デジャヴのボディーガード
「──そういうわけで、こちらがルッセルさん」
担任、青銀髪赤目のファインオルド・シューランペが黒板の前のある女を指して言った。
それは晴れやかな顔をしている錆色長髪・エルフ耳の人である。
「王命により、彼女はこれからフォリアモメンタネアさんに付き従い一緒に行動するようになりました。今日からはフォリアモメンタネアさんが受ける授業にルッセルさんも同席します。いわば、ルッセルさんもクラスメイトになったということですね」
すごいデジャヴを感じる。
俺の学園最初の日を思い出した。
しかしルッセルさんの態度だけは初日の俺とは全く違う。
たとえば、
「よろしくお願いいたします!!」
彼女は何も怯むことなく張りの良い声を上げて挨拶をするのである。
ぎこちない笑顔を作り上げた俺の挨拶とは大違いだ。
「──え、めっちゃかわいい人!!」
「──なに、ネラちゃんのボディーガードみたいな?」
「──あの耳、保健のクララ先生と同じ……」
……それにクラスの奴らの反応も、俺の時とはかなり違う。
俺のときには誰一人喋らずただこっちを凝視していたのを覚えている。
まあ、でも対応が違うのも理解できなくもない。
ルッセルさんがいい印象を与えるのは事実だから。
俺だって彼女のことはこの数日ですっかり信頼するようになったんだし。
「ではルッセルさん。自分の席にいってください」
微笑しながらファインオルドは言う。
「はいっ!!」
言い、ルッセルさんは動く。
彼女の席も俺と同じく最後列で、俺の右隣だ。
そんな風に簡単な自己紹介タイムが終わった。
たぶん、この後はすぐ授業が始まるだろう。
だが、
「──つぎに、ロゴスくん」
全然予想もしなかった。
いきなり自分の名前が呼ばれたのである。
俺は慌てて担任の方を見た。
「ちょっと出て来て?」
明るい表情をしたファインオルド先生は俺を手招く。
大人びた女性なのに、たまにああいう風にいたずら好きな子供っぽい仕草をする。
可愛いけど、今は不安な予感しかしないんだよなぁ。
でも公然と呼ばれたからには拒否もできない。
俺はキョドった動作で教壇に近付いて、
「……あの、なんすかね」
小声で聞いた。
すぐ用事だけ聞いて下がろうとしたのだ。
しかし、
「こっちまで来てよ! そう、そこに立ってて!」
ファインオルドは俺を引っ張り、黒板の真ん中に置く。
すると彼女は、
「なんと、今日でハレノ・ロゴスくんが生徒名簿に登録されて、正式にテムプス・ノヴムの学園生となりました! もう一ヶ月くらいが経って、彼もみんなの立派な同門になったのです!」
満面の笑みと一緒に、ファインオルドは伝える。
「さ、今まで頑張った彼をみんなで祝ってあげましょう!」
そういい、陽気な態度で俺の方へ手を向ける。
しかし──
「……」
「……」
「……」
静寂。
奴らの反応は生ぬるさを超えて氷結点に近づこうとしていた。
……死にてえ。
確かにこの一月で俺の存在はクラスに馴染んではいた。
でも、俺が非モテという事実に決定的な変化があるはずもないのだ。
これじゃ初日と何も違わない。
俺はひょっとしたらと思いネラの方をちらっと見た。
「……ふん」
……あれも初日と同じだとは、な。
彼女は左の窓の外を眺めて、明らかに俺から視線を逸らした。
どうやら彼女は前週のことでまだ怒っているようだ。
同棲をやめて、ネラのアパートのすぐ隣りに住むことになったことを隠したからだとか。別に俺としては隠したわけではなく、言い忘れただけなのだが。
「あ、あれっ? なにこの空気?」
ファインオルド先生は俺の右隣で首を傾げている。
最強の女は、どうやら空気読みの能力だけゼロに近いらしい。
「……まぁ、ありがとうございますよ。席に戻ります」
俺はため息交じりに先生に感謝のことばを言い、自分の席へ歩きだした。
その途中。
「──」
ふと、群衆のなかの丸っこい緑眼と目があった。
三つ編みが可愛らしいグロリア・ダービシャーだ。
しかし次の瞬間、彼女は急いで違う方向へ顔を向ける。
俺と見つめ合っているのが嫌みたいだ。
「はぁ……」
小さくため息を吐いて、俺は席に着いた。
☆
俺がもてないとか、そんなのはどうでもいい。
そしてネラが怒るのも、割とすぐ気を取り直してくれると信じるからそんなに気にはならない。
今の俺を一番沈ませるのはグロリアのことだ。
彼女と気まずい雰囲気になったのは、あの体育倉庫の騒ぎ以来からだ。
俺はあの時、『否応移し』を使って彼女の音楽室への誘いを断る世界線を選んだ。
しかし新しい世界線へ『切り替える』とき、俺の言行には必ず『空白』が生ずる。
記憶にも残らないし俺の意志でなんとかできるわけでもないので、かなり厄介な問題になりうることである。
そして空白の俺があの時グロリアに何かマズいことを言ったのは明らかだ。
あの幻術師とやらのクソガキを捕まえたあと、俺は何度もグロリアに謝るチャンスを狙った。
が、彼女は俺との接触を徹底的に避けている。
だから結局一言も言い交わすことができず、6月になったのである。




