14 似ている眩しさ
「キミ、『渡っている』な?」
「──は?」
一瞬、それがどういう意味なのか理解できなかった。
しかし、その表現に強く誘導された。
俺は、ある場面を思い出した。
──ノブを回した直後、見えた夥しい現象。
そして、それを置き去りにして、目的地へ行く自分。
そうだ、あの時、俺は『渡っていた』。
明確に否と応とで分けられた世界線の、片方へ。
まだ見ぬ可能性の方へ。
当時、選ばずいた選択肢の方へ。
つまり、こいつは──
俺が『否応移し』を使っていることを、知っている?
「────」
しばらく、無言で、俺はただ彼を睨んでいた。
「……ふ」
沈黙の末、奴は鼻で笑った。
しかし、それは嘲笑ではなかった。
「はははっ、ごめんごめん。どうやら、強い『疑問』を生じさせたようだな」
にやりとした表情で、彼は言う。
「『どうしてそれが分かった?』とでも言いたげな顔だね」
俺たちの会話は、佳境に入っていた。
取り残されたスヲルシャーは、少し寂しそうだった。
でも俺の深刻な顔から、割り入りづらそうである。
悪いけど、そっちへ気を使う余裕がなかった。
「……」
睥睨しながら、俺はいつの間にかポケットに手を入れた。
その中の機械仕掛け、『否応移し』を触っていたのだ。
こんな時に、それがあまり役に立たないと分かっていても。
それだけが、俺の武器なのだから。
「今はただ、こう言っておく──オレの感覚は、ちょっと変っている」
フードのあいつは、言った。
「人には感じ取れないことが、見えたり、聞こえたりするのさ。何て言えば良いのかな……そうだな、『空間の記憶』が感じられる、とでも言おうか。
記憶と言っても、正確な事件の映像とかではなく、名状しがたい曖昧な感覚のことなんだけどな。それは目を閉じて、手先で材料の質感を感じることに似ている。
そして厳密には、『記憶』ではなく、『過去』の方が正しい表現になるだろう」
言っていることが、理解できない。
それから、どうやって俺の能力が分かったのだ?
「しかし、そう久しくないある時点から、この街の色んな空間から、異変を感じ始めた。あらゆる記憶に、ひどい歪みが生じたことを知った。
……空間が同時に二つ以上のことを語っている──すなわち、『記憶の重畳』が見えたのだ」
意味不明なことを、言い続けている。
「空間の記憶は、一筋を辿っていて当然だと思わないか? つまり、一つの空間なら、『決まった一つの過去』だけを持っていて当たり前だ、とな。でも、今になっては、なぜか二つ以上の記憶が同じ空間に重なっていることをしきりに見てしまうのさ。
……とても不自然なことだ。あってはならないことなのだよ。だから、オレは異常事態の予想を覚えた」
彼の表情には、笑いが消えていた。
「ところで、キミは人間一人も、ある意味『空間』ということを知っているか? 記憶の主体が精神か、霊魂か、あるいは肉体か……細かに論議すると、長くなるが。とにかく、オレは一人の人間の記憶も、だいたい感じ取れるのだよ。
……しかし月曜の朝、オレは驚愕したよ。明確に、二つ以上の記憶が、一人の中に聞こえていた。今日に至っては、実は自分の中からも、二つ以上の記憶、或いは過去を感じていた。どうやらそれは全校の者らに一括して起きている現象らしかった。
──一人の例外を除いては、ね」
見えない彼の瞳が、俺に視線を注いでいることが分かる。
「それがキミ、『別世界からの少年』、ハレノ・ロゴスなんだよ」
「……」
俺は、いつの間にか口を開いていた。
空間の過去に、重畳が生じている。
なのに、唯一、ハレノ・ロゴスという空間は。
それだけが、一筋の過去を維持している。
その意味とは、つまり……。
☆
愕いた俺を見て、フードのあいつは笑みを取り戻す。
そして、ベンチから立ち上がった。
「ロゴス」
彼に名前で呼ばれたのは、初めてだった。
半分が見えないその顔を、俺は見つめた。
「今から、オレにちょっと付き合ってくれないか?」
「……なんだよ?」
「一緒に来てくれると、すぐわかる。事前に説明すると……そうだ、キミの『武器』になれるものを、見せたいのだ」
真意がうまく読み取れなかった。
少し興味は出来たが、それでも彼の意図が分からない。
「それが本当だとしても、納得が出来ねぇ」
フードの彼を見つめながら、俺は言った。
「何でお前が俺に武器を見せる必要なんかあるんだ? そもそも、お前は何なんだ? もう、俺がやってきたことを知っているし、お前はこれからどうするつもりなんだよ?」
「オレは、ただキミを助けたいだけなのさ」
「……信じると思うか、そんなん」
眉を顰めて、俺は訝りの言葉を吐く。
「ふっ、キミは疑り深いな。でも、そうだ。語弊があったのは確かか」
彼は困った様子で、言葉を繋ぐ。
「キミを助けるというより、キミがキミの責務を果たすことを、助けたい」
「……俺の、責務」
「それが何なのか、分かっているだろ?」
軽く頷きながら、フードの奴はこちらを見つめる。
目は良く見えないが、直視されていることがわかる。
俺はつられて、
「フォリアを、守る」
そう、呟いた。
「正確には、違うな。ちょっと訂正する必要がある」
フード野郎は言った。
しかし、俺はその意味が良く分からなかった。
俺は説明を求めるように、彼の方を見た。
すると、奴は再び口を開いて、
「『フォリア』ではなく、『ソルダネラ』だよ。フォリアと言ったら、まるでオレまで守られているようではないか」
「……は?」
こいつは、何を言っているのか。
フォリアと言ったら、彼女以外に誰がいるというのか。
呆けている俺の顔を見て、彼はくすっとなった。
そして、緩やかな動作で、フードを掴む。
「そう言えば、自己紹介がまだだったね」
言いながら、フードを外した。
その下から現れたのは、天然パーマの金髪。
短いけど、ふわふわとしている。
そして、深い温かさを含んだ、青い瞳。
彼の初印象からは想像も出来なかった、美形の少年である。
美しすぎて、一瞬性別が分からなかった。
でも、よく見ると、やはり男性だ。
少年らしさも、意志の強さも同時に見える、そういう線をしている。
でも、全体的に、ひどく既視感がある外見だ。
「……まさか」
俺は唖然となってしまう。
彼は笑みと共に、
「オレの名前は、ルブス・フォリアモメンタネア」
言った。
その笑顔は、眩しすぎた。
「ソルダネラ……ネラの、兄だよ」
☆
「え、えっ?!」
驚きの声は、スヲルシャーだった。
そう言えば、まだ彼女も居た。
「『爆発物』さんって、フォリアモメンタネアさんの、お兄ちゃん、だったの?」
それを言われると、『爆発物』……いや、ルブスは頭を掻く。
フードを外したので、豊かな金の髪をワシャワシャしている。
「はははっ! ごめんごめん! 今までずっと名前も言わずにいたな。これは失礼したよ」
「……本当だよ、全く。こっちの名前はとっくに知ってたくせに」
言いながら、俺は再びベンチに背をもたれる。
なぜか、ひどく安心してしまった。
あの眩しい笑顔を、温かい瞳を見る瞬間、分かったのだ。
彼は、フォリア……いや、ソルダネラと繋がっている。
「いや、キミのことは、ネラの兄たる者として、知らずにはいられないだろ」
笑顔のままで、ルブスは俺を見下ろす。
「登場した途端、オレの大事な妹を押し倒したにも飽き足らず、いきなり同棲を始めたのだから。そんな人の名前も知らないままでは、たまらないだろ? 初めての夜なんか、オレは正直、心配でどうにかなりそうだったんだよ」
「そ、それは、その……そうかも知れない……ですね、はい」
言ってることが納得できてしまって、しおらしくなる。
そう言えば、学園の初めての日にも、ルブスに接近されていた。
あのことも、俺を近くで観察するためだったのかな。
「……あの、心配していることは分かります」
俺は、弁明するように言い足した。
「でも、ソルダネラには、変なことはしなかったし、今後も絶対しない……いや、しません。本当に、妹さんにはお世話になっています」
「おお、どうした、どうした! 今までの無礼な言動の数々をして、今さら敬語とか、ちょっと遅すぎるとは思わないかな! ははははっ!」
何がそんなに楽しいのか、仰け反りながら声高に笑っている。
「まあ、とにかく、固まる必要は全くないよ。そしてなにせ、オレはもうキミがそんな人ではないことを知っているからね」
良かった。
どうやら、ルブスには好印象を与えていたらしい。
「そう、ハレノ・ロゴスは、臆病者でピュアな最強童貞だということを、な!」
違った。
こいつ、ただのバカだったよ。
「えっ、ろ、ロゴス、どーてー、なんだ」
スヲルシャーはこっちを見つめる。
微妙な視線だ。
もしかして、同情されているのかな。
「……はぁ、そうだな、テメェはソルダネラの兄である前に、フードの不審者だった」
右手で両眼のあたりを押さえながら、俺は言った。
「変に緊張する必要は、全く無いんだよな」
「うむ、その通りだ」
やはり、似ている。
にまにましたルブスの顔は、まばゆすぎる。
目が痛くなり、直視しがたいほどだ。
☆
「で、結局、その『武器』の話は何なんだよ?」
「あ、実は、それなんだが……」
ルブスは、頬を掻きながら、言う。
「それを見せるためには、学園から出なければならないんだ。しかも、なかなか距離があるから、午後の授業はサボることになるよ」
「ええ……」
俺は嫌な表情をして、そんな声を出した。
それは、気が向くか否かの問題じゃない。
学園から何時間も離れるということは、怖気づくしかないのだ。
それは、ソルダネラのそばに居られないということだからだ。
もう、二度もあったんだ。
俺が居なかったから、彼女の身の回りに良くないことが起こった経験が。
「行くか、行かないか……全ては、キミの選択だ」
ルブスは優しい笑顔と共に、そう言った。
その顔は、ソルダネラとあまりにも酷似しすぎた。
自然と、視線を奪われてしまう。
ルブスは何かを見抜いた様子で、
「でも、キミなら出来るのではないか──ハズレのくじを引いても、それを後から切り替えることが」
優しい笑顔のまま、しかし意味深に、言う。
……これがあんなに容易い問題なら、どれほど良かっただろうか。
でも、そうでは無いんだよ。
「……くじ引きは一回きりだろ。ハズレを引いた時点で、結果は決まったんだろうが」
俺は金髪の少年を睨みながら、言った。
「これは失敬。確かにそうだ。それが一般の人たちにとって、くじ引きのルールだな」
微笑みながら、ルブスは話を繋ぐ。
「さて、キミの場合は、どうかな?」
「……そう言えば、そうだな」
それは、ルブスの問いへの相槌ではなかった。
ただ、ふと気づいたことがあったのだ。
ルブスは、俺が渡っていることは、知っている。
しかし、それが正確にどんなメカニズムで為されるかは、知らないらしい。
それは良かったと思う。
その方が、俺としては、都合が良い。
『否応移し』のことは、知られない方がもっと役に立つと思うのだ。
思い出して、居座りのままのスヲルシャーの方を確認した。
俺の『渡り』について、彼女だって全部聞いていた。
厄介なことになる可能性は、こっちにだってあるんじゃないか?
俺はスヲルシャーの顔をじっと見た。
「……?」
汗粒を空中へ流しながら、大きなハテナを浮かべている。
……どうやら、俺とルブスが言っていたことは、あまり理解できてなさそうだ。
でも、確かめる方が良いと思う。
「スヲルシャー。今俺とルブスが言ってたことなんだけど」
俺は彼女に言い出した。
「うーん。なんていうか、一応、秘密っていうことで、してくれるか?」
「え、えっ、今の話、な、何か重要なこと……だったの?」
それを聞いてホッとした。
本当にその意味が分かってないらしい。
でも、ここは念のため、確約をもらいたいと思う。
「まあ、な。……俺たち、トモダチだから、秘密にしてくれるって、約束、できるだろ?」
「! ……え、へへ、うん、分かった……よ。絶対、今日聞いたことは、ほ、他の人には……言わない、よ」
にへらと顔を綻ばせて、約束してくれる。
まるで子供を騙すみたいで、後ろめたい気分になってしまう。
でも、とにかく、これでもう少し安心できる。
俺はベンチから立ち上がった。
もう結構長い間、座っていた気がする。
「……ちょっとトイレ。すぐ戻ってくるから」
☆
俺は、ベンチから近い建物の壁際まで行った。
ここなら、誰からも見られない。
『否応移し』を出して、リセットボタンにSOSを打った。
そして、速やかに説明した。
「ルブスから提案。午後の授業をサボって彼について行くか、或いはソルダネラのそばを守るかの二択。だから否応移しを使いたい。以上だ」
登録は完了された。
選択質問は、こうだった。
『陸暦1554年5月8日午後0時46分ごろ:
瞬きの乙女のそばに留まりますか?』
……前回もそうだったが、今回もひどく情報量が足りない。
俺の説明が悪かったかも知れないけど。
しかし、全てのフォカスがソルダネラに置かれすぎている気がする。
俺はすっきりしない気持ちで、『いいえ』の方へノブを回した。
ルブスのことは、信じてみる価値があると思う。
彼の言っている『武器』が何なのか、気になるのだ。
それに俺もちょうど、抑止力が高い武器が欲しいと思っていた。
もし、ファンタジー定番の伝説の武器とかでも貰えたら、状況はきっと一転される。
だから、今は、こっちの選択で行こうとした。
今回は、それがハズレではないことを祈ってみる。
今までは、即死イベントが多すぎた。
だから、次はちょっと違うのではないだろうか?
俺は、神さまからのお慈悲に、少しは期待してみることにしたのだ。




