、トトト・ツーツーツー・トトトをリセットボタンに打った。


 ちらっと見下ろすと、『登録モード』が発動したことが分かった。

 ディスプレイ上に、『状況を説明してください……』という文字が瞬いている。


「……今、俺はフォリアのアパートのなか。いきなり玄関のベルが鳴った。玄関を開けるか、否かで悩んでいる。以上だ」


 最初の説明に比べて、ずっと簡潔になっている。

 再びディスプレイを確認すると、『登録完了』と表示されている。


 そして、次の瞬間、


『陸暦1554年5月6日午後6時10分ごろ:

 瞬きの乙女のアパートの玄関を開けますか?』


 俺はノブを『はい』の方へ回した。


 そして、ポケットの中に『否応移し』を入れた。

 左手も同じく、ポケットの中にしまう。

 その指先は、ノブを摘んだまま。

 いつでも、ノブを反対の方、『いいえ』へ回せるように。


 アパートには、外の者が誰なのかを確認するカメラなどはない。

 あるものなら、小さなドアスコープだけだ。


 いつの間にか、鼓動が早まっている。

 自然と、呼吸も早くなる。


「はぁ、はぁ……」


 俺は、玄関のドアの外を覗こうとした。


 しかし、ふいに、止まってしまう。

 ある考えをしたからである。


 ──『否応移し』だけでは、まずいかも知れない。


 そうだ、何か、もっと即刻的に使える武器が必要だ。

 でもこのアパートで武器になれるものなど……。


「────」


 視線をあちこちへ移させていた俺は、キッチンの方を見た。


 頭の中に浮かんだものは、包丁だった。


「これなら、護身用ぐらいは……」


 俺は呟きながら、キッチンから包丁を右手で執った。

 さっきまで、これでタマネギのみじん切りをしていた。


 これ以上長引くと、怪しまれてしまう。

 俺は急いで玄関の前に行って、覗き穴を見る。


「……これ、は」


 そこで見たのは、知っている顔だった。


 その人物は、白髪をボブヘアにした女だ。

 動きづらそうな黒いドレスは、飾り気が少ないが、それでも高級品だと分かる。

 使用人の服なのか、婦人の外出着なのか、分からない感じだ。

 瞳はフォリアと同じく青いが、そこには温かさがない。

 全体的に、作り物のような、完璧に整えられた外見をしている。


 ……俺が彼女を見かけたのは、王宮でだ。

 王のそばに侍り、ずっと無言で俺の方を凝視していた女である。





 俺は、玄関の棚の上へ、適当に包丁を置いた。

 そして、玄関を開ける。


「……」


「……」


 俺も、向こうも、口を開かない。


 俺は、来訪者の方から訪れた目的を明かすと思い、待っていた。

 しかし、全く固まったまま。

 ただ冷たい視線だけを、こっちへ注いでいる。


「……あの、なんですか?」


 俺の方から、先にそう質問した。


「なにとは、なんでしょうか」


 わけの分からない返しが、彼女の開口一番の言葉だった。

 凍るような声音ではあるが、今のところ、敵意は込まれていない。


「貴女です。貴女が誰で、何でここへ来たのか、それを聞いているんですよ」


 ため息交じりに、そう添えた。


「……そういうことでしたか。承知しました」


 やっと飲み込めたらしく、彼女は自己紹介を始める。


「わたくしは、陛下のお使いの一人の、ラヴィエと申します」


 軽い身振りで、彼女はお辞儀をする。


「陛下のご命令により、只今、預言遂行の調査のため、参りました」


 彼女は話を続ける。


「少年さま、『瞬きの乙女』は、どこへ?」


「フォリアなら、居間で寝ていますよ」


「……まさかとは思いますが」


 ラヴィエの青い瞳が少し鋭くなった気がした。


「少年さま、瞬きの乙女に、もう手を出しているとか?」


「そんなわけないでしょ! ただ寝てるだけですから!」


 俺はムキになり、ちょっと声を上げた。


「なんなら直接ご自分で確認してくださいよ。ほら、こっちへ──」


 ドアをもっと広く開けようとした。

 しかし、ピタッと止まってしまう。


 思ったのである。


 この女が害意を抱いていないという保証は?

 そんなの、あるわけがない。

 王さまの側近だか知らないが、それだけで警戒心を解く理由にはならない。


 俺の左手の方は、ずっとポケットの中にしまっている。

 ノブは、いつだって回せる。

 しかし、疑念だけでそれをしてはダメだ。

 彼女が危険かそうでないのかを確認した後、ノブを回す決定をするべきだ。

 何も情報が得られてない状態で、恐怖だけに駆られてその手を使ってはいけない。


「……どうかなさいましたか。いきなり止まってしまって」


「……と、とにかく、彼女は中にいます」


 俺は、玄関のドアをちょっと閉めた。

 まるでそれを盾代わりにするように、後ろに身体の大半を隠しながら。


「……そう、ですか」


「はい。……で、『預言遂行の調査』って、何をするんですか?」


「別に手続きとかは、ございません。ただ、お二方の様子の確認、といったところでしょうか」


 ……やはり、この世界は王室も、預言も、適当すぎる気がする。

 そのせいで、こっちは散々悩まされているんだよな。

 最初からフォリアに危険が迫っているって説明でもしてくれたら、な。

 せめて、これから起こりうることに、覚悟でも出来たはずだ。


「……む……?」


 いきなり気づいたことがあって、間抜けな声を出してしまう。


「まさか、王室は──」


 フォリアに危険が近づいていることを、知らない?


「どうかなさいましたか、少年さま。どうやら、今日は先日にも増して、お顔色が優れないと見えますが」


 俺は、もうちょっとドアを開けた。

 冷たい声音をする人形のような女の顔を直視する。


「ラヴィエさん。今、フォリアを狙っている奴らがいます」


 そう、はっきり伝えた。


「多分、奴らは彼女を殺すつもりでいます。実際、一度は襲いかかって──い、いや、とにかく、こんなの冗談じゃないですよ。人が死ぬかも知れないのですよ? 今からは、王室からフォリアのことを守ってくれるべきじゃないですか?」


 一度言い始めたら、感情が込み上げられてしまう。

 だから、かなりの早口でそれを伝えた。


「────」


 しかし、ラヴィエの表情は、どうも頷いてくれる様子ではなかった。

 これといった変化は、あまりない。


 少しの間、沈黙が訪れた。


 そして、彼女が再び口を開けたとき、


「何を仰っているのでしょうか、貴方は」


 出されたのは、こちらをなじるような声だった。


「は……?」


「彼女を守るのが、貴方の責任でございませんか? それを放棄し、貴方は王室へその責任を転嫁しようとするおつもりなのでしょうか?」


 その声音には、僅かに残っていた温度さえも全て失ったように聞こえる。


「もし瞬きの乙女に本当にそのような危惧が迫っていたとしても、それさえ、全部預言の内容の内でございます。そして、それを防ぐ責任は全て、貴方、『別世界からの少年』にあります。

 それとも、貴方は、こういう危険など予想し得なかったと、そう仰るのでしょうか? ただ、何もせず、美しい少女との穏やかな日常を手に入れる、という馬鹿げた甘い妄想をしていた、と?」


「い、いや、俺は……」


「貴方は、もしや、道化の類なのでしょうか」


 冷淡すぎる声で、言われた。


「ご自分の故郷では、そのような図々しさがならわしであったかも知れませんが、ここではそうではございません。くれぐれも、その点については、間違いないよう、ご理解いただきたいと存じます」


 当分、俺は、何も言い返せなかった。


 しかし、やがて、何か言うことを思い出した。


「……王さまに、会わせてほしいです」


 そうだ、彼に出会って、もっとゆっくり話をするのだ。

 最初、この世界に投げられた時、彼はずいぶんと俺を歓待してくれた。

 俺から良く説明すれば、きっと何か方便を拵えてくれるはずだと思う。


 だから、言い続けた。


「彼に、伝えたいことが──」


 ──パン。


「……え、っ」


 俺は、頬を叩かれた。

 それをしたのは、目の前の人形のような外見の、ラヴィエだった。


「そのような言葉遣いは、不敬でございます」


 凍った碧眼が、俺を侮蔑の視線で見ていた。


「陛下を口にされる際には、かならず敬意を払った言葉を使うように」


「──っ、ふざ、けんな──!!」


 やがて、我慢の限界に達した。


 俺は、ラヴィエの胸ぐらをつかんだ。

 俺より頭一つ半は小さいので、こっちから見下ろす姿勢になる。


「離していただけますか? とても不愉快ですので」


 しかし、相手は全くたじろがない。


「お前ら、王室だかなんだか知らないが、いったい何なんだよ!? こんな危険なことなら、最初からちゃんと説明しろよ! それに、これからも全部俺に任せて、お前らは責任なしって、どういうつもりだよ、おい!! フォリアは、フォリアが、死ぬかも知れないんだよ!!」


「……離していただけますか? これで二度目、申し上げています。次は、制裁します」


 俺はしかし、それに従わなかった。


「な、にを──」


 ──その意味は、すぐ分かった。


 瞬間、見えるもの全てが、反転した。


「え──」


 そして、訪れたのは、腹部と顎の部分の、鈍くも鋭い衝撃だった。


「ッッ」


 最初の苦痛が過ぎて、目を開ける。

 すると、見えているのは、アパートの廊下の床だった。


「不本意ですが、このまま、お伝えします」


 ラヴィエの声が、背中の方から聞こえる。


 自分が自由に動けないことが分かった。

 どうやら、彼女は俺を背中の方から束縛しているようだ。

 あの小さな身体から、どうやってこんな力を出しているのだろうか。


「只今、陛下は、北方の領域にて守護卿しゅごきょう閣下と共に、反人間勢力との戦の備えでご多忙でございます。ゆえに、貴方のような人に割くお時間など、ございません」


「っ、だ、だったら……俺にどうしろって……」


「しごく明瞭なことだと思いますが」


 彼女は、言いつけた。


「預言の遂行に勤しんでください。それが、あなたに任された唯一の責務でございます」


「……」


 俺は、何も言えなかった。


「今日の調査は、ここまでみたいですね」


 俺を束縛していた力が消えることを感じた。

 でも、俺は立ち上がらないまま、床に伏しているままだった。


「では、わたくしはこれで。これからもせいぜい、足掻いてください」


 それを聞いた俺は、


「……は、はは」


 笑うしかなかった。


『せいぜい、足掻いてください』?


 ふざけるなよ、くそが。


 でも、罵倒の言葉は出さなかった。

 あの女に喚いて、叫んだとして、何になるんだ?

 どうにも、ならない。

 それを知っているからである。





「……」


 俺は、床から起き上がった。

 周りを見渡すと、誰もいない。

 既に、あの白髪ボブヘアの召使いは、なくなっている。


「え、ロゴス……?」


 玄関からそんな声が聞こえた。

 そっちを見ると、フォリアが立っている。

 ちょっとぼうぼうとなっている金髪で、敷居に片手をかけて。

 見開いた青い瞳は、驚きの色を帯びている。


 今の騒ぎから、さすがに寝起きしたみたいだ。


「……」


 俺は、彼女の瞳を見つめる。


 同じ色なのに、どうして、こうも温度が違うのだろうか。

 あっちは凍えた雪原だったのに、こっちは夏の晴天だ。

 そんなことを、思ってしまった。


「……入ろうよ」


 俺は微笑をして、彼女に言った。


「晩ごはん、冷えちゃうから」


「えっ、でも、今誰か来てたんじゃ……」


「おかしな勧誘だったよ 。もう帰ったぜ」


 俺はフォリアの背中を押して、室内に入る。


 薄着で、しかも寝起きの直後だったから、彼女の背中の体温が、熱いほど感じられた。

 彼女のふっくらした金色の髪から、とてもいい匂いがした。





「もーロゴス、絶対嘘ついてるっしょ」


 彼女は、スプーンを口の中に運びながら、そう言う。

 心配したが、味は気に入っているらしい。


「なんかすっごく大事な人が来てたんじゃない?」


「そんなんじゃねぇって。それに、もしお前に何か届いているなら、俺がそれを隠すわけがねぇだろ」


 先に食べ終えて、俺はテーブルから起き上がった。


「む──えっあいうおあん」


 何て?


 彼女は口の中一杯にライスを含んで、何かごにょごにょと言ってる。

 何かハムスターみたいだ。


 おかしくて、笑ってしまう。


「とにかく、別段大したことはないから」


 俺は、彼女の皿の隣のケチャップを見た。


「もう要らないだろ? これ、冷蔵庫に入れるぜ」


 ちなみに、こっちの世界も冷蔵庫は存在する。

 動力が電力じゃなくて魔力というだけで、外観も、使い方も、ほぼ元の世界と同じだ。

 さすがにタッチパッドとかは、ついていないが。

 そもそも、元の世界でも別に冷蔵庫にディスプレイなんか、要らないと思うけど。


「まって」


 ケチャップに出した俺の手を、フォリアが掴んだ。


「な、なんだよ」


 こいつのスキンシップは、やっぱり慣れない。

 いきなり触ってきたりするから、びっくりしてしまう。


「ロゴス、怪我してるじゃん」


 彼女の顔が心配そうになっていることに気づいた。


 見ると、本当だ。右手の掌の端っこが、ちょっと裂けられている。

 たぶん、さっきラヴィエの奴に乱暴にされた時に出来たものだろう。

 何で今まで気づかなかったのかふしぎになるぐらい、かなり大きい。


「これ、料理する時についたものじゃないっしょ?」


 彼女は、むっとした顔になって、こっちを見つめる。

 嘘をついたことを叱っているのは分かるが、その顔は、ただ可愛いだけだ。


「……はっ」


 だから、思わず、笑ってしまった。


「もー何よ! 人が心配してくれてるのに!」


 ぷんぷんと怒る。

 機嫌を損ねてしまったようだ。


「わるい」


 俺は敢えて笑いを抑えようとした。


「でも、処置しないとダメだよな。……む、そう言えば……」


 何か思いついて、言った。


「フォリアは、治癒魔術とか、使えないのか? 大したことない傷だから、魔術でどうにか治せるとか、そんなことだったりしない?」


 魔術のことは相変わらず無知なので、曖昧な言い方になってしまう。


 しかし、それを聞くフォリアの顔は優れない。


「……うちに、そんな高等魔術が使えるわけないっしょ」


「えっ、治癒魔術って高等魔術なの?」


 俺は首を傾げた。


「……知らなかった? 傷を癒せる治癒師は、魔術師の職種の中でもかなりのエリートなんだよ?」


「へーそうなんだ」


 変な先入観があったせいか、それがかなり不思議に思われてしまった。


「ヒーラーだから戦闘に役立たないし、冷遇されて追放されるけど、どうにか延命して、なんたらかんたらで復讐して、それを見つめる俺たちは『ざまぁ』ってなるのが様式美って奴……じゃなかったんだな」


「何いってんの? わけわかんないんだけど……」


 こちらをジト目で見る。


「はぁ、マジで、こーゆー時、ロゴスが遠くから来たって実感するわ」


 フォリアは、ちょっと暗い顔になっている。


 ……えっ、やべ、俺また地雷踏んじゃった?

 これからは自分の口をテープで封鎖した方が良いかも知れない。


「まさか、そっちも、まだ気付いてなかった? マジ、にぶいんだから」


 でも、彼女の表情はとても穏やかだ。

 少し困ったような苦笑をしている。


「うちね……実は──魔術が、使えないの」


 フォリアは、告白するように、言った。


「……えっ」


 呆気にとられて、そんな声を出してしまった。



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