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もう一人の転校生



「──そういうわけで、こちらがルィーゼ・プロチェラさんです」


 担任のファインオルド先生は黒板の前の少女を指して言った。

 それはピンク色の髪をショートにした元気そうな印象の女の子だ。

 制服の着こなし方はギャル軍団ほどヤンチャな感じでもなければグロリアほどの丁寧な感じでもない、いわば中庸である。


 彼女は顔に微笑みをたたえて生徒たちの方を見ている。


「こんど西の都市からご両親と一緒にイリスバラに移住するようになったといいますね。他邦から来て間もないので知らないことも多いだろうから、みなさんがいろいろ教えて、助けてあげましょう。いいですね!」


 ファインオルド先生は相変わらずの磊落な態度でそういう。


「あ、よろしくね!」


 それがピンク色の少女の挨拶の言葉だった。


「────」


 教室にはざわめきが走った。

 聞いてみると、それはおおかたルッセルさんの時と似たような感じだった。

 つまり、俺の時とは全く違う反応なのである。


 ……ちくしょう、とにかく明るい可愛い女の子だとモテるというのか。

 分かりやすすぎるんだよな。


 少し妬みを覚えてしまった。

 神さま、今度生まれ変わったら綺麗な女の子になれますように。


 ──って、俺もう死んでたんだよな。

 それにいくらモテるとはいえ、別に女の子になりたいとは思わないかもな。大変なのも多そうだし。男だといって楽ってのも全然違うけど。


 そんなくだらないことを一人思う最中。


「ではプロチェラさん、自分の席に行ってください。すぐ授業が始まります」


 とファインオルド先生。


「はいっ。……でも、その前に」


 プロチェラと呼ばれた少女はいきなり意味深な言葉を吐く。

 そして彼女の鋭い視線が向けられたのは、教室の後ろの方の──


 ……えっ、俺???





 なんで? どうして?

 俺はあんな子のことなど知らない。

 ていうか、今まで見かけたことさえない。


 こちらに向けられたプロチェラとやらの視線はあまりにも強烈だった。

 だから教室のみんなの目も自然と俺に注がれてしまう。

 その中にはクリスの眼鏡越しの焦茶色の瞳も、グロリアの丸っこい緑眼も、そしてネラの輝く碧眼も混じっていた。


「────」


 え、やばい、なんかあいつ、こっちに向かって来るぞ。

 どうしたらいい? 逃げだすべきなのか?


 黒板と俺の席までの距離は遠くない。

 だから思考を整えるヒマもなく、彼女は俺の机の正面まで近付いた。


 全生徒の目が公演を観覧する観客のようにこちらに注がれている。

 それはファインオルド先生も同じだった。

 ……いや、あんたは早く止めろよ。

 あの先生、最強のくせにどこか抜けてるところがあるんだよなあ。


 しかし、よそ見しているときじゃない。


「……ハレノ・ロゴス、だよね?」


 ピンク髪の少女に、そう言われた。

 俺は唖然として、


「……はい」


 素直に答えた。 


「──ふふっ。会えて嬉しいよ。アタシのことはルィーゼと呼んで」


「あ、はい、ルィーゼさん」


「敬語はやめて」


「あ、ああ、ルィーゼさん」


「さん付けもダメ」


「……ああ、ルィーゼ」


 この流れ、どこかであったよな。

 ふとちらっと見た視線の先にグロリアの驚いた表情があった。


 しかし、それで終わりではなかった。


「じゃ、ロゴス、単刀直入に言うけど──」


 何を言おうとするのだろうか、この少女は。

 俺としてはただそれを待つだけだった。


「──アタシの友人になってほしい!!」


 その宣言に、きっと俺だけではなく、聞いていた全員が呆気にとられてしまった。





◇   ◇   ◇





 昼休みの時間になった。


「はあ、はあ……」


 俺は息切れした状態で中庭まで出た。


「あいつ、追って来たりはしねぇよなぁ」


 呟いた。

 不安げに振り向いてみたが、そこには誰もいない。


 俺は警戒するのは、ルィーゼとかいうあのピンク髪の厄介な少女だ。

 あの衝撃的な自己紹介から今までずっと俺のところによってきて面倒くさく絡んでくるのである。

 午前授業が終わるやいなやまた俺に近付いてきたので、用事があると言い訳して逃げ出したところだった。


「──あ、あの、ロゴス、どうしたの?」


 控えめな声をかけられたので、聞こえた方向へ顔を向けた。

 そこにはベンチがあり、ある少女が腰掛けている。


 片方の目だけ覆っている青銀髪。

 縦に裂かれた赤い瞳孔。

 一人だけ冬の中のように首筋も手首も隠した制服。


 ファインオルド先生の妹であるスヲルシャー・シューランペである。


「あ、スヲルシャーか!」


 何か妙に安心してしまい、彼女の方へ駆けつけるように歩いた。

 すると少しベンチの端っこの方へ退いてくれたので、俺もベンチの残りの空間に腰掛けた。


「はぁ、学園生活つれぇよ、マジで……スヲルシャー、助けて」


「え、えーと……なにか、あったの?」


 心配そうな顔色になってくれるのがとてつもなく嬉しい。


 実は午前時間、絡んでくる転校生から離れようとクリスの奴にヘルプを申請したのだが、なんか冷たい目で『ロゴスちゃんはこれからテムプス・ノヴムモテない連盟VIPメンバーの資格、剥奪するからな』って言われたのだ。


 ネラの奴はもっとひどくて、いよいよ俺が話しかけても何の反応も示さないまま鼻であしらうようになった。

 ……昨日の夕方から少しは対応が優しくなっていたので、もしかして機嫌を取り直してくれんじゃないかってちょっぴり期待してたのに。


 くそ、なにもかもあの変人転校生のせいだ。


 でも、今日になって初めて俺の苦行に耳を傾けてくれる人と出会ったのだ。

 それがスヲルシャーちゃんという天使なのである。


「なあ、聞いてよ……何か、今朝転校生が来たんだよな」


 俺は話を始めた。


「う、うん」


「俺は全然知らない赤の他人なのに、こいつがいきなり俺の友人になりたいって皆の前で宣言したんだよ」


「えっ」


「俺からは迷惑だから離れたくてしょうがねぇのにしっつこくするんだよ、こいつが。今も一緒にお昼食べよって絡んでくるのをどうにか退けて逃げてきたところだぞ」


「……」


「で、俺は死ぬほど困ってるのに、他の奴らは全然助けてくれねぇんだよ! ひどいと思わねぇか? な、そうだよな、スヲルシャー?」


「ふーん」


 ……え、これ、俺の気のせいか?

 見る見る、話を聞くスヲルシャーの目の温度が零度に近付いているような……。

 しかもなんか最初より物理的距離も遠くなってる。

 もはやベンチの端でケツの片方だけ掛けているみたいだ。


「あ、あの、スヲルシャー?」


 俺は近付いた。


「なんでそんなに俺から距離を置く──」


 その時、


「──はははっ、ごめんごめん!」


 そんな聞き慣れた豪快な声が鳴り響いた。


 同時にベンチの後ろから現れたのは──

 フードを被っていて、それが目元まで隠している怪しいやつ。


「キミのような貞操観念ナシですぐ浮気するチャラ男など、純粋なスヲルシャーちゃんには触れさせないよ!」


 フード野郎はジャンプして俺とスヲルシャーの間に座る。

 おかげで俺はスヲルシャーとは反対の方面に弾かれてしまった。


「……ルバス、久しぶりだな」


 フードの下の鼻のあたりを睨みながら俺は挨拶をした。


 この不審者の名前はルバス・フォリアモメンタネア。

 ネラ──ソルダネラの兄である。


「で、お前いつからそこにいたんだよ」


 そんなことを聞いた。


「キミが現れるずっと前からだ」


 ルバスは何気なく答える。


「さっきまでスヲルシャーちゃんと二人で会話していたのさ。そうだろ、スヲルシャーちゃん?」


 呼ばれた方を見ると、彼女は子どものように無邪気に頷く。


 ルバスは口を開いて、


「で、さっきの話題に戻るんだが」


 何か妙に追及される気分だ。

 奴の表情の半分以上は見られないのに、笑いの薄まったことだけは確かに分かる。


「どうやら、転校生にかなり好かれたようじゃないか」


 ……絶対俺の気のせいなんかじゃない。

 こいつの声音にはなじる意図がずいぶん込められている。


「どうだ、彼女は? かわいい少女なのか?」


「……知らねぇよ。そんなの」


「はっ、その反応からしてかなりかわいい子だとみたぞ。どうだ、ネラよりもかわいいのか? それは流石にないだろうな? そんな女の子など、この地上にいるはずがないからな」


「知らねぇって! 妹の自慢がしたいなら素直にそう言え!」


「ふん、いいご身分じゃないか、ロゴス。いや──預言の少年様よ。日ごとに乙女子を換えて遊びやがって」


「人聞き悪いクソみたいなこと言ってんじゃねぇよ! スヲルシャーが誤解するから!」


 俺は助けを求めるように青銀髪のスヲルシャーの方を見た。

 しかし、


「ろ、ロゴス……僕、ちょっと、失望した、よ」


 彼女の純粋な眼差しには確かな侮蔑が混じっていた。


「…………」


 あ、やべ、これ割とダメージ特大だな。軽いめまいを起こしてしまったようだ。


 俺はもう何も言い返せなくなり、ただ両手をもって目元を抑えるだけだった。



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