爆発物、再び
「僕のトモダチになってくれるの?」
猫ちゃんみたいな瞳孔の僕っ娘は俺に問う。
ベンチの右端に座っていた彼女は、上半身だけこっちへぐいっと乗り出す。
俺は至近距離で彼女の綺麗な顔を見た。
その赤い瞳は子供っぽい期待で輝いている。
本来なら不気味だったかも知れない色合いだが、それではまるで純粋の結晶だ。
「……ああ、お前がそれで良ければだけど」
「わぁ! ほんと? 嬉しい……!!」
さっきの引っ込み思案な姿が嘘のように彼女はとても陽気に喜ぶ。
伸ばした上半身を元通りに収めた彼女は満面の笑みを見せている。
とても幸せな顔で、見るこっちまで幸福が感染ってしまう。
俺はクスッとなり、
「まあ、だったら、今から俺たちは友だちで良いんだよな。でもお互い名前も知らないってのはちょっとあれだな。自己紹介でもしようぜ」
「あ……っ、ひゃい」
ん? 今の言葉、なにかまずかったのだろうか。
彼女は瞬時に元の内気な状態に戻ったように見える。
自己紹介がそんなに嫌いなのだろうか。
「じゃ、俺から名乗るよ。俺は晴野言という。こっちの出身じゃないんだけど……あーと、もしかしてもう俺のこと知ってたりする?」
最初にこの世界に来た時、祝祭のため宮殿に集まった群衆の前であれだけ激しい登場をしたのだ。
ある程度この街の人に俺のことが知れ渡っていることは知っている。
学園内ならほぼ全員が俺の顔ぐらいは認識していると思う。
「……う、ううん」
だが彼女は首を横に振る。
「ただ、ふぉ、フォリアモメンタネアさんと、一緒にいること、だけ……見てた。ろ、ロゴスとフォリアモメンタネアさんは、すごい仲が良いんだな、って思ってた、よ?」
「別に仲が良いってわけではないんだけど」
……しかし当たり前のように呼び捨てである。
もう慣れたからどうでも良いけど。
「……ろ、ロゴスの方、こそ、ぼ、僕のこと、知らないの?」
彼女は暗い顔になって俺から視線を避ける。
なにか特殊な事情があるのだろうか。
でも俺としてはこんな子のことなど今出会えたばかりでまだ何も知らない。
「いや? 俺が知ってるわけねぇじゃん」
「そ、そう? ……は、初めて、見た。僕のこと、知らない人って」
え、まさかこの子、有名人なのか?
確かに外見は最高にかわいいけど、性格がどうもセレブリティーには向いてないような……。だって俺より更に陰キャを極めている感じだし。
「ぼ、僕、スヲルシャー・シューランペと言うんだ」
まるで、これだけ言ったら後は分かるだろ? とでもいうような顔だ。
俺のことをチラチラ見ながら何の反応をするのかを待っている。
まあ、確かに一つだけ察したことがないではない。
俺はスヲルシャーの瞳孔を見て、
「シューランペって……お前まさか」
そう言えば青銀髪赤目の外見には既視感を感じていた。
既視感の正体は俺のクラスの担任、ファインオルド・シューランペだったようだ。
「ファインオルド先生の……なに、妹とか?」
流石に娘ではないと思った。
娘にしては二人の年齢は近すぎるように見える。
「う、うん。正解、だよ」
姉の名前を聞くスヲルシャーの顔色はあまり優れない。
自分の首を引っ掻く姿は何か鬱陶しそうにも見える。
……なんだろうな。仲がかなり悪いとか?
家族事情だし、こっちとしてはコメントしづらい。
暫くはあまり触れない方が良さそうだ。
「でもスヲルシャーか」
言いながら俺は自分の顎を掻いた。
正直、男の名前みたいな響きだと思った。
どうもこんななよなよとした少女には合わない気もする。
このことも言わない方が良さそうだよな。
「まあ、とにかく」
俺は改めて彼女と向き合う姿勢になった。
そして右手を出す。
「これから友だちだから、よろしくな、スヲルシャー」
少女はちょっと戸惑ったまま俺の手を見つめる。
やっとそれが握手の要請の合図だと分かったらしく、手をだしてくれた。
……でも動作がさすがに遅すぎる。
なにをそんなにもじもじしているのやら。
俺がいきなり襲いかかるとかでも思っているのか?
あまりにももどかしかったので、まだ出し切っていない彼女の右手をこっちからばしっと掴み取った。
「ひっ」
するとスヲルシャーはかなり驚く。
しかし俺は構わない。
とても柔らかくて温かい手だった。
俺の掌に収められるくらい小さくてかわいい作りをしている。
フォリアも手は大きくなかったのだが、こっちは更にこまかだ。
「……」
「……あ、あの、ろ、ロゴス……?」
「おお、どうした?」
「いい加減、は、離して、くれない……かな?」
ふと思いついて見下ろす。
すると彼女の柔らかい手をずっともみもみしていたことに気づく。
「あっ、ごめん」
普通に謝って手を解放した。
でも定番の童貞ムーブにはならない。
昨日フォリアと似た状況になっていた時とは違う。
何でだろう。ひょっとしたら、自分と同類と分かっているからかも知れない。
「……そうか、同類か」
それに思い至って笑顔を浮かべるしかなかった。
そう言えば、俺だってある意味『初めてのトモダチ』が出来たのかも知れない。
つまり初めての女友だちだ。
元の世界ではあまり女子と縁がなかった。
ここでも別に女友だちと呼べる人はいない気がする。
フォリアとは……とにかく複雑な同盟関係というか、そんな感じだし。
グロリアの方はもうちょっと可能性あったかもだけど。
でも多分、もう無理だろうな。
「ど、どうした、の? ロゴス、いかなり、笑っちゃったりして」
スヲルシャーはふしぎそうにこちらを見つめている。
「いや、ちょっと、俺も嬉しくてさ」
彼女に向かって言った。
「スヲルシャーと友だちになったのがな」
「!」
俺の答えにちょっと驚いたようだ。
でもすぐ顔を綻ばせる。
そして、
「……え、えへへ、ぼ、僕も、だよ……?」
にんまりとした顔でそう言う。
「ロゴス、僕とトモダチになってくれて、あ、ありがとう」
……え? やべ、かわいすぎ。
今の顔でマジで元気フル充電された。
この世界に来てずっと何かに駆られていた気分だったけど、これってもしかして、やがて俺にも青春の神さまの祝福が許されたとか?
──でもやはり、世界はそんなに優しいばかりではない。
甘酸っぱい色で染まる頭の隣から新たに声が聞こえたのである。
「──はははっ! ごめんごめん! すまないけど、もう『嵐』の時間なんだよ!」
☆
「うわあっ!」
もうびっくり系は苦手だと言い足すのも疲れた。
どうやらテムプス・ノヴムは忍者アカデミーだったらしい。
でもさっきのスヲルシャーとのやり取りの後だからだろうか。
先日ほど驚くことはなかった。
声が聞こえたのはベンチの後ろ側だった。
そこにはやはり、あのあやしいフード野郎が立っている。
『爆発物』の再登場である。
「いい『雰囲気』を邪魔してわるいが、もう青春の甘酸っぱさなどは爆風で『払われる』時間だ!」
そう言いながら奴は軽くジャンプをする。
次の瞬間、俺とスヲルシャーの間に彼が座っていた。
……こいつショーマンシップには才能あるかも知れない。
まるで舞台の上の俳優みたいでどうもカッコつけだけでは収められないオーラがある。
「──しかしこれは『参った』。キミは『隙』あらば女の子といちゃついているんだね」
こっちを見てフード野郎は言う。
「毎日毎日違う『少女』と、節操がちょっと『なさすぎる』とは思わないのか?」
「えっ!?」
声を上げたのはスヲルシャーだ。
「ろ、ロゴスって、そういう人、なの……?」
「いやいや違うから。こいつの言葉を真に受けるな」
わりと必死になって弁明しようとした。
おかしな誤解をされるのは絶対嫌だから。
「何が『違う』のだ?」
しかし『爆発物』の方はふざけつづける。
「今だってオレが先に『トモダチ』になっていたスヲルシャーちゃんを『誘惑』しようとしたじゃないか。純粋な少女を『弄ぶ』なんて、恥を知れ、恥を」
叱るような口ぶりだが、口元は笑みを浮かべている。
……くっそ、こっちにからかいを仕掛けてくるやつには俺はどうも弱い。
このままではこいつのペースに巻き込まれてしまう。
「なんだよ、いきなり? 何で現れた? 用があるなら早く言え」
「これは『つれない』な。女の子とはいくらでも『じゃれ合える』が、オレとは付き合ってられない、とでも言いたいのか?」
「……用がないなら俺もう行くわ」
そっと立ち上がろうとした。
「えっ、も、もう行ってしまう、の?」
でもそんな気弱な声が聞こえてピタッと止まってしまう。
聞こえた方向を見ると、スヲルシャーが寂しい表情でこちらを見ている。
「まだ、昼休み時間、ずっと残ってる、のに」
「……んなわけねーだろ! こいつと俺の持ちネタみたいなもんだよ! ははは!」
言いながら、立ち上がる動作を逆に行う。
「はははっ!! ごめんごめん!! スヲルシャーちゃんってすごい『寂しがり屋』なんだから!」
奴は自分の定番のフードを擦り付けるあの動作をしてみせた。
あんなに被っていて夏とか熱くてキツくならないのかな。
☆
「……なんか、すげー疲れた」
俺はベンチに背をもたれて空を仰いだ。
「お前のせいでスヲルシャーから貰ったエネルギー全部放電された」
「はははっ! ごめんごめん!」
何か摩擦音が聞こえる。
多分フードを擦っているのだろう。
そっちへ視線はやらなかったので見えないが。
見上げていると晴天からの陽光が眩しい。
だから、目を閉じた。
「でも、キミ。『このまま』で良いのか?」
すっと右隣から囁くような声が聞こえる。
『爆発物』が俺の耳元近くで喋っている。
改めて聞くと声色も良く滑舌も良い。
声を張ると発声も良いから、俳優向きだなぁと思った。
「『瞬きの乙女』と『離れ離れ』になっているじゃないか」
「────」
総毛立つという感覚が何なのか知った。
目を開いて背もたれに倒れていた上半身を上げた。
右の方のやつを見る。
フードで隠されているのでどんな目をしているのかは分からない。
でも、見える下顎の表情から俺になにか意味深なことを伝えようとしているのが分かる。
「……まさか、てめぇ」
俺は呟いた。
「フォリアに何かしたのか?」
「……ふ、はははっ、ごめんごめん。『驚かしちゃった』ようだな」
相変わらずのフードを擦る動作とともに奴は言う。
「しかしそれはひどい『誤解』だよ。オレはフォリア……いや、ネラに何もしない。むしろ彼女のことは『必ず』守ってあげたいと思う人の一人だよ」
「……」
こいつのことは信頼できない。
だから表情を強張らせるだけだった。
「……お前何で現れた。理由があるんだろ」
俺はもう一度それを聞いた。
「俺に何の用だ?」
「ふっ、そうだな、もう『ふざけ』はヤメて『単刀直入』に言わせてもらう」
あいつは少し前かがみになり、こっちに更に近づいて来た。
フード越しにスヲルシャーの大きなハテナが見える。
俺たちの会話が良く理解できないみたいである。
『爆発物』は口を開けた。
「────キミ、『渡っている』な?」
「────は、ぁ……?」
それを聞いて、呆然となるしかなかった。
◇ ◇ ◇
5月13日、エピソードタイトルを『爆発物、再び ②』から『爆発物、再び』へ変更しました。




