可能力特性撹拌弾丸──略して、特撹弾
俺たち三人は、シェルズ・ヴィトルの地下室に降りた。
そこへ入ると、まず俺は空間の広大さに驚いた。
ウェアハウスみたいな外見で、シェルズ・ヴィトルの外装の貧窮さとはかなり違う。
むしろ、まるで未来的な工場に入った気分になるほど、しっかりした作りの空間である。
中には見たこともない装置と薬品の樽とが並んでいる。
一人でうろうろしていると道に迷ってしまうんじゃないかと思われるぐらいだ。
その一隅で、真っ赤な塗色の、鉄製のコンテナがあった。
ブラチアリスはそこへ近づいた。
ちなみに、彼の貝殻の下部には4本の機械足が付いていて、彼はそれを昆虫を連想させる動きで動かし、移動している。
「このあたりで確か、一発が残ってたはず……」
ブラチアリスは呟きながら、機械腕でコンテナの引き戸を開いた。
中には色んな機械が収められている。
何となく、それらが殺傷能力のある道具だと理解できた。
なぜだろ、大雑把で威嚇的な外見だからだろうかな。
「あ、ここにあったな」
山積みになった金物の下で、ブラチアリスの機械腕が何かを掴んだ。
そして、もう一本の腕でその上のものを払いのける。
何百キロには容易に達するはずのそれらを簡単に動かすその動作は、常人の腕をもっては、絶対真似できないだろう。
多分、彼の機械腕は、いざとなると人を容易く八つ裂きにさせると思う。
「これだ」
彼の機会腕が見せたのは、黒色のボックスだ。
それが開けられると、中には親指よりちょっと大きいカプセルが収められていた。
上下が塞がれているが、中央の部分はガラス製みたいに、透明になっている。
一見、中には何もいないように見えるが、小さくくねる液体みたいなものがあると分かった。
「これが『可能力特性撹拌弾丸』、略して『特撹弾』だ」
「……」
そんなドヤ顔で言われても、分からない。
これが何なのか、俺は一切の説明を聞いていない。
ただ、武器になれるものを見せたいというルバスの言葉に導かれ、ここまで来たのだ。
だから、目の前のサザエの男が何を言っているのか、俺としてはさっぱりだ。
俺は顔を顰めて、隣のルバスの方を見る。
すると、彼はくすっとなり、
「ブラチアリスさん、悪いけど、『特撹弾』が何なのかちょっと説明をしてください。実は、ロゴスはあまりこっちの知識がないので、ほぼ何も分からないレベルだと思うといいですよ」
「……全く、どこからこんなガキを連れてきたんだ? 何も分かんねぇ状態なら、説明が長くなるかも知らねぇぞ」
不満げに、サザエの男は応じる。
「まず、『可能力』とは何なのかから始めなくちゃ──」
「──なるべく早くお願いしますよ。講義じゃなく、これを使うために必要な部分だけ、要して説明してください」
ルバスが押し込めて、言い足す。
すると、ブラチアリスはため息をついた。
そして、むっつりとして態度で、俺に説明をしてくれる。
「……ガキ、この弾丸は、お前さんの中の力の特性を受け入れる。弾丸が標的に当たると、その特性は滅茶苦茶な方式で発現される。お前さんの力の特性次第で、弾丸の威力も決められるのだ」
「『力』……?」
それでも理解がつかず、俺は首を傾げた。
「もしかして、魔力のことなのか? それなら無駄だと思うぞ? 俺は魔力がほぼゼロに近いって言われたから」
「いや、別に力とは魔力だけではないのさ」
今度はルバスがそう言ってくれる。
「むしろ、魔力は力、あるいは『可能力』が括る概念のごく小さな一部に過ぎない。存在が持っている力の種類は数多で、オレの目が正しければ、ロゴス、キミの中には、何か面白いものが潜んでいるのだ」
「面白いものって」
納得いかなかったが、二人は俺の理解を置いてけぼりにしている。
ブラチアリスは一本の腕で『撹拌弾』を持ったまま、他の腕では再び、赤いコンテナの中を捜索している。
「どこに置いたっけ……あっ、ここだ」
すぐ見つけたらしく、そんなことを呟く。
ブラチアリスは俺に向かって、
「これは、弾丸放出のために必要な、『放出機』だぜ」
そして、彼は俺にコンテナから出した物を見せた。
ブラチアリスの機械腕が、何かを持っていた。
それは──拳銃だった。
☆
錆びついて、あまり管理されないようで、汚い。
それに元の世界のデザインとはかなり違う外見だが、間違いない。
あれは、銃器である。
「ほら、持ってみろよ」
いきなりブラチアリスから俺に渡された。
俺はそれを取って、仔細を観察した。
まず、ずっしりとした重みが感じられた。
外見から予想したよりも、ずっと重たい。
褐色の砲身がかなり長い。上に、小さい照尺が付けられている。
後ろには、ハンマーではなくピストンみたいなものが付けられている。
試しに引き金を引いたみた。
「────」
すると、ピストンが後ろへ動く。
引き金が完全に引かれると、前方へ力強く衝く。
いわゆる、ダブルアクションである。
リヴォルヴァーみたいに、シリンダーが付いている。
右手の親指が届く部分にラッチがあり、それを押すと、シリンダーが出る。
中を覗いてみると、空っぽだ。
どうやらこの機械は、回らない寿司ならぬ、『回らないリヴォルヴァー』みたいで、装填可能の弾丸数は一発しかないようである。
「あ、そこに弾丸を装填して、撃つのだ。分かるか? 何だよ、こっちの理解はまあまああるじゃないか」
ブラチアリスが言う。
俺の観察する動作を目で追っていたようだ。
「ロゴス、もしかして放出機を使ったことがあるのか?」
俺の隣で、ルバスが興味深い表情で言った。
「妙に慣れているように見えるのだが」
「……いや、触るのは、これで初めてなんだけど」
『放出機』……、いや、拳銃。
一般高校生、一般現代日本人にとって、触るチャンスのあまりない道具だ。
ただ、フィクションでは散々見た。
だから、基本的にどんな風に動くのかは知っていたと思う。
どうやら、ルバスにはそれが慣れているように見えたみたいだ。
「さてと、これからが本番だ」
言われて、今度はあの透明なカプセルの一つを渡された。
これが『特撹弾』。
ルバスが見せたいと言っていた、俺の武器に成りうる物のはず。
しかし、外見だけ見ると、まるで真空管のようで、どうも威力のあるものには思えない。
……しかし、俺は前もって『否応移し』の前例を経験した。
確かにストスが言っていた通りだった──モノは外見だけではない。
それを、俺は知っている。
「お前さんの可能力の特性を分かるために、体のサンプルを抽出する必要がある」
サザエの男は、俺にそう説明する。
「一番安易なものは──血液だな。弾丸の上部に、押せるボタンがあるはずだ。それを押すと下の部分に針が出てくる。それをお前さんの腕に差し込むのだ」
……あまり気は向かなかった。
しかし、何となく、俺はそれに従った。
放出機を持っている右腕の袖を少し捲る。
そして、『特撹弾』の針をそこへ差した。
針の先は肉眼で見づらいほど微細なので、痛みもあまりない。
「……これぐらいで、良いのか」
俺は『特撹弾』を腕から遠ざけて、ボタンからも親指を離した。
すると、透明だった中身に変化が見られた。
中身は──神秘な螺旋を描く深い藍色の液体と化した。
独特な動きと色彩に目を奪われる。
使い切りの弾丸として用いることが勿体ないと思ってしまうくらいだ。
「終わったか? じゃ、それを放出機に装填してみろ」
ブラチアリスに促されて、仕方なくそうする。
放出機のシリンダーを出した俺は、そこに『特撹弾』を入れた。
シリンダーを元通りにはめ込むと、装填は終わる。
装填が終わると、俺は無自覚で、銃口をいたずらにあちこちへ向けた。
「ガキ、これからはちょっと気を使う方が良いぞ」
ブラチアリスは俺の不用心さを警戒しているらしい。
機械腕を出して、人を鎮静させるようなジェスチャーをしてみせた。
「放出機は、別に可能力特性の発現がなくても普通に人を殺せる道具なんだよ。つまり、そんなにぶらつかせていいようなもんじゃねぇんだよ」
「……そうだな、わるい」
彼の説明は正しい。
あまり実感が沸かないが、俺は今、人を簡単に殺せる武器を持っている。
ふと、月曜日にソルダネラのアパートの中でした妄想を思い出した。
妄想の中、この『放出機』と似たようなものを持って、俺は人の頭を爆ぜさせた。
それは、シリルス・ラムポートの頭だった。
俺の方を不安げにちらちらしながら、ブラチアリスは、
「さて……これからは、試しに撃つ標的が必要だな」
そして、彼は地下室を見回す。
しかし、しっくり来るものがあまり見当たらないようだ。
おそらく、彼にとっては、大方この中の物の全てが重要な物品なんだろう。
「──あれなら、どうだ?」
苦心の末、ブラチアリスの機械腕の長い指が何かを指した。
見ると、そこの一隅には巨大な物体が置かれている。
それは、
「──船?」
ひどく損傷されているが、間違いない。
古びた船舶の一種だ。
使い古した状態で、海水に当てられた歳月の痕跡が歴々だ。
それに、使われない状態で長く放置されたのか、壊れかけているようである。
「そうだ。あれは船だ。もうこの世界じゃ凡そ無用のゴミと化した、哀れな乗り物だね」
ため息交じりに、サザエの男が答えた。
「元は造船ギルドのもので、彼らが瓦解する時、埠頭からガメてきたものだが……どうも使い道がなくて、今になっては後悔してるぜ」
「犯罪の白状かよ……」
あんなデカいもの、『ガメる』という表現には合わないと思うのだが。
しかし、そんなのはどうでも良い。
彼の語りにはちょっと理解できないことが混じっている。
──この世界じゃ、船は無用のゴミだ、と。
どういう意味なのか、それは?
ふと思い出したのは、保健室から眺めた、イリスバラ北東の湾。
なぜか、船が一隻もない、綺麗さっぱりになっている水面の風景。
「まあ、とにかく、雑な扱いが出来る標的ということだ。あんなにデカけりゃ、放出機に慣れてなくても命中しない確率も低いしな。……こっちに来い」
ブラチアリス催促されて、俺は船舶が置かれたあたりまで行った。
「さ、遠慮する必要はないぜ」
サザエの男の奇妙な声が俺に言う。
「あの船に向かって、特撹弾を撃つのだ。それで、いったいお前さんのどこがそんなに特別なのか、私もしっかり分かるようになるはずだ」
言いながら、男はルバスに視線を向ける。
それには僅かな好奇心と、強い不満と皮肉が含まれている。
しかし、目を注がれた金髪の少年は、自信げに微笑む。
ルバスは俺に、
「ロゴス。ブラチアリスさんの言う通りにしてくれ」
彼の青い目は、相変わらず温かい色を帯びている。
でも、その中にあるのが堅固なるものだと分かる。
「きっと、キミ自身も、想像も出来なかった光景を見るようになる」
……しかし、俺としては自信がない。
俺の力の特性を発現させる弾丸と言ったな。
それをしたって、どんな結果に繋がるというのだろうか。
そもそも、俺の力の特性とは、いったい何なんだろうか。
疑念は絶えず膨らんで行く。
結局、その全てに答えるすべは一つだけだ。
「……」
俺は俺は両手を以て、放出機を船の方へ構えた。
俺の後ろに、ルバスとブラチアリスが放出機の先を見ている。
当然だが、俺は銃を撃ったことなどない。
ただ、標的を照尺の先に固定して撃つべきということだけ、知ってる。
「そうだ、そのまま……」
ブラチアリスの声が、後ろから聞こえる。
「ゆっくりでいいから──」
しかし、
ブラチアリスの言葉が終わるも前に、撃ってしまった。
☆
「────」
しばらく、耳が遠くなったような気分がした。
それに、両の手の隅々まで、激しい振動を起こしていることが分かる。
予想したよりも何十倍も激烈で強烈な騒音と反動に、驚いた。
「命中だな」
耳が少しずつ回復し始めた時、ルバスの声が聞こえた。
そりゃ命中だろうな。
いくら初心者とは言え、あんなに大きい標的を撃ち損なうことは出来ない。
俺たちの目は、船舶の方に釘付けになった。
こっちに向かっている船底の一処に、穴が開けられている。
そこが弾丸が侵入した部分だと分かった。
しかし、
「……何も起こらないじゃん」
俺は落胆の声を漏らした。
そして、振り向く。
散々期待させたことがつまらない結果になったのだ。
ルバスに愚痴の言葉ぐらい、言わないと。
「────」
しかし、彼の姿には変化がない。
自信気な笑顔と共に、船の方を見つめている。
ルバスは口を開いて、
「前を見てくれ」
彼の笑顔は、深さを増した。
そして、右手を上げて船の方を指差す。
つられて、再び前を向いた。
「えっ──」
異変を感じた。
見逃すはずもない。
古びた船舶、船体の全てが、明滅しているような。
強く身震いをしている。
光景は極めて奇妙だった。
敢えて言葉で表すなら、それはまるで、二つの物が一所に重なっているような。
一つは、元通りの、損傷された古い船舶だ。
しかし、もう一つの方は、かなり違う。
まるで制作されたばかりの新品のようで、海水で犯された痕跡など、皆無だ。
……いや、それらは別物ではない。
二つは同じ対象だ。しかし、状態が違うのだ。
一つの対象が一時に持ちうる状態は、ただ一つだけだ。
例えば、同じ人間が、死している同時に生きていることは、不可能だ。
結局は、一つの状態に決まるしかない。
だから今、二つの状態は競い合っている。
船の中に住み着く権利を巡って、戦っているのだ。
それは生存がかかった闘いだった。
明滅の後、勝者だけが生き残る。
勝ったものだけが、船という対象を独り占めできるのだ。
だが、勝負は膠着に見えた。
お互い、一歩も譲れない。
だから、明滅は、闘いは、激しくなるばかりだった。
「──あれは」
闘争が絶頂に達したと思った時。
俺は更なる異変を感じた。
船の上に、亀裂が出来ている。
限界まで熱され物のように、崩れ落ちようとしている。
同時に、表面には風変わりな生き物の亡骸のようなもので覆われた。
珊瑚の形骸と似ているが、それよりもずっと不気味で、異質的だ。
「────」
次の瞬間。
大きな船は、小さなパーツに分解された。
内部から崩壊して、もう元通りにはなれない。
残ったのは、かつて船だったものの破片だけだ。
全てが治まった後。
確かなことは、ただ一つだった。
その船は、もう二度と、使い物にはなれない。
☆
「……なんてこった」
呆けた声を出したのは、ブラチアリスだった。
しかし、驚愕したのはそれを為した俺だって同じだ。
何が起きたのか理解できず、呆然となるしかなかった。
「……見ての通り、キミの特性が、船を壊したな」
ルバスが前へ出て、壊された船の破片を持ち上げた。
その上にはおかしな痕跡が残されている。
近くで見ると、不気味なフジツボで巣食われたような、そんな感じだ。
ルバスは、それをこっちへ見せつけた。
「今ので確信したよ。ハレノ・ロゴス」
金髪の少年は、相変わらずの明るい笑顔のままだった。
「キミの可能力特性は──『反転』だ」




