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5/10

5 そうだ、否応移し



 俺の名前は晴野はれのろごす

 元の世界では一般高校生だった。

 異世界でも、たぶんそれは変わってない。


 こっちの世界に渡ってからもう一週以上経った。

 今日は日曜日で、授業もない。


 ちなみに、こっちの世界の暦のシステムは元の世界と変わらない。

 だが、年の数え方だけ違う。

 令和でも、西暦でもなく、『陸暦』という。今年はその1554番目の年だ。


「ふわーっ」


 あくびをして、天上を眺める。


 陸暦1554年、5月5日の午前11時ごろ──俺は一人、部屋の中だ。


 週末になると、俺は予定もなく、やるべきことも無い。

 ただフォリアのアパート、部屋のシートの上でゴロゴロするだけ。

 この部屋は元は倉庫に使われていたらしく、フォリアの家で一番灰色に近い空間だった。


 ちなみに、俺のための物品は必要な時に随時に買っている。

 しばらくは余分のシートを敷布団にすることになるが、ベッドも買う予定らしい。


 他人事のように言うのは、俺の金じゃないからだ。

 どうやら、金銭の方は同棲を命じた王室から責任を取ってケアしてくれるらしい。

 まあ、フォリアに迷惑をかけることが減って良かったと思う。


「ふわーーーっ」


 ……やべ。さすがに暇すぎる。

 こっちの世界は、スマホも、テレビもないのだ。

 もちろん、古き良き異世界なら当たり前だと納得できる。

 しかし、俺の転生先はちょっと変わっている。

 あらゆるものが現代寄りで、街並みとかはまんま21世紀である。

 なのに、電気製品だけはないというのが、ひどく違和感を与える。


「……次の週からは、学園の図書館にでもよってみようかな」


 元の世界ではそんな読書家ではなかった。

 が、こんなにもやることがないと、俺みたいな奴は読み物一択で決まってるじゃないか。


「……そう言えば」


 フォリアのことを思い出した。


 まだ会えて僅かな時間しか経ってないが、家の中の彼女って良く本を読んでいた。


 ……ギャルと読書。

 これまた、元の世界の先入観からすると相性悪そうな組み合わせである。

 が、こっちの世界ではなにも驚くことでもないみたいだ。


 だが厳密に言うと、本って言うより、雑誌である。

 彼女は雑誌を多く購読しているらしく、ほぼ毎日届いている。

 この部屋だって、昔の雑誌が山積みになっているし。


 俺もちょっとめくってみたが、殆どファッションやおしゃれのことが載っているやつだった。

 ここはスマホもSNSもないので、雑誌の方が若者の参考になっているらしい。

 おまけに、写真というのがないので、画像は全てペンで描かれている。

 だが実写とほぼ同じの、かなりのクォリティーだ。

 綺麗だから見ているだけでけっこう楽しい。


 どうやって毎日の分量を印刷しているのかは、不明だ。

 どうせ魔術で何とかしているのだろうと適当には思うが。


 ほかには、舞台や演劇の情報が載っている雑誌がある。

 読んでみたが、かなり興味深いものだった。

 この世界は動画配信は勿論、映画もない。

 しかしその代り、舞台の文化が発達しているようである。

 熱狂的なファンがある役者やシリーズも多いらしい。

 フォリアにもそういう趣味があるのかって思ったが、仔細はまだ分からない。

 今後、それについてちょっと聞いてみようかって思う。


「何か、昭和って、こんな感じだったのかな」


 ふと、思った。


 勿論、俺だって平成生まれなので、そんなのは知らない。

 親の語りなどから断片的に得た情報ぐらいしかない。

 それに、昭和だってテレビと映画はあっただろ。

 だから、比較して良いのかは分からない。


「しかし、いつ帰って来るんだ、あいつは」


 日曜日になると、ここの街の人々は大半は教会へ行く。

 それは、フォリアも同じだったのだ。

 これも先入観からのギャルとはちょっと合わないかも知れない。

 そして、俺個人にとってはずいぶんふしぎな異文化だ。

 と言っても、元の世界の西洋の宗教と似たような感じのようてある。

 それに珍しさを感じるのは多分、俺が日本人だからだろう。


 まあ、とにかく一々ツッコむつもりはない。

 だって、ここはニホンじゃないんだし。

 俺に出席しろって強いられては困るが、そうでもないんだし。


 多分、ここの人には、あれは信じるか信じないかの問題ではない。

 何百年も続かれてきた、大事な文化なのだ。

 それに俺が愚痴を言う筋合いはない。


 とにかく、問題はそこじゃない。

 問題は、腹が減っているのだが、俺一人じゃ料理が出来ないことだ。

 勿論、男子厨房に入らずとかそういうものではない。

 フォリアからキッチンへ立入禁止を命令されているのだ。

 彼女は、この世界の事情を知らない俺が何か事故を起こすのが心配みたいだ。

 ……みるみる、なんかおかんみたいだよな、あいつ。


 おかげでギャルの料理を味わえたのは、正直嬉しかったが。

 ギャルっていうよりも、同い年の女の子からっていうのが感動だった。

 それも、かなりうまかったから、驚いた。





 ──チリン、チリン。


 玄関から、金鈴の音が鳴り響く。

 ドアが開けられる音がする。


「やっと帰ってきたか」


 なんか嬉しくなってしまい、起き上がった。

 時刻は午前11時半だ。


「まったく、教会ってこんなに長引くものか?」


 倉庫のドアに近づきながら、言い出した。


「もう帰ってこないのかと──」


 しかし、


「ロゴス────!!」


 こっちが取手を掴むも前に、あっちからぶち開けてきた。


 驚いて、ビクッとした。

 だからびっくり系は苦手だって言ったろ。


「ど、どうしたんだ──うぷっ!」


 いきなりこっちの胸へ飛び込んできた。

 その衝撃によって、俺はそのまま床のシートの上へ、倒される。


「い、いってぇ……」


 背中から痛みが伝えられる。

 俺が十代だから助かったが、中年だったら腰が死んでた。


「な、なにすんだよ、いきなり?」


 しかし、


「どうしよ、ロゴス、うち……」


 俺の腹の上に跨ったギャルの表情を見た。

 すると、俺のことなど、どうでも良くなってしまう。

 フォリアは、涙を浮かべて、顔を上気していたのだ。

 今でも泣き出しそうだ。


「──どうした。何があったんだ?」


 つられて、真摯な口調になって、彼女に問いただす。


「うち、ね……?」


「何なんだよ?」


 ちょっと焦りながら、答えを促す。


「明日がクルクスくんの誕生日なの、今まですっかり忘れちゃったの!!」


 俺は、固まってしまった。


「……は?」





 話をまとめると、こうだ。

 いや、まとめるもクソもねぇな。そのまんまだよ。

 つまり、フォリアちゃんはうっかりさんで、大切なクルクスくんの誕生日を忘れた。

 もちろん、プレゼントも容易できていないという。


 聞いてみたが、誕生日はすぐ明日の5月6日だった。

 教会の友だちに言われて、やっと気づいたらしい。


「……ごちそうさまでした」


 俺はフォリアの料理を食べ終えて、小さく言った。

 泣きそうになりながらも、彼女は昼食を用意してくれたのだ。

 やっぱりこのギャル 、一々優しさが隠しきれていない。


「で、俺に何が言いたいんだ?」


 どうやら、フォリアは誕生日の件で俺に何かを頼みたい様子だ。


「……うち、今から街のショッピングモール行こうって思うんだけど」


「プレゼント買いに? じゃあ、解決じゃん。俺いらねぇじゃん」


「違うし。うっかりしたから、クルクスくんが何なら喜んでくれるのか、考えてなかったわ。だからロゴス、うちと一緒に行って、男の子視点からコメントして欲しい!」


「男の子視点って……」


 言ってることは分からんでもない。


 しかし、あのクルクス・デュオコラムが喜ぶようなものって……。

 俺に分かるわけねぇじゃん。


 だって、相手は世の中のイケメン陽キャを集めて百倍濃縮したような奴だ。

 そんな奴の趣味に、俺が追いつけるわけがないじゃん。

 俺には荷が重すぎるって。


「あーと、なんか適当に知り合いの男の子呼んじゃダメなのか?」


 少しだけ、逃げ口を探ってみた。


「さすがに急すぎっしょ。悪いし」


 俺には悪くないってのかい。

 まぁ、実際暇だし、もともと一緒にいるんだし、良いけど。


「でも、俺とあいつって、全然違うんだけど、良いのか? それは」


「そそ。それも思ったんだけどさー」


 彼女はそれを聞いてほしかったように、両手を合わせて音をだす。


「でも、なんか全然違うから、むしろ意外性あるかも、って思うんだよね」


「……」


 変な期待されても困るんだが。

 まあ、でも、どうやら逃げるすべはなさそうだ。

 切羽詰まってるのに長引いても悪いし、ここは早めにやるべきことをやる方が良いみたいだ。


 それに、こいつは、今まで俺に色んなことをしてくれた。

 そうじゃなくても、俺に恩返しが出来ることなど僅かだ。

 なのに、頼まれておいて、それから逃げるだなんて。

 そんなの、出来るわけがない。


「……分かった。じゃあ、行こう」


「マジ? ありがとー! 助かるわー」


 さっきまでの泣き顔が嘘のようだ。

 子供みたいな笑顔である。


 なんだよ、俺に分かりやすいって言ってたくせに。

 自分だって背中で『ぱあああ』って効果音が太字で登ってるし。


「今日の内に済ませるんだろ? 早くいこう」


「あ、うちはこのままで良いよ」


 意外と、教会行きの服とショッピング用の服が違ったりはしないらしい。

 ただ急いでるからかも知れないが。


 今の彼女は、制服のときよりずっと露出を抑えたが、それでもキラキラさは相変わらずな感じだ。

 ワンピースはある程度丈の張っているものである。

 しかし、腕の方は袖がないから、温かい季節に良く合う。

 その色合いも涼やかで、彼女の金髪とも似合う。

 全体的に輪郭を見れば、バランスが良くとられている感じだ。

 そのふっくらした髪のボリュームや、腰のくびれや、あと色々、な。

 ちなみに、普段は派手なピアスも、今は数が僅かになっている。ネイルの方は同じだが。


 うん、俺は、まあ、好きだな。

 でも褒めたら、童貞っぽいだのへんたいっぽいだのって言われそう。


「じゃあ、準備するのは俺の方だな」


 と言っても、もう洗面とかとっくに終えてるし。


「十分ぐらい待ってろよ。すぐ終わるから」


「マ?」


 フォリアは何か驚いたらしい。

 でも、それくらい普通だろ。

 もっと死ぬほど急いでんなら、三分以内にも出来る。


 彼女の驚いた表情を無視して、倉庫の中に入る。


「……てか、そう言えば服買ってないし、靴下やパンツぐらいしかねぇ」


 マジで学ランしか選択肢ないじゃん。

 自慢の母校、新季高からの。


 なんか、ヒロインの服装は毎週変わるのに、主人公は年中無変のアニメの主役になった気分だな。

 さすがに隣がギャルだから、ちょっと罪悪感っていうか……。

 これからはフォリアのファッション雑誌でも借りた方が良いのか。

 いや、あれ男性用じゃないし、見ても分からないかも。


「まあ、今日はしょうがねぇだろ……」


 ため息を吐いて、学ランを着た。





◇   ◇   ◇





「はー疲れたー」


 俺は路上のカフェのテーブルの前に腰掛けている。

 背だけでなく、全身を背もたれにもたれながら。

 空を見上げると、今日は珍しくも曇り空である。

 俺がこっちに渡ってからずっと晴れだったのに。


「ふんふんふーん」


 テーブルの向こうに目をやると、そこには上機嫌に何かを書いているギャル、フォリアの姿がある。

 トンボからメッセージが来たのだ。それに返事を書いているのだろう。

 空中を飛んでいるそのかわいらしいデザインからして、ギャル同士だろうと思う。


 今の時刻、午後4時。

 ここはフォリアのアパートからこの世界のバス(後述しよう)で15分距離のショッピングモール……っていうか、複数の商店が集まっているデパートみたいなところだ。

 そこの真ん中、道路に面してテーブルが並んでいる、いわゆるオープンカフェである。


 やっと買い物を終えた俺たちは、ここで飲み物を頼んだばかりである。


 いや、『俺たち』という表現はあってない。彼女が終えた。

 途中、俺は何もせず、ずっと彼女を追っかけただけだ。

 なんか、ヤンママに引き回されて、あちこち引っ張られる息子になった気分っていうか。


 しかし、登校路ではない街並みに出たのは今回で初めてだが、思ったよりももっと洗練されて、そして綺麗で、びっくりした。

 何て言えば良いのか、理想化された現代ヨーロッパの街って感じだと言えば良いのだろうか。


 そこを歩いて通りぬく華麗なるギャルが一人。

 街の中のフォリアはまたいつもとは一味違って、もっと輝いていた。

 その姿はまるで、スポットライトが当てられた女優のようだった。

 俺と同い年なはずなのに、ずっと大人な感じで、でもやっぱり少女的綺麗さはまるで失っていない。


 ……そして、そんな彼女の後ろをちょこちょこ追っかける学ランの異邦人少年が一人。

 その姿は、ママを追いかける坊っちゃんでもなく、ワンちゃんって言ったほうが良いかも知れない。


 彼女と張り合えないってのは、もともと知ってたけど。

 なんか、正直、街に出てからずっとそれを意識してしまった。


 で、結局のところ。

 彼女が選んだのは、服でもなければ、おしゃれ系でもない。


 彼女が買ったのは、ある飾り物だった。

 それは、スノーグローブの感じに近い。

 球状のガラスの内部にはアゲハの両翅みたいな形の何かが光っていて、その黄金色の瞬きはとても神秘な雰囲気を纏っている。


 しかし、フォリアの説明によれば、それはただの装飾ではないらしい。

 何と、その内の翅形の発光体は実際の精霊で、特殊な処理をして捕まえているものだとか。

 最近には精霊の数が減っているので、自然とそういう類の飾り物は値段が高くなったという。

 しかし、フォリアは別に値段などどうでも良さそうである。

 彼女が金持ちなのは既に予想がついていたので、俺も驚かなかった。


 なぜそれを買ったのか、俺が聞いてみると、急に前に彼との会話を思い出したとか。

 クルクスは意外と真面目な一面があって、精霊について興味があり、勉強をしているらしい。

 ……あいつ、外見は完璧で、まさか内面はまた思慮深いとか、勉強も上手だとか、そういうタイプなのかな。

 それなら、マジで俺には勝ち目がなさすぎるのだが。

 いや、どうでも良いことか。


 それで結局、俺の意見は全く反映されていない。

 てか、介入する余地さえいなかった。


 正直、心の中ではちょっと気が抜けたというか。

 これなら、何で俺を連れてきたんだ、と思った。


 それに、フォリアはずっとクルクスくんクルクスくんって、その名前しか言ってない。

 彼女がどれほど切にあいつのことを思ってるのかが、分かりたくもないのに、分かってしまう。


 ……俺は脇役なのだ。

 分かっているし、それで別に俺は良いんだよ。

 だから、エキストラを、理由もなしに、いたずらに表舞台に連れて行くんじゃねぇよ。


 そんなつまらないことを、一人思っていた。





「……」


「ふんふんふんふーん」


 彼女はずっと周りに寄ってくるトンボに返事をしていて、忙しい。

 出された飲み物も、あんまり進んでいない。


 スマホもないし、ずっとラ◯ン見て返信打ってるギャルの光景など、見かけないだろうと思ったのだが。

 こっちの世界のギャルは、指じゃなく、かわいらしいペンでそれと同じことをやっていた。

 トンボの機体の往来にはそれなりに時間がかかるので、良くもあんなに絶え間なく連絡をしているものだと思う。

 いったい、誰と何を言っているのやら。


「……なあ、そろそろ帰ってもいいじゃないか?」


 俺は言い出した。


「え、もう帰っちゃう?!」


 フォリアはちっちゃい紙切れの方から顔を上げて、こっちを見る。


「もうもなにも、用は済ませたし、そろそろ夕刻じゃん」


「うーん、せっかく出たんだから、もうちょっと回っても良くね?」


 彼女は何か考えがあるのか、指を唇あたりに当てた。

 自然と、きれいなネイルに目が注がれる。


「実は、これからよってみたいとこ、あるんだよねー」


「どこだよ?」


「あーそれは……その……今は、ヒミツ」


 何いってんだこいつ。

 しかも、俺に普通に接する時とは顔も違う。

 妙に、照れてるような。


 ……こいつがこんな顔になれることって、一つしかいない。

 どうせ、大切なクルクスくんのことなんだろ。

 今度彼を連れて行きたいところによってみようとでも思ってるんじゃないか?


 それはあまりにも杜撰な推理だったが、俺は半分確信してしまった。

 だから、言った。


「……そんなところは、お前の愛しの奴と付き合ってから、ふたりで行けよ、ふたりで」


 別に、悪気があったわけでもない。

 ただ、普通に、不器用に、思いついたことを言っただけだ。


「は?」


 だが、帰ってきたのは、冷却された声音だった。

 

「えっ」


 彼女の顔を見た。

 ……幸いって言うか、怒りの形相ではない。

 どうやら、単に当惑しているらしい。

 でも、ちょっと眉を寄せている。

 よく笑う彼女の普段の顔と違って、怖い。


「なに? その、『愛しの奴』、って気持ち悪い言い回し」


「えーと……」


「もしかして、クルクスくんのこと? なんでそこでクルクスくんが出てくるわけ?」


「い、いや、だから、お前……」


 くっそビビった。

 なんか地雷踏んじゃった?

 でも特に言ったこともなかったような……。


「お前、クルクスのやつと行きたいところとか、あの、なんか、物色するつもりじゃない、んすか」


 ビビりすぎて、最後が敬語になってしまった。


「物色? 何いってんの?」


 首をちょっとかしげる。

 眉の間の溝は消えていない。

 きれいな顔だから、あまりそういう表情するともったいないと思う。

 それさえもきれいなのだが。


「……だから、またクルクスのことでどっかへ引き回そうって思ってるんじゃないのかって言ってるんだよ」


「は? もう、買い物終わってるし。てか全然そんなこと思ってないし」


 だが、彼女の眉間の溝はさらに深くなる。


「てか、引き回す、ってなに? ロゴスが来るって言ったじゃん。別にむりやりに来てよって言ったわけでもなかったじゃん」


「い、いや、それは」


「ロゴスの中のうちって、もしかして、クルクスくんのことしか頭にない、あほな子なの?」


「いや、違うって、何でそうなるんだよ……!」


 やべ、こいつ、なんでいきなり怒ったんだよ?

 どこで選択肢間違った?


「……ロゴスのためにって」


 何か、いきなり弱々しい声色になって、言う。


「え」


「ロゴス、喜んでくれるのかなって、ずっと思ってたのに」


 そんなことを聞かされて、彼女の顔を見た。


 拗ねた子どものように、片方の頬をちょっとぷくーって膨らませている。

 え、かわいい。

 それより今、彼女は何て言ってたのだ?


「……俺が喜ぶ、って」


「……知らないし」


 フォリアは椅子から立ち上がった。

 空いたもう一つの椅子に追いていたバッグを乱暴に取り上げて、後ろを向く。


「ひとり、先に帰ってて。道はもう知ってるっしょ? 金もあるし、そんな遠くないし」


 一歩進もうとして、止まる。


「あ、そ、これ、もういらないや」


 バッグから何かを出して、こっちに近づく。

 え、なに。

 まさか『テメェみてーなキモ童貞とはもうやってらんねーから、ここで永遠にさらばよ』って、武器でもぶっ放す気?


 ビビって、ちょっと肩をすくめた。


 しかし、違う。


「これって」


 彼女がテーブルの上に追いたのは。

 トンボのメモより少しだけ大きい、紙切れだ。

 表面には、こう書かれている。


『キュリアルもどき』


 何だこれ。何かの題名、なのか?

 そう言えば、この紙切れの外見って、なんか切符みたいな感じだ。

 もしかしてこれは、


「チケット、なのか?」


「……知らない」


 始めて見た。

 フォリアが、あんなに曇った顔になるのって。


 だが、その顔を拝見するヒマもなく。

 彼女は再び後ろを向いた。

 そして、今度こそ、止まらない。


 フォリアは速歩で、俺の座ってるテーブルから離れてしまう。

 どこへ行くのだろうか。

 しかし、目的地もなく歩いているわけでもないっぽい。


「ちょっ、待ってよ!」


 半分ほど立った俺は、彼女を呼び止めようとする。

 しかし、振り向きもしない。


「────」


 彼女はカフェがある建物と反対方向の区画へ、車道を渡って行く。

 すると、すぐその端っこの建物の入口へ入ってしまった。


「どこ行くんだ? あいつ」


 それがどこなのか確認しようと、建物の上方を見上げた。

 それに、やっと気がついた。

 前々から存在は気がついていたが、何が書かれていたのかは別に注意を払わなかった。


 建物の側面に付けられているあれは、ビルボードのようだ。

 その上には、きれいな赤毛の少女が、大きなナラの木にもたれて天を仰いでいる絵が描かれている。何がそんなに楽しいのか、幸せな表情だ。

 少女の足元に、大きな字が描かれている。


『キュリアルもどき』


 そして、もうちょっと小さい字が、添えられている。


『空前の傑作、誕生――』

『全イリスバラ市民への、愛の掛け声』


 ちょっと古い感じの宣伝の文句。

 昔のポスターにありそうだ。


 ……そこで、やっと思い出した。

 フォリアの倉庫の中、山積みなっていた、演劇の雑誌。

 そして、テーブルの上に置かれた、1人分の、入場券。





「……はあ」


 ため息を吐いて、俺はもとの椅子に腰掛ける。


 ……どうやら、彼女は、俺に演劇を見せようとしていたらしい。

 フォリアが入って行ったあの建物は、中に劇場が設けられているみたいで、入口で切符を出して入場する人たちが見える。

 まさかここのカフェを選んだのも、最初からそのつもりだったからなのか。


 胸の中に込み上げられるのは、強い罪悪感だ。


 まさか、クルクスの件とは別に、最初から日曜日に俺と出かけるつもりだったのか。

 ……チケットはもうとっくに買っていたんだし、そう考えるしかないだろう。


「なんだよ、それ……」


 もやもやして、手に力が入ってしまう。


 そういえば、彼女は買い物を終えてからずっと上機嫌に見えた。

 なんか期待しているような感じだった。

 最初は単にクルクスのために良いものが買えたと喜ぶのかと思ったのだが。


 ……俺だって音楽とか好きだし、なんか分かる気分がする。

 自分が好きなものを誰かにおすすめして、紹介するとき。

 その緊張、期待、ドキドキする気持ち。

 もしその人がそれが嫌いなら、落ち込むけど。

 でも、好いてくれると、めっちゃ嬉しいよな。


 フォリアもそんな気持ちだったのかも知れない。

 しかも、相手は遠くから来た異邦人だ。

 こっちの文化、それも自分が好きな文化をその人に紹介するのだ。

 きっと彼女だって期待で心が一杯になっていたのだろう。


 ……そういえば、あいつ、昼飯の時に──


『うっかりしたから、クルクスくんが何なら喜んでくれるのか、考えてなかったし』


 なのに、さっきは──


『ロゴス喜んでくれるのかなって、ずっと思ってたのに』


「……っっ」


 まさか、今週ずっと俺に演劇見せるので頭一杯になってたの?

 だからクルクスの誕生日のことも忘れたって?


 ……いや、まさか、な。さすがに思いあがりだろ。

 なに嬉しくなってんだよ、俺。


 たとえそうだったとしても、それはそれほど彼女にとって演劇が大事だということだろう。

 俺じゃなくても、遠くから来た人なら同じことになってたはずだ。


「……でも、なんで隠す必要なんか」


 そうだ。

 そんなつもりだったなら、最初から言えば良かったじゃん。

 俺はどっきりとか、そういうイベント別に好きじゃねぇんだよ。

 何かをする気があるのなら、正直に伝えればいいじゃん。


 これ、俺が悪いのか?


「……」


 ……言うまでもない。


「100パーセント、俺がわるいよな……」


 でも、今さら、俺はどうしたらいいのか。


 俺はテーブルの上の入場券を見る。

 そこには4時40分まで入場を求める注意が書かれている。


 ここの四つ辻の道端には電柱のように建てられた大きい時計がある。

 それは、今の時刻が4時10分だと知らせている。


 今から入場しても、全然間に合う。

 でも、入ってから、気まずいまま彼女と隣で演劇を眺めるというのか。

 フォリアなら、詫びたら許してくれるとは思うけど……。


 ……でも、根暗特有の考えすぎな癖が発動してしまった。


 まず、どんな風に謝ったらいいのか?

 そもそも、入場してからフォリアの席ってどうやって探したらいいのか?

 元の世界でも、演劇など一人で見に行ったことはない。

 それに、謝った後は、すぐ感謝すべきなのか?

 どんな言葉で? どんな顔で?


『俺のことをクルクスより優先してくれて、ありがとう!』


 自分でも最悪な妄想をした。


「……それ言ったら、今度こそぶっ叩かれるよな」


 迷う間も、時間はずっと進む。

 もう4時13分。


 この時、晴野言はどうしたらいいのか。





「……待てよ」


 なんで今まで忘れていたんだろ。

 俺はポケットから、やぼったい外見の、昭和の機械のような、『あれ』を出した。


「……そうだ、否応いやおううつし」


 俺は、物作りの神からの贈り物を見下ろした。







次のエピソードは今日の22時半に投稿される予定です。

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