5月エピローグ Ⅰ 幼女幻術師
《あらすじ》
死後、晴野言は異世界転移した。
異世界で彼は瞬きの乙女、ソルダネラ・フォリアモメンタネアと同棲することになった。
異世界暮らしは最初は平和だった。
が、ある日を境に、ソルダネラを狙う脅威に気づいた。
自分でどうにかその困窮を乗り越えようと試みるが、力不足を実感。
そこで言が出した結論は、力のある人に全任せにしたら良いという、多少なさけないもの。
その人こそが天這いの末裔、ファインオルド・シューランペである。
彼女は言を苦しませた元凶をあっさりと制圧し、捕まえてみせた。
元凶となった人物は、ただの育ちの悪い幼女に見えた。
ファインオルドは彼女のことをもっと調べようと、今のイリスバラで一番信頼できる機関に訪れることを決めたのである。
仄暗い室内。
ある中年女性が古い椅子に腰掛けている。
眼鏡をかけて、焦げ茶色の髪を長く垂らしている。
やけに陰鬱な表情をしているので目立たないが、そうじゃなければかなり魅力的な外見だ。
「……」
彼女はふと近づく足音を聞いて、入口の方を見つめた。
しばらくして扉が元気よく開けられた。
「おはようございます。ハイヒース所長」
そんな晴れやかな挨拶を言ったのは、長身の青銀髪赤目の女。
ファインオルド・シューランペである。
外からの逆光が眩しかったせいで、彼女が腕に小さな女の子を抱えているのが分かるのに少し時間がかかった。
ハイヒースと呼ばれた女はそれを確認して、ため息をつく。
それが面倒ごとの兆しに違いないと直感したからだ。
ハイヒースは、
「あんたさ、こっちへ変な客を連れて来るのはもうやめてくれて、何度も言ったわよね?」
だがファインオルドはめげない。
「森番が今のイリスバラで一番信頼できる機関なのがわるいんですよ。所長の有能さを恨んでください」
そう明るい表情で言いつけて、ハイヒースの椅子に近づくファインオルド。
彼女の動作を注視しながらハイヒースは、
「で、その子供は誰なの?」
「ただの子供ではないのです」
ファインオルドはそう評する。
「この子はこの歳にしてかなりの幻術師で、しかも繊細な憑依魔術をこなす実力者なんです」
「ふーん。この子、何かやったの?」
「私の生徒にフォリアモメンタネアの末裔が二人もいるって、所長もご存知でしょう? その妹の方へ近づいて彼女の能力を暴走しようとしました」
「それは危険なところに踏み入ったわけね」
納得が行ったのか、ハイヒースは頷いている。
彼女は言葉を繋いだ。
「でも、実際に何かしたの?」
「いいえ、ことを起こす前に制圧したので。ただ学生一人に憑依魔術をしかけただけです」
「……それだけ? そんな相手をどうやって見つけたのよ? そもそもこの子がフォリアモメンタネアを狙っていたという確証は?」
「そんなの、何もないです」
曖昧なことを言いながらも少しも後込みしない。
ファインオルドは話を続けた。
「今朝、私の生徒から通報を聞いて捕まえたまでです」
「その生徒とやらを信じる理由は?」
「──彼が預言の少年だからです」
与太を聞かされたような表情になっていたハイヒースだったが、『預言』というキーワードが出た途端に顔色を改めた。
「つまり、瞬きの乙女のつがいの少年というわけね?」
「そうです。最初は私だって半信半疑だったのですが、実際彼の情報は殆ど正しかったわ」
「……やはり『預言』は興味深いね。だったら、もし彼の告げがなかったら、本当にイリスバラ全体を脅かす大事になっていたかもね」
ファインオルドは無言で頷いた。
そして、自分の胸元に頭を垂らして寝ている幼女を見下ろした。
「当分、ここで彼女を拘留してください。彼女を他の機関に任すのはどうも心細いし、シューランペ家から貰うのも出来ないので」
「それは難しくはないだろうけど。最近うちらヒマだし、空間ならありあまっているんだし」
皮肉げにいいながら、ハイヒースはファインオルドに抱えられた幼女を見つめた。
「……彼女には、聞きたいことがたくさんあるわよね。まず、取調室へ案内するわ」
*
取調室へ入ると、古びた木組みの臭いが充満していた。
あんまり愉快な香気とは言えない。
中央のテーブルの上にちょっとした灯りがあるだけで、照明設備がよくないと分かる。
ファインオルドはテーブルの端っこの椅子に、まだ寝ている幼女を座らせた。
そして向かい合いの椅子の方へ自分も腰掛ける。
彼女は右の方をちらっと見た。
取調室内からは外が見えないが、外からはこっちを眺められる設計のガラス窓がついている。
そこへハイヒース所長が待機し、聴取していることを知っている。
ファインオルドは再度幼女の方へ視線を向ける。
「──」
その赤目が光り、彼女から漏れ出た力の流れが室内に満ちた。
すると、
「っは────っ!!」
今まで呼吸を忘れていたかのように、幼女は深い息をして目を覚ます。
どうやら、ファインオルドは彼女に特殊な魔術を仕掛けて、今までわざと彼女が起きるのを抑えていたようである。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
幼女は荒い息をして、周りを見渡す。
とにかく、逃げ出すことが出来ないということだけは明白になったはずだ。
「……ここ、どこ?」
それが幼女の最初の質問だった。
「そんなのは重要じゃないわ。そして、問うのはあなたじゃなく、私の方」
ファインオルドは言った。
染み出る気力の流れをちょっと収めて、テーブルの方へ少し前かがみになりながら。
「あなた、名前は?」
幼女は答えず、しばらくただファインオルドの顔を睨んでいるだけだった。
しかし、緊張していることが目に見える。
天這いの実力を垣間見た直後で、その特有の赤目を直視しているのが気後れだったらしい。
「……それこそ、重要ではない」
それでも、答弁は碌なものにはならない。
「まあ、答えたくないのならそれでいいわ」
ファインオルドは多少軽々しく応じた。
そして言葉を繋ぐ。
「なら、本当に重要な質問に移りましょう。──あなたはなんであんなことをした? あなたの目的がフォリアモメンタネアさんの能力の暴走だったとすれば、それを成そうとした理由は?」
「……」
しかし、また黙り込んだ。
かなり長い間沈黙が続いたので、ファインオルドは我慢ならず口を開いた。
「あのね、今さらお黙りしていても意味がないわよ? いっそ綺麗さっぱりに打ち明けた方が──」
「──イリスバラを壊したかったから」
しかし、催促する必要はなかった。
幼女の顔色はさっきまでの怯えが消えていた。
ただ固い志が宿っているだけだった。
それは、紛れもない憎悪。
「この憎たらしい虚像、偽りの都を、破壊し尽くしたかった。しかし肝心なところで邪魔が入った。だから成せなかった。……それだけ」
倉庫で対峙していたときのがきっぽい口ぶりも消えた。
ただ目標を達成できなかった人の痛惜だけが露わになる。
幼気の満ち溢れる顔つきには似つかわしくもない、激しさが現れている。
「イリスバラを壊す……?」
その豹変にも怯まず、ファインオルドはただ顔を顰めるだけだった。
その時、彼女の脳裏の浮かんできたものがあった。
……イリスバラを極度に忌み嫌い、その滅びを企んでいる輩といえば。
「あなた、まさか──」
「ふふ、やっと気づいたか? かの有名な九芒星の旗がなければ分からぬというのか」
意気揚々とした顔で、幼女は言い続ける。
「我々は──新・糧伝の党だ」
「──狂信者ども……未だに生き残っていたのね」
歪んだファインオルドの顔には害虫を見た人の嫌悪に似ているものが宿っていた。
「生き残った、だと? ふふふふっ」
何が可笑しいのか、幼女は笑い声をこぼす。
そして、
「我々は見えるもの以上を得た者らだ。たとえ我々の肉と骨を全部焼き尽くしたとしても、我々の存在を殺すことは決して出来ない。我々は既に常しえの命を得た。魂の永遠の糧を、な」
「教理まがいのことをぬかしているけど、残念ながら、あなたたちはエイギヴェル国教会からも、聖居からも、異端の判定を貰っているわよ」
「当たり前だ。浮世の教会団体など、真の教えを忘れた腐った醜さの塊にすぎない。真理を語る群れを憎い、恐れるのが当然だろう」
「……これじゃ埒が明かないわ」
呆れた顔になり、ファインオルドは窓越しに視線を送った。
彼女は席から立ち上がり、取調室に幼女だけを残して外へ出た。
*
しかし、外にはハイヒース所長意外の人たちがたかっていた。
その不気味な人工的正装からして彼らの身分は明らかだった。
「……刃刺の団ですか」
誰一人それに碌な反応をしめさない。
ただ現れた雌天這いを見世物のように凝視するだけだ。
「ここにはどういった用ですか?」
問いながら、ファインオルドはハイヒースに視線を向けたが、彼女からは特に反応がない。
ただ厄介なことになったという顔で肩を竦めるだけだった。
「すでに予想はついていると思います。シューランペさま」
刃刺の一人が前へ出て、ファインオルドと対面した。
「イリスバラ湾近くで天這いが飛び出すのを見たという噂は既に広まっています。マルセラ様もその噂をお聞きになり、我らに森番のところへ訪れることを命じたのです」
ファインオルドは軽く舌打ちをした。
聞きたくない名前を聞いて苛立ちを覚えたらしい。
「彼は今、陛下とともに戦場にいたのでは? 北方の異種族との戦争が──」
「戦はすでに終了しました。我ら、エイギヴェル国の大勝利でございます」
淡々と、その団員は陳ずる。
「刃刺の団の正式な帰還および凱旋行事はすこし後となりますが、ただマルセラ様は戦闘の途中で退屈だとおっしゃり、先に離脱しましたので。我らはあの方の部下たちとして伴い、只今帰還したところでございます。……それで、いま取調室の中にいるあの人のことですが」
その団員は顎でしゃくり、取調室の中を指した。
「聞いていた通りだと、どうやら糧伝の党の残党のようですね。それなら極度の危険人物で、これからは刃刺が彼女を扱うべきだと見えます」
「いいえ、私はそうは思いません」
ファインオルドは不愉快な表情をして、反発した。
「彼女は功の報酬でも、輝く冠でもないわ。ただイリスバラに多大の被害をもたらし得る人物なの。私の意見では森番で彼女の取調を続けるのが最もいいと思います」
「こんなことを言うのは無粋なのかも知れませんが」
団員は冷たい目をして言う。
「刃刺の団から、しかもマルセラ様直々の命令を受けてそれを拒否できる力を持つ人がこのみすぼらしい森番所の中で誰一人でもいるとでも? それはたとえあなた、シューランペ家の人だって同じですよ」
その声は自分の優位の絶対性を固く信じる人の自信が込められていた。
だって、それが事実なんだから。
今のイリスバラで刃刺は絶対──守護卿を除いては。
「繰り返して申し上げます。──彼女は刃刺が貰います」
少しの間の沈黙。
そして、それはファインオルドによって破られた。
「……お好きにどうぞ」
彼女は大人だった。
顔には若干の苦みが現れていたが、見え見えの憤りにまでは至らなかった。
それを見ると、団員たちは満足気に頷いた。
「では、今から彼女を移送します」
そう言い残して一人ひとり取調室へ入る。
室内はそんなに広くはないので、すぐ空間が満ちたことが見える。
──つまらないことになった。
そう、ファインオルドが少し落胆していた時、
「キャ────ッ!!」
細くて尖鋭な悲鳴が聞こえた。
間違いなく、さっきまで狂信の信条の一部を説いていた幼女の声だった。
ファインオルドは急いで取調室へ入ってみる。
*
すると、異常を感じざるを得なかった。
あの幼女の態度と顔色がさっきとは大違いなのである。
それこそ外見に似合うように、無邪気な女の子が恐ろしい状況で怯えている姿になっていた。
ファインオルドは分かっていた──さっき自分と向き合っていた狂信者が真心からそんな態度を取るわけがない。
それがつまらない芝居でなければ、何かが起こったのだ。
彼女は幼女の方をじっくり観察した。
「……ここ、どこ、ですか……? あなたたちは、誰ですか……?」
周りを見渡して、幼女は怯えた声で言う。
困惑するしかなかった。
その声音からは全く偽りを感じない。
まさか、ファインオルドが取調室から出ていった間に記憶喪失の魔術にでもかかったということか?
戸惑うのは周りの刃刺の団員も同じだった。
彼らはどうしようもなく棒立ちして、ファインオルドと幼女の方をきょろきょろと見るだけだった。
「……まさか」
その時、ファインオルドは光芒が目の前で走ったような気がした。
何か思い当たるふしがあったのだ。
ファインオルドは怯える幼女に近づいた。
そして、口を開いて、
「おはよう。驚かしてごめんなさい。でも私は怖い人じゃないわ。もしよければ、あなたの名前を教えてくれる?」
極めて優しい声音で、そう聞いた。
「……イトゥレールです」
ためらいながらも、幼女は答えてくれた。
ファインオルドの声に少しの安心感を覚えたようである。
「そう、きれいなお名前なのね。……ところでイトゥレールちゃん、ここで目を覚ました直前の記憶を覚えているの?」
質問の意図を分かりかねたのか、イトゥレールは首をかしげる。
しかし、
「はい」
それでも答えてくれる。
「それはどういった記憶だったの?」
「あの……私はただ畑でお母さんの仕事を手伝っていただけです。でも気づかないうちにお母さんと離れ離れになって、森の近くに足を運んでいました」
「ちなみに、あなたの住んでいた場所の名前は?」
「え? セインパースでございますが……」
セインパースなら、イリスバラ北西の外郭にある小さな町である。
どうやら、この子は自分がイリスバラに来ていることも知らないようだ。
「それで、何もなかったのに次の瞬間にここで来ていたわけね?」
「いいえ、実は森の周辺で迷っていたところ、ある男性の方が現れ、私のことを気遣ってくださって……それからの記憶が曖昧になっています」
「その男性の外見は? 身なりは?」
「うん……かなり体格が大きい老紳士だったと思います。服装は……黒い法衣と言えばいいのでしょうか。聖職者の方だったかも知れません。曖昧ですが、そういう感じだったと」
「──分かったわ。答えてくれてありがとう」
それだけ言って、ファインオルドは取調室から出た。
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください!」
さっきまでファインオルドと対峙していた刃刺の団員は慌てて彼女を追う。
取調室の扉が閉ざされる。
外にはハイヒース、ファインオルド、そして彼女を追った刃刺の団員が残った。
団員はわけが分からない表情をして、
「いったいどうなったんですか? さっきまでと全く別人になったようじゃないですか」
そう追及した。
「──二重の憑依だわ」
淡々と、ファインオルドは宣告した。
それを聞いたハイヒースは驚いたが、団員の方は謎が更にかさばったという顔だった。
「つまり、彼女──イトゥレールも私の生徒と同じく、憑依魔術の被害者だったのよ。真犯人はまずイトゥレールに憑依魔術をしかけて、彼女を操って私の生徒に更なる憑依を使ったわけ」
団員は唖然とした顔でそれを聞いている。
「騙されたわよね。私もそんなことは予想もしなかったわ」
悔しい表情をしたファインオルド。
それに比べて声音はあっさりとしている。
団員は口を開いて、
「では、糧伝の手がかりは?」
「逃したでしょう。彼女の故郷を調査することがやっとだろうけど、正直そんなことで糧伝に至れるとは思えないわ」
しばらく、沈黙が場を支配した。
やがて、不機嫌な顔になった団員が口を開いた。
「それでも彼女は我らが扱います。もしかして妙な術を使ってあなたをまやかしているのかも知れませんから。当分は拘留させ、注視します」
「お好きにどうぞ。でも万が一、その過程であの無垢な幼子に変なことが起きると──」
ファインオルドの赤目が閃いた気がした。
「──なにも余波がないとは思いなさらない方がいいわ。いくら今があなたたちの世の中だとは言え、世界は30年まえとは違う。聞く耳と見る目が遍在しているんだから」
「……」
団員は答えなかった。
ただしばらくファインオルドを睨むだけだった。
❖ ❖ ❖
刃刺がイトゥレールをつれて行ったあと──
ハイヒースとファインオルドだけが薄暗がりの下に残された。
「糧伝か……」
ふと、ハイヒースがその名前を口にした。
「やれやれ。これからは、騒がしくなるかも知れないわよね」
その予想と全く同じものがファインオルドの胸の中にも浮かんでいた。
糧伝──
預言者を首魁として跋扈し、一時はこの都の全てを統べる勢いであった集団。
預言者が死んだあの日、人々はその名前がこの都市に影を差させることはもうなかろうと思った。
しかし因縁とは、そう簡単には振り払えないもののようだ。
忘れられていただけで、それはしっかと存在し続けていたのだ。
そしてそれが今まさに爛れをなして、災厄をもたらそうとする。
これからイリスバラはどうなるのだろうか。
ファインオルドにも答えは分からない。
彼女はただ、異常な不安に駆られていただけだ。
遅れてしまい本当に申し訳ございません。
ペースをもっと安定させないとダメですよね。反省してます。
しっかし、今回はなんか色々知らない名前が出すぎますよね。
五月のエピローグはもう少し続きますが、残りの物語は全部甘いものになる予定ですので、どうか大目に見てくださいっ。
追記:
初めてのリアクション、本当にありがとうございます。




