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コーギー系ギャル



「うっわ、なにこの空間!」


 俺のアパートに入って開口一番、ネラのセリフだった。


「さすがに何もなさすぎっしょ? 広すぎてここでマラソンでもできそ!」


「……仕方ないだろ、先週の土曜日に引っ越ししたばかりだから」


 つまりネラとしては初めての訪問である。

 実は土曜日、ルッセルさんと三人でここで晩ごはんでも食べようかと思っていたが、ネラが機嫌を損ねたので諦めてしまったのだ。


「あ、うちのと同じソファーついてる!」


 俺の呟きに触れず、ネラはリビングの真ん中のソファーへダイブする。

 もうかなり寛いでいて、全くの遠慮なしである。

 ……まあ、あれもこれも結局ネラのおかげで得られたモノなので、俺としては何も愚痴を言える筋合いはないけど。


「あーこれいいかも! 新品家具特有のこのニオイ!!」


 なんか飛びついてクンクンと匂いを嗅いでいる。

 正直、心臓に悪いのでそんなことはしないで欲しいのだが……。


 ──しかし、長続きしない。

 彼女は少し頭を上げて、妙にも顔を赤らめては、


「……あー、でも、なんか、もうロゴスのニオイ、ちょっとついてるかも」


「はあ??」


 瞬時に頭に熱気が上がってくる。


 俺は急いで彼女の方へいった。


「ほら、起きろ起きろ」


 うつ伏せになっているネラの腕を掴む。


「えーなんでー」


「いいから、はやく!」


 彼女を上がらせて、ちゃんと座らせた。


 俺は溜息を吐いて、


「おかしい話すんなよ、全く……」


「なにがおかしかったの?」


 小首をかしげて俺を見上げる。

 なんとなく、友だちのところに訪れた時に見たウェルシュ・コーギーを思い出した。


 ……こいつ、こんなキャラだったっけ。

 最初に出会ったころ、あの刺々しかった彼女からは想像も出来なかった一面である。


「いきなり人んちに来てニオイがどうとか、おかしな話に決まってんだろ」


「え、そーなの? うーん、なんかごめん?」


 彼女はまたしても首を傾げる。


「でも、そんなに恥ずかしがらなくてもよくね? 別に五月の間にロゴスのニオイに慣れたし、それにうちは別に嫌いじゃないし」


「……ッッ」


 ……こいつ、わざとなのか?

 うん、絶対わざとだな。


 今まで何度もこいつのからかいに騙されて来たからな。もう分かってしまうんだよ。


「はあ」


 そんなことを思っていると、少しは落ち着くことができた。


「……とにかく、俺は今からシャワー浴びて、着替えて来るから、ここでちょっと待ってろよ」


「ん、分かった。でもなるべく早く帰って来てね? ロゴスんち何もなさすぎて、うち一人じゃちょっと寂しいし」


「……はいはい」


 俺はそんなことを言ってから、自分の部屋にちょっと寄ってから浴室へ向かう。





◇   ◇   ◇





 うちはソファーに腰かけて、ギョロギョロと周りを見渡す。

 ……やっぱ、なにもなさすぎ。


 見えるのはわずかな青を含んだ灰色の壁だけ。

 うちのアパートと基本は同じデザインだと思うけど、やっぱ住む人によっていろいろ雰囲気とか変わるんだよね。


「んーひまー」


 目が退屈だったので、自然と耳に注意が集まる。


 聞こえるのは未だに降っている雨音。

 たまにとどろく雷の音。


 そして、ロゴスがシャワーを浴びている音。


「……なんか、ヘンな気分……」


 ソファーの上でうずくまって、つぶやく。


 男子の住む空間で彼と二人だけ。

 しかも彼が浴室から出ることを待ってるだなんて。


 ……ひょっとして、うちってめちゃくちゃ恥ずかしいことやってる?


「……で、でも、五月ずっとロゴスとこんな感じだったじゃん。なにいまさらオドオドしてんの?」


 変に意識し出すと、気持ちはもっと落ち着かなくなる。

 うちはなんとなくジッといられなくなり、立ち上がった。


 なにも行く先などなく漂う歩みはキッチンへ向かった。


 ……ここもかなりのがらんどうな状態で、あんま料理をしたようには見えない。

 ロゴス、ちゃんと食べてるのかな。てきとーなこと買って済ませてるんじゃない?

 栄養バランスとか全然気にしてなさそーで、ちょっとシンパイ。


「そう言えば、ロゴスってうちと住んでたときもあんま料理とか好きじゃなかったよね……」


 やらなきゃダメな時はそれなりにやるけど、一人じゃめんどくさがりそ。


 これからはルッセルさんとともに三人でご飯たべたほうがいいかな?

 ……ん、そうしよ。やっぱみんなで一緒のほうが楽しいし。

 それにロゴスのこと、気になるし。



☆



 キッチンにも別になにもなかったから、こんどはロゴスの部屋の方へいく。


 取っ手を回してみると、鍵はかかっていない。


「……うちって、わるいことしてるのかな」


 急にちょっと後ろめたくなって、うちは浴室の方へ視線を向ける。


 まだまだロゴスは出そうにない。

 あんなに濡れてたもんね。きっと温水の温かさを満喫してるんだ。


「……しつれいします……」


 小さくつぶやいて、うちはロゴスの部屋へ入った。

 やば、なんかドキドキする。


 そして中を見渡した。


「……ま、そーだよね」


 やっぱ、ここもなにもない。

 知ってたけど。


 あるのは机とベッドとタンスだけ。

 あとは時計と、机の上の何個かのガラクタ。


 うちは机の方へ近付いた。


 最初に目を引いたのは、


「……クスッ」


 不意に笑ってしまう。


 ロゴスに最初に見せた演劇、『キュリアルもどき』の入場券の切符と、そのポスターがあったのだ。


「これ、まだ持ってたのね」


 それだけ他の物品とは違い、かなり大事に扱っているようで、机の一隅の区切られた広い空間を占めているのだ。

 演劇、そんなに気に入ってくれたのかな。それとも……。


 あの日曜日のことを思い出す。

 そういえば、ロゴスはその日を境に雰囲気が変わった。

 前まではちょっと抜けていたのに、なんか、それからもっと必死になったってゆーか。


「なんか、大昔のことみたい……」


 ボソッと、口にした。



☆



 うちの視線は他のモノの方へ移った。


 そこには見栄えのない機械仕掛けが二つ見える。

 一つ目は……何かの箱かな? その上には大きなノブがついていて、それを回して操作するモノらしい。

 二つ目は……知らない。取っ手がついていて、口の方が長く突出してる鉄の塊に見えるけど、なんなのかな、これ。


 うちはなんとなく箱の方がもっと気になった。


 実はこれ、五月の間にも見たことがあるんだ。

 たまにロゴスがポケットからこれを出して何かをささやいていたことを見た覚えがある。


 うちは箱を持ち上げて、ちょっと観察してみる。

 すると、上の部分に何かの文字が書かれているのが分かる。


「……読めないし。なに、これ」


 今度はノブを掴んで、回してみる。


「え?」


 ぜんぜん動かない。

 うちって腕力が強くとかはないけど、でもけっこー力を入れて回しているのに、びくともしない。


「……ヘンなの」



☆



 なぜかな。うちはその機械がかなり気になっている。


 ちょっとそれを握ってると、


「あ、わかった」


 気づいたことが一つだけある。


「この機械、なんかロゴスと似てるかも」


 やぼったくて、飾り気の少ない。

 まっすぐすぎて、愚直な感じになってる。

 一度決めると、なかなかそれから離れてかない。


 ……いつの間にか、クスクスと笑ってた。


「やば、住んでる部屋から持ってるモノまで、全部自分がハレノ・ロゴスって訴えてるじゃん」


 やっぱ自分の色って、周りまで滲んでしまうんだよね。


 考えたことあんまなかったけど、うちのアパートもそーなのかな?

 そういえば、ロゴスって最初に来たとき、うちのアパートのことをかなり興味深そうにじっくり観察してたよね。

 彼も今のうちと同じことを思ってたのかな。すこし気になる。


「……でも、だったらなんかフェアじゃないし」


 だって、うちの空間には既にロゴスの痕がいっぱい残されてるのだ。

 なのに、こっちにはうちを思い出させることがすくなすぎる。

 敢えて探すなら、『キュリアルもどき』の切符とポスターくらい。


 ──そのとき、ひらめいた考えがある。


「……いいこと思い出しちゃった」


 うちはその箱のような装置を見下ろしながら、言った。





◇   ◇   ◇





「はー」


 長い息を吐きながら、俺は浴室から出た。

 ちょっとした湯気がともに出てはすぐ霧散する。


「ネラ、ちょっと遅くなったか? 待たせてしまってごめんな……って、ないじゃん」


 俺はリビングの方を見て誰もいないことに気づく。


「帰ったか?」


 言い、周りを見た。

 間もなく自分の部屋のドアが半分ほど開けられていることに気づく。


「……えっ」


 急いで中に入る。

 しかし、ここも誰もいない。


 妙な変化に一つ、気がづいた。


「──『否応移し』が」


 ない。


 全てが元通りのまま。

 その野暮ったい機械だけが机の上から消えていた。


 ──瞬間、心臓が止まったような気分になる。


「……ま、ずっ」



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