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きのこ雲

《あらすじ》



 死後、晴野はれのろごすは異世界転移した。

 異世界で彼は瞬きの乙女、ソルダネラ・フォリアモメンタネアと同棲することになった。

 異世界暮らしは、最初は平和だった。

 が、ある日を境に、ソルダネラを狙う脅威に気づいた。

 ソルダネラを守ると決めた言はどうにか奮闘するが、状況はますます困窮へ。


 抑止力が欲しかった言は、ブラチアリスという男から特殊な弾丸、『特撹弾』を貰う。

 ブラチアリスの研究所の屋上でソルダネラの秘密について質問していた最中。

 言は、ソルダネラの学園から大きなきのこ雲が上がることを目撃する。







 いつの間にか、音が戻った。


「────」


 おかしなどよめきが街中を支配した。

 俺の鼓膜だけでなく、心臓までも轟かせる。


 その根源は紛れもなくあのところからだ。

 爆心から。

 つまり、きのこ雲が上がっているテムプス・ノヴムから。


「──っ!!」


 言葉にならない音を出して、屋上から出た。


「ちょ、ちょっと待て! ガキ!!」


 後ろでブラチアリスが俺を呼ぶ声が聞こえた。

 しかし、構わなかった。





「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 俺は走っている。

 ただただ、走っている。


 道の上、混乱して、恐怖して、逃げる人々の姿が見えた。

 彼らは全員、俺が向かう方向とは逆の方へ走っている。


 しかし、そんなのはどうでも良かった。


 ──また何か、良くないことが起きた。

 テムプス・ノヴムで、ソルダネラの周りから。


 これで明確になった。

 威脅はテムプス・ノヴムの中に潜んでいる。

 いや、そんなの、既に予想はしていた。

 ただ俺はその正体が分からなかったのだ。


 今回は必ず、それを確かめるのだ。

 だから今は『否応移し』を使わない。

 ルバスの表現を用いると、『渡る』のはもう少し後になりそうだ。


 走りながら、俺はポケットの中の『否応移し』を出した。

 ディスプレイの上に表示されたことをちらっと見た。


『陸暦1554年5月8日午後0時46分ごろ:

 瞬きの乙女のそばに留まりますか?』


『瞬きの乙女』という単語を見て俺は、再び強い罪悪感に襲われた。

 今頃、フォリアはどうなっているのだろうか。

 まだ俺の愚かな選択が、彼女に苦しみをもたらしたのだろうか?


「……でも、今回で終りにするから」


 俺は南の丘の上を確認しながら、呟いた。


 輪郭が少しぼかされているが、きのこ雲は凛然としている。

 その狂った荘厳さは、かつて青春の舞台だった学園を完全に蹂躙している。


 今から、俺はあそこへ向かうのだ。

 テムプス・ノヴムまで帰って、脅威の正体を暴くのだ。

 そして、ノブを回す。


 狂った災厄などまるごと非現実へ反転させて、学園を回復させる。

 戻ってきたのどやかさの裏側で、俺は脅威を断罪する。


 ……そして、ソルダネラの笑顔を取り戻す。


 そうだ。こんな悪夢はこれで最後だ。

 今まで色々あったが、いよいよ結末を見る時だ。


 この曲のコーダは、幸せな音で一杯になって欲しい。

 彼女と一緒に、俺はハッピーエンドするのだ。

 だから、


「──待ってろよ、フォリア!!!」





❖   ❖   ❖





 途中、どうにかウェスト・エンドまで行くバスに乗ることが出来た。

 しかし、道路は混雑していた。

 うまく進まなかったから、目的地に着く前に降りるしかなかった。

 でも、少しは距離を縮ませることが出来た。


「は、はあ、はあ、はあ」


 息切れしながらも、俺は走り続けた。

 体力を使い切り、目まいを起こしながらも、走り続けた。


 既に、きのこ雲は相当薄れていた。





 やっと見慣れた坂道に着く。

 俺とフォリアがテムプス・ノヴムまで登校する道の導入である。


 これからは、これをまっすぐに上がるだけだ。


「……はあ、は、あ、はあ」


 しかし、流石にこれ以上は走れなかった。

 体力を尽くしているからだけではない。

 空気が、異常な熱で満たれている。

 どうも呼吸が難しくなってしまうのだ。


 邪悪な兆しはそれだけではない。

 以前、体育倉庫の中で光の塊を目撃した時、絶え間なく鳴っていた騒音だ。

 それと同じ音が、ここの空気にも漂流している。

 まるで億兆の羽虫が耳の周りに飛んでいるようだ。


 空の方を見ると、もうきのこ雲は希薄になっていた。

 しかし、雲を作った衝撃が残した爪痕は歴然である。


 周りに、建築の破片が散らばっている。

 綺麗に舗装されていた道は暴かれ、醜い中身を見せている。

 街路樹は焼かれ、既に炭火のようになっているものもある。

 見えるもの全てが、激しい爆撃を受けたようになっている。


 そして、

 

「────っ」


 坂道を半分ほど上がった時、見つけた。


 下半身を失くした人が、地面に顔を伏せて死んでいた。

 テムプス・ノヴムの制服を着ている。

 彼女は、学園の生徒なのだ。


 死体は腰のあたりで途切れている。

 切断面と呼ばれるほど綺麗ではない。

 それは、前回の切り替え直前、トトノの左腕の状態と似ている。

 つまり、近くで爆発を経験して乱雑に切り取られたような、そんな状態である。


 端っこにちょっとはみ出ている、あれは……腸と、その内容物、なのか?

 あんな色をしているのか。

 汚い。


「う、うっ」


 吐きそうになってしまう。

 今まで走りすぎたのもあった。

 胃袋から酸性の液体が容易く湧き上がる。


 結局、耐えなかった。

 俺は吐いてしまった。


「う、うっ、おえ、え──」


 しかし、その途中だった。


「────」


 空中から、今までとは違う轟音が聞こえた。


 まるでとんでもなく巨大なケダモノが吠えているような。


 獅子の唸りなど子猫の歌としか思われないくらい、強烈な音だった。


 つられて、空を見上げた。


「…………は?」


 空にはドラゴンが飛んでいた。





 紛れもない。

 今、テムプス・ノヴムの空を飛行するあれは、ドラゴンだ。


 青が混じった銀色の鱗で全身が覆われている。

 しかし、首筋と喉元に赤いしるしが見えた。

 燦々たる光を反射していて、歪な恍惚感を覚えさせる。


 ドラゴンは学園の上を旋回している。

 しかし、片方の翼がひどく傷ついている。

 だから、飛行は不安な状態である。


「────」


 もう一度、ドラゴンは神秘で恐ろしい吠え声をわなないた。

 すると、旋回をやめる。

 北方に向かって、飛び出したのだ。


 その速度は凄まじかった。

 何十秒も経たない内、ドラゴンの姿は小さな点と化す。





「……これは全て、悪い夢だ」


 唖然となり、棒立ちした。


「くっ、そ……」


 しかし、俺は再度歩き出す。


 こんなところで迷っているヒマはない。

 どうにか、何が起こったのか、これを為したのは誰なのか、確かめなきゃ。


「そ、そうだ」


 俺は何となく、『特撹弾』を出した。

 坂を上がりながら、針で腕を差した。

 再び、弾丸の内容物が深い藍色で滲むことを見る。


 それを『放出機』に装填した。


 そして、いつでも撃てるように備えた。


「今回は、あの時とは違う」


 前回の切り替え以前、体育倉庫へ向かう途中、無力感を覚えたのを記憶する。

 しかし、今度は違うのだ。

 俺には二発の『特撹弾』がある。

 これで、少なくとも二人は殺せるだろう。


「──そうだ、俺から殺してやる」


 疲れと衝撃とで朦朧になる精神のどこかで、浮かび上がる顔がある。

 シリルス・ラムポートの痩せたヒキガエルのような顔だ。


「あいつが、やったのか」


 必死にその根拠を探ろうとしたが、思いつかない。


 しかし、もはや論理など、演繹など、どうでも良い。

 もし次、その顔を見ると、俺は必ず奴の顔を撃つ。

 あの銀色でひらめく頭を爆発させてやる。


 ……でも、あいつは俺の優先事項ではない。

 あいつよりも優先するべきことなど、山ほどある。

 まずはソルダネラを──フォリアを探さなきゃ。


 彼女の無事を確認しきゃいけない。

 例え、これから切り替えることになるとしても。

 こっちの現実を全て翻すことになるとしても。

 彼女は、どの世界でも無事であって欲しい。

 たとえ嘘になってしまう現実だと言っても、フォリアは汚れを知らない姿であって欲しいのだ。


 それで、もし本当に彼女に何も無かったと確認すれば。

 ……俺の罪悪感は、少しは軽減できる。





 やっと、正門まで来た。

 一瞬で学園の建物全てがほぼ壊滅状態なのが分かる。


 窓はもれなく壊された。

 建物の骨格の一部を除いては、凡そ建築の全てが徹底的に破壊されている。

 壁は地面と接している部分だけがちょっと元の形を維持していて、他は完全に崩壊した。

 空中にどこから出来たのかわからない塵が異臭とともに漂うことが見えた。

 全ての光景は、戦場を連想させる。


 もはや、俺が『青春の舞台』だと称していた学園はない。

 華々しいテムプス・ノヴムは、この世にはないのだ。


「……」


 正門を超えると、そこは死体の山だ。

 それ自体は、少しは予想がついていた。

 でも、いざ目撃すると、どうも耐えられない。


 自分が身震いをしていることに気づいた。

 歩幅がとても小さくなった。

 それは怖気からか、それとも戸惑いからか。


「────」


 死体の殆どは大きく損傷されている。

 腕や足を失くしたものなど、珍しくもない。

 半分は全身が焼かれた状態の遺体と化し、このあたりで激しい熱が点されていたことを示唆している。


「……ふぉ、ふぉりあ」


 ふと、思いついた。


 ……もし、彼女があんな状態になっているなら?

 例え見たとしても、彼女だと認知できないのではないだろうか。


「っ、っ、あ、」


 思わず、情けない声を出した。

 呼吸が激しくなり、鼓動が跳ね上がる。


 動揺した精神に鞭打たれて、俺は必死になり、周辺の死体を見回す。

 どこか、俺が知っている顔はないのか。


 ……あった。

 すぐ視線を引く死体が一つ、あったのだ。

 それは、確かに俺が知っている顔だ。


「……は?」


 理解が追いつかず、俺は困惑の声を出した。


 仰向けに横たわって死んでいる、銀髪の少年。


 全身がひどく損傷されて、特に右足は完全に無くしている。


 それは、シリルス・ラムポートだった。





「……」


 どういうことだろうか。

 シリルス・ラムポートがこの惨劇の主犯のはずじゃ……。


 ──いや、違う。

 どこにそういう証拠があったと言うのか?

 俺の敵愾心が勝手に決めつけていただけだ。

 決定的な手がかりなどは、最初から何一つなかった。


「……そうだ、俺が奴を憎んでたから、それで、っ──」


 状況を論理的にまとめようとしたが、激しい頭痛によって遮られる。

 疲労困憊の末。

 精神的衝撃の連続。

 俺は、倒れきれていた。


「──ろ、ごす、ちゃん?」


 崩された壁の下から、絶えそうな声音が聞こえた。


 ぼうっとした視線でそっちを見た。

 麹塵色の髪の少年だ。

 煉瓦の群れが、彼の胸辺りまでを強く押しつぶしている。

 彼は信じられないという表情で、俺を見ていた。


「……クリス」


 彼の名前を、俺は呟いた。

 俺はクリスに近づく。


 すると、床に滲んでいる赤黒い液体の溜まりを見た。

 瞬時に理解した。

 彼は、もう助からない。


「……」


 跪いてクリスの様子を見た。

 メガネに大きなひび割れが出来ていた。

 微力ながら、こっちを見上げて微笑む。


「……ロゴスちゃん、運がよかった、と言えばいいのか、な? ロゴスちゃんがサボってた時に、こんなことになったのだから」


 消えそうな声でクリスは言った。

 俺は彼の右手を掴む。

 しかし、もう生命が失われたようで、とても冷たい。


「っ、クリス、誰だよ?」


 俺は表情を強張らせて、問うた。


「誰がこんなことをしたんだ? いったい誰なんだよ、そいつは? 教えてくれ!」


「────プレストトノス・ベル」


 俺は呆然となった。


「……は?」


 プレストトノス・ベル。通称『トトノ』。

 青リンゴを思わせる色合いの、ソルダネラの親友のちっちゃいギャルの名前だ。


「……いや、それは、ありえないだろ」


 そう呟いた。

 こっちの方から彼女を弁護するように。


「だって、俺は、前回の切り替え前で──」


 今、クリスにしているように。

 俺はトトンの最後を見ていた。

 彼女はむしろ被害者だった。

 涙を流しながら、自分の死が理解できなくて、悲しんでいた。

 だから、彼女が犯人なわけが──


「──あいつがやったのだ。僕が、見たのさ」


 クリスの微弱な声は、話し続ける。

 しかし、もう息さえキツそうである。


「ぼ、僕は、僕は……っ」


 クリスの中のどこかで、何かが塞がれたような音がした。

 もう何も喋れなくなり、ただひどく耳障りな喘ぎを繰り返す。


「クリス、クリス! やつは何をした? お前はいったい何を見たんだよ?!」


 俺は逝こうとする人をどうにか取り留めようとした。


 しかし、ならず。


「────」


 次の瞬間、クリスに僅かに残っていた熱りさえすり抜けていた。

 握っていた彼の手から俺はそれをしっかと感じた。


 クリスは目を開けたまま死んでいた。


 彼の目を閉じさせたかったが、


「……やっぱり、ダメか」


 前回と同じ。

 筋肉がそのまま固まってしまったのか、出来ない。





 俺は静かに起き上がった。


 心が空っぽになっていた。

 もう、これ以上、何を見ても驚かなさそうだ。


「……そろそろ、潮時か?」


 もう『否応移し』を使った方が良いのか。

 しかしまだ何も分かっていない。

 こんな状態で元通りになったとして、同じことの反復になるだけじゃないだろうか。


「いや、そもそも……」


 俺は『否応移し』を出してみた。


 すると同一な文句。


『陸暦1554年5月8日午後0時46分ごろ:

 瞬きの乙女のそばに留まりますか?』


 まことに単純な質問だ。

 今までの何時間の間、俺に注がれた情報量に比べるとあまりにも簡単すぎる。

 今まで『いいえ』だったノブを、『はい』へ回す──

 果たして、それだけでこの状況から逃走できるのか。


 俺は周りを見渡した。


 そろそろ夕刻に近づいているらしい。

 西の空に眩しい夕焼けが浸潤していることが分かる。

 後三十分あれば、日は消える。


 強烈になった橙色の光に照らされた学園の風景を眺めた。

 屍の数々の、残酷な損傷を見る。

 失われた命の数を考える。


 本当に、俺がフォリアのそばに居る選択だけで彼らは救われるのだろうか。


 もしかして、学園が破壊されたのは確定された事象ではなかろうか?


 もう二度と、俺はテムプス・ノヴムが青春の舞台になる姿を見れないんじゃないだろうか?


 もし『否応移し』では救いきれない命があるとすると、それは誰なのか?

 クリスは、それに含まれるのだろうか?

 あるいは、彼以外にも……。

 そんな世界に渡ったと知ると、俺は果たしてそれからどうするべきなのか?


「…………きり、ねぇな」


 夥しい質問が俺を圧倒する。

 疲れ切った頭を潰さんばかりに圧し折ってくる。


 目まいがした。

 倒れそうになってしまう。


「っ、はぁ……」


 比較的に温存された壁際に、少しもたれた。

 左手で顔を抑えて、頭痛をどうにか払おうとする。


 冷たい風が吹いてくる。

 晩に近づいた頃だからか、それはとても気分が悪くなる寒けを感じさせる。


 ここは死の臭いが充満していた。

 だからもう、ここには居たくない。


 俺はよろめきながらも、歩き出した。





 目的地など決めていなかった。

 しかし、なぜだろうか。

 いつの間にかベンチに腰掛けていた。

 渡り廊下が見える、何時間前にスヲルシャーとルバスと会っていた所だ。


 渡り廊下があった場所を見つめる。

 キラキラとした青春の表舞台だった場所を見つめる。


 ──綺麗さっぱりに、壊れていた。

 残ったのは、醜い鉄筋の幾筋だけだ。


「……どうしたんだ、これは」


 青春の物語じゃ、なかったのか?

 俺はただの観察者で、お前らが謳歌することを眺めるんじゃなかったのか?


 なぜ、みんな死んでしまった?

 なぜ、ここは墓地と化したのか?

 なぜ、俺だけが生き残ってしまったのか?


「……だれか」


 そんなことを呟いた。


「だれか、いないのか? 生きている人は」


 俺は起き上がった。

 その時、気づいた。


 頬に涙が流れていた。


「だれか、いねぇのかよ……」


 一度知ってしまうと、どうしようもなく、涙が溢れた。


「だれか、だれか、だれか……っ!!」


 叫んだ。

 泣いた。

 よろめいた。


「……くそくらえよ、こんな……、誰が、誰がこんなの望んだというんだ?」


 頭を過ったのはあの小太りの男。

 憎たらしい僭越者、メガネオタク、ヘファイストス。


「くそみたいな、誰がこんな世界なんか……だれが、だれが!!」


 俺は『否応移し』を出した。

 それを床に投げ捨てた。


 大きい音を出して転がる。

 しかしそれが止まると、まるで無傷だと分かった。

 落とせば壊れそうな外見なのに全然違った。


「……っ」


 ……そんなことをしたって、何も変わらない。

 分かっているじゃないか。

 ただもっと心が虚しくなるだけだ。


 俺は近づいた。

 そして野暮ったいリモコンみたいな機械を拾い上げた。


 その時──


 渡り廊下の方から気配がした。

 跳ねるように起き上がって、振り返った。


 ──廃墟の向こうから、何かが近づいている。


 あれは……光だ。


 光源だ。


 あの体育倉庫の中で見たのと同じな圧倒的光。


 全てを焼き尽くすように燃え上がる、そんな光。


 まるで小さな太陽のように輻射している、光源。





「──っ」


 前回より明らかに明度が増していた。

 もうあれを直視することなど出来ない。

 目を細くして、ただちらつく輪郭だけを俺は確認した。


 あれは俺の方に手を伸ばしている。

 そして、こっちへ近づいている。


 呻きのようなどよめきは絶えず俺の鼓膜を引っ掻く。

 光源の登場につれ一層強烈になったから、耳が悲鳴を上げ始めた。


 しかし、


「──ロゴス」


 そう、聞こえた。

 騒音の中からでも、それははっきりと聞こえた。


 言っている。

 光の球は、喋っている。


 しかし、すごい、聞き慣れているような。

 聞き覚えがあるようだが、良く思い出せない。


「──ロゴス」


 光に包まれた奴は俺を呼んでいた。

 俺に手を伸ばして、近づいている。

 同時に熱気と騒音は強度を増して行く。


 激しい熱気から、想像するしかなかった。

 生徒の死体の数々。

 ひどく損傷された屍。

 それを為した力とは、何だったろうか。


 正確にはわからない。

 しかし少なくとも、それが凄絶な熱を含んだ──とんでもないエネルギーを持ったモノだったには、違いないだろう。

 たとえば今、俺の目の前のあの光の球のように。


 俺はマズいと思った。


 同時に、強い憎悪を覚えた。


「……テメェが、やったのか」


 奴が学園を壊した。

 奴が生徒たちを虐殺した。

 奴がクリスを苦しませた。

 奴が青春の舞台を地獄の宴会場と変えた。


「──ロゴス」


 しきりに、アレは呼んでいる。

 俺の名前を呼んでいる。


 俺がなすべきことが何なのか。

 俺は、明確に悟った。


 ──右手を前へ構えた。


 その手には、放出機──いや、拳銃が持たされていた。


 それは、特撹弾を装填したまま。





「──ロゴス」


 また、名前を呼ばれた。

 アレが泣いていると分かった。


 それが却って俺は憎たらしかった。


 お前がやったじゃないか。

 お前が殺したじゃないか。


 何を被害者面をしているのだ?

 こんなに無慈悲な場面を演出した奴が、何を人間みたいな感情を見せようとするのか。


「俺の名前を、呼ぶんじゃねぇ」


 俺は、そして、ひどく怖気づいていた。

 アレから放たれる光は圧倒的すぎた。

 それに触れると、普通の人間ならきっと生き残ることなどできない。

 まるで俺を蒸発させたいように、それは熱く輝いている。


「──ロゴス、言った」


 アレから、新しいことを言われた。


「──守ってくれるって、言った」


 何を言っているのか分からなかった。


 だが、奇妙なことが一つだけある。


 明らかに理解できたのだ。

 俺が強く求められていることを。


 あの光の塊は、俺を欲している。

 伸ばした手を俺が取ってくれるのを待っている。

 俺の抱擁をせがんでいる。


 しかし、どうやってそれが出来ろうか。


 俺はアレの光を負えない。

 アレの抱きしめを受け入れられない。

 自分には荷が重すぎるのだ。


 だから、拒絶するしかない。

 だから、払いのけるしかない。


「──ロゴス」


 俺の警告にもかかわらず、光はこっちへ近づいている。

 距離はあと何歩ぐらいしかない。


「────」


 仕方なかった。


 俺は、引き金を引いた。





 特撹弾は光の中心に的中した。


「────ッッッ」


 アレは激しい苦痛に襲われたようだ。

 こっちへの接近を即時に中止して、ただ撃たれた部分を両手で抑えるているようである。


 すると、シェルズ・ヴィトルの試演と同じ流れに入る。

 アレは明滅を始めた。


 光の球を中心として、何かが激しく起こった。

 想像を絶するスピードで回転がなされた。

 二つの状態が一つのモノを巡って、争奪戦を起こしている。

 しかし今度は船の時よりもずっと激烈そうである。

 だから、正確に二つが何なのかが、俺の肉眼では見えなかった。


 しかし確かなことがある。

 今回もその争いは膠着だということだ。


 決めなくちゃいけないことが決められない。

 だからその闘いは、終に相打ちに至る。

 対象を内部からの崩壊へ導いてしまう。

 対象の機能を、完全に壊してしまう。

 だから『特撹弾』は、単純な破壊兵器よりずっと恐ろしかった。

 それが『反転』の特性を撹拌させた、『特撹弾』の力。

 晴野言の可能力特性の発現は螺旋を描きながら対象を明確に殺しにかかるのである。


「────い、いや、助け、て」


 回転に混じってそんな声が聞こえた。

 まるで純粋な少女が救済を求めて必死になっているような声だ。


 しかし、俺は何歩も後ずさった。

 それが俺が出来る全てだ。

 例え助けたいと思っても。

 もう俺が出来ることは、なにもないのだから。





 明滅がどんどん治まっていた。

 しかし、すぐには見えなかった。

 周囲の空気が乱れて埃が煙を成した。

 そして、まだまだ眩しい光源の残光が存在している。


 黄昏の色合いが物事の隅々まで這い寄っている。

 この騒ぎにもそれが浸透した。


 やがて、埃が少し落ち着いた頃。


 さっきまで光源があった場所に、立っている一つの輪郭があった。


 ソルダネラ・フォリアモメンタネアだった。


 子供みたいに泣きながら。

 胸元を真っ赤に染めながら。


 彼女は、死んで行っていた。


「………………は、っ?」


 俺はそんな声をこぼした。



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