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人間の常の一つとは



 コーナーを曲がると、そこにはちょっとした人々が集まっていた。

 諍いになっていたのは確かそうで、刺々しい空気を感じる。


 しかし彼らはそれぞれ独特な見た目をしていて、妙な表現だが、そんな人らが一処で集っていると変な趣を覚えさせてしまう。

 まるでわざと集めて扮飾させた絵画のモデルみたいというか。


 まず対峙している一方を見ると、それは三人の男だ。

 二人は軍服みたいな正装をきちんと着こなしていて、この群れの中では一番味わいの薄い服装だ。

 しかし、残りの一人はかなり破天荒なものを着ている。


 それは見た目でいうと、アポロ11号の月面写真に出てくる宇宙服の感じに準えられるかも知れない。

 しかしかの有名な宇宙服よりもずっとデカくて、ざっと見ると3メートルには達しそうだ。

 それに固そうに見えるパーツで一杯で、小さな隕石の一つや二つくらいは当たってもなんともなさそうである。


 ……いや、既視感を覚えると思ったが、そういえばその服装はさっき横断幕に描かれていた兵士の甲冑と同じものだった。


 つまりこの三人は──刃刺の団員ということなのだろうか。


 一方、反対側の人たちを見ると、こっちも三人だ。

 その中の二人は男女の子供であり、兄妹なのか、見た目がかなり似ている。

 彼らは保健のクララ先生やルッセルさんみたいに尖った耳で、しかも背中にはトビケラみたいな羽を持っている。

 もしかしたら彼らこそ正真正銘のエルフって奴なのかも知れない。


 でもこの中でも一番の奇妙な外見はその子供たちではなく、最後の一人である。


 それは──大きなサザエの貝殻だ。


 貝殻の下には機械脚、背中には機械腕がついている。

 その中から蒼白な中年の男が出ている。

 髪も眉もない男は上半身だけ貝殻から出ていて、そこはまともな服を着、昔風の紳士みたいな感じである。


 見紛うはずもない。

 彼はあの胡散臭い店、シェルズ・ヴィトルの主、ブラチアリスである。



☆



 俺と彼はあの日──テムプス・ノヴムできのこ雲が上がるのを目撃したあの禍々しい日に出会った。

 ルバスの紹介でシェルズ・ヴィトルまで行くことになった俺はブラチアリスから俺の特性を生かした武器、『特撹弾』を貰ったのである。


 しかしその世界線は俺が『否応移し』のノブを回した瞬間、まるごと削除された。

 すなわち今の世界線で俺とブラチアリスが出会った事実は無いものになっているということだ。

 従って俺の方からは彼を知るが、彼は俺を知らないのである。


 頭ではそれを理解していた。


 でも俺は、


「──サザエのおっさん??」


 彼を目撃した途端、そう声に出して呼んでしまった。


 どうやら俺は予想もしなかった再会に嬉しさを覚えたらしい。


 だって、確かに彼を対面した日は俺が今まで経験した日々の中でも最悪に間違いないが、それでも別にブラチアリスという人物自体にはなにも悪い印象を受けなかったのだ。


 まあ、外見だけは怪物みたいだが、彼と話してみたところむしろこの世界であった人の中で一番思慮深い感じだった。

 それに貧しい子供たちのために講義をするような側面も持っていて、彼には悪い印象どころかかなり好印象を持ったと思う。


 とにもかくにも、俺の声を聞いた全員は一挙にこっちへ視線を向けた。


「……ガキ、それは私のことなのか」


 まずブラチアリスがちょっと嗄れた声音でそう問うた。どうやら俺のことを怪訝に思っているらしい。


 それもそうだ。だってあっちにとって俺は初対面の他人なのだから。

 だったら、どうすれば彼に打ち解けさせることができるのだろうか。


 そんなことを思った瞬時に脳裏をよぎったのはフードの少年の面影だった。


「……あ、俺ってルバスの親友なんだ。奴からおっさんのこと、良く聞いたんだよ」


「ルバス? ルバスの友だちだと?」


 それは正解だったらしく、その名前を聞いた途端彼の表情はすこし和らぐのである。


 しかし当然にもそれは彼ひとりだけであり、他の人員は俺のことを訝しんだままだ。

 さっきまで起こしていた言い争いの余熱がれっきとしていて、軍服と甲冑の三人は険のある顔つきで俺を睨視するのである。


「誰だ、お前は」


 男は甲冑の中から俺にそう問う。

 こっちに顔を向けたからやっと少しはその輪郭が見えてきた。


 彼は短い栗色の髪と赤い瞳をしていて、歳は三十代半ばぐらい。

 眉根を寄せているのが初期設定の表情なのか、そのせいで額のあたりに深い溝ができ、眼窩には濃い陰が差していた。


 意図的に威嚇する姿勢を取っているのか、あるいはもともと乱暴な性格なのか。

 そのとんでもない格好と相まって男はとにかく相手を威圧するオーラを纏っている。


 身なりは同じでも、どうもあのポスターに描かれていた完璧な爽やかスマイルの兵士とはあまりにも大きい径庭がある。


 しかしそれよりも、俺は彼の質問にどう答えるべきなのか。

 ただブラチアリスを見たとたん口を開いたので、そんなことまでは思い及んでいなかった。


 何秒かの苦心のすえに俺は、


「……テムプス・ノヴムの学生なんすけど」


 割と真っ当な答弁を言い出した。


 やはり学生という身分だと社会は甘く見てくれる──という地元の常識に賭けてみることにしたのである。


「テムプス・ノヴムだと? ……その変な格好、あそこの制服じゃねーだろ」


 それを言う甲冑の男は更に幾条かの線を額に追加した。


 正直、ちょっとビビった。

 でもどうにか平静を維持しようとしながら俺は答えた。


「ちょっと事情があって服装はこんなやつになってるんです。でも嘘じゃないんすよ。なんなら証明もできますよ。学園に一緒に来てくださると、すけど」


「ふざけんなよ。今俺たちは重要な任務の途中なんだよ。たかが生徒一人の身分証明なんかに付き合ってやれるか」


 重要な任務、とな。


「……その任務って何すか?」


 男はニヤリとしながら、


「街の治安維持だ」


 そう答える。

 言っている自らも全然重要な任務だと認識していないのは歴然だ。

 でも敢えてそれには触れなかった。


 俺は、


「で、サザエのおっさんがなにか悪いことでもしたんすか?」


「私は何も悪いことなどしてねぇよ!」


 即刻答えたのはブラチアリス本人である。


「ただいつもの子供の授業が終わったら、こいつらがパレードを一緒に見ていきたいっていうから大通りまで来ただけなんだよ!」


 言いながら彼は機械腕の一本でエルフ耳の子供たちを指した。


 彼の言う『授業』とは彼が貧民街グレイギルの子供のために設けた講座のことで間違いなさそうだ。

 つまりあの二人もグレイギルの乏しい児童だということだろう。


 興奮した顔で、ブラチアリスは再度口を開いた。


「なのにこの無礼な馬鹿どもが──」


「──誰が馬鹿だテメェ!!」


 もちろん、それを言ったのは甲冑の男だ。


 脅かすつもりなのか、その特殊な鎧いのパーツを軋ませる様子である。

 が、ブラチアリスの方は全く怯んでない。


 ……そう言えばご自身からかなり抜けた外観をしているからな。

 外見の怖さを測るならむしろおっさんの方がこの兵士に勝るかも知れない。


 とにかく、構わずブラチアリスは話を継ぐ。


「──この無礼で不躾で不格好でブサイクな馬鹿どもがいきなり私をこの路地に押し付けてふざけたこと言い出したんだよ! 通報があったとかなんとか!」


 すると甲冑の奴はしたり顔になりながら、


「ああ、確かに通報があったぜ。俺たちは住民の一人から聞いたんだよ。『人間化のやり損なった怪物が子供を連れて変なところに行っている』とな」


「なんだよ! 私が犯罪者に見えるってか?!」


 ……本当に申し訳ないが、サザエのおっさんが怪しい外見であるのは事実だ。

 ていうか、あのシェルズ・ヴィトルとかいう店で彼は実際の犯罪行為にちょこちょこ関わっているらしかったからな。児童に関するようなタチ悪い類ではなかったけど。


「お前、自覚ないのか?」


 今度は黙っていた軍服の二人の片方が言い出した。

 ニヤける表情が浮かんだ顔には相手を貶す意図がたっぷり湛えられている。


「気持ち悪いんだよ。お前みたいな奴は。人間でも非人間でもない中途半端な領域でいて、しかもあんな海の怪物みたいな外見で、自分が嫌われるべきものだということも知らないのかよ?」


 ……最悪なことを言う。


 そんなことを聞いていると、心の中とはいえブラチアリスの外見のことを悪く言った自分に罪悪感を覚えてしまう。

 そして胸の奥から湧き上がる感情は、あの軍服姿の奴らへの強い憎しみだ。


「……」


 サザエのおっさんはもう抗弁するのもやめた。

 言葉が通じるという期待をやめたらしく、ただ憤怒を込めた視線を相手に向けているだけである。


 しかし、それでも向こうは黙るつもりがないらしい。

 軍服の奴は言い続けた。


「お前、何人間のふりをして混じろうとするんだよ? 鏡も見たことないのか? お前なんか人間じゃないんだよ! 今日は人間たちが楽しんで祝う日なんだよ! お前みたいな怪物は下水溝にでも潜り込んでろよ!」


 奴は言いながらブラチアリスの貝殻の一点を拳で叩くのである。

 その瞬間、俺は確かにあの機械腕の一つがビクッと動くのを見た。


 しかしその時、


「せんせーは何も悪くない! 悪いのは僕たちだよ!!」


 子供二人のなかで男の子が出て、兵士たちとブラチアリスの間に立つ。


「せんせーは行きたくないって言ったのに、僕たちが無理矢理行こうといって、それで……!」


「──どうでもいいから、餓鬼は黙っていろよ」


 しかし軍服の奴は、子供を乱暴に押しのけるのである。

 おかげで彼は地面に倒されてしまった。


「──おい!!」


 俺はやがて我慢できず、そっちへ駆け出した。


「────」


 しかしその瞬間、俺の進路を遮るつもりだったのか、甲冑の奴が前へ一歩歩き出した。

 どうも進むことが出来ず、俺は止まるしかなかった。


「……実はな、白状するとなぁ、こいつが本当に犯罪者なのかは関係ねーんだよ」


 冷たい声で甲冑の男が言い続ける。


「今度の戦、俺は北方の凍土でテメェみてーな奴をいっぱい殺して来たんだよな。いわゆる反人間勢力の連中を。『人間化の勅令』を受け容れずにむしろ人間に歯向かおうとしたクズどもを、な」


「……」


 俺はそこでやっと五月、王の召使いのラヴィエから聞いたことを思い出した。

 俺が王が不在な理由を聞くと、彼女は彼が『反人間』との戦のために北方へ趣いたと言った。


 甲冑の男は話を継ぐ。


「……北方の戦場には、揃いも揃って哀れで醜い怪物しかなかったぜ。ここの貝殻ヤローよりもずっとひどい外見の奴も沢山あったな。全く奴ら、くっそ寒いとこで苦労させやがってよ。でも見るにたえねーゴミどもで生きていても仕方のねー奴らばっかだったから、殺していてむしろスッキリしたんだぜ?」


 その演説の途中で分かった。

 ──こいつら、酒を飲んでいる。

 元の世界で俺が死ぬ直前にOBたちが起こしていた騒ぎを想起してしまった。


「で、やっと掃除も終えてイリスバラに帰ってみたら、こんなゴミみてーな奴がここにも一杯あってうろちょろしてるって分かったんだよ。これは流石の俺たちも機嫌を損ねるしかねーじゃねーか」


 甲冑の男は前へ出てブラチアリスの方を指さす。

 既にかなり酔っているらしい彼の視線は軽蔑がたっぷり込まれている。


「正直いうとな、テメェみてーな奴らは掻き集めて地底に埋めてーんだ。でも守護卿と陛下は慈悲深いからそんなことはやらねーだろうな。それが残念でたまらねーぜ、ガハハッ」


 他の二人も合わせて、三人は卑劣な笑い声をする。



☆



 ……めちゃくちゃなことを言っている。

 こいつらは正常じゃない。

 俺は確かにそう思った。


「……ッッ」


 いつの間にか拳を握っていた。

 口の中では歯を食いしばり過ぎて歯ぎしりをしていた。


 俺は怒っていたのだ。


 ブラチアリスのことをそんなに良く知るとは言えない。

 でも、せめてこんな扱いにあっていい人ではないことは分かる。


 出来るなら、こいつらを叩き倒したい。

 二度とこんな無礼な言行はしないように躾けたいところだ。


 でもたぶん、それは無理だろうな。

 俺には武力など持っていない。

 俺の唯一の特技である『否応移し』だって早急に出せる物理力は皆無である。

 だからこんな場面では俺は徹底的に無力だと実感するしかないんだ。


「……」


 でも、せめて口と舌は動かせる。


 いくらここが異邦だと言って、公の場で人にこんな悪口を言っておいてすむわけがない。

 ここだって法律はあるし、最低限の正義を執行する試みはなされているはずだ。


 だったら、そんな行為が正当でないという訴えもやってみる価値はあると思ったのだ。


 自己満足の言い訳なのかも知れない。

 結局、俺は奴らに何か言わないと我慢ができなくなっただけだから。


 だから俺は、


「おま──」


 しかし、それ以上は何も言えなかった。

 途中で制されたのだ。


 それをしたのは──ブラチアリスだった。

 彼の機械腕の一本が伸びて、俺の前で掌を見せている。

 つまりその意味は、『何もするな』ということ。


 俺はおっさんの方を見た。

 彼も見返して、軽く首を横に振る。


「……クッ」


 本人からそう言われると、俺はなすすべがない。

 ただその場を直視するのが出来ず、苦々しくうなだれるのみである。





◇   ◇   ◇





 幸い騒ぎは物理的な衝突まではいたらなかった。

 男たちは罵倒の言葉を二、三度吐いたあと、反応のあまりないことに飽きたのか、行ってしまった。


 奴らが消えた路地には苦い沈黙が残った。


「……」


 ふと、思い出すことがある。

 ネラの言葉──


『世界は正面だけじゃない』


「……全くだよ」


 この世界に初めて来た日。

 ネラを最初に目に映して、この世界が綺麗事ばかりだと勝手に思っていたころ。

 あの時には、イリスバラにこういう残酷さが存在するとは思いもしなかった。


 でも、残酷は人間の常の一つなのだ。


 だから異世界だろうが何だろうが、その世に人間がいるかぎりは、残酷は決して消えないのである。


 俺はそれを確かに分かった。



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