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13 爆発物、再び ②



「僕のトモダチになってくれるの?」


 猫ちゃんみたいな瞳孔の僕っ娘は、俺に問う。

 ベンチの右端に座っていた彼女は、上半身だけこっちへぐいっと乗り出す。

 至近距離で、俺は彼女の綺麗な顔を見た。

 その赤い瞳は、子供っぽい期待で輝いている。

 本来なら不気味だったかも知れない色合いだが、それでは、まるで純粋の結晶だ。


「……ああ、お前がそれで良ければ、だけど」


「わぁ! ほんと? 嬉しい……!!」


 さっきの引っ込み思案な姿が嘘のように、彼女はとても陽気に喜ぶ。

 伸ばした上半身を収めた彼女は、満面の笑みを見せている。

 とても幸せな顔だ。

 おかげで、見るこっちまで幸福の一部が感染ってしまう。


「まあ、なら、今から俺たちは友だちで良いんだよな」


 くすっとなり、俺は話し続けた。


「でもお互い名前も知らないってのはちょっとあれだな。自己紹介しようか」


「あ……っ、ひゃい」


 ん?

 今の言葉、なにかまずかったのだろうか。

 彼女は瞬時に、元の内気な状態に戻ったように見える。

 自己紹介がそんなに嫌いのかな。


「じゃ、俺から名乗るよ。俺は晴野はれのろごすという。こっちの出身じゃないんだけど……あーと、もしかして、もう俺のこと、知ってたりする?」


 最初にこの世界に来た時、祝祭のため宮殿に集まった群衆の前、あれだけ激しい登場をしたのだ。

 ある程度、この街の人に俺のことが知れ渡っていることは知っている。

 それに学園内なら、ほぼ全員、俺の顔ぐらいは認識していると思う。 


「……う、ううん」


 だが、彼女は首を横に振る。


「ただ、ふぉ、フォリアモメンタネアさんと、一緒にいること、だけ……見てた。ろ、ロゴスとフォリアモメンタネアさんは、すごい仲が良いんだな、って思ってた、よ?」


「別に、仲が良いってわけではないんだけど」


 ……しかし、当たり前のように呼び捨てである。

 もう、完璧に慣れたから、どうでも良いけど。


「……ろ、ロゴスの方、こそ、ぼ、僕のこと、知らないの?」


 彼女は暗い顔になって、俺から視線を避けた。

 なにか特殊な事情があるのかな。

 でも、俺としては、こんな子は今初めて知った。

 この子については、まだ何も知らない。


「いや? 俺が知ってるわけないじゃん」


「そ、そう? ……は、初めて、見た。僕のこと、知らない人って」


 え、まさか、この子、有名人なの?

 確かに外見は最高にかわいいけど。

 でも、性格がどうもセレブリティーには向いてないような……。

 俺より更に陰キャを極めている感じだから。


「ぼ、僕、スヲルシャー・シューランペと言うんだ」


 まるで、これだけ言ったら後は分かるだろ? とでもいうような顔だ。

 俺のことを、ちらちらと見ている。

 何の反応をするのかを気にしているらしい。 


 まあ、でも確かに、一つだけ、察したことがないではない。


「シューランペって……お前、まさか」


 俺はスヲルシャーの瞳孔を見て言った。

 そう言えば、青銀髪赤目の外見には、既視感を感じていた。


「ファインオルド先生の……なに、妹とか?」


 流石に娘ではないと思った。

 それにしては、二人の年齢はあまり離れていないと見える。


「う、うん。正解、だよ」


 姉の名前を聞くと、スヲルシャーの顔色はあまり優れない。

 自分の首を引っ掻く姿は、何か鬱陶しそうにも見える。

 ……なんだろうな。仲がかなり悪い、とか?

 家族事情だし、こっちとしてはコメントしづらくなるな。

 暫くは、あまり触れない方が良さそうだ。


「でも、スヲルシャーか」


 言いながら、俺は自分の顎を掻いた。

 正直、男の名前みたいな響きだと思った。

 どうも、こんな、何ていうか、なよなよとした少女には合わない気もする。

 これも言わない方が良さそうだよな。


「まあ、とにかく」


 俺は改めて、彼女と向き合う姿勢になった。

 そして、右手を出す。


「これから友だちだから、よろしくな、スヲルシャー」


 少女は、ちょっと戸惑ったまま、俺の手を見つめる。

 やっとそれが握手要請の合図だと分かったらしく、手をだしてくれた。


 ……でも、動作がさすがに遅すぎる。

 なにをそんなにもじもじしているのやら。

 俺がいきなり襲いかかるとかでも思っているのか?


 あまりにももどかしかった。

 なので、まだ出し切っていない彼女の右手を、こっちからばしっと掴み取った。


「ひっ」


 すると、スヲルシャーはかなり驚く。

 しかし、俺は構わない。


 とても柔らかくて、温かい手だった。

 俺の掌に収められるくらい、小さくてかわいい作りをしている。

 フォリアも手は大きくなかったのだが、こっちは更にこまかだ。


「……」


「……あ、あの、ろ、ロゴス……?」


「おお、どうした?」


「いい加減、は、離して、くれない……かな?」


 ふと思いついて、見下ろす。

 すると、彼女の柔らかい手をずっともみもみしていたことに気づく。


「あっ、ごめん」


 普通に謝って、手を解放した。

 でも、定番の童貞ムーブにはならない。

 昨日フォリアと似た状況になっていた時とは違う。


 何でだろう。

 ひょっとしたら、自分と同類と分かっているからかも知れない。


「……そうか、同類か」


 それに思い至り、笑顔を浮かべるしかなかった。

 そう言えば、俺だってある意味、『初めてのトモダチ』が出来たのかも知れない。

 つまり、初めての女友だちだ。


 元の世界ではあまり女子とは縁がなかったんだし。

 ここでも、別に女友だちと呼べる人は、いない気がする。

 フォリアとは……とにかく複雑な、同盟関係というか、そんな感じだし。

 グロリアの方は、もうちょっと可能性あったかもだけど。

 でも、多分、もう無理だろうな。


「ど、どうした、の? ロゴス、いかなり、笑っちゃったりして」


 スヲルシャーはふしぎそうに、こちらを見つめている。


「いや、ちょっと、俺も嬉しくてさ」


 彼女に向かって、言った。


「スヲルシャーと友だちになったのがな」


「!」


 俺の答えにちょっと驚いたようだ。

 でも、すぐ顔を綻ばせる。

 そして、


「……え、えへへ、ぼ、僕も、だよ……?」


 にんまりとした顔で、そう言う。


「ロゴス、僕とトモダチになってくれて、あ、ありがとう」


 ……え? やべ、かわいすぎ。

 今の顔で、マジで元気満タンになった。


 この世界に来てずっと何かに駆られていた気分だったけど。

 やっと、ついに、やがて、いよいよ。

 俺にも、神さまの祝福が許されたとか?


 ──でも、やはり、世界はそんなに優しいばかりではないのだ。


 青春色で染まる頭。

 その隣から、新たに声が聞こえたのである。


「──はははっ! ごめんごめん! すまないけど、もう『嵐』の時間なんだよ!」





「うわあっ!」


 もう、びっくり系は苦手だと言い足すのも疲れた。

 どうやら、テムプス・ノヴムは忍者アカデミーだったらしい。


 でも、さっきのスヲルシャーとのやり取りの後だからだろうか。

 先日ほど驚くことはなかった。


 声が聞こえたのは、ベンチの後ろ側だった。

 そこには、やはりあのあやしいフード野郎が立っていた。

『爆発物』の再登場である。


「いい『雰囲気』を邪魔してわるいが、もう青春の甘酸っぱさなどは、爆風で『払われる』時間だ!」


 そう言い、奴は軽くジャンプをする。

 次の瞬間、俺とスヲルシャーの間に彼が座っていた。


 ……こいつ、ショーマンシップには、才能あるかも知れない。

 まるで舞台の上の俳優みたいで、どうもカッコつけだけでは収められないオーラがある。


「──しかし、これは『参った』。キミは『隙』あらば女の子といちゃついているんだね」


 こっちを見て、フード野郎は言う。


「毎日毎日違う『少女』と、節操がちょっと『なさすぎる』とは思わないのか?」


「えっ!?」


 声を上げたのは、スヲルシャーだった。


「ろ、ロゴスって、そういう人、なの……?」


「いやいや違うから。こいつの言葉を真に受けるなよ」


 わりと必死になって弁明しようとした。

 だって、そういう方面に誤解されるのは嫌だからな。


「何が『違う』のだ?」


 しかし、『爆発物』の方は、ふざけたことを言うのをやめない。


「今だって、オレが先に『トモダチ』になっていたスヲルシャーちゃんを『誘惑』しようとしたじゃないか。純粋な少女を『弄ぶ』なんて、恥を知れ、恥を」


 叱るような口ぶりだが、口元は笑みを浮かべている。


 ……くっそ、こっちにからかいを仕掛けてくるやつには、俺はどうも弱い。

 このままではこいつのペースに巻き込まれてしまう。


「なんだよ、いきなり? 何で現れた? 用があるなら、早く言え」


「これは『つれない』な。女の子とはいくらでも『じゃれ合える』が、オレとは付き合ってられない、とでも言いたいのか?」


「……用がないなら、俺もう行くわ」


 そっと立ち上がろうとした。


「えっ、も、もう行ってしまう、の?」


 でも、そんな気弱な声が聞こえて、ピタッと止まってしまう。

 聞こえた方向を見ると、スヲルシャーが寂しい表情でこちらを見ている。


「まだ、昼休み時間、ずっと残ってる、のに」


「……んなわけねーだろ! こいつと俺の持ちネタみたいなもんだよ! ははは!」


 そう言い、立ち上がる動作を逆再生した。


「はははっ!! ごめんごめん!! スヲルシャーちゃんって、すごい『寂しがり屋』なんだから!」


 フード野郎は、定番のあのフードを擦り付ける動作をしてみせた。

 あんなに被っていて、夏とか、熱くてキツくならないのかな。





「……なんか、すげー疲れた」


 俺はベンチに背をもたれて、空を仰いだ。


「お前のせいで、スヲルシャーから貰ったエネルギー、全部放電されたよ」


「はははっ! ごめんごめん!」


 何か摩擦音が聞こえる。

 多分フードを擦っているのだろう。

 そっちへ視線はやらなかったので、見えないが。


 見上げていると、晴天からの陽光が眩しい。

 だから、目を閉じた。


「でも、キミ。『このまま』で良いのか?」


 すっと、右隣から囁くような声が聞こえる。

『爆発物』が俺の耳元近くで、喋っている。

 改めて聞くと、声色も良く、滑舌も良い。

 声を張ると発声も良いから、俳優向きだなぁ、と思った。


「『瞬きの乙女』と、『離れ離れ』になっているじゃないか」


「────」


 総毛立つという感覚が何なのか、知った。

 目を開いて、背もたれに倒れていた上半身を上げた。


 右の方のやつを見る。

 フードで隠されているので、どんな目をしているのかは分からない。

 でも、見える下顎の表情から、俺になにか意味深なことを伝えようとしているのが分かる。


「……まさか、てめぇ」


 俺は呟いた。


「フォリアに、何かしたのか?」


「……ふ、はははっ、ごめんごめん。『驚かしちゃった』ようだな」


 相変わらずのフードを擦る動作と友に、奴は言う。


「しかしそれは、ひどい『誤解』だよ。オレはフォリア……いや、ネラに、何ごともしない。むしろ、彼女のことは『必ず』守ってあげたいと思う人の一人だよ」


「……」


 こいつのことは、信頼できない。

 だから、表情を強張らせるだけだった。


「……お前、何で現れた。理由があるんだろ」


 俺はもう一度、それを聞いた。


「俺に、何の用だ?」


「ふっ、そうだな、もう『ふざけ』はヤメて、『単刀直入』に言わせてもらう」


 あいつは、少し前かがみになり、こっちに更に近づいて来た。

 フード越しに、スヲルシャーの大きなハテナが見える。

 俺たちの会話が、良く理解できないみたいである。


『爆発物』は、口を開けた。


「────キミ、『渡っている』な?」


「────は、ぁ……?」


 それを聞いて、呆然となるしかなかった。



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