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道端の邂逅



「僕は別にあなたを意識してこの場に臨んだわけではないです」


 栗色の髪、赤目の美少年──ルパート・フェリングダンと呼ばれた彼はなだらかな口調で言う。

 その顔に現れた倨傲の笑みはまるで彫刻されたようで、揺るぎない。


 しかしそれはラムポートみたいな小学生じみた幼稚さではなく、侮りがたい頑固な老人の妄執のような確信に似ている。

 どっちにせよ、不愉快なのは変わらないが。


 ルパートは話を継いだ。


「僕にとってあなたの存在など、意に留めるほどでもないのですよ。もし僕がここに来た理由があなたにあると思っているなら、それこそ世間で言う自意識過剰、被害者意識でしょう」


「……ッッ」


 クリスは何一つ答えは言わなかったものの、その全身で現れた激しい感情の方向は明らかだ。

 彼は明確にその美少年に向かって憤怒しているのだ。

 しかもその感情は相当の根強さを持っているらしく、もしかしたら、それは長い時間を凝らしてきたものなのかも知れない。


 俺もいつまでものんびり座ったままではいられなくなり、立ち上がった。

 そしてクリスの肩にそっと手を置く。


「おい、あいつと何があったのかは知らねぇけど、ここで騒ぎを起こしてもどうにもならねぇだろ」


 もちろん前日ラムポートにストレートパンチを入れた俺から言うのもあれだが。


 でも今の短い会話だけで俺はあのルパートとやらがどんな奴なのか把握できたのだ。

 つまりあれは、紛れもないラムポートのお仲間で、人のことをいじって反応を見るのが世界一番たのしいと思う哀れな輩というのだ。

 だから絡まってもこっちだけ損するってのが分かる。


「それにアイス、もう少しで溶けそうだぞ。いいのか? 妹と一緒に食べるんだろ?」


 俺はクリスが手に持っている高いアイスクリームを指した。

 すると彼は、さっきまで殺意を含んでいた眼光を少しは和らげる。


「……そうだね。無闇に怒っても何ごとにもならない、よな」


「そうだぞ。あんな奴ら構う価値もないって。ほっといて、はやく行け」


 クリスは小さく頷いてから背を向ける。

 そして、ちょっと振り向いて、


「……ありがと、ロゴスちゃん」


 感謝を言う。


「俺は別に何もやってねぇよ。ほら、はやくはやく」


 俺は手を振りながら催促した。


 すると、やっとクリスは歩き出した。

 ラムポートたちが現れた所とは反対の方へ向かう。


 ルパートはその背中に目を注ぎながら、


「せっかくなのでお姉様のご消息でもお伺いしたいと思いましたが……これは残念ですね」


 嘲りの混じった声音で言うのである。


『お姉様』という単語が聞こえた時、俺はクリスの肩がビクッと蠢くのを見た。

 が、もう挑発に乗ることはなかった。

 彼はそのままこっちには視線もやらずに消えていった。


 俺はクリスの麹塵色の髪を注視しながら、ふと思う。

 果たして彼とルパート・フェリングダンという少年の間の因縁はなんであろうか、と。


 今度クリスに直接聞くのも可能ではあるだろう。

 しかし、彼の反応からして気安く触れていい話題ではないということに勘づくしかない。


 彼との仲がもっと深くなると、自然と分かる日が来るのではなかろうか。

 俺はぼんやりとそんなことを思った。





 クリスが消えると、四人の少年の視線は自然とこっちへ向けられる。

 昔テレビで見たミーアキャットを思い出した俺は危うく笑い出すところだったが、どうにか抑えた。


 代りに俺は口を開いて、


「……あのさ、お前らもそろそろどっか行ったらどうだ?」


 主にラムポートの奴に言った。


「ここに居てももう面白いもんはねぇぞ? せっかくのパレードなんだし、他の所回って楽しめば?」


「はっ! なにを言っているのだい」


 銀髪の少年は以ての外の発言を聞いたように振る舞うのである。


「刃刺の力が絶対的で、彼らが敵を打ち倒すことなど世の常に過ぎない。そんなありふれた出来事の祝いに何の魅力があるというのか? それに比べて『預言の少年』はどうかね? 僕の目には彼の方がもっと珍しくて、面白いものに映るね。だから僕はここにもうちょっと留まり、君と話がしたい」


 くだらないことを喋るラムポートの表情はいかにも芝居がかった感じで、やはりルパートに比べれば子供じみている。

 もちろんその分、相手するにはこっちが楽ではあるが。


 俺はラムポートの顔に視線を注いで、


「周りに面白そうなものがいっぱい見えるのに、わざわざ俺と遊びたいってか。……お前もしかして俺のこと好きとか、ねぇよな?」


 それを聞いた奴の眉根は少しだけ顰められた。

 人のことつっついて楽しめる性分のくせに、逆に煽られることには耐性がないって、かなり惨めだと思う。


 まあ、どうでもいい。

 俺としては早く奴らが失せて欲しいだけだ。

 もし奴らが居座るつもりなら、俺からどっかへ行けばいい。


 そんなことを思っている最中、


「それより、そこの彼女は?」


 クリスが去った後からずっと黙っていたルパートがふと喋り出した。

 ルィーゼのことを言っている。


 ……そういえばいたな、こいつ。ずっと何も言わずにいたから忘れてた。

 意外と自分と関係ないところでは沈黙が決め込める性格らしい。


「えっ、アタシ?」


 呼ばれたルィーゼはきょとんとした顔で自分の顔を指した。


「アタシは今日転校してきたルィーゼ・プロチェラっていうけど……」


「へえ、あなた、かわいいですね。なぜもっと早くあなたの噂を聞かなかったのか疑問になれるほど」


 ……初対面の女の子に無遠慮でかわいいって言える度胸は本当にすごいと思う。

 まあ、ラムポートの奴と一緒にいることからみると、ただ遠慮する必要のない家柄とか背景とかだからそうなったのかも知れないが。


 ──いや、そういえば俺だってこの世界で初めて見たギャル押し倒してふざけたこといってたな。

 ああっ、せっかく忘れかけていた黒歴史なのに思い出してしまった。死にてー。


 ともかくも、それを聞いたルィーゼはニコニコとして言う。


「ありがと! でもナンパならよそでやってね?」


 固められたような彼女の笑顔には妙な迫力がある。

 見ているとルィーゼはその表情のまま俺の方へ近づく。


 正直不安な予感しかしないが、逃げることも出来ないので俺は棒立ちのままでいた。


「ねぇ……分かるよね? この意味」


 そんなことを言いながら、彼女は俺の肩に密着するのである。

 そして妙に赤らめた顔で笑みを浮かべる。


 ……どうやら、凶の予感は杞憂じゃなかったらしい。


「……は?」


 ルパートの不適の笑みが初めて崩された。

 彼は心底から信じられないという表情で、赤目の瞳を大きく開き、俺とルィーゼへ交互に視線をやる。


「君、本当にそれでいいのかね」


 それを言い出したのはラムポートだった。

 装っていた余裕は半分以上も消えて、代りに苛立ちが歴然となっている。

 ルィーゼに興味があるというより、それが誰であろうとも、一人の女の子が俺についている状況が気に入らないらしい。


 ラムポートは話を続けた。


「こんなつまらない奴と一緒にいるより、僕たちと遊ぶ方がきっと数千倍は面白くなると思うぞ?」


 俺って面白くて珍かな奴じゃなかったのかい。

 さっきの自分の発言と完全に矛盾してんじゃねーか。


 ツッコミを入れたい気持ちは一杯だったが、ここは黙っているほうがいいと思って何も言わなかった。


「うーん。どうかな。アタシは全然そう思わないかも」


 ルィーゼは無関心な態度で受け答えする。


「……もう一度彼を見るんだ! あんな木偶の坊のどこが良いというのだい?」


「アタシがそれを言っても、たぶん理解してくれないと思う」


「でもそれは──」


「だからアタシは──」


 そんな風に、ピンポンのボールが両側を移動するように、言葉が交わされた。


 ……ていうか、この茶番、いつまで続くんだろう。


 そういえばアイス、まだ買ってねぇ。

 今日のうちに食べることが出来るのか。

 もしかして材料切れで商売終わってるんじゃねぇか。


 ちなみに俺は酸っぱいものが大好きなので、さっきネラとクルクスが仲良く食べていたあの味と同じものに買ってみたいと思っていた。

 そういえばネラの奴、五月に一緒にどっかへ行って何か食べる時、いっつも俺の頼んだモノをちょっぴり齧ってから酸味に耐えずブルブルしてたよな。

 そのくせにさっきはなんの問題もなさそうだった。


 ……ただアイツがそばにいてくれるだけで何もかも甘いってことかよ。

 はっ、お前は一昔前の少女漫画のヒロインか?

 だったら俺は何なんだ? 少女漫画に俺みたいな奴が出てくるものって、あったっけ?


 周りの声音を適当に聞き流しながら、俺はそんな考えをあてもなく浮かべていた。

 その時だった。





 異変が起こった。


「──お前、うざいよ」


 右隣で凍ったような声音が聞こえてビクッとした。

 見るとそれを発したのはルィーゼに他ならない。


 彼女は顔を強張らせてラムポートを見ている。

 今までの快闊なルィーゼの言行とはあまりにもかけ離れすぎていて、驚くしかなかった。


 その顔には確かに目の前のものへの強い憎悪が湛えられていたのである。



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