腐った刃の先
俺は元気のない動作で濡れた頭をタオルで拭く。
そばにはファインオルド先生が俺を心配そうに見つめている。
雨に打たれ冷え切った頬に彼女の息が微かにあたり、やたらとその熱さを意識してしまう。
正直、そんな間近で視線を注がれるとちょっと気詰まりな感じになってしまうから、離れて欲しいのが本心だが。
「……」
しかし、何て言えば良いのかが分からない。
既に頭は色んな考えで一杯になっている。
だからそんな下らないことのために空間を設けることも出来ず、ただ緘黙するしかなかった。
*
俺は今、刃刺の団の本部の建物の中にいる。
もちろんあの陰鬱な顔つきの男とその部下たちに導かれて来たのである。
その過程に変なことは何も起こらなかったが、奴らが纏う雰囲気はまるで犯罪者を連行する警察のような感じだった。
気に入らなかったが、俺としては抵抗するすべもなく、ファインオルド先生からの頼みもあったので、何も言わず同伴することになった。
……いや、もっと正確には、もう愚痴を言う余裕もなくなっていたからだろう。
それほど、彼らが伝えたことに俺は衝撃を受けていた。
──ルィーゼ・プロチェラが泥鬼であるかも知れない。
わずか何時間まえまで俺に気弱に涙を見せていた少女が、人喰いの化け物なのかも知れないだと。
あの時、みんなで一緒に笑っていたのに、ひょっとしたら、彼女がエドガーとイザベラを殺したのかも知れないだと。
その考えは恐ろしかった。
思考のたったの一歩を発展させるのさえ怖すぎた。
しかし抑えようとするともっとはびこる考えのように、俺の頭を全て支配してしまう。
だから舌先を動かして何か疑問を呈することなど、とてもできなかったのである。
*
刃刺の本部は俺と先生たちが遭遇したイリスバラ中心部から遠くなかった。
それは中心部の建築の中でもとりわけ機械的なもので、かなりの威容を放ち、入場する人を圧迫する空気を纏っている建物だった。
当然かも知れないが、あの五つの両刃の章があちこちに遍く見える。
内部にさしかかると、他の団員はさがり、俺と先生、そしてあの陰鬱な顔つきの男だけが残った。
男につられた俺は建物の上階に上がった。
途中、エレベーターに乗ることになったが、ガラスで囲われ、外の風景がそのまま眺められるもので、あまりの速さと相まって少し気分が悪くなった。
で、最終に到着したところがこの空間で、一見現代的なオフィスのように見えた。
しかしそれは整われすぎていて、もはや未来的に感じられるほどだった。
中はだいたい流線型の白色で造られて、統一感のある同時に整然としたデザインになっている。
つまり俺の持つ否応移しの類とは真逆のデザインセンスである。
四方に向けてガラス窓が設けられ、イリスバラの全景が眺められる。
こんなに高いところなど、元の世界でもあまり行ったことがなかった。
未だ続く雨模様も相まって夜景は素敵だったが──当然にも、今はそれどころじゃなかった。
とにかく、あそこに入ると、陰鬱な顔の男も端っこの部屋に消えるのを見た。
ファインオルド先生の説明によれば甲冑を外しに行くらしい。
しかし、そもそもあいつらは俺を探し出すためだけであんな大仰な準備をしたのだろうか。
詳細は分からないが、バカバカしいと思った。
で、男が変えるのを先生と共に待機していたのである。
❖ ❖ ❖
「先生」
ぼうっとした精神の端っこからやっと話すべき言葉を見つけた俺は口を開いた。
もともと俺の方を注視していたファインオルド先生は赤い瞳孔を瞬いて反応する。
「ルィーゼが泥鬼だと思う理由を聞かせてください」
「……そうだね。まずそれを説明しないと駄目だわよね」
ずっと黙っていたせいでしゃがれた声になった先生は一度咳払いをした。
「でも私だって彼らから聞いたことにすぎないから、もっと正確な情報はあとで先輩──アンベラトさんから直接聞きなさい」
俺はあの栗色の髪の男の名前がアンベラトということを知った。
ファインオルドが奴を『先輩』と呼ぶワケが少し気になったが、今はそれどころじゃない。
彼女は話を継ぐ。
「なるべく手っ取り早く説明するわ。今日の午前、セインパースというイリスバラ北西の外郭の町で、巡察していた森番の番人がある三人の遺体を見つけたわ。それは今日孤児院の遺体と同じ状態で、つまり食された跡が歴然としていた。でも幸いというか、さすがにあの可哀想な子供ほどにかき混ぜられたのではなく、身辺は確かに掴めるような状態だった。それは──プロチェラ一家、つまりプロチェラ夫妻と、そしてルィーゼ・プロチェラ当人だったわ」
「は──っ?」
その意味が、即時には分かりかねた。
それはルィーゼが既に死んだということか?
だったらさっき音楽室で会ったのは……。
しかし、頭から浮かび上がるのは至極当然な仮説。
ファインオルドの説明はまだ続く。
「しかも死亡推定時刻は二日前の未明で、プロチェラさんが私たちの前で自己紹介をした朝の時間よりもずっと前だよね。私も今から三時間ぐらい前に刃刺の団員と一緒に直接プロチェラ家の新居を訪れたけど、そこには誰一人いない状態で、誰かが生活をしていた痕跡さえなかったわ。……だったら昨日ずっとテムプス・ノヴムで私のクラスの中で授業を受けていた彼女は、誰だったの?」
「……」
俺としては答えることができなかった。
それでも音楽室で見た彼女の涙を思い出すと、帰結しようとする答えを否めたくて必死になってしまう。
「で、でも、それだけでルィーゼが泥鬼だという確証など、なにも──」
「──彼女はルィーゼ・プロチェラじゃない。これからもそう呼び続けるのはちょっとおかしいと思うわ」
「っ、そんなの、どうでもいい。やっぱり確証なんか何もないじゃないですか」
「……それにしては、あまりにも物事が噛み合いすぎていると思わない?」
「──ッッ」
俺は何も言い返すことができなかった。
ただ顔を顰めて、うなだれるだけだ。
「……私だって彼女のことを疑いたくはないのよ」
横からファインオルドの綺麗な声音が聞こえる。
そこにはいつもの磊落な感じがだいぶ薄まっている。
「だって、たったの一日だと言っても、彼女も私の生徒だもの……」
代りに宿るのは、辛さだ。
「……」
先生が本気で生徒たちを思っていることには疑う余地がない。
きっと、こんなことになってしまったのを深く残念がっているのだろう。
しかし、それでも、
『じゃ、ロゴス、単刀直入に言うけど──アタシの友人になってほしい!!』
『ねね、これ買ってみたんだけど、ロゴスの分もあるから一緒に食べながら話しよ?』
『ねね、ロゴス、どお? イザベラとアタシ、最強のかわいいコンビでスターになれそうじゃない?』
『なんで、アタシは生きてるの? なんでこんなことにならなきゃダメなの? なんでこんな気分になってしまうの?』
──僅かな時間だったが、そんなに純粋に見えた彼女が、まさか。
そんなの、真実であってはいけない。
嘘じゃなきゃ駄目なのだ。
頭の中では必死になり、反証の手がかりを探っていた。
しかし、何一つ見つからない。
むしろ思えば思うほど、ファインオルドが提示した仮説のほうが正しいという結論に近付いてしまう。
「……ッ」
胸に閊えができてしまったようで、苦しかった。
漏らした声を先生が聞いたのかどうか。
ただ焦燥する気持ちのまま、しばらく待機するしかなかった。
*
十分ぐらい待ったのだろうか。
ちょっと時間がかかりすぎるんじゃないかって思い始めたころ、やっとアンベラトは帰ってきた。
「──お待たせしたぜ」
甲冑なしの彼を見るのは初めてだ。
良く鍛えられた兵士らしい体つきなのが分かる。
しかしやけに困憊しているようで、上半身が汗でびしょ濡れになっている。
そして彼の隣にはもう一人の男がついて来た。
はっきりいって、それはかなり不快な印象を与える人だ。
小太りした体型で、顔には油分が多すぎてテカテカしている。
緑色の帯びる汚い金髪をして、黄土色の瞳をしきりに転がす。
所々沁みで汚れているのが目立つ白シャツは胸元が膨らみすぎていて、息をするたびに膨張し、今でもボタンが飛び出そうに見える。
「あれ、ファインちゃん来てたの? めっちゃ久しぶりじゃん」
小太りの男は先生に向けて言う。
喉にコルク栓が嵌められたような気持ちの悪い声だった。
俺の気のせいなのか、奴が先生を見る視線も何かいやらしいものが混じっているように見える。
「こんばんは」
ファインオルドはきちんと挨拶をするが、それだけだった。
男の方からはもうちょっと喋りたいように見えたが、あんなに断ち切るようにピリオドを付けるとそのあとが言い難くなる。
「──えーと、それで、なんだっけ?」
アンベラトは自分の頭を掻き乱しながら空中を見る。
妙に瞳孔が広がっていて、身震いをしてように見えるのが不気味だ。
ファインオルドは眉根を寄せて、
「……泥鬼の件ですよ」
「ああ、そうだった」
「一応、あらかたの状況の説明は私がしましたので、本題に入ってください」
「ああ、わかった。わりーな」
アンベラトは気持ちの悪い笑みを浮かべては、周りの椅子を引いてそこに腰掛ける。
すると小太りの男は周りの机の上に適当にもたれる。
二人の視線はこっちへ向けられた。
見られるのは気に入らないが、今はどうしようもない。
「えーと、お前、それで、なんだ」
アンベラトはポケットに手を入れて何かを出そうとする。
しかしズボンのサイズはかなりぴったりなタイプで、座った状態では中身を出すことが容易にできないらしい。
ちょっと奮闘していると、
「おっと」
そんな言葉とともにポケットからモノを落とす。
それは俺の足元まで転がってきて、止まる。
それを拾い上げた。
「……これは?」
華麗な色合いのカプセルだ。
紛れもない──何かのクスリだ。
ちょっと見つめていると、
「……先輩、まだそのクセ、直してなかったのですか」
ファインオルド先生がそんな言葉とともに、俺の手からやや急いでそれを奪った。
彼女の表情には確かな嫌悪が現れている。
俺は状況自体よりも、彼女が初めて見せた顔に目を奪われてしまった。
「本当に自重してください。子供が見ているのですよ」
彼女は鬱陶しげに言いながらカプセルを返す。
「ハッ、何いってんだよお前!」
しかしそれを受け取るアンベラトの顔は愉快極まりないという感じだ。
汗に濡れた顔に笑みは深さを増して、喜色が満面になっている。
それでも陰鬱な感じが消し去りきれないというのがおかしいと思う。
彼は話を継ぐ。
「現場働きの団員には全員『テンヅキ』の使用が許諾されているんだぞ! 公認で合法だからこれは悪癖じゃねーって。刃刺のヤツらにとってはパブで集まってビールのむのと同じなんだよ!
そりゃ、お前みてーに一日中ガキどもの子守してるヤツにはわからねーだろうな。眼の前で怪物が寄せてきている処に刃物持って突進しなければならねー状況をな。……って、お前も怪物だから永遠に分かるはずもねーのか」
ファインオルド先生はただ溜息を吐いて元のところに戻るだけだった。
腕組をして、催促する。
「早く本題に入ってください。もう時間も遅いです」
「りょーかいりょーかい」
アンベラトはやっとポケットから手帳を出して、それを広げる。
「──ハレノ・ロゴス。どれ……二ヶ月くらい前の祝祭日途中王宮に現れ、それで『預言の少年』として陛下に認められた……、ハッ、陛下はまだあんな古い妄執に取り憑かれている、と……。で、今はテムプス・ノヴムの生徒として、ウェスト・エンドに居住中……。あー、まっ、どうでもいい、こんな細かいことは」
しかし長引かなく、アンベラトは出したばかりの手帳をポケットへ入れる。
そして俺の顔を正面から眺めるのである。
それでやっと分かった。奴の赤目はファインオルドの瞳よりずっと紅に近い。
こっちは彼女と違い確かに人間の丸い瞳孔をしているのだが、むしろ先生よりもずっと人間的なものとは離れている気がする。
俺は、奴の視線が嫌いだった。
アンベラトは口を開く。
「お前の友だち、今どこにいるんだ?」
それが彼の問いである。
「……知りません」
「ヤツと接触するすべは?」
「知りません」
「ヤツに連絡をいれる方法は?」
「ないです」
アンベラトの表情から笑みが消えることが確かに見える。
「……お前、状況分かってんのか、おい」
「聞いたことは全部理解しているつもりです」
「それは本当か? つまりお前のかわいい彼女ちゃんが実はおぞましい怪物で、昨日も子供たちをぶっ殺して貪ったということも?」
「……まだ、確定されたことではないじゃないですか」
「ゲフフッ」
横からそんな変な笑い声が聞こえて見ると、あの小太りの男だった。
しきりに俺とファインオルド先生に目を配りながら、嘲笑に違いない笑いをこぼしている。
一方のアンベラトは笑う代り、
「やれやれ、こりゃ全く理解してねーじゃんか」
そんな言葉とともに呆れた顔で首を横に振る。
「マジメ君よ、よーくきけよ。俺たちはなにも生ぬるい真似をしようとお前の彼女ちゃんを捕まえようとすんじゃねーんだよ。もう奴が人喰いの化け物だということを事実として踏まえて、発見する即時殺処分するつもりなんだよ」
「────ッ。そんなの、おかしい。おかしいんだ」
「ああ? 何がおかしいんだ? 相手は人間じゃねーんだよ。クソ以下の害悪のバケモンなんだよ。それをぶっ殺すのはつまり、家に出てきた虫けらを踏みにじって殺すこととなんら違いのない行為なんだよ」
「先輩、ちょっと……!」
ファインオルドが顔をしかめて会話の途中に遮る。
「なにもそんな言い方をする必要はないですよ。相手はまだ未成年の学生なんですし、変に圧迫しても逆効果です。ぜひ気をつけてください」
「ハッ、なに言ってんだよ? 子供だと言ってなんでも特別扱いで甘やかすから最近の若者は一人前にならねーんだよ。教育者としてすこし反省したほうがいいだろ、ファインお前」
奴は椅子の背もたれに凭れて、こっちに視線を注ぐ。
まるで観察される実験対象になった気分で、嫌だった。
「こいつはしかし、なんだ。怪物たちに好かれる体質でもあるのか?」
そんなことを言い出した奴の口元には薄気味悪い笑みが戻っていた。
アンベラトは話を継ぐ。
「この前に路地であった時にもなんかクッソ気持ちわりー貝殻の怪物となんか仲良しに見えたんだし、しかも、いつもはあの人間爆弾ちゃんと一緒に暮らしてんだろ? マジで関わるヤツらの殆どが怪物しかねーじゃんか」
「────」
俺はこれほどよりも更に増して険しい顔になって、奴を睨んだ。
アンベラトが言う『人間爆弾』が誰なのか、瞬時に理解したからだ。
「おーお、こわいこわい」
奴も確かにこっちの反応に気がついて、面白がっている。
ラムポートののヤツと同じく、ここでは反応すればするほどこっちが損するだけだ。
理解している。
でも、うまく抑えない。
だから俺はガキなのかも知れない。
「まっ、どうやら『預言の少年』さまは化け物を吸い寄せる才能があるらしいじゃねーか。あの爆弾小娘も飽き足らず、今度は泥の怪物かよ」
奴はぞんざいに頬を引っかきながら目を細める。
そして言う。
「ハッ、お前なんだ、ガキのくせにそういう趣味なのか? お前その年にさすがに趣味が尖りすぎるだろ。意外と勇気あんじゃねーか。俺だったらあの人間爆弾ちゃんにチンコ入れたら爆発しそーでこえーから絶対無理だわ」
「ゲフフフフッ」
卑劣なその声は、この広くない空間にこだましているようだった。
たぶん、そう感じるのは俺だけだ。
俺の頭蓋に入って、その中で吐き気がするくらい不愉快に何度も繰り返される。
ついに、我慢の限界だった。
「……お前、いいかげん黙れ」
俺の感情の変化はもちろんその場のみんなに看取られて、小太りの奴の顔には笑みが消えて、何か興味ぶかいドラマでも観覧しているような様子になっている。
ちょっとだけ唇を開いて呼吸しているその姿は殺したくなる程憎たらしいが、今はそれよりもずっとにくい奴がいる。
「ああ? なんか言ったか?」
聞かなかったふりをしながら、アンベラトは耳を傾けるジェスチャーをする。
「ちょっと、ロゴスくん。落ち着いて」
右隣でファインオルドが俺を呼ぶ声が聞こえる。
しかし、構わなかった。
「黙れ、って言った」
きっぱり、もう一度言い伝えた。
視線はアンベラトに釘付けになっている。
「……ネラは、人間だ。クソみたいなことほざいて煽ろうとすんじゃねぇよ」
しかし、返されたのはとても低劣で、嬉しそうな顔だ。
アンベラトは口を開いて、
「マジか、こいつ? あいつが? 人間だって? ガハハハハッ」
そんな賤しい笑い声をあげる。
「ゲフフフッ」
隣の小太りの男もへつらう人のようにアンベラトと俺に視線の配り、あの気持ちわるい笑いをこぼす。
しかし長続きはせず。
アンベラトの奴はいきなりマジな顔になった。
「……その気になれば都市全体をぶっ飛ばせるアマをふつー人間とはよべねーんだよ、クソガキ。頭悪いのもほどほどにしやがれよ」
「──ッッ」
瞬時に俺の右手が動いたのは、ポケットの方だ。
──そこには装填された特撹弾がある。
そんなこと、しては絶対駄目だとは思う。
でも、ほとんど本能的にそんな動作をしてしまった。
「先輩! いいかげんそこまでにしてください! こんな会話が何の意味があるというのですか!」
隣でファインオルドが一歩先に出て抗弁する。
しかし、奴らはそれを聞きそうにない。
俺の右手は確かにポケットの中にまで入った。
手先に冷たい鉄の塊が届いた。
同時に、どうしようもなく思い出してしまうのは、
「────」
あの狂った午後の記憶。
黄昏時に近付いて、きのこ雲が上がった学園テムプス・ノヴム。
死体の山と化した校庭。
その中で、必死に俺の助けを求めていたネラの姿。
そして、それに気づかず、彼女の期待を裏切り、その心臓を穿ってしまった、愚か者。
「……ネラが、ネラがいつそんなことをしったって、言うんだ」
そう、弁明みたいに呟きながらも、歯切れはわるい。
目の前の男の笑みは消えずにいた。
アンベラトは再度口を開く。
「……なんだ、こいつ。まさかあの人間爆弾に本気で恋しちゃったのか? で、多感な年頃のマジメ君は自分が騎士様にでもなった気分なのか。だから大事で大事な姫様が侮辱されることは絶対許さねーとか、そういうこと思ってんだな。
……こいつ、純粋かよ! マジおもしれーなお前。ガハハハハハッ!」
やがて限界まで歪んだ彼の笑顔は、爆笑へ至る。
「いや、お前、あの子みたことあるの? マジでかわいいんだよ?」
そこでいきなり口出ししてきたのが、あの小太りの男だった。
奴は言い続ける。
「外見だけは最高だし、あんなに四六時中隣で暮らしてたらそんな気分になるのもしょーがないって。僕がこのマジメ君だったらもう手出してた。……いや、ヤりまくってたわ。だって、陛下から許しも得て国家公認カップルになってんじゃん? だったらヤること一つしかないじゃん」
汚い声で、汚いことを喋る。
「お前には聞いてねーよ。黙ってろ」
アンベラトは冷たい顔になって隣のあいつに言い捨てる。
一方、俺の方は──
「────」
椅子から半分ほど立ち上がっていた。
ポケットの中に放出機を確かに執っている。
行動にすることなど簡単だ。
これを出して、眼の前の憎たらしいヤツらの一つを撃っちゃえばいいんだ。
しかし、どっちを撃ったらいいのか。
それだけがひどく悩ましいことだった。
*
しかし、その瞬間、
「……先輩、そこまでです。これ以上は私も本気で怒るわ」
ファインオルドが俺の前に立ってきた。
その周りには、目に見えるオーラが確かに纏わりついている。
あの日、幼女幻術師を襲ったときと同じである。
それを見た小太りの男は、
「……ファインちゃん、なにマジになってんの。ちょっとした冗談じゃない」
媚びるようににやにやと笑いながら言う。
アンベラトの方は、少し気に入らない表情をしている。
「そう言えば、ここにも人間じゃねーヤツがいたんだな」
そんなことを言う。
「あら、やっと思い出してくれたの? でもそうね、先輩って昔から頭悪いんだから」
「……ファインお前」
「たまにはどう? 体を以て覚えさせることもできるけど。ほら、昔よくやったじゃない。いつも私が勝ってたけど」
「……ッッ」
殴られた犬のような情けない声をこぼす。
それきりで、黙ってしまった。
*
しばらくして、先生は振り向いた。
彼女は俺の肩に手を置いて、
「ほら、もう帰りましょう?」
「……いいんですか? ルィーゼの検挙のためには俺の協力がいると……」
「どうやら、ここでいてもその目的を達成することは難しそうだわ」
俺に優しく言いながら、ファインオルドは後ろの二人をちらっと見る。
「……」
俺は小さく頷いた。
そんな俺を見て、彼女は微笑んでくれた。




