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瞬と晴(1)



 俺は大急ぎで玄関を出ていった。

 すると、


「────わっ!!」


 危うく何かにぶつかりそうになり、悲鳴に近い声をあげた。


 すぐ前に現れたのはネラだった。


「もー、ダメっしょ? 夜遅いから、静かにしないと」


 また幼稚園の先生みたいな顔をして、優しい声で俺を叱るのである。

 その右手には『否応移し』が持たされている。


「どしたの? そんな怖い顔して」


 目を丸くしてこっちを見上げる。

 どうやら今の俺は『怖い顔』をしているらしい。


 ……そりゃ、そんな顔にもなるか。

 一瞬だけど、『否応移し』がなくなったのを見た俺の頭を過った仮説とシナリオの数は夥しかったのだ。

 だからこそネラが何気なくそれを握っているのを見て、むしろ気持ちがたゆんでしまったというか。


「なんで、お前がそれを持って歩いてんだよ」


「ん? べつに、ちょっと珍しいと思ってね。でもヘンなの。上の部分に何か書かれてるけど読めないんだし。それにこれ、回せるヤツのノブなんだよね? でも、いくら力んでもぜんぜんビクともしないの!」


 無邪気な顔でそんなことを言うのである。


「────はあ……」


 なんてことをするんだろう、このギャルさまは。

 きっと、彼女はこれからもその軽はずみな動作一つで世界の全てが変革されかねなかったことを知ることはないだろうな。


 でも、そんなことは起きなかった。

 俺はヘファイストスの言葉を思い出す。


『──君以外がそれを操作しようとしても、全然反応しないからだよ。ノブは回らないし、リセットボタンは押されない。ディスプレイ上の文字は読み取れないし、マイクにいくら声高で叫んでも、音声入力はできないのだよ』


 ……やはりあいつは、紛れもなく物作りの神様だったんだよな。

 改めてそのことを実感するとともに、ひどく安心してしまう。


 しかし、感心しているときではない。

 俺はネラに向かって、


「……それ、返してくれ」


 すると何を企んでいるのか、彼女はニマニマした顔になる。


「やっぱ、これってロゴスにとってすっごく大事なモノなんだね?」


 微笑みのままで、ネラはその野暮ったい機械を俺に差し出す。

 そして、


「うちのサイン、そこに刻んでよかった」


「……?」


 その意味が解りかねた。


 俺は『否応移し』を取って、


「まあ、まずは入れよ。話するんだろ?」


 彼女にそう促した。


「はーい」


 陽気な言い草とともにネラは中へ入る。

 すると軽々しい歩みでソファーまでいくのである。

 その途中で長い髪を解くので、もういちど彼女の香りが室内に広がるのが分かる。


 ネラの後を追いながら、俺は手のひらの装置を見下ろした。


 一見、何も変わったことなどないようだ。

 ディスプレイに表示された質問だって、


『陸暦1554年6月3日午後4時10分ごろ:

 瞬きの乙女に伴いますか?』


 以前と全く同然である。


「……いや、待てよ」


 異変に気づいて、そんな声をこぼした。


「これは……?」


『否応移し』の前面の広い面積を占めているノブ。

 その右下の部分の端っこに、蛍光のように輝く文字があった。

 どうやら普通のペンで書かれたのではないらしく、何か魔術的な仕業がほどこされたことに間違いないようである。


「……ネラ、これ」


「ん? あ、それ?」


『これ』というだけで俺が何を言ってるかが分かったらしい。


 ネラはにんまりとした顔で俺に手招きながら、


「ま、とにかくこっちへ、はやく、ほら!」


 自分が腰かけたソファーのとなりを手でトントンと叩く。


「……」


 俺は黙々とソファーに腰を下ろした。

 すると自然とネラと肩を合わせて座る姿勢になる。


「あ、これ、いい!」


 すると彼女は輝かしいほど明るい表情になり、すぐ隣から俺の方を見るのである。


「五月のこと思い出す! よくごはん食べたあとロゴスとソファーでゲームとかしたよね! なつかしー」


 その言い方は、まるで大昔のことを顧みる人のようだ。


「……ははっ」


 それがおかしくて、思わず笑いが込み上げてしまう。


「別々になってからまだ一週間も経ってないのにな。ルッセルさんとはゲームとかしないのか?」


 ちなみに、ゲームというのはもちろん元の世界のス〇〇チとかで遊ぶものではなく、カードゲームとか他の魔術的なおもちゃでやる色んな類のことである。


 ネラは、


「いや、するんだけど! でもロゴスと違ってマジで強すぎてね? うちじゃあんまり勝てないの。あの人、ふだんは優しいのに勝負事になると容赦ない感じになっちゃうんだよねー」


「……お前、もしかしてゲームがしたいんじゃなくて相手の負けたときの顔がみたいだけじゃねぇのか?」


「ひっどっ!! うちがそんな性悪なこと思うわけないじゃん! それにロゴスとうちってほぼ半分こで勝ち負けになってたし。でもルッセルさんには、うちじゃ絶対勝てないんだよねー」


「へえ、そうなんだ。ルッセルさんってゲームも強いんだな」


 彼女のくやしそうな顔はどこか子供っぽくも、おかしく、苦笑せざるを得ない。


 ……まあ、彼女が欲しいなら別に今でも夜にゲームぐらいは付き合えるのにな。別々と言ってもどうせすぐ隣なんだし。

 だが、それは敢えて言わなかった。





◇   ◇   ◇



☆ 遅れてしまい申し訳ございません。展開の構想に悩ましいことが結構ありました。


☆ 今日のうちにもう一度投稿できそうです。深夜になると思います。


☆ 物語があんまり動かなくて多少ダルいと思われたかも知れませんが、そろそろこの篇のクライマックスへ走って行きますので、もう少し付き合ってくださると嬉しいです。

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