12 異世界にも陰キャはいた
俺の名前は晴野言。
元の世界では、一般高校生だった。
異世界でも、多分それは変わってない。
現在、色んなキーワードが頭の中で混ざり合って、混乱している。
預言とか、殺人とか、乙女とか。
最低とか、否応とか、魔術とか。
だが、いくら状況が複雑だとしても。
全ては、一言でまとめられる。
それは、俺には任された責務があるということだ。
そして俺は、それを果たさないといけない。
それを思い出すと、状況は明瞭になる。
深く考えすぎず、前へ進むことが出来る。
だから俺は、それだけを想起していた。
◇ ◇ ◇
今日は陸暦1554年5月8日、水曜日。
相変わらず、天気は晴れだ。
この世界に投げられてから、まだ二週間も経っていない。
それが信じられないぐらい、各日々の濃度は、すごかった。
それが特に甚だしくなったのは、前の日曜日以来だ。
最初の惨劇が起こった後からは、全てが深く、濃くなり過ぎている。
耳元で、常に轟音が鳴っている気がする。
空の青は俺の眼球を抉らんばかりに、ひどく鮮やかに見える。
頭蓋の中は、ドリルみたいな物が微振動を繰り返しているみたいだ。
狂いそうになりながらも、明確なことを思い出そうとした。
俺は学園テムプス・ノヴムにいる。
俺の隣には、ソルダネラ・フォリアモメンタネアがいる。
俺のポケットには、いざとなると現実を反転させる、『否応移し』がある。
すると、少しは震えも静まって行く。
俺は、今日という危機を乗り越える準備を終えた。
☆
お昼休み、中庭で。
渡り廊下が見えるベンチに、一人座っている。
「何て言えば良いのかな……」
呟いた。
「もしかして、これ全て、夢だったり、しない?」
俺の視線が見つめるのは、ただ一つ。
渡り廊下で立っている、美しく、溌溂な、少女。
ソルダネラ・フォリアモメンタネア。
何がそんなに楽しいのか、ひどく眩しい笑顔だ。
フォリアの周りには、相変わらずの二人がいる。
一人は、橙色の髪の、タレ目の少女。
そしてもう一人は、緑色のサイドテールの、青リンゴちゃん。
彼女の名前がトトノだということは、もう知っている。
しかし、果物のあだ名に口が慣れてしまった。
だから未だ、俺はたまにそう呼んでいる。
フォリアとトトノの顔は、何も心配などないようだ。
この瞬間を誰よりも喜んで、享受している。
本当に、信じられない光景だ。
だって、俺は二人の死に顔を見たのだ。
あの華々しさが失われて、真っ暗な死の臭いで纏われた姿を目撃したのだ。
なのに、今はそれが影も形もない。
全て嘘だというように。
彼女らを描く彩りは、鮮明な極彩色だ。
きっと、今の俺よりも、あの二人の方が、生命に近い。
「……っ」
フォリアと、目が合った。
でも、すぐ逸らされる。
俺の錯覚だったか?
と一瞬思ったが、そうではないと分かった。
彼女から、俺に手を振って来たのである。
すると、隣の二人は笑いだす。
「……あのバカ」
ちょっと赤くなることに気付いて、頬を掻いた。
昨日の保健室で、俺はフォリアに警告をした。
彼女の隣に、危険があるかも知れない、と。
一人で人気のないところにはいかないでくれ、と。
せめて、俺が彼女を心配していることは伝わったと思う。
しかしなぜか、それから彼女から振り向かれることが増えた。
こっちとしては静かに遠くから見つめるつもりだったが。
今のように、しきりに構ってくれるのだ。
……こんなに公然と振り向かれると、学園最初の日を思い出す。
あの時は、彼女に無視されたと思い、すごく落ち込んでいた。
自分が青春の主人公じゃないだの何だので、真剣に悩んでいたな。
今考えてみると、その悩みはどれほどくだらないものなのか。
自分を嗤いたくなってしまう。
いっそ、いつまでも、青春の舞台うんぬんの夢の中でいられたら。
だったら、どれほど良かっただろうか。
主人公でも何でも良いから、平和なままでいられたら。
でも、もう叶わぬことだと知っている。
☆
今日の朝からは、もっと露骨的にフォリアのそばで彼女を観察している。
これでは完全にストーカー確定だろうって自分でも思うぐらいに。
でも、俺がその気になれば、誰もそれに文句を言える人はいない。
だって、それが預言であり、王命なんだから。
──『別世界からの少年』は、『瞬きの乙女』に付き従うべき。
それに、俺はフォリアに下心など、全くない。
……いや、ちょっぴりは、あるかも知れないが。
だとしても、それはあくまでも健全な範囲の内だ。
とにかく、俺がフォリアを見つめる理由は全て、フォリアを守るためなのだ。
そうじゃないと、またもこの学園には、悪いことが起きるかも知れないのだ。
だから、こうするしかない。
それが俺の責務なんだから。
☆
「夢ならば、良かったのにな」
パンを齧りながら、呟く。
まるで厚い紙片を噛んでいるみたいで、味がない。
俺にはそう感じられた。
確か、昨日グロリアと食べたのと同じ物のはずなのに。
音楽室、二人で食べた時は、結構美味しいと思った。
「グロリア」
その名前を呟いた。
俺の顔を見つめる、丸っこい緑色の瞳を思い出す。
その中に込まれていた、純粋な好意を思い出す。
「……もう、二度と、それは見れないのかな」
記憶の焦点は、昨日の午後を伝う。
音楽室の、グロリアと俺の連弾。
俺のベースとコードに会わせて、彼女がソロを弾く。
音楽が止んだ後、彼女の唇に触れようとした、俺の唇。
……それは、もはや現実で起こったことではない。
起こったはずだ。
しかし、『否応移し』を以て、グロリアの音楽室への誘いを断る方へ切り替えた時、その現実はまるごと削除されてしまった。
それを覚えている人は、全世界で俺一人しかいない。
今になっては、俺の妄想と別段違いないものに転落したのだ。
──心が空虚になってしまうことを感じる。
この感覚は、きっとこの世の誰からも、共感されることはない。
俺しか知らない感覚だ。
今後理解されるはずもないと思う。
誰かに言えば、きっと狂人扱いされるだろう。
「……」
遠くから、フォリアのふわふわとした金髪が靡くのが見える。
それに視線を奪われてしまう。
……ふと、思った。
あの豊かな金髪に包まれて、深呼吸をして、匂いを嗅いだら。
そしたら、どれほど気持ちいいだろうか。
フォリアはキモがるだろうな。
でも、フォリアは優しいのだ。
最初はキツい性格かと思ったが、全然違った。
むしろ、あんなに優しい子など、今まで会ったこともない。
だから、その優しさに甘えたくなってしまう。
ずっと泣きわめきながら縋り付くと、最後には許してくれるんじゃないだろうか?
「…………俺って、もう狂っているのか、な」
何日か続かれた極度のストレスのせいだろうか。
寝不足もあるだろうと思う。
日曜日から、眠りについた時間を数えたら、合わせて8時間にも及ばない。
それに、味も何も感じないから、食事も禄にしていない。
あるいは、もしかして。
俺は、元の世界にいた時点で、既に狂っていたのかも知れない。
極端な状況は、ただ、狂気が目覚めるきっかけを与えてくれただけなのかも知れない。
……いや、どうでも良い。
はっきりしないといけないことが、一つだけ、ある。
「フォリアに、変なことなど、絶対できない」
思考連鎖を遮断するように、俺は力んで言った。
頭のどこかで浮かび上がる狂った妄想。
それを実行に移さないぐらい、俺はまだ正気だ。
☆
そんな無駄なことを考えている間。
フォリアと二人のギャルは、渡り廊下から去って行った。
「追わなきゃ」
虚ろな声音で、呟いた。
でも、ベンチから身体が離れなかった。
疲れ切っているのだ。
ああ、分かっている。
まだ異世界生活の開始から、二週間も経っていないよな。
情けないことも、知っている。
でも、俺は超人でも、超能力者でも、魔術師でも、英雄でも、何でもないんだ。
ただの、ピアノがちょっと弾ける、一般高校生だ。
こんな状況にいきなり投げられて、どうやって元気正気でいられるのだろうか?
隙を見せると、すぐ俺の頭脳は妄想を始める。
「──疲れた俺のために、癒しが、あったら、な」
フォリアにひどいことは、絶対できない。
グロリアは俺のことを、もう相手にしない。
この世で、他に俺に気を使ってくれる人などは、存在しない。
他の誰か、俺に元気をくれる人が、誰でもいたら。
そしたら、どれほど良いだろうか。
一度スタートラインから出発した妄想は、全力疾走を始める。
「……そうだな、俺って、わりと昔から僕っ娘好きだったわ」
僕っ娘、良いよな。
「性格は、超超超超超超重いくらいが、ちょうど良いかな」
俺だけを見てくれて、俺だけを愛してくれる、そういう子。
「身体は、正直、デカい方が良いよな」
どこがデカいとは言わないが、とにかく。
頭の中で、思い描いてみた。
すると、妄想はすんなりと明確な形になっていく。
ああ、そこに立っている。
俺に手を伸ばして、ハグを待っている。
ああ、かわいい。美しい。
優しい。デカい。いい匂い……。
妄想の中、俺の方からも彼女の方へ近づいた。
そして、
「……あの、さっきから、き、聞こえてるんだけど、だ、だいじょうぶ……?」
右隣のベンチで、いきなり話かけられた。
☆
「うわああっ!!!」
だ・か・ら!
びっくり系は苦手だって、何度も何度も言ったろ!
心の中で、あらゆる呪いの言葉を叫んだ。
ベンチから跳ね上がった俺は、声が聞こえた方を見た。
思わず、表情はちょっと険しくなっている。
「ひっ! ご、ご、ごめんなさい、ごめんなさい!! ぼ、僕、驚かすつもりは……!!」
ひどく控えめな声だ。
必死になり弁明する意図が伝えられた。
言いながら、あわわわしている女の子が、ベンチの右の端っこに腰掛けている。
……いや、男の子?
髪型は男子なら長く、女子なら短い長さだ。
一人称も『僕』と言っているし。
しかし、もうちょっと視線を下へ移すと、女の子だと分かった。
分かるしかなかった。
だって、あんなモノを胸元にぶら下げているんだから。
もう一度、彼女をじっくり見つめた。
青銀髪が基本で、そこにピンク色がちょっとだけ混じっている。
その前髪の一部は、片方の目を隠している。
あれで前が見えなかったりはしないのか、心配になるくらいだ。
ちらつかせる瞳は、赤い。
猫ちゃんのように、縦に裂かれている虹彩だ。
他には、普通にテムプス・ノヴムの制服を着ている。
しかし、もう気温も高くなったのに、丁寧に着すぎた。
しかもブラウスの下にシャツみたいなものを更に着ているらしく、首筋や手首も全部白い布で隠されている。
あれ、でもあの外見は、何か既視感があるような、ないような。
青銀髪……赤目……縦に裂かれた瞳孔。
今はちょっと、思い出せない。
「お、お前は……」
しかし、とにかく、驚くしかなかった。
俺が妄想の中で描いていた彼女と、あまりにも酷似しすぎている。
「夢じゃ、ないよな?」
俺は、彼女をまじまじと見つめる。
「……?」
ちょっと怯えながらも、彼女の方からもこっちを見る。
漫画みたいに汗の粒を空中で飛ばしながら、首をかしげている。
かわいい。
「あーと、いつからそこに?」
俺は一応聞いてみた。
「け、結構、前から、だよ?」
何だか、改めて聞くと、とても透明な声だ。
水晶に声があれば、こんな感じだろうと思う。
変な表現なのかも知れないが。
「もしかして、俺になにか用があったりする?」
「い、いや、ぼ、僕って、お昼休みに、ここ、よく来るんだ」
彼女は話し続ける。
どもることを除ければ、わりと滑らかな語りだ。
「じ、実は、僕の初めてのトモダチと、お昼休みに、ここで会ったり、するんだ」
「ほーん。そうなんだ」
しかし、初めてのトモダチって。
この子は友だちが少ないのか。
ますます好みに成り上がる……やばいな。
「で、あの友たちさんは、今どこ?」
俺は聞いた。
「きょ、今日は……来ない、らしいよ」
彼女はちょっと寂しそうに言う。
彼女は首の部分を、指先で軽く引っ掻いている。
布で覆われているので、布を擦っているようにしか見えないのだが。
「来る時もあって、来ない時も、あるから。あ、嵐みたい、な……独特な人なんだ」
……ん?
ここのベンチに、昼休みの時間に現れる。
でもいつもってわけでもないので、予測しがたい。
まるで嵐みたいな、独特な人。
そう言えば、俺も以前、ここでそんな人と会ったことが……。
「もしかして、あのヒトって、自分のことを何て紹介してたのかな?」
俺の質問の意図がよく読めなかったらしく、少女はハテナを浮かべる。
それでも、一応答えてくれる。
「え、ええと、ば、『爆発物』、だって」
「やっぱそうだったか」
俺は大きなため息を吐いた。
その時まで飛び上がった状態のままだったので、再びベンチに腰掛けた。
すると、あの子からの匂いが届いてきた。
ふしぎにも、それだけ妄想の彼女と違う。
こっちは、ミントの香りだ。
いい香りだけど、女の子っぽさとは全然隔たりがある。
「あのさ、あいつが友だちで、本当に良いのか? あのフード野郎のことだろ?」
「え、えっ、どうして、分かった? も、もしかして、君も、彼のトモダチ?」
「違う。あれとは一度ここで会っただけだから」
嫌な表情をして、否定する。
「はぁ、あれと友だちするくらいなら、いっそ俺が友だちになってやるぜ?」
寝不足ぷらすストレス一杯テンションで、変なことを言い出してしまう。
深夜テンションと似ているが、もっとひどい。
でもわりと、後悔はしない。
もう、どうでも良くなったのかも知れない。
そう言えば、自称神さまのストスと会った時も、似たような感情だった。
だって、どうでも良いじゃないか。
まあ、どうせ、引かれるだろうけど。
「えっ!! ほんと?!」
しかし、聞かれたのは、嬉しさで満ち溢れる声音だった。
「……ぇ」
むしろ俺の方が狼狽して、彼女の方を見る。
すると、僕っ娘は、縦に裂かれた瞳を光らせている。
その中には、期待と希望とで一杯になっていた。
「僕のトモダチになってくれるの?」
純粋な声で、そう聞かれた。
◇ ◇ ◇
5月13日、エピソードタイトルを『爆発物、再び ①』から『異世界にも陰キャはいた』へ変更しました。




