どこでもハレノ・ロゴスはエキストラ
俺はある路地に入るあたりの壁にもたれた。
人波の中に溶け込むピンク髪の少女を見送ったばかりだった。
「はあ。行ったか」
溜息をつく。
騒ぎの連続で疲れてしまったのである。
「……でもあいつ、あんな一面もあったんだな」
一人でさっきの出来事を思い出す。
──ラムポートの奴を睨んで冷たい声を出していたルィーゼ。
俺の前ではずっとニコニコとしていたから、その豹変に流石に驚かざるを得なかった。
でも驚きはそこで終わらなかった。
その後、ルィーゼの態度を不快だと思ったラムポートは彼女に近付いた。
奴だって別に何かをしようとしたわけではなかったらしいが、ルィーゼはそれを見過ごさなかった。
彼女がとんでもない速さで動きだしたと思ったら──次の瞬間、ラムポートの奴は地面に伏せられていた。
その後はボスがやられるのを見たラムポートの取り巻きたち、つまりゴブリンのアンフとオークのトルトゥーガが飛びかかってきた。
しかし彼らも別段違いはなく、ゴブリンは腹部に蹴りを食らって飛んでゆき、オークは壁に叩きつけられたのである。
やがてオークの顔が青白くなり始めたので、俺から介入するしかなかった。
気早に落ち着かせようとしたのでその時俺が正確に何を言ったのかは思い出せない。
ただ俺の言葉に対するルィーゼの反応だけは記憶する。
彼女は俺に視線を向け、一気に顔色を変えて、
『……どしたの? アタシはヘーキだよ。心配しないで!』
するとルィーゼは元の笑顔に戻っていた。
次の瞬間、彼女はトルトゥーガを解放した。
力を失った奴は無様に地面に倒されてしまった。
それっきりで俺はルィーゼの手を引っ張りその場から去ったのである。
引き止める人は誰もなく、ただ今までずっと拱手傍観していたルパートとかいう美少年が俺たちの背中に赤い目を注いでいただけだ。
☆
俺たちはなるべく離れたところの路地まで着いた。
俺が息継ぎをしていると、
「あっ、アイス屋台のすぐ前まで来てる!」
泰然とルィーゼは向こうの屋台を指すのである。
まるでさっき起こったことを何とでも思わないように。
それを見た俺は唖然となってしまった。
でもどうにか気を取り直して、財布から金を出したのである。
そして、言った。
「ほら、二人分買ってこいよ。……あ、俺の奴はなるべく酸っぱい味でたのむぜ」
☆
で、彼女をアイス買いに送っては、一人残った。
屋台のすぐ前とは言え、街をうずめた人だかりはまだ全然減っていないので、アイス買いの列も長い。だからしばらくは帰って来そうにない。
少しは余裕を取り戻した俺は、一人でルィーゼの意外の一面を顧みていたところだったのである。
……でも考えてみると、意外と言っても相手は今朝出会ったばかりの人だ。
知らない一面もなにも彼女のことは知らない面しかないじゃないか。
「でも流石に、あの馬鹿力は驚くだろ……」
あの巨体のトルトゥーガを簡単に壁に押し付けてしまうだなんてな。
あの細くてこまかな両腕をもってどうやってそれが出来たのか、ふしぎだ。
「……まあ、どうせ魔術でなんとかしてたんだろう」
ここは異世界なのだ。従って、大抵の奇なる現象はそれで説明ができるのである。
だからそんなに気には留めなかった。適当すぎる思考なのかも知れないが。
◇ ◇ ◇
ルィーゼの帰りを待つこと約二十分。
……さすがに時間がかかりすぎている気がする。
その気になれば三分もかからず食べ切れれるもののためにこんな待機しなくてはならないとは。非情に間尺に合わない商売である。
ふと小学生のころ、ゴールデンウィークに親と遊園地に行ったことを思い出した。
あの時もお父さんが一人でアイス買いの列に並んで汗を流していたことを覚えている。
でも今の人混みは東京の休日の人数をも凌駕しているのだ。
「この人波じゃ、しょうがねぇか……」
呆れを湛えた声音でつぶやく。
「──」
人々の喧騒の轟きが路地まで至るとそれは残響となり、すこし寂寥感を帯びる。
それでもその源の尋常ではない熱りは確かに残っている。
大道のあたりは正に凱旋行事のたけなわに至っているらしく、スネアとバグパイプの音色が高々に鳴り響いている。
それを人々の勝ち鬨じみた歓声が下から支えるように続く。
どうやら今、俺の周辺の大通りに刃刺の団員の中でも最も有名な人たちが通るらしい。
エコーするように繰り返して響く名前はずっと同じものを叫んでいるのだ。
「──マルセラ!! マルセラ!! 団長マルセラ!!」
「──救国の英雄! 刃刺の団が一番槍、ホイソン・エㇺ・コンシュテロイ!」
「──守護卿ケルメス万歳!! イリスバラ万歳!! 刃刺の団万歳!! 人間の治世、常しえならむことを!!」
異邦人である俺としもこの二ヶ月にも及ばないイリスバラ暮らしのなか、彼らの名前を耳にしたことがしばしばあった。
それほど彼らは重要人物であり、いわばこの日の最も輝かしい主役ということだろう。
しかし、路地の陰から日光の下のざわめく群衆を観察するのは妙な効果をもたらすものだ。
それは第三者としての空白感とともに、おかしな全能感みたいな感情さえも与え、熱狂するものへの理不尽な疑惑を覚えさせてしまうのである。
幼稚だとは分かっていても、どうやらそれが人間の性分らしい。
「……勝ち戦の英雄たちの凱旋、か」
その場面を見ると、また学園テムプス・ノヴムの中の青春の物語とは違う物語の感じがした。
言うまでもなくそれは雄々しい人物たちの相猛る英雄譚である。
そしてどうやら俺はその物語の中でも脇役らしい。
いや、脇役ですらなく、夥しい臨時雇いの人員の一人だろうな。
「……異世界ファンタジーなのに、なんで転生者の俺はこうも主軸から外されてしまってんだ?」
ふと馬鹿みたいなことを口にした。
まあ、そう言っても、俺としてはこっちの方がいい。
脚光を浴びる役など俺はあまりしたくないのだ。
あんなに多くの人々に注目されなければならないだなんて、正直、想像するだけで胃が痛んでしまう。
☆
「……あれ、なんかあそこで音が……」
壁にもたれていた俺はふと路地の奥の方へ視線を向けた。
間違いない。何か罵声と怒声みたいな声が聞こえる。
内容は良く分からないが、いさかいになっていることは確かそうだ。
「……」
なんとなくそっちへ歩き出した。
理由などなく、衝動的に動いただけだ。
強いてわけを探すなら、こんなに輝々とした表舞台が展開されるなか、裏側で言い争いなど起こしている哀れな連中は誰なのかが強く気になったのだろう。
最近の幾回は多少ゆるやかに展開されてきてますが、これからはちょっとテンポが早くなる……かも知れないです。




