Scene 子犬のような弟子
気乗りしないように問いかけた。
「……雪ノ下の実家って、雪ノ下製作所だよね?」
「うん」
仄火は鷲明館の大学から幼稚舎まで、全生徒の経歴を把握している。政治家の子弟などがそこらを歩いているため、場合によっては利用するつもりで調べた。
『雪ノ下製作所』
医療機器の開発販売を行っている企業で、義肢装具では国内トップシェアを誇る大企業だ。まず『雪ノ下』の苗字が極めて珍しく、誰でも製作所を連想する。
奏は雪ノ下の御曹司だ。
「アイスマンを買いたいなら、自分の親に頼めばいいじゃん」
アイスマンは兵器ではあるが、新機軸なので規制はかかっていない。国際法、国内法、どちらでも合法のため、企業なら手に入れるのは難しいことではない。
「会社を経由すれば買えるでしょ?」
「最初はそれも考えたよ。すぐに却下したけど」
「理由は?」
「だって僕から親に頼んだら、絶対に『病院に行け』って言われるよね?」
そりゃそうだ、と仄火は内心で同意した。
医療品メーカーの御曹司が、軍用の殺人ロボットを欲しがる。ストレスで大量殺人でも企てたか、勉強のし過ぎで狂ったと思われるのが落ちだ。
「新車を買えるくらいの貯金はあるんだ、どうにかならないかな?」
「お金の問題じゃない。絶対に断る。あれ簡単に人を殺せるんだよ? 譲ったら私まで捕まりかねないし、あんなものロボコンに出していいとも思えない」
断固とした口調で拒絶した。
仄火が合理主義者だからこそ、事後のトラブルが目に見えているのだ。
だが奏は食い下がる。
「お願い! 久世さんに迷惑はかけない!」
「もう充分に迷惑だよ」
「もし問題が起きたら、僕だけで責任を取るから! あのALフレームの凄さは、今の技術レベルじゃ奇跡に近いんだよ!」
けんもほろろだった仄火だが、奏の熱っぽい『奇跡』の単語に興味を示す。
「……詳しく聞こうか」
「ALフレーム。アントロピック・ロジック・フレームの略だよね?」
「良く知ってるね」
「カタログを丸暗記するくらい読んだ」
「物好き」
「二足歩行を行う兵器として、人間の構造こそが唯一の最適解である。この結論から導き出された、人骨を高度に模倣したフレームだ」
今どきのロボット技術では、電源と駆動の問題はおおむね解決できる。バッテリーと人工筋肉に様々な規格があって、かなりの数の会社が製品を出している。
だがその中で唯一、未解決の大問題が残っていた。
骨格の強度である。
部活のロボットのように、激しく動くと作用反作用に負けるのだ。もっと言えば人工筋肉が強すぎて、『力を入れるだけで、自分の骨が折れて』しまう。
「……そう。その通り」
仄火は同意する。
近年のロボット開発における最大の壁が、フレームの強度だった。高度化した制御プログラムの動きに、骨格の性能がまったく追い付いていない。
「でもブラックアイアン社の技術者は、決定的なブレイクスルーを起こした。物理学者が『理論的に不可能』とまで言った難問を、独創的な発想で解決したんだ。どうもチームで開発したわけじゃなくて、一人の天才が思いついたらしい」
「それもカタログにあったの?」
「うん。記事の数字からの予想だけど、たぶんALフレームって一体形成のはず。溶接とか削り出しじゃなくて、最初から出来上がった形で、高精度な焼結炉を使って作ってるはずなんだ」
仄火は感嘆の吐息を漏らした。
正解だ。
公開されているカタログスペックと外見の写真だけで、製造プロセスである精密焼結まで言い当てた。
「あ、ごめん。こんな話は興味ない?」
「そうでもない。むしろ好き」
「あの強度と柔軟性を両立させた技術者は、誰か知らないけど大天才だよ。一度でいいから、本人に会って話をしてみたい」
いま目の前にいるよ、と喉まで出かかった。
もちろん秘密だ。
これほど手放しで称賛されたら、開発者として悪い気はしない。フレームの開発はもっとも難航した部分なので、苦労をわずかでも理解されるのは嬉しい。
「無理なお願いなのは、僕だってわかってるんだ! でも僕にはどうしても強い骨格が必要なんだ! いまの民生品のフレームじゃ、人工筋肉の強烈な出力に耐えられないんだよ!」
奏は悲痛な声で訴え、目には涙さえも浮かんでいる。エンジニアとして自分が設計した理想の動きを、ハードウェアの制約で超えられないのは不服だろう。
大変によくわかる。
だがしかし、アイスマンの融通はまったく別の話だ。
「何度頼まれようとダメ。諦めて」
にべもない鉄のような拒絶に、奏は糸が切れたように肩を落とした。夢も希望も失っている様子に、仄火にしては珍しく慈悲の念が湧く。
相手がただの同級生であれば、仄火は迷わずドアから出ていった。しかし自分が心血を注いだALフレームを、あれほど真剣に褒めてくれた相手である。熱意を無下に切り捨てるのは、仄火の密やかな自尊心が少しだけ痛む。
同じ工学エンジニアのよしみで、少しだけサービスしても良いかと思えた。
「……ところで雪ノ下、これは?」
「ああ」
仄火が片隅を指さす。
奏はわずかに視線を向けると、顔を上げることもなく答えた。
「本番の大きいやつの前に、先輩がテストで作った試作品だよ。小さいのでは上手く動いたんだけど、そのままスケールアップしたら失敗しちゃった」
無造作に棚に置いてあるのは、壊れたロボットを縮小したような機体だった。全高30センチほどの人型で、形状は大きい方とまったく一緒だ。ただ全体が小さくまとまっている分だけ、細部の構造は丁寧に作ってあった。
失敗した理由はとても簡単で、質量は寸法の三乗に比例するからである。大きくすれば自重による負荷は増大するのだから、同じ構造で強度が持つはずがない。
「あ……」
このとき仄火の脳裏に、悪魔的な閃きが走り抜けた。全高が30センチのロボットならば、死ぬほど余っているあれが適合するはずだ。
以前に『可変型小型ユニット』のパーツを、仄火が設計したことがある。あのときは脳が煮えていたのか、どうも趣味に走りすぎたようだ。仄火は今でも素敵だと思うのだが、周囲の評判が非常に悪かった。マニアックで買い手がつかずに、三百個もの在庫が廃棄処分を待っている。
偶然にもそのサイズ感は、試作品のロボットと一致していた。あれなら軍事機密の塊であるアイスマンではないし、カテゴリとしてはただの変形する骨格だ。
「ねえ雪ノ下、この試作品、もらっていい?」
奏が怪訝な顔をする。
「……別にいいけど、何に使うの?」
「プレゼントをあげるよ。うちの会社の製品を褒めてくれたから。私が持ってるパーツが余ってるから、その中から融通してあげる」
「えっ! 本当に!?」
「アイスマンじゃないよ。フレームしかないただの玩具」
仄火は私物のポシェットから、イヤーカフのような小型機械を取り出す。塗装は落ち着いた黒鉄色で、差し色でオレンジが入っていた。
仄火が片耳に装着すると、一見すると洒落たアクセサリーのようである。
「それって……」
奏にはとても馴染みがあるものだが、パルスシンカーと呼ばれる機械だ。脳波を読み取って送信することで、思考するだけで電子機器などを操作できる。
「雪ノ下、ノギス借りる」
仄火は自分のタブレットを取り出すと、試作品のロボットを計測した。関節の径や手足の長さを図ると、触れてもいないのにタブレットに数値が入力される。
「……何してるの?」
「再設計」
奏が興味深そうにタブレットを見ると、三次元設計用のフレームワークソフトが表示されていた。ブラックアイアン社で独自開発した、特殊用途のCADである。
身を寄せてくる奏が鬱陶しかったので、部室の電子黒板に画面を転送した。思考に反応して黒板の電源が入り、タブレットとまったく同じ画面が表示される。
漆黒に塗りつぶされた背景の上を、無数の幾何学的なラインが交錯していた。黒板に浮かび上がる図形は、まるで自らの意思を持つ生物のようだ。脈打ちながら複雑な変形を繰り返し、ジグソーパズルのようにあるべき場所へと収まる。
傍らでは難解な数式の羅列が、滝のような勢いで流れていた。次々と新しいウィンドウが開いたかと思えば、視認する間もなく瞬時に消えていく。出現と消失の間隔があまりに速くて、奏では書かれた文字すら読み取れない。
仄火がパルスシンカーという、珍しい機材を持ち出した理由がわかった。
指では操作が追い付かないのだ。
「え……。ちょ、ちょっと待って」
奏が現実を受け止めきれないように、狼狽した声を上げている。
まるで魔法なのだ。
構造計算、応力解析、部品の選定といった作業を、仄火は瞬く間に終えていく。本来なら専門家のチームが数日かけて行う作業を、たった一人で即興演奏のようにこなしている。
ほんの十分弱。
全ての作業を終えた電子黒板には、新しい設計図が完成していた。試作ロボットをベースにしながらも、内部構造が完全に別物へと生まれ変わっている。
「……うん、行けるかな」
奏は途中から静かになったため、仄火は心置きなく設計に没頭していた。いまさら彼の姿を確かめると、目を見開いたまま石化している。口を半開きにして声も出せずに、電子黒板と仄火を交互に見ていた。
「す、すごい……」
奏の声が震えている。
なまじ基礎知識があるだけに、仄火の能力が分かってしまったのだ。いま目の前で行われたことが、『神か悪魔の領域』であることが理解できてしまった。
「すごすぎるよ久世さん! ……いや、師匠!」
仄火は眉をひそめる。
「……なに言ってるの?」
奏は座っていたパイプ椅子をどかすと、全身を躍動させて地面まで落ちる。額をコンクリにこすりつけんばかりの勢いで、その場で見事な土下座を披露した。
「弟子にしてください!」
「……は?」
突拍子のない発言に、仄火の思考すら一瞬だけ停止する。
土下座の姿勢で顔だけ上げると、奏の双眸は脂ぎるほど熱を帯びていた。未知なる神に遭遇した未開人のように、仄火ですら引くほどの異様な迫力である。
「今の設計、僕では一割も理解できませんでした! 一般的な技術者の基準だと、ほとんどオーパーツです! お願いします、教えてください!」
口調が完全に変わっている。
同級生の女の子へ、敬語で話す男子など見たことがない。
「……なにを馬鹿なことを」
「代わりと言っては何ですが、身の回りのお世話をさせていただきます!」
「間に合ってる」
「鞄持ちでも雑用でも、何でも命じてください!」
「邪魔」
「僕、こう見えて料理が出来るんです! 毎日お弁当作ります!」
「学校のカフェテリアで充分」
「お願いします何でもしますから! 何だったら脱ぎます!」
「脱ぐな、気色悪い」
仄火がつれなく切り捨てたとき、外から下校時刻を告げる放送が聞こえた。
「今日はここまで」
仄火がタブレットの電源を落とすと、連携していた電子黒板も消灯する。ポシェットに入れて肩にかけると、そのまま部室を出ていこうとした。
奏が食い下がる。
「ま、待ってください師匠! まだ続きを! この設計図の解説を!」
「下校時間だよ」
「そんなの無視しましょうよ! ここで終わるなんて、生殺しです!」
奏は正気を失っている。
技術オタクの血が暴走して、知的好奇心に狂っていた。
「学校が無理なら、僕の家に来てください! そんなに遠くないです! 個人的な作業場にしてる、秘密基地もありますから!」
思春期を迎えた男子中学生が、同級生の女子を自宅に誘う。一般的にはどういう意味を持つのか、野暮な言及などするまでもない。
しかし奏は設計図の続きが見たい一心だけで、必死に仄火を誘っていた。
仄火は冷めた視線を向ける。
「行くわけないでしょ」
「美味しいお茶菓子も出します! 鎌倉のクルミのお菓子があります!」
「却下。帰る」
仄火は初恋がまだのため、男女の機微にはあまり実感が湧かない。それでも男子の家など褒められないのは知っているし、何より面倒なので行きたくない。




