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明日で、全て終わらせる



 晴野はれのろごすは罪を犯した。


 どうしても償いきれない、深く、大きい、罪を。


 彼はそんなつもりじゃなかった。

 でも、それだけでは弁明にならない。

 重要なのは意図じゃなく、現れた現実だ。


 晴野言は、ソルダネラ・フォリアモメンタネアを殺した。


 例え彼がこの現実を反転させ、再び彼女の生きた顔を見ても、

 犯罪の記憶を覚えているのが彼だけだとしても、


 晴野言は罪人だ。


 それが真実なのだ。





 死体の山の上。

 一時は青春の舞台だった荒れ場の真ん中。


 晴野言はソルダネラの死体を抱きしめた。

 やがて彼が彼女から離れた時。


 疲れた目で、横たえている彼女を見下ろした。

 憂愁を含んだ視線で、綺麗だったその顔を見つめる。


「お前に誓う、フォリア──ソルダネラ・フォリアモメンタネア。俺の全てを、お前に捧げる」


 少年はしゃがれた声で、宣言した。


「分かっている。それでも、この罪は償えない。でも、それが俺が出来る全てなのだ。どうか、受け取ってくれ。……そして一つだけ、約束するよ」


 苦しい表情で、彼は言葉を繋ぐ。


「最後に選ばれる世界では、お前を笑わせてみせる。たとえその過程で幾百、幾千の涙を見ることになるとしても。俺がそれをことごとく反転させてみせる」


 少年はポケットの中から、やぼったい機械仕掛けを出した。

 人生の選択肢を登録し、後から切り替えることが出来る不思議な装置。

 ──『否応移し』だ。


 その上端のディスプレイには、次の通りに表示されている。


『陸暦1554年5月8日午後0時46分ごろ:

 瞬きの乙女のそばに留まりますか?』


 最初、晴野言がその質問を目にした時。

 彼はそれに情報量がひどく足りないと思った。

 しかし、今なら分かる。

 それこそが、この瞬間に晴野言が最も確言するべき問いである。


 言は口を開いて、


「──ああ、俺はソルダネラのそばに留まる」


 少年はノブをつまんだ。


「彼女を幸せにするためなら、なんだってする」


 そして、ノブは『はい』の方へ。


 そして、渡る。





❖   ❖   ❖





「……」


 俺は見回した。

 息を呑んだ。


「──ロゴス、どした? いきなりぼーっとして」


 俺の右隣。

 ソルダネラは、いた。

 微かな笑みが眩しい。

 何ごともなかったかのように、笑っている。


 彼女を構成する全てが、都市の夜の光を受ける。

 とても輝いていた。

 息をして、生きている。


 丸い目をして、俺を見つめる。

 俺の顔がそんなにおかしかったのか。


「……ロゴスって、たまにそんな顔するよね。ウケる」


 しかし、彼女の笑みは相当薄れている。

 俺のことを心配している様子だ。


 彼女の温かさで心が一杯になる。


 ……でも、俺にそれを受ける資格は、


「……」


 少し彼女から目を離して、周りを見回した。


 夕刻を過ぎた時間だと分かる。

 周辺はかなり暗くなっている。


 眼の前にはイリスバラの夜景がある。

 それが俯瞰できる良い場所のベンチに、俺たちは腰掛けていた。


 どうやらどこかの公園に来ているようだ。

 ただ、正確にどこなのかは分からない。


 しかし、今はそんなことより、


「ソルダネラ」


 俺は彼女の名前を呼んだ。


「……へ?」


 彼女はきょとんとした顔で、目を見開く。


「……ああ、そうか」


 気付いて呟いた。

 今まではずっと、『フォリア』と呼んでいたな。


 俺は再度口を開いて、


「一つ、質問がある」


「な、なによ、そんなマジな顔で……。やだ、こっち見ないで」


 それは、今までソルダネラから見たことのない反応だった。

 少し顔を赤らめて、俺の視線を避けている。


 でも俺は構わず、言い続けた。


 声の震えを抑えようとしながら、


「……学園は、テムプス・ノヴムは、無事なのか? 誰か死人とか出てないのか?」


 そう、問うた。


「……は?」


 それを聞いたソルダネラは顔を顰める。

 今度は俺を真正面から睨んで、


「当たり前じゃん、そんなの。てか自分で何時間前下校する時見たっしょ? わざわざ聞く意味、ある?」


 何か、がっかりした顔だった。


 でも俺はその答えに満足できなかった。

 もう一度、確認したかった。


「本当だな? 何か負傷者が出たりもしないよな? 建物が崩れたとかもないんだよな?」


「しつこいっつーの。何も、全然、全く、これっぽっちも、変なことは起こってない!」


 ぷんぷんと怒り顔をしながら、ソルダネラは言う。


「…………はぁ、良かった、本当に」


 でも、俺はほっとした。

 胸をすりおろしながら、長い息を吐いた。


 ──ありがとう、否応移し。

 真心から感謝した。


 凄まじい脱力感が襲ってきたので、俺は背もたれに身を委ねた。


「てか、いきなりなに? 『ソルダネラ』って」


 俺に向かって、ソルダネラはそんなことを言う。

 どうも呼び方のことが気にかかるらしい。


「他の人からそう呼ばれることあんまりないんだよね。何か、ムズムズするってか」


 まあ、いきなりだったので、慣れないのも理解できる。

 でも、俺にも言い訳はあるのだ。


「……だって、フォリアと呼んだら、兄妹区別ができねぇだろ」


「ああっ、まさかロゴス、うちのバカ兄とあったの?!」


『兄妹』と聞いた途端、彼女は興奮しだした。


「信じらんない!! いつの間に?! あのアホに何か変なこと聞かれたんっしょ?!」


 何で怒るのか、ちょっと分からない。

 普通に妹思いの良い兄だと思うんだけど。

 ……いや、普通ではないか。


 ていうか、ルバスあいつ、なにが『ネラはオレのことを誰よりも愛して信頼している』だ? 全然信頼されていねぇじゃねぇか。

 愛されているかは知らんが。


「とにかく、これからはそう呼ぶ。改めてよろしくな、ソルダネラ」


「だから、むしろフォリアよりそっちの方が硬いって! うちはロゴスにそう呼ばれるの嫌い!」


「じゃ、ネラちゃんで」


「それはマジでやめろ。ちゃん付けはマジでない、ガチでない」


 そんなに嫌だったのか、彼女の目元には不機嫌な影が差している。

 初日にへんたい呼ばわりしていたときの顔を思い出した。


 何か懐かしくなったので、少し調子に乗ってしまう。


「じゃ、ネラネラとか?」


「……次はぶっ叩くよ?」


 目がマジだ。怖い。


「分かったよ。普通にネラって呼べば良いだろ?」


「……まっ、いいじゃん、それで。好きにすれば?」


 ネラは縮れ毛の先を更にぐるぐる巻いている。

 目はそっぽを向いたままだった。


「……」


 鼓動が上がっていることを隠したかった。


「……ふ……」


 落ち着こうと、俺は息を吐いた。


 どきめきの理由は極めて単純だった。


 彼女の動作。

 彼女の輪郭。

 彼女の色彩。


 その一つ一つがありがたくて、しょうがなかったんだ。





 鼓動が少しは鎮まってきたころ、


「で、結局、ここはどこだ?」


 再び見渡しながら、俺は質問した。


「一緒に来ておいて、何いってんの?」


 少し眉根を寄せながら、ネラは答えてくれる。


「第14緑色ゾーンだよ? 最初に説明したっしょ? うちのアパートから一番近い緑色ゾーンがここだって」


「緑色ゾーン?」


「だから、イリスバラで唯一本物の植物が見られるところ」


「本物の植物って……」


 彼女の言ってることが理解できない。

 だが、問い質したりはしなかった。


「ちょっとアパートに閉じこもるのもあれだから風浴びたいって、言ったじゃん。暑かったし」


 確かに、言われてみると、今日は今までの夜に比べて気温が少し高い気がする。


 そこまで言うと、彼女は視線を前へ戻した。


 しばらく、彼女は黙って、イリスバラの夜景を眺める。


「……」


 しかし、俺はずっとネラを見つめたままだ。


 夜風が吹いてくると、彼女のふわふわとした金髪が靡く。

 さらさらと、微かに摩擦音が聞こえる。

 思わず触れたいと思うくらい魅力的だ。


 彼女のなにもかもが、生命で満ち溢れている。


「なんか、新しい星が現れたって」


「……へ?」


 うっとりして彼女の横顔を眺めていた。

 だから、ちょっと間抜けな音で応じてしまう。


「雑誌で言ってた。今から探してみる?」


 ネラが天空を指差す。

 つられて、見上げる。


 ──そこには、数え切れない星々が輝いている。

 東京の空よりも、青森のお爺ちゃんっちで見た空に近い。


 多分、元の世界の星座とは違うと思う。

 詳しくないから確信はできないが。


 しかし、確実に違うと言えるものが一つだけある。

 北東の湾の上の空に掲げられた、アレだ。

 そこには傷跡みたいな大きな亀裂が見える。

 その狭間から、紺色の光がこぼれている。


 月はない。

 昔、ここの世界の空は月を喪失したらしい。

 最初の夜に、ネラが教えてくれた。


「……やっぱ、分かんないや。うち星とかあんま知らないし」


 彼女は呟いて、空から目を下ろした。

 さっぱり諦める姿勢が清々しい。





「ロゴス。金曜日とか、ここ、また来よ?」


「……良いけど、なんで?」


「精霊ちゃん、ここに放したくて。……ほら、クルクスくんのために買った、あれ」


「ああ、あれか。放すんだな」


 日曜日、初めて街に出た時。

 ネラがクルクスの誕生日プレゼントとして買った精霊の標本だ。

 そういえばあれは生きているものだと言ったな。


「でも、良いのか?」


 俺はそう聞いた。


「……どうせもう渡せないし」


 淡々とした口調で、ネラは話を繋ぐ。


「精霊ちゃんもうちのアパートの中にこもるより、もとの自然に戻りたいと思うっしょ? でもイリスバラで自然に近いところは緑色ゾーンしかないし」


 別に強がりを言っているようには見えない。


「……そうだな」


 呟くように、俺は言った。

 金曜日なら、これから明後日の5月10日だ。


「そう、金曜日、一緒に……」





 こっちの選択肢へ渡る前に、俺は一つを決めた。


 ──明日で、全て終わらせる。


 5月9日、木曜日の内、全てに終止符を打つ。

 ソルダネラとイリスバラを脅かすモノを、全部駆逐するのだ。


 未だ正体は知らないが、今まで散々あいつのやりたい放題にさせた。

 もう思う通りにはさせない。

 今からは、こっちから反撃に出る時だ。


 そして俺は、ソルダネラをハッピーエンドへ導く。


 そして、それが終わったら。

 俺はソルダネラのそばから離れて行くのだ。


 もうこれ以上、彼女のそばにはいられない。


 俺にハッピーエンドを迎える資格なんか、ない。


 俺はソルダネラを何度も死なせた。

 いや……俺は彼女を、この手で直接、殺した。

 人殺しが殺した人と一緒に幸せになるだなんて、間違っている。


 俺に彼女の温もりを感じる資格などないのだ。





 でも、どうやって終われせるのか。

 元凶の正体は謎に包まれている。

 俺は相変わらず無力だ。

 これから俺に出来ることなど、僅かしかない。


 しかし、ネラは教えてくれた。


 ──世界は正面だけじゃない。


 そういうことも、あるんだよな。

 ある人には一世一代の問題で、失敗確率がクソほど高いのに。

 また他の人には指一本動かすのと同然なことが。


 今までソルダネラを守れなかったのが俺の無力のせいだとすれば。

 しっかり力を持つ人に任せれば、乗り越えるんじゃないか?


 情けない、かも知れない。

 しかしソルダネラを助けるなら、俺はどんな手だって掴む。

 別に俺が英雄になる必要など、全くないのだ。


 だから、俺は口を開いた。


「ネラ、一つ聞くけど」


「なに?」


「……この街で一番強くて、頼りになって、正義の味方な人がいるなら、それは誰だと思う?」


「んーっ?」


 質問の意図が良くわからない顔だった。

 彼女は少し考え込む。


 でも、長引かなかった。


「ファイン先生っしょ」


「……ファイン?」


「ほら、ファインオルド先生っ。うちの担任の」


「──あ」


 思い出した。

 青銀髪赤目長身の、堂々とした女性。


 ──ファインオルド・シューランペ。



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