嘘つき
《あらすじ》
死後、晴野言は異世界転移した。
異世界で彼は瞬きの乙女、ソルダネラ・フォリアモメンタネアと同棲することになった。
異世界暮らしは、最初は平和だった。
が、ある日を境に、ソルダネラを狙う脅威に気づいた。
ソルダネラを守ると決めた言はどうにか奮闘するが、状況はますます困窮へ。
新しい武器『特撹弾』を得た言は、学園テムプス・ノヴムから上がるきのこ雲を目撃する。
急いで学園まで戻ったが、彼を迎えたのは死体の数々だった。
絶望の先、言は狂った光源を目撃する。
その光がこの惨状を招いたと確信した言は、『特撹弾』をもってそれを撃つ。
しかし、光が収まってそこから現れたのは、血を流しながら死んでゆく、ソルダネラの姿だった。
光はますます弱まる。
気が狂いそうな熱気と騒音も、収まっていった。
それと同時に、フォリアの姿が明確になった。
俺の犯罪の証明も、真っ赤な色で明かされた。
彼女は口元から血を流している。
出血の起源は、胸元からだ。
彼女の制服のブラウスはそこから赤く滲んでいる。
俺が撃った弾丸が胸を突いたからだ。
『特撹弾』は、フォリアの心臓のすぐ近くの領域を侵犯した。
そこから広がった『特性撹拌』という毒が彼女の生命の火種を消している。
フォリアは、涙を流している。
こちらを恨んでいる。
しかし、そこに憎しみはない。
ただ裏切られた切なさで一杯になっている。
だから、子どものように泣いているのだ。
それを目にした途端。
俺は胸に楔を打ち込まれたような感覚に襲われた。
それは、おかしい。
だって、心臓を破壊されたのは、フォリアの方なのだ。
フォリアは口を開いた。
「──嘘つき」
消えそうな声でそう言った。
「──守ってくれるって、言ったじゃん」
それさえも優しくしなやかな声音だ。
醜い銃弾さえも、彼女の中の美しさを破壊し尽くすことは出来なかった。
「──うち、信じてたのに」
そんなことを、言われた。
すると、俺の中のどこかが引き裂かれるような感覚がした。
しかし、頭脳の端っこからは。
狂気と悲しみに蝕まられながら、俺はある冒涜的なことに気づいた。
──この少女は、瞬きの乙女は、
死んでゆく姿さえもこうも美しいのだ。
ソルダネラの血と涙は、一つの所に撹拌された。
混ざり合ってもう何が何だか区分できなくなった。
同時に、彼女の命は消えて行く。
かつて生命で一杯だった体から大事なものが流れ出る。
「────ッッ」
微弱ながら、彼女は苦しそうな声を漏らしている。
綺麗だった肌に、瘡蓋のような痕跡が広がるのが分かる。
まるでフジツボで巣食われるように、石灰質の何かに覆われる。
美しさが目の前で汚されている。
しかし、俺が出来ることは、何一つなかった。
やがて彼女の息吹は蝶々の羽ばたきよりも弱まる。
もはや、佇むことさえも困難に見えた。
「──ろ、ごす……うち、ね……」
言い切れていない言葉の断片と共に、
ソルダネラは倒れた。
*
ただ、呆然としていた。
眼の前で起こった全てが、現実とは思われなかった。
「……は、は? え? は?」
手の震えが収まらない。
「な、なんで、なんで……」
俺は自分の右手を見下ろした。
この手が、彼女を殺した手だ。
醜い鉄の塊を掴んでいる。
「ち、ちが、う、っ、ちがう、俺が、こんな」
否定したかった。
出来るなら、その術が知りたかった。
しかし、不可能だ。
逃げることなど許されない。
『放出機』のシリンダーは空っぽになっている。
そこから俺の血液が混じった弾丸が放たれた。
引き金を引いてそれをなしたのは、他ならない、俺だ。
間違いなく、俺がフォリアを殺した。
「っ、い、いや、ちが──!!」
俺は拳銃を投げ捨ててしまった。
それは床へぶつかり、転がる。
金属と重たい材質が衝突する音が聞こえた。
もしかして、今ので壊れたのではなかろうか。
そうじゃなくても整備されず、古びた装置だった。
しかし、どうでも良かった。
俺は、倒れた彼女へ駆け出す。
短い距離だったのに、何度も躓いた。
手がかすり傷だらけになってしまった。
学ランのズボンの膝のあたりが、破られてしまった。
しかし、どうでも良かった。
地を這うように、フォリアへ近づいた。
*
倒れたフォリアの肩を抱き上げる。
「ふぉ、フォリア、フォリア」
俺は奇妙な色で汚染された彼女の顔を見つめた。
そこには、生命がなかった。
胸元に大きな穴が見える。
俺が撃った銃弾が、そこを穿ったのだ。
「……い、いや、死ぬな、死ぬな、死ぬなよ、フォリア」
反応しないモノを抱えて、俺は何度も哀願した。
「フォリア、死なないで、頼むから、頼むから、俺だけ置いて、いくな──」
秒ごとに冷たくなっていくモノを掴んで、すがりついて、取り止めようとした。
しかし、叶うわけがない。
現実は、極めて明確だ。
フォリアは死んだ。
そして、彼女を殺したのは、俺だ。
「──っああ、あああああ──」
苦しい声を上げた。
目からも、鼻からも、口からも、汚い液体まみれになっている。
しかし、それを拭うことが出来なかった。
手の先から伝わることは、ただ冷たさだけだ。
この世界に渡ってからずっと彼女の温もりを感じていた。
俺の世界を満たしていた、彼女の温度だ。
溢れるほど豊富だと思っていた。
なのに、今になっては、存在しないものと化した。
彼女は、死んだ。
それが現実だった。
*
めちゃくちゃになった頭の中。
俺はただ、理不尽だと思った。
なぜ、こんなことが起こるのだろうか。
なぜここで、俺が、彼女を、なんで?
理解できない。
理解しようと必死になっている。
が、それが出来ないのだ。
目に見える物から答えを得られなかった。
精神は、見えない物に縋ろうとする。
俺は、全知の存在を呼び出した。
「……神さま」
あるなら、どうか教えてくれ。
なぜ、俺がこんな苦痛を味わわなきゃいけないのだ?
いったい、晴野言が、どんな罪を犯したというのだ?
彼は、本当にこんな過酷に値する行為をやらかしたのか?
もしかして、これは全てあの日の愚行の罰というのか?
──西暦2024年、4月26日の夜。
晴野言が部活のOBの一人のマンションへ行ったのは、あの日のことだ。
そこで、俺は彼の誘いに乗り、酒を飲んだ。
それで、酔いどれの状態で自転車に乗った。
そのまま、車にぶつかり、死んだ。
今まで深く考えなかった。
それが愚かだったことは分かる。
やってはいけないことだったのも、知っている。
しかし、それはこんな目に遭わなきゃいけないほど大きい犯罪だったのか?
或いは、もっと昔に──
確かに一つ、犯罪と呼べることを犯したことがある。
まさかこの全ては、その行いに対する罰だというのか。
しかし、それなら、俺だけで十分じゃないか。
なぜ、フォリアを巻き込んでしまうのだ?
なぜ、彼女が死ななきゃダメなのか?
……あるいは、もっと簡単な答えがある。
全てに、理由など存在しなかった。
存在と苦痛は最初から絡み合っており、
俺は偶然存在としてこの世に投げられただけだ。
そんな結論は、どうだろうか。
つまり、俺の経験の全て。
苦痛の全て。
彼女が感じた痛みの全て。
俺が味わった短い美しい間の全て。
彼女と目にした忘れがたい記憶の全て。
俺が嗅いだ匂いの全て。
俺が聞いた響きの全て。
その全てに、理由も意味もクソも、何もなかった。
まさか、そんなことなのか?
全てはただ偶然の産物だと?
何もかも全部、『何となくそうなってただけ』だと?
「は、はは」
笑いが出る。
そんなの、低劣すぎる。
物語にしたら最低の最悪だ。
そんな物語、ゴミクズにもならないじゃないか。
「そうなのか? 神さま」
答えはなかった。




