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下水道からの開花



 ──カンカクがした。


 だから、わかる。

 ここは暗くしめったところだ。

 我はここがすき。

 ここは我のカラダにテキゴウしている。


「────」


 我はすすむ。

 下へ、下へ。

 深く、深く。


 どんどん暗くなってく。

 どんどん狭くなってく。


 感じる。感じられる。

 ここは我のドウルイがいっぱいいる。

 それはうれしい同時に、恐ろしい。

 彼らは我のはらからである同時に、キョウソウシャだから。


 ……ハラカラというと、もっとも近しかったモノを思い出す。

 カアサン。

 我を生んでくれた、カアサン。

 いまは死んでしまった、カアサン。


 すこし悲しくなろうとした。

 そして、妙なむなさわぎがした。


 カアサンの死に場所にはもう一つのモノがいた。


 死にかけた我を助けてくれた、モノ。

 出られなくなった我を出してくれた、モノ。

 我にセカイを見せてくれた、モノ。

 そのすがたを思い出す。


 しかし、すぐわすれてしまう。

 我にそんなヨユウはないのだ。


 もっとはいよらないと。

 アンラクなくらしを探さないと。

 腹をみたせるエジキを求めないと。


 我は歩みつづけた。



*



 ……どれほど落ちてきただろうか。


 いつのまにか、ふしぎな臭いがしてきた。

 ドウルイのものではない。

 しかし、敵でもなさそうだ。

 なじんではないけど、ふしぎにも嫌いじゃない……そういう臭い。


 我のコウキシンが動きだした。

 だから、その方へあしを運んだ。


 どんどん深入りしてく。

 いくら歩いたのだろうか。

 あともうすぐだとわかる。


 すると──


 やっとみつけた。

 異臭の正体。


 それは、ふしぎな巨大なたてわれのニクヘンだった。


 色合いは我よりも黒く、質はねばつくネンエキシツだ。

 ニクであることが分かる。

 しかし、それはくさっているのか?

 どうも生きているようには見えない。

 それでもうごめきつづける。


 我は最初にそれを目にしたとき──ただ圧倒された。

 我のようなビブツとは比較にもならない。

 我をはるかにリョウガする力の動きをしっかと感じた。

 そのたてわれのニクカイには、確かにチョウエツテキな何かがひそんでいた。


「────」


 しかし、異変が起こった。

 ビドウをくりかえすニクカイがみゃくうった。

 中に巨大なシンゾウを秘めたように、みゃくうちつづけた。


 わかった。

 あれはしたたかな何かのタンジョウをしっかりと知らせているのだ。


 そして、たてわれのスキマから──なにかが生まれてくる。


 我の目はそのコウケイにくぎづけになってしまった。

 スウコウの眺めからある種の興奮を覚えたのだろうか。


 知らないよ。

 我はただちいさなムシなんだから。


「────」


 シュンジに、見えてきた。

 かなたから生まれるゲンショウの手がかりが。


 キレツからはみ出てきた最初のものは、まっしろな手足。


 生まれる赤子は何かのネンマクに包まれている。

 それを破って、初めてセカイの空気とセッショクせんとする。

 割れ目のリョウガワのニクは産まれをたすけ、うながすようだ。

 ハイベンするハラワタの動きのように、なかみを外へおしあげる。


「────」


 いよいよ、赤ん坊は床にドクリツした。

 ボタイからはなれて、セカイに一人で存在した。


 それはハダカの、メイモクの、キャシャな体の、女。

 カミの毛はセッカッショク。

 はだはまっしろで、血の色がよく回っている。

 この世のものだとは信じがたいほどのつややかさと、いやらしさだ。


 彼女は目を開いた。


 にっこりと笑う。

 そして誰とでもなく、言う。


「こんにちは。私は美の女神──アフロディテと申します」



*



 彼女のシセンがやがてこちらへそそがれた。

 いつくしみのヒトミはたしかに我をニンシキした。


「あら……お可愛いお子さんですね」


 ラタイのまま、こっちへ近づく。

 にげるべきだとわかっている。

 でも、動けない。

 すえつけになれたように、この場からはなれないのだ。


「こんなところでうろうろするには、貴女はまだ幼すぎますよ……」


 そのコワネはとてもやさしい。

 おもわず甘い気分になり、とけてきえたくなるほど。


 彼女はもうマジカまでセッキンした。

 クレナイの眼はビドウだにしないまま、我の存在をチョクシする。

 まるで我の全てがよまれている気分だった。


「ああ……そうですね。貴女の母は……可哀想に」


 女のヒョウジョウがかすかにうごめいた。

 それはたぶん、こちらをなぐさめるつもりなのだろうと思う。


「ああ──でも、その代りに新たなものを発見したんですね」


 アフロディテといった女の口元はヨウエンにゆがむ。

 シンオウのキエツを覚えたように。


「彼は貴女を助けてくれた、貴女に世界を贈ってくれた、貴女の英雄。──貴女はその存在に愛をし始めた。そうですね。貴女は種族を超えた愛を得たのです」


『アイ』というヒビキを口にした彼女はデンリュウのようなカイカンに打たれたらしい。

 全身を軽くふるわせながら、リョウテで自らのウデをかかえ、何かのカンカクをタンノウしている。


「なんて素敵。なんて綺麗。これだから浮世の生き物たちは面白いのです。……ああ、でも問題がありますね。貴女のその姿のままでは、その愛はいつになっても実ることはなく、ただ虚しく散ってしまうでしょう。……ならば、私がその運命を変えてあげましょう」


 そういいすてて、彼女はふりかえった。

 女神の目が届くところには、今彼女を産んだばかりのたてわれのニクカイがあった。


「────」


 アフロディテのヒトミの色がイッソウこくなった気がした。

 すると、ニクカイからもう一つのものが現れる。


 それはしごく小さく、細く、黒い何かだ。

 まるでドロで造られたソゾウのようだ。

 こまかでナンジャクな手足をもって、どうにかこっちまで歩いて来た。


「もう恐れる必要も、悲しむ必要もないのです」


 女神のイタワリのコトバがくらいクウカンになりひびく。


「貴女の愛──この美の女神アフロディテが承り、叶わせてあげます」


 すると、ちかづいたドロのソゾウが手をのばした。


 それは我にふれた。


 ……これは、なんなんだろうか。

 とてもふしぎな気分だ。


 まるで自分のゼンブがねっこからふたたびうまれ変わるような、そんな。

 新しいイノチを得たような。


 自分の中に泥が入ってくるのが分かる。

 それは我のホンシツと混ぜられ、ヘンケイさせ、変形して、終にはサイタンジョウへと促す。


 我はこのヘンカが怖かった。

 でも、それ以上に──心をみたす新たな生命力が気持ちよかった。


「ああ、これはやはり──」


 女神は驚嘆する。


「貴女には、『泥鬼でいき』となれる資質があったのですね」


 その意味が良くわからなかった。

 しかし、どうでもよかった。


 ただ、我、いや──アタシは、

 誕生の悦びを心底からたっぷり感じているだけだ。



*



 そして、アタシは再誕した。



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