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『イリスバラを守り抜く、五つの両刃。』



 俺とルィーゼは街へ出た。


 真先に俺たちを迎えたのは圧倒的な数の人波だった。


「わ、人が一杯で、すごいっ……!」


 隣のルィーゼはふしぎそうな顔をしてたえず周りを見渡す。

 どうやらこんな人だかりに混ざり込んだのは初めてのようだ。


 そういえば、彼女は西の都市から来たと言っていた。

 正確にどこから来たのかは知らないが、その場所はイリスバラほどの規模ではなかったのかも知れない。


 ……正直、子供を野放ししているようで見ていてはらはらする。


「もっと、俺の方へよれよ。ほら」


 俺はルィーゼを俺の方へもっとよせた。

 教室から出てからずっと腕を絡めたままだったのではあったが、それでも不安になったのである。


「はぐれたら大変……って、別に小学生でもねぇしいいかもしれねぇけどよ」


 すると彼女は妙に顔を赤らめて、


「……へへ。わかった。心配してくれてありがと」


 そんな風に感謝をするのである。


 なんかこっちもむず痒くなったので、俺は視線を逸らして街の方を見た。





 街は俺が最後に繁華街へ出た時とはまた違う感じになっていた。


 まず大きな街路の中心が区画されていて、一般の人は立入が出来なくなっているのが見える。

 しかしそもそも道の両端にとんでもない人波が出来たので、道路に近づくことなど不可能に近いが。


 街のあちこちからは音楽が聞こえる。スネアドラムのトレモロが目立つマーチング風の奴で、バグパイプの音色に近い旋律も聞こえる。

 凱旋といったから、そういう風の行進曲が聞こえるのは当たり前かも知れない。


 空中に視線を向けると、風船や色紙装飾の欠片が飛んでいて、街の印象を一層鮮やかにさせる。

 今日の天気は晴れやかだからその彩りは更に際やかになっていた。


 人だかりから少し外されたコーナーを見ると、そこには各種の屋台が立てられ、食べ物や他の品物などを売っているのが見える。

 ちょうど、ある赤髪の男の子がそこからアイスを買っている。

 彼はほぼ自分の背丈ほど高いものを貰って走りだすのである。

 もう少しでどっかへぶつかりそうで、不安だ。





 とまあ、そんな風に喧騒が展開されている。

 しかしその中でもとりわけ浮彫りに見えるのが一つあるとしたら──

 それはきっと、あの垂幕だ。


 垂幕はこの街で最も高いある建物の側面に垂らされていて、前日目にした演劇『キュリアルもどき』のポスターを連想させるが、それよりも強烈で、やや攻撃的な意図が垣間見える。


 そこに描かれたものはある印象的な甲冑を鎧うた兵士で、完璧なスマイルとともにサムズアップをしてみせている。

 下の文句はこう言う──『イリスバラを守り抜く、五つの両刃もろは。』


 まず僅かに疑問を抱かざるを得ないのは、盾でもなく『刃』をもって何かを『守る』というメッセージだったが、それはそんな重要ではないだろう。


 それより気になるのは『五つの両刃』という表現だ。

 それが何を指しているのか──すぐ分かった。

 よく見ると、その兵士の立つ背景には五つのダガーが描かれた大きい旗がばたついている。


 そういえば、その象徴が見えるのは横断幕の中だけではない。

 似たような旗は街中に溢れていて、人々はそれを空に振り回したりしているのである。

 どうやらそれが刃刺とやらの旗印のようで、その名の通り刃の象りであり、『五つの両刃』という表現にも納得がいくのである。





 俺が街を観察している間にも、絶えず空気は真っ盛りに向かってゆく。

 人々は歓声を上げ、騒ぎは興奮を増す。

 

 この全てがあの刃刺の団とやらのための祝いなのである。

 この反応から見て分かるのは、彼らがイリスバラの人々から愛されているということだ。


 ふと、呟いた。


「なんだろ、イリスバラの人たちにとって、刃刺って」


 周りはうるさすぎて、俺の声は誰にも届かない。


「──英雄、っていうやつなのか?」





 その時、街の向こうからちらっと見えたものがある。


 ──ネラの姿。


 お昼休みの時間に渡り廊下で見たメンバーと全く同じ奴らとともに何か楽しく喋っている。

 彼女はさっきの赤髪の子供と似たようなデカいアイスを手で持っていた。


 しかし──気になるのはその色合いだ。

 アイスの彩りだけで味を予想するのは出来ないかも知れないけど、ざっと見た感じ、シャーベットの類の、中でも酸っぱいものに見える。

 でもネラはすっぱいものが嫌いなのだ。

 俺と一緒にいた時などはスイーツは甘ったるいものばっかり食べていたはず。


 だったら、今度はなぜ?


 その答えはすぐ分かった。

 隣のクルクスのやつに目をやると、奴の手にも同じものが持たされているのだ。


 ……どうせお揃いとか、そんなことを思ったんだろう。

 つまらない。


 俺は踵を返し、


「──ルィーゼ、あっちに行くぞ」


 街の中心から離れようとした。


 ルィーゼにはちょっと悪いかも知れない。

 だって、彼女はずっと街の四方八方に目を配ってふしぎそうに見物しているのだ。

 きっと中心部から移動するのを面白く思わないだろう。


 しかし彼女は、


「……うん」


 わりとすんなり頷いてくれた。


 俺たちは群衆の浪をどうにか押し分けて、前へ進んだ。





 やっと人混みが少しは薄れたところまで差し掛かる。


 すると俺は、


「あーつかれた」


 倒れるように道端に元気なく座った。

 ズボンが汚れることなどどうでもよかった。


「ロゴス、体力なさすぎじゃない? 街に出てそんなに経ってもないのに」


 ルィーゼがからかうように微笑みながら俺を見下ろす。


 その意見は真っ当だ。でも俺だってそれほど体力がないわけではない。

 この疲れに強いてわけを当てるなら、それは精神的な方面からの疲れであろう。


「なあ、ルィーゼ」


 ふと思い浮かんだことがあって、口を開いた。


「なに?」


「俺たちも、アイスでも食べようか?」


「……うん! それ、いいね」


 そういえばさっき赤髪の坊やがアイスを持って過ぎていくのをルィーゼは興味ぶかく目で追っていた。彼女だって最初からそれが気になっていたのかも知れない。


「あーでもちょっと起き上がるのめんどくさ……」


 今座ったばかりなので、圧倒的気だるさに襲われてしまった。

 それに今すり抜けてきた人波に再び入るのもやる気がでない。


 そんなダメ人間めいた思考を頭の中で棚びかせていた最中、


「──ロゴスちゃん? ここでなにしてんの?」


 聞き慣れた声が聞こえた。


 確認するまでもなく、あんなふざけた呼ばわりをするのは、この世界で今まで一人しかいなかった。


「クリスか」


 そっちへ視線を向けると、やはりその人だ。

 麹塵色の髪が汚く、丸メガネをかけた少年、クリストファー・アクスフェロックス。

 通称クリスである。


 おかしいのは、彼がなぜか二人分のアイスを手に持っていることだ。


「クリス、お前もしかして感応術とか読心術とか、出来るのか?」


「は?」


 彼は首を傾げて大きなハテナを浮かべる。どうやら違ったようだ。


「あっ、ロゴスの親友くんだね!」


 ルィーゼからも彼に軽く挨拶をする。

 そもそも同じクラスなのに、まるで初対面のような反応である。


 するとクリスは、


「あ、どーもっす……」


 気兼ねする態度で答える。

 俺と二人っきりのときのふざけた口ぶりとは程遠すぎるリアクションだ。

 ……それさえも、元の世界の友人を思い出させる。


 しかしそんなことよりも、


「クリス、そのアイス、俺たちによこせ」


 いきなり俺は追い剥ぎの強盗と化した。


「はあ?」


「実はこっちもアイス食べたいと思ってたんだよな。今買いに行くところだったけど何かめんどくさくてさ」


「しらないよ。ばかじゃね? 自分で買いに行け、裏切りもんが」


 最後の表現が意味不明なのだが、とにかく強い拒絶の意味は受け取った。

 でも俺はどうにか押し通そうとして、


「いや、金は払うから。なんなら値打ちも倍にしていいぞ」


「だからいやだって。青春の勝ち組に入ったから、そんな雑用くらい喜んで自分でやれよ」


「……そもそもお前」


 俺は眉根を顰めて話を継いだ。


「一つは自分が食べるものとして、もう一つは誰のなの? まさか自分で全部食うのかよ」


「違うわ」


 彼は少し恥ずかしそうに見える。

 あんなクリスの顔は初めて見るかも知れない。


「実は、妹が──」





「──ここで何をしているのだい? 敗北者同士で傷の舐め合いでもしているのかい?」


 嫌味たっぷりの声音が鳴り響いた。

 別に口調は特徴的でなくても、汚い油でどっぷりつけたようなその音色だけで誰なのかが分かる。


 座ったまま、俺はそっちへ目を向けた。

 やはりそうだ。


 そこには蒼白な顔色をした、綺麗に押し付けた銀髪の少年が立っている。

 痩せたヒキガエルみたいな面持ちの真ん中で紫の瞳が煌々となっていた。


 ネラを追っかける『ストーカー』の一人、シリルス・ラムポートである。


 彼の後ろの方にはまるで主のそばに侍るかのように立っている筋肉の二人もいる。

 たしかオークに似たやつがトルトゥーガで、ゴブリンの方がアンフだったな。


 俺はため息交じりに、


「……へいへい。敗北者たちにお構いなく、そのままお前の元の行先へ向かってくれ」


 そう言った。

 あいつに構う精神的エネルギーがあまりなかったのだ。

 どうせあいつは人を突っ立てて反応を楽しむ奴だ。こっちが冷静さを失わなければすぐ興味をなくしてどっかへ行くだろう。


 しかし──


「──どのツラ下げて僕の前に出てきやがる、お前……!!」


 驚いて、俺はそれを言い出した方を見た。


 そこには強烈な憤りを湛えた顔をしたクリスの姿がいる。


 今までの彼からは想像も出来ないほどの、そんな怒りの形相だ。

 軽い身震いまでして、持っているアイスも倒れそうになる。


「お、おい、クリス……?」


 俺は彼を落ち着かせようとした。


「なんでそんなに怒って──」


 しかしクリスは、


「お前のことだよ、ルパート・フェリングダン!!!」


 聞き覚えのない名前を言う。

 俺は状況が読めなく、ただキョロキョロとクリスへシリルスへと交互に視線を移していた。


「──ふふふ、僕は気ままに行動するまでですよ」


 すると、いきなり新しい声が聞こえた。


 よく見るとあのデカいトルトゥーガの胴体の後ろにもう一人の少年がいた。


「なんでどこへ赴くのかであなたの許諾を貰わなければならないのですか? クリストファー・アクスフェロックスさん」


 そういいながら、少年はやがてトルトゥーガの後ろから姿を完全に現した。


 俺は息を呑んだ。

 あれが驚くほどの麗しい輪郭をした、紛れもない美少年だったからだ。


 栗色の髪を靡かせて、赤い瞳を輝かせて。

 口元に浮かんだ曲線には──自分がこの場を支配する上位者であることへの確信があった。



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