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嵐のあと



 その後は、別に特記すべきことは多くない。


 意識を失くした幻見せのクソガキを強く拘束したファイン先生は、俺とネラを学園へ戻してくれた。


 二度目の飛行はあっという間に終わった。

 俺たちは中庭に着地した。


 すると、ファイン先生は再び飛び上がる。

 どうやら、イリスバラの警察にその幼女を渡すらしい。


 そういえば、正式な名称は『警察』ではないっぽい。

 先生は何か他の名称で呼んでいたが──正直、忘れた。


 頭の中がかき混ぜられすぎた。

 ややこしい名前など、一々覚えている余裕がなかったのだ。


 俺とネラはぼうっとして、ファイン先生がクソガキを連れて飛び出し光景を見た。


 そして、彼女が視野から消えた後──


 静けさだけが残る。

 今までの擾乱と比べたら、異常に感じられてしまうほどの静寂だ。


 俺とネラはお互いを見つめ合った。


 何か適当なセリフでも言うべきなのか。

 しかし、何も思い出せなかった。


 だから、


「……は、はっ」


「……ふふふ」


 俺たちは、そんなぎこちない笑い声を出してしまった。





 ちょうどそこは、渡り廊下が見えるベンチのあたりだった。

 学園最初の昼、俺が青春の物語うんぬんで落ち込んでいた所だ。


 腰掛けると、ネラも俺の隣に座る。


「……」


 二人で、無言で、渡り廊下を含む景色を見上げた。


 空の色は、俺が最初にこの光景を目撃した日と全く同じだ。

 耳元からは、そよ風が髪を擦る音が聞こえる。


 かなり気温が上がったことを実感する。

 露出が多いネラの着崩しも、いよいよ納得できる季節に近づきつつある。


「ネラ」


 ふと思いついたことがあって、話しかける。


「なに」


「……良かったな。トトノが犯人じゃなくて」


「……そうだね。マジで、良かったわ」


 彼女の声には微かにため息が混じっている。

 中に込められた安堵を感じた。


「でも、今はそれよりもっと強く思うことがあるの」


 ネラからそう言われた。

 何だろうか、強く思うことって。


 俺は彼女の方を見た。


 相変わらずの眩しい笑顔が、俺の視線を迎えてくれる。


「──ロゴス、ありがと」


 お日様のような表情で、俺に言う。


「うちのこと、助けてくれて……守ってくれて」


「……」


 それを聞かれて──

 俺はただ、薄く笑んだ。

 答えるすべが他にないと思った。


「……そう言えば」


 ふと、右のポケットに手を入れる。


 そこに忌まわしい鉄の武器はなかった。

 彼女を殺した『放出機』も『特撹弾』も、ない。

 それをブラチアリスから貰った現実は、削除されたのだ。

 こっちの世界では、俺はシェルズ・ヴィトルに足を運んだことさえもない。


 それを確認して、なぜかひどく安心してしまった。


「……」


 俺たち二人はそうやってベンチで空を見上げていた。


 長い間、なにも喋らず、ただ五月の青さを目にしていた。





◇   ◇   ◇





 ──世界は正面だけじゃない。


 本当に、ネラの言う通りだった。


 俺みたいな無力なガキが地上から眺める世界。

 そして、能力がある人が天から俯瞰する世界。

 二つの世界には、信じられないほどの差があったんだ。


 俺には生と死の境をまたぐような問題だった。

 こんなに苦しい思いなど、生まれて初めてだった。


 でも、ちゃんと手に負える人に任されると、

 その途端で、何もかもあっさり解決なのだ。


 ……これなら、最初からネラの言葉に耳を傾けるべきだった。


『一人で全部抱えようとはすんな』


『だって、別に、『預言』は『少年』だけが全てやってのけるべきだとは言ってないじゃん?』


 ……俺は別に英雄になろうとしてはなかったはずだ。

 しかし、もっと誰かに相談して頼るという選択肢に前向きではなかったのも、事実。


 今になって、日曜日から俺を苦しませた記憶を振り返ってみる。


 守るべきものを守るとか。

 責務を果たせるとか。

 武器を持って、襲来者の方へ一矢報いるとか。


 全部、ムダな悩みだったのかな。

 正解は分からない。


 ……どうしてだろう。

 望むべき結末が訪れたのに。


 ひどく、実感が沸かない。


 でも現実は現実だ。

 そして、結末は結末なのだ。


 でも、俺はそれを覆す装置をもっている。

 ふと想像してみる。

 もし今から俺が『否応移し』のノブを回したら──この結末は、無にされるだろう。


 しかし、俺はそんなつもりなどない。


 これでいい。

 これが現実として確定されて、それで良いんだ。


 抗わず、ありのままを受け容れることにする。


 俺はそう思ったのである。





 そうやって──


 俺を散々苦しませて、泣かせて、狂わせた怒涛の五月は、

 虚無になるほどあっさりと、終りを告げたのであった。


「これで終りだ」


 俺は一人、呟いた。


「本当に苦しかった。死ぬかと思った。……でも、終わったんだ。これで物語の舞台はキラキラでじれったい青春の学園へ、戻るんだ。これ以上、ネラが涙を流す必要もない。きっとこれから、彼女と友だちは元通りに青春を謳歌し、輝く世界を生きていくのだろう」


 少し俯いて、話を繋いだ。


「……そして、俺はこの舞台から降りる。これからネラの前から消えるんだ。そう決めたから、そうする。もう終りだから。晴野言のドタバタ異世界騒ぎも、幕を下ろすんだから」


 俺は前を向いた。


「……そう、だよな?」





違います。


五月が終わっても、晴瞬はまだまだ終わらないです。


次回からは5月のエピローグとなりますね。

これからも、よろしくお願いします。



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