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3 ありふれた、恋と青春の物語



「──そういうわけで、こちらがハレノ・ロゴスくんだ」


 俺の方へ手を伸ばして、背の高い青銀髪赤目の女は言った。


「王命により、この少年はこれからフォリアモメンタネアさんに付き従い、彼女と一緒に行動するようになった。今日からは、彼女が受ける授業に彼も同席する。

 まぁ、いわば、今からは彼もクラスメートということだ。他邦からいきなり来て苦労しているだろうから、皆がいろいろ教えてあげなよ。いいな!」


 晴れ晴れしい笑みを浮かべた女は、陽気に言いつける。


「……よ、よろしく、おねがいし、ます、ハハハ……」

 

 ぎこちない笑顔を作り上げて、片手を振ってみせた。

 こっちを見ている、30弱の人数の生徒たちへ、だった。


「…………」


 しかし、返って来たのは、気まずい沈黙である。

  元の世界ならありえないキラキラする髪の色の群衆は、不安げに、あるいは嘲笑を含んで、俺を見つめるだけだ。


「……っ」


 俺は、助けを求めるように、教室の後ろの席のフォリアへ視線を送った。

 彼女だって、何かが出来るわけではないだろう。

 でも、冷静に考える余裕がなかった。

 俺はやけくそに、『陽キャの固有スキルか何かで、この凍えた空気をなんとかならねぇのか』って訴えたのである。


「……」


 しかし、明らかに目線を合わせない。

 ここではスマホもないし、とぼけることは出来ないと思ったのだが、彼女は単純に机の方を無表情で見下ろしている。

 俺を前日までからかって散々笑っていた様子が嘘のようだ。


 ……くっそ、期待してた俺が馬鹿だった。


「あの、ロゴスくん?」


 話をかけられたのは、隣の教壇からだった。

 俺がそっちを向くと、青銀髪の女だった。俺をふしぎそうに見ている。

 彼女は俺とほぼ同じ身長なので、目線が良く合う。

 その瞳孔が猫ちゃんみたいに縦に裂かれていることに気づき、少し驚いてしまった。


「何してるの? そろそろ授業始まるから、着席して?」


「アッハイ」


 言われて、俺は唯一空いている真後ろの席へ行く。

 窓の隣のそこは、フォリアのすぐ後ろだ。


 自分の席に着く直前、フォリアの方をちらっと見た。


「……」


 しかし、やはりなんの反応もしない。

 むしろ窓の外の方へ、視線を逸らしているように見える。


「っ……」


 なんだよ。結局そうかよ。

 まぁ、知ってたけど。


 要するに、家のあれは、ただおもちゃをいじって笑ってただけだ。

 俺に見せた笑顔なんか、一時の余興に過ぎないんだ。


 ここでは、自分と俺は完全に別々ってことだよな。


 どうしようなく曇る感情を抑えようとしながら、俺は着席した。





 今、俺はフォリアが通う学校に連れて来られている。

 なんと、その学校は魔術を教えるために建てられた、いわば魔術学園だった。

 その名も、『国立魔術学園テムプス・ノヴム』である。


 あ、ちなみに、魔法ではなく魔術であってる。

 その区分が厳格になされているらしい。詳しくは知らないけど。


 とにかく、その魔術学園とやらに実際来てみると、案外大したものはなかった。

 建物の外観も現代的な感じで、教室の見た目も、廊下の風景も。

 元の世界、俺の母校の新季高にいとしこうとそんなに大きい違いはない。

 規模だけは、新季とは比較にもならないぐらい広大だが。


 特に制服は、俺の学ランよりも現代的なデザインっていうか。

 とにかくかなり派手なやつだ。色もベージとか、オレンジとか、クリームとか、まさに色々入れられていて、華々しい。


 ともかくも、学園の第一印象からは、俺は妙な既視感しか抱かなかった。


 だから、今朝一番驚いたのは、学園の景色ではない。

 それは──正直に言うと、フォリアの制服姿だった。


 それは、これぞギャルという安心感と、彼女の非現実的外見の良さで、もはや神々しく感じられてしまったのだ。

 でも、ブラウスの胸元の露出が多すぎる気がする。夏もまだなのに、肌色多めだ。

 それに、スカートがちょっと短すぎるんじゃないかって心配になる。


 ちなみに、彼女は音に敏感らしく、変な音とかが聞こえると、猫みたいに急に振り向くくせがある。

 彼女の金髪って基本的に天然パーマで、ボリュームがあってふっくらした感じなのだが、そういう時にはさらさらとなびく。

 そのたび、スカートもけっこうやばいところまでまくし上げられるのだ。


 ……別に、へんたいっぽい視線で見てはねぇからな。


 いや、そもそも、たとえ見たくてもずっとジロジロしてる度胸なんかねぇよ。


 学校に着いてから、彼女はずっとさっきのような冷たい感じなのだ。

 あんな氷のような顔も出来るって知ったから、正直、ビビった。

 だって、家で笑っていた顔とは雰囲気が違いすぎて、怖ぇんだよ!

 あんな感じになってるギャルにへんなまねが出来るほど、俺は勇敢じゃねぇんだ。


 てか、あいつ、どんな顔してもきれいなのは変わらない。

 ……なんか、悔しい。





 それから、しばらく授業が続いた。

 驚くほど、元の世界とそっくりの性質のものだ。

 あんまりスリル溢れる面白い時間だとは言えない。

 まあ、似てるようで、所々違いが見えるのは興味深かったが。


 例えば、こっちの「国語」は日本語と何の違いもない、そのものだ。

 異世界定番の読み書きシステムは違うけど聞き取れる、とかじゃなくて、漢字と仮名をまんまと使ってる。前者は「意味字」、後者は「音声字」だと呼ばれてるが。

 それに、意外と数学もちゃんと学んでる。

 ちょっと考えてみれば、当然かもだが。


 しかし、それ以外はほぼ魔術関連授業で一杯になっている。

 もちろん、俺は何を言っているのかさえ聞き取れなかった。

 それも当然だ。俺は魔術なんか学んだことがないから。

 デッサンもできない奴に、いきなり油彩画描けと言ってもできないだろ?

 多分、そんな感じだ。 





 昼休みの時間になった。


「う───っふ」


 そんな声を出しながら、手を空の方へ伸ばした。

 俺は中庭のベンチに腰掛けて、買ってきた焼きそばパンを齧っていた。

 最初からフォリアから金は貰ってる。


 味は……ふつーに焼きそばパンだ。

 普通すぎて、何もコメントできない。

 ちなみに、俺は便宜上そう読んでるが、正確な名称は『焼きそばパン』ではなかった。

 そして、よく見ると、材料や調理方法もちょっと違っているらしい。


 詳しくは知らないし、味はほぼ同じなので、あまり意味はないが、な。


「なーんかな……」


 春の終りの頃の青い空を見上げながら、呟いた。


「全然、異世界来た気分じゃねぇよな」


 異世界じゃなく、これは何か、現代学園ジャンルものに投げられた気分だ。

 ありふれてるだろ、そういう感じ。

 青春が青春を青春として青春に青春されました、って奴。

 でも、それが俺が投擲された異世界物語だとすると、


「やっぱり、主人公選択間違ってるだろ……」


 俺みたいな陰キャじゃなくて、爽やかイケメンが良かったんじゃねぇか。


 ……『選択』と言えば、持ち物のことを思い出した。


 ポケットに手を入れた。

 間違えるはずのない感触に触れ、それを出す。


「『否応移し』」


 神を自称するメガネオタクから渡された装置。

 過去の選択を後から切り替えることが出来る、機械仕掛け。


 これを作ったストスという男は、俺に異世界の命運がかかっていると言った。

 でも、今のところ、こっちの世界は平和だ。

 どうも神々の戦争うんぬんとは無縁に見える。


 最初は正直、これがあれば俺もワンチャン主人公狙えるんじゃないか、って思ってたけど。

 こんな世界じゃ、ほんとにラーメンを食べに行くか行かないかくらいの選択しか使い所がなさそうだ。


 騒ぎのない平和な設定では、チートの装置があっても役に立たないのだ。

 そもそも、これをチートだと呼べるのかは微妙である。

 だって、選択肢一つをイエスからノーへ切り替えても、大したことも起こらないだろ?


「……」


 ぼうっとやぼったい機械を見つめていたところ、その先の風景が目に入ってきた。

 そこは、建物二棟の間を渡れる、橋みたいな構造の廊下である。

 俺が座ってるベンチとは、向き合う構図だ。

 だから、そこの窓辺で楽しく喋ってる人たちのことが良く見える。


 それは、フォリアと二人の女生徒だ。たぶん、彼女の友人なんだろう。どちらも正真正銘のギャルである。


 一人はフォリアより背が少し高くて、橙色の髪を後ろに丸く束ねたタレ目のギャルだ。飾り気は比較的少ないが、制服の着崩し方がかなりエグい。

 なんか強そう。怖い。


 もう一人はずっと小さくて、緑色の髪をサイドテールにしているギャルだ。染めているのか、それとも天然なのか、髪の端っこの部分だけ白く脱色されている。手首にも首にも太ももにも飾りだらけで、丸っこい目つきがカワイイ感じ。

 でも怒ると怖そう。


 三人ともにいかにも少女特有の華々しさで満ち溢れている。

 拝見するだけで、こっちにまで青が感染る気がする。


「……やっぱりそうだ」


 ぼんやりと、呟いた。


「これが青春する物語なら、あっちの世界に難なく入り交じられる奴が主人公で良かったろ。それこそ、『爽やかイケメン』って感じの」


 その時、


「ん?」


 瞬間、目を疑った。

 俺のセリフが終わるも前に、まるで呼ばれたかのように、現れたのだ。

『爽やかイケメン』、が。


 ギャル三人の居るところにいきなり寄って来た男子は、まさにそう呼ばれるに不足のない人物である。


 まず、赤毛の手入れが行き届いた髪型が目に入る。

 右側の前髪だけ残して、左の方は後ろへ撫でつけている。

 個性あふれながらも、良く似合っていて、清潔感もあるパーフェクトなものだ。


 そして、かなりの長身だ。

 俺だって小さくはないのだが、たぶん俺より頭半分くらいは高い。


 線が芸術的な顔には、常に晴れやかな笑顔を浮かべていて、彼の存在だけで曇り空など尻尾を巻いて逃げ出すだろうと思われる。


 総合的に言って、アイドルみたいっていうか、少女漫画の王子様みたいっていうか、とにかく、そんな感じだと言えば分かるだろう。


「────」


 実は、あのイケメンの登場以後、彼自体よりも視線を注がせるものがあった。


「……なんだよ、あれ」


 それは、フォリアの表情である。

 彼女は顔を赤らめながら、いかにもはにかみがちの乙女って感じで、彼と何かを話している。


 隣の二人のギャルは、フォリアのその行動に慣れているらしく、何か微笑ましいそうな顔で彼女を見守る。

 そして、爽やかイケメンの方はコミュ力もいいようで、ギャル三人とかなり楽しそうに何かについて語り合う。


 まさに、青春の一場面である。





「──クルクス・デュオコラムだ」


「うわっ!」


 いきなり右隣で話しかけられて、びっくりして声を出した。


 そこには、いつの間にかベンチの片方で腰掛けている不審者がいる。

 生徒では間違いなさそうだが、何かへんてこな大きいフードを被っていて、目元が良く見えない。

 だが、顎あたりは確かに見える。

 そこには、何か勝ち誇ったような不適の笑みが浮かべられていた。


「クルクス・デュオコラム──あの『爽やかイケメン』の名前だ。オレたちのような『周辺者』とは住む『世界』が違うよな」


 奴は、まるで前からの知り合いに接しているような喋り方をして話す。


「……お前、誰だよ」


「お? オレのことが『気になる』のか?」


「いきなり現れて初対面のやつに話しかけておいて、それ聞くか?」


「ははっ、ごめんごめん。そう言や、そうだった」


 芝居がかった仕草で、頭を掻く。

 しかし、服装のせいで、フードのあたりに手をこするおかしい見た目になる。


 何かこいつ、行動が一々自意識過剰っぽい。

 何ていうか、高校生あたりが変なロックバンドとかに影響されて不良少年ぶってる上に、適量のテンプレ中二を混ぜた感じ?


「じゃあ、紹介する」


 彼はもったいぶる態度で、言う。


「オレは──『爆発物』だ」


「は?」


 マジで何なんだよこいつ。

 頭ヤバい感じの奴なのか?


「はははっ! ごめんごめん! ちょっと『言葉足らず』だった!」


 またしてもフードの上に手をこすりながら、言う。


「でもよく『あるん』だ、こういうこと。どうやらオレって、『人』を驚かしやすい『体質』みたいでね」


「……たぶんあれ、驚くんじゃなくて、引いてるんだぞ」


「確かに、彼らは引いているね……人は、オレという『爆心』の『圧倒的な光』に、後退りするしかないからね」


「ア゙?」


「ははははっ!! ごめんごめん!!」


 またフードの上で手をこする。

 速度もどんどん早くなっていく気がする。

 もうちょっとで、摩擦で火も起こせそう。


「そういえば、キミは『転校生』だったよね。だから、知らなくてもおかしくはないか」


「何をだ? この学園にフード被った不審者が出没するってこと?」


「ははっ! ごめんごめん! そんなことじゃないんだ」


 あのフードの表面て、既にけっこう温かそう。


「もはや学園公然の事実になってることだよ。それはつまり──

『ソルダネラ・フォリアモメンタネアはクルクス・デュオコラムが好き』、ということ」


「……」


「他の誰かがそれを忘れるとしても、キミだけはそれを『心得る』べきだよね。だって、キミの『パートナー』のことじゃないか」


「『パートナー』?」


「そうだ」


 微笑みながら、彼は頷いた。


「ソルダネラ・フォリアモメンタネアのはとても『有名』な少女だ。なにせあんな容姿と性格だからな。もはや『学園全体のスター』みたいなものだよ。

 で、そんな彼女をいきなり空から『押し倒し』て、しかも国家公認の『同棲資格』を得たのがキミなのだ。人々の話題にキミが『語られる』のも自然だと思わないか?

 人々は言っているのさ。『瞬きの乙女』が、冴えない『パートナー』を得たんだって。彼は何て運が良い奴なのか、って」


 ……勝手なことを言いやがる。

 

「でも、そんな『資格』と『運』を持っているとしても、相手があんな『完璧超人』では、あんまり意味がないね」


 ふっ、と奴は笑った。

 その視線の先は、見えないけど、たぶん渡り廊下の青春のワンシーンだ。

 誰かがわざと描いたような、美しい場面である。


「『パートナー』くん、非情な『現実』を飲み込めたかね?」


「……俺は別に、フォリアのことなんか、何とも思っていねぇよ」


「お? そうなのか?」


「あたりめぇだろ、会ってからまだ一週も経ってねぇよ。そして今後も、ただあいつんちに居候するってだけだし。……何も期待しねぇし、何も起こらねぇよ」


「はははっ! ごめんごめん! つまり『誤解』だったというのか! 面白い!」


 彼はフードに手をこすりながら、立ち上がった。

 そして、まだベンチに腰掛けているこっちを見下ろす。


「じゃあ、オレはここで『失礼』するよ。そして……」


 彼は相変わらずの微笑を浮かべて言う。


「もしオレに会いたければ、昼休みの時間に、このベンチに来ることだ。オレだって、『別世界』からの『周辺者』に会えて嬉しかった。これから長い付き合いになれるかも知れないな。……じゃあ」


 言い、彼は俺から遠ざかる。

 いかにもカッコつけた感じのジェスチャーでおさらばを告げながら。


 そうやって、『爆発物』は、嵐のように去っていった。





 ……。


 何なんだぁ、今のはぁ?

 いや、マジで、あいつ何だったんだよ?

 なんで現れた? なんで話しかけた?

 結局名前も聞いてないじゃん。


「……わけわかんねぇ……」


 再び渡り廊下の方へ目を向けると、そこにはもう誰もいない。 


「……」


 目を摩った。

 どうやら、昼飯後の眠気が襲ってきているらしい。

 もうすぐ休み時間も終りだ。教室へ戻らないと。


「クルクス、か……」


 目に焼き付いたのは、そいつの顔なんかじゃなかった。

 彼に照れていた、フォリアの姿だった。


 あいつの前では、乙女心数値限界突破って感じになれるんだな。


 俺には、朝から目も合わせなかったくせに。


 ──『ソルダネラ・フォリアモメンタネアはクルクス・デュオコラムが好き』


「わっかりやすいよなぁ」


 そりゃ、公然の事実だと呼ばれても仕方がねぇ。


 別にくやしくなんかはない。

 俺がそんなことを感じる理由など、全くないのだ。


 ……その時、ふと思いついたことがあった。


「……俺って、なんで自分が『主人公』だと、勝手に思ってたんだ?」


 もしかして、その前提条件から間違ってたのかも知れない。

 何で、この物語で俺が『主人公に似合わない』と思ったのか?

 そもそも、俺は『主人公ではなかった』可能性は、なぜ考えてなかったのか?


 これが異世界転生に見せかけて、実は青春物語だとすると。

 俺が転生者ということだけで、主人公だとは言えないんじゃないか?


 俺はもしかして、ただ『神』のいたずらのおもちゃになっているのかも知れない。

 あの機械オタクやろう、きっと異世界転生のテンプレを知ってたんだ。

 だから、それをいじったら面白いだろうと思って、俺の転生先を青春物語にすり替えたのだ。


 俺は、もしかして、ただ主人公グループの取り巻き1に過ぎないかも知れない。

 ……いや、それ以下なのかも。

 たまに、偶然に、花めく青春の場面の一隅に入れられていて。

 しかし誰からも必要とされない、そういう奴。

 気づく前までは居るかいないかも曖昧な、そういう奴。

 米袋の中のコメ虫みたいな、そういう奴。


 ふと感じたポケットの中からの感触から、頭の中に浮かぶ響きがあった。


「……『イヤウツ』」


 今の俺にぴったりの響きだ。

 それさえも、あの機械オタクの狙いだったのかも知れない。

 その装置のやぼったい外見さえも、俺の灰色の存在を嗤っているように思われた。





◇   ◇   ◇





 昼休みのあいだ、うちはずっと彼のことが気になってた。

 それもそう。あんなに熱心にこっちを凝視してると、誰でも気になるんだって。


 ……やっぱ、ロゴスってへんたいくんなの?

 朝もうちの制服のスカート丈に視線が釘付けになってたし。


「んー、それもあるかもだけど……」


 問題はもっと違うところにあるのかも。


「うちが目を避けてるのを見たあとから、ずっと落ち込んでたし……」


 てか、さすがに分かりやすすぎ。

 落胆すると『ガーン』って、嬉しくなると『ぱあああ』って、後ろに効果音流してるし。

 で、朝の自己紹介の後、うちから相手にされなかった直後、特大の墜落音でやばかった。

 あれじゃ嘘の一つも全然つけなさそ。

 それもおもしろい点だけど。


 でも、悪かったとは思う。

 ちょっと、説明不足だったかも。


 別にうちは、彼が嫌いから、恥ずかしいからそうしたわけではない。

 むしろ、面倒ごとから彼を遠ざけるためだった。

 うちなりに、守りたいと思ってのことだったけど……。


「家に帰ったら、ちゃんと話すから」


 でも、午後授業の間の彼が気になる。

 正直、心配。

 

「……なんかうち、お姉ちゃんみたいじゃん」


 短くため息をついたうちは、ポケットから『トンボ』を出した。





◇   ◇   ◇





 俺はゴミを捨てて、教室へ帰ろうとした。

 その時だった。


「ん?」


 頭上から俺に飛んでくるものがある。

 あれって確か──『トンボ』だ。

 分かりやすく言えば、こっちの世界のラ◯ンみたいなものだ。

 持ち主が内装された紙の上にメッセージを書いて、既登録の相手に送るとそれが届く。相手はそれに返事を書いて送り返す。


 まあ、小型の伝書鳩って言えば分かるだろう。

 実際、正式名称は『伝書蜻蛉』で、本来は戦場で使用され、実際のトンボを使ったという。

 今は、ブランド品の可愛らしい魔術機械なので、トンボではないが。


 近くで見ると、そのトンボがフォリアのものだと知った。

 最初の日、フォリアから登録を要求された際に見たのだ。


 実はその時、俺もフォリアが使っていた旧型のやつを貰っている。

 俺は別にいらないんじゃないかって思ってたのだが、彼女から強いられたのだ。


 フォリアのトンボはデザインが彼女に似合う可愛らしいものだったから、良く覚えてる。

 白いア〇〇〇ンを更に小型にして、それに羽を付けた感じって言えば分かるだろうか。カバーは浅紫色である。


「……なんだよ、イケメンとお楽しみ中に、俺に構ってるヒマなんか」


 俺が手を伸ばすと、トンボはその上に着地する。

 そして、カバーと同じ色の紙切れを吐く。


 俺はそれを広げた。


「……あいつ……」


 途端、ため息を吐いた。


 紙切れの上には、可愛らしい細い字で、こう書かれている。


『もうちょっとがんばってね、寂しがり屋くん♡♡

              ――フォリアから!』


 ……あいつ、俺のこと全部見てたのか。

 死ぬほど落ち込んでたのも、全部バレバレだったのか。

 マジか……。


 いや、それも恥ずかしいけど、

 それよりも悔しいのは。


 ……なんで、俺はこんなに嬉しくなってんだよ!?

 さすがにちょろすぎやろ!


「はああ……」


 紙切れを持たない手で、自分の額を抑えた。

 やべ、なんか顔も赤くなってるっぽい。

 口元も緩んでいる。


 ……ほんとにそれで良いのかね、キミ。

 自分の未来が心配になってしまう。


「────」


 その時、耳の隣で何かせがまれるような小さい音がした。


 トンボが、もし言い返すことがあるんなら早く書けって言ってる。


「あっ、ごめん。たぶん、返事はなしでいいよ」


 それを聞かれると、浅紫の機械は空中へ飛んでいく。

 たぶん、自分の主のところへ戻るんだろう。


「……あれ。なんか」


 天空を目にしたとき、そんなことを思い出した。


「別に、主人公でなくても良いんじゃないか?」


 なにも、主人公だけが春の青を楽しめるわけではない。

 春の空の下に居る人なら、誰でもそれを享受できる。


 そうだ、俺はこの舞台を見ているだけで、それだけでも……。


 苦笑いをして、中庭を去った。



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