表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グリムリーパー・パレード  作者: 水銀
Phase.02 プレイ・デッド・ウェイク

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

Scene 奏狂奏曲

 見慣れた朝日が差し込む教室だが、教壇にいる先生の歯切れが悪い。着古したライダースジャケットの皮革が、その動きに合わせて硬質な音を立てる。担任でもある数学教師は腕組みをすると、苦虫を嚙み潰したような表情で口を開いた。

「……俺もこんなクソみてえな話はしたくねえんだが」

「先生、いつになく口が悪いです。教師なら俺らの手本になってください」

「うるせえ。こんな話、真面目にできるか」

 先生の珍しい物言いに、教室の空気がざわめいた。

「昨日の夜、水泳部の部室と、女子更衣室のロッカーが荒らされた」

「荒らすって?」

「ありていに泥棒だ。盗まれた」

「学校に入ったの?」

「今朝になって登校してきた生徒が発見した。警察が来てる。対処は俺たちでやるから、お前らは近づくんじゃねえぞ」

 教師は咳払いを一つ挟み、さらに言い淀みながら続けた。

「盗まれたのは乾燥室に干してあった水着と、ロッカー内の衣類だ。犯人は施錠をこじ開けている。閉め切っても意味がないから、私物は必ず持ち帰れ」

 衣類。

 オブラートに包んだ表現だが、要するに下着泥棒である。

 女子のパンツが盗まれたのだ。

 男子には隠しきれない好奇心と、思春期の卑俗な興奮が見え隠れする。対照的に女生徒は眉をひそめ、不潔なものを払うように身をすくめた。

「先生、それって犯人として、真っ先に俺たちが疑われませんか?」

「まだ何とも言えねえが、たぶん違う。部外者だ」

「どうして?」

「犯行時刻が深夜だからだ。昼間なら俺だってクソ男子だと思ったよ。けど生徒が真夜中に鍵を壊して、わざわざ校舎に侵入するとは思えねえ」


 窓際の席にいる仄火は、教室の喧騒にも無関心だ。暇そうに外の景色を眺めていたら、バルコニーの手すりに一羽の鳩が舞い降りる。目が合ったので両手を振り上げると、なまはげのような仄火に驚いて飛び去った。

 学内で事件が起きたそうだが、正直なところ世俗の些事でしかない。仄火は一切関知していない事柄だし、何でもいいからさっさと終わって欲しいだけだ。

 ただし一点だけ、看過できない部分がある。

 犯行時刻は深夜であり、無人の校舎に部外者の侵入を許したことだ。

 仄火は黒板に視線を向けると、不愉快そうに頬杖をついた。

 仄火の通っている学校は、付属中学とはいえ天下の鷲明館(しゅうめいかん)である。全国的に名前が通るほどの名門校で、私学のため学費も相当なものだ。

 高い学費を払って生徒と親が買っているのは、教育のみならず『安全』も含まれるはずだ。下世話な窃盗など起こした時点で、学校側の怠慢以外の何物でもない。


 可能性としては二つだ。

 一つ目。犯人の手口がプロで、映画のスパイのような存在だった。

 二つ目。学校の警備がザルである。

 三つ目。十中八九、後者だ。


「はぁ……」

 仄火は余計な手間が増えたことに、深いため息を漏らす。それなりのセキュリティはあって然るべきだと、学校側に勝手な信頼を寄せていた。だが現実にはこの体たらくなのだから、自分の身は守らなければならない。

 性衝動に狂った一般人が侵入できるのなら、軍隊の工作員ならそれこそフリーパスで闊歩できる。仄火は狙われる心当たりが無数にあるため、他の同級生たちほど安穏と構えてはいられない。

 女子のパンツはどうでもいいが、ロッカーに爆弾を仕掛けられるのは困る。

「……スターバック、頼むわ」

 仄火の周辺で鳴っている音は、スターバックが常時監視している。教師の報告から仄火の嘆息までの流れで、説明などせずとも憂慮は伝わったはずだ。すぐさま警備状況を調べ上げて、次の休み時間には報告が来るだろう。

 学校や警察では頼りないし、牧歌的な学び舎を要塞に替える必要がある。


     §


 静寂に包まれた教室の中で、数学の小テストが行われていた。大多数の生徒が黙々と答案用紙に向かう中、一人だけ開始数分で席を立った生徒がいる。

「先生、出来ました」

 仄火は全問を埋めた答案用紙を手に、泰然と教卓へと歩み寄る。先生は心底つまらなそうに教卓に視線を落とすと、丸印のみで埋め尽くされた採点を終える。

「……簡単すぎたか?」

「ええ、まあ」

 出題は名門中学における標準的な難易度だったが、連立方程式など公立なら次年度以降に習うものが含まれていた。

 学習の心づもりとしては、五十分を使って解かせるつもりだった問題だ。時計を見上げると五分と経っておらず、授業が終わるまで仄火は暇になってしまう。

「お前はこれでも解いてろ」

 先生は背後の電子黒板に向かうと、1から100までの数字をすべて足し合わせる計算式を書き込んだ。本来であれば高校で扱う総和(シグマ)の記号だが、相手が仄火なのであえて説明を省いている。

 中学一年生に出すには意地悪だが、仄火は問題を見た瞬間に即答した。

「5050です」

 先生は嘆息する。

「……その答えが正しいとしても、自分で計算したことを証明しろ」

「暗算しました」

「不可能だ」

「1+100=101です。次に2+99=101となります。これが50+51=101まで続きます。したがって50×101=5050となります」

 淀みなく説明する仄火に対して、先生は面白くなさそうに顔をしかめた。

「……お前、マジで可愛くねえな」

 中学の入学式からじきに一か月ほど経つが、仄火の授業態度は常にこのような調子である。単に頭が良いという領域を超えており、住んでいる次元が違うような印象を周囲に与えていた。

 名門私立に勤務する数学教師として、幾多の秀才を指導してきた自負はある。だが久世仄火という生徒は、根本的に何かが違うのだ。

 いかなる難問を与えようとも、過程を省略して正解を弾き出す。すでに教員としての熱意や指導力は失われ、ただ底知れない異物に対しての諦観だけしかない。

「……何でお前みたいなのが、俺のクラスにいるんだよ」

「だって中学生ですし?」

「俺の授業、もう出なくていいぞ。教えることがない」

「そんなこと言わないでくださいよ。先生の授業、嫌いじゃないですよ。『どう教えれば生徒に理解してもらえるか?』っていう、先生の苦心が透けて見えます」

「クソ生意気なガキだな」

 仄火はケラケラと笑いながら、自分の席へと引き返していった。


 席に戻りながら見渡せば、まだ仄火以外は誰も終わっていない。机の隙間を縫うように歩いていたとき、仄火はある男子生徒と目が合った。

 雪ノ下奏(ゆきのしたかなで)だ。

 男にしては小柄な部類で、柔らかな栗毛をマッシュヘアにしている。ブレザーを丁寧に着ているが、若干サイズが大きいのか両袖が余っていた。子犬のような愛嬌のある顔立ちをしており、クラスではマスコットのように扱われている。

 何とはなしに足を止め、机にあった奏の答案用紙を横目にした。そのまま自席へと戻り腰を下ろしたものの、仄火の頭にはある疑問が浮かんでいる。

「……あいつなにしてんの?」

 奏は自分の答案用紙を消しゴムでこすり、書いた文字を消していた。

 明らかに不可解な行動である。

 なぜなら仄火が見た答案用紙は全問が埋まっており、しかも全て正解していたからだ。つまり奏は正解をわざわざ消して、もう一度書き直していることになる。


     §


 校庭では男子生徒が走り回り、天高く飛んだサッカーボールを追いかける。教室は女子生徒のお喋りが重なり、絵に描いたような平和な休み時間だ。


 だが窓際の自席にいる仄火は、難しい顔つきで手元を眺めている。画面から放たれる無機質な光が、黒曜石の瞳に図面を映していた。

 手元のタブレット端末で見ているのは、スターバックから届いたセキュリティレポートだ。妥協を許さない緻密な構成で、プレゼンテーションファイルに警備状況がまとまっていた。


 結果は一言で――悲惨である。

 子供を預かる学舎とは思えないほどの、杜撰も極まるほどの内容だ。


 大手の警備会社と契約しているため、名目としては有人監視も行っている。異常を検知すれば自動で通報がなされ、警備会社も急行する体制にはなっていた。

 ただし、肝心の設備が粗末に過ぎる。

 顔認証や出席の有無を確認するような、高度なシステムはない。警備会社との契約を裏返せば、現場にはマニュアル対応しか出来ない人員しかいない。

 監視カメラの配置は、素人が決めたように死角だらけ。侵入者を検知するセンサーも、ほとんどが飾り同然の旧式である。しかもそれらすべての設備が、校内の広さに対してまったく数が足りない。

 通用口の施錠は簡易的なシリンダー式で、おまけに扉自体の耐久性も低かった。軍隊の扉の爆破突入(ブリーチングチャージ)に耐えろとは言わないが、せめて体当たりは防いで欲しい。

 鷲明館を守るのは強固な警備ではなく、単なる『ブランド校』という薄っぺらい紙切れだ。『不審者が入るはずがない』という、無根拠の特権意識か性善である。


 悲劇は終わらないことに、情報管理も論外だ。

 スターバックが提示したプレゼンテーションファイルには、校舎の精緻な設計図面が網羅されていた。最新の警備配置はもとより、電気や配管などの重要配線まで明記してある。学外秘として暗号化されていなければおかしいのだが、スターバックは道端の石を拾うように入手してみせた。

『大学側の共有サーバーの中に、無防備な状態で配置されておりました。わたくしはただ、アクセスしただけでございます』

 スターバックのハッキング能力は常軌を逸しているが、今回に限ってはそんな高度な話ではない。

 とても単純な事実として、学内ネットワークが開けっ放しだった。大学には立派なサーバー室があるのに、運用する人間が機能を理解していない。パスワードは出荷時の初期設定から変更されておらず、アクセス権限は全ての端末に解放されていた。大組織によくある病巣とはいえ、大学では情報工学も教えているのに情けない。


 もし仄火がその気になれば、三分で学校を完全封鎖して、十分以内に隠れている者まで皆殺しに出来る。そんな脆弱な箱の中に、自分は身を置いていたのだ。

 さすがに放置は出来ない。

 最悪、仄火が私財を投じてでも、警備システムの全面的な刷新だ。まずはブラックアイアン社を経由して、学校側と話を付けて、ついでに学内サーバーも交換する。もちろんサーバーに裏口を仕込んで、仄火の自由にするのは言うまでもない。


「……あの、久世さん。いま時間あるかな?」

 導入する手順を考えていたら、遠慮がちに仄火を呼ぶ声がする。これまで同じクラスにいるだけで、仄火とはまったく接点がない人物がいた。

「……雪ノ下だっけ?」

「あ、覚えてくれてたんだ」

 名字だけでも認知されていたことに、緊張気味だった奏は安堵していた。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

「なに?」

「そのタブレット、ブラックアイアン社の非売品モデル?」

 奏が指を指しているのは、仄火が使っている電子端末だ。背面が落ち着いた黒鉄色に塗られて、アクセントでビビットオレンジが入っている。鷲明館の見取り図を映していたので、仄火はさりげなく画面を消灯した。

 仄火が愛用する電子デバイスは、全てブラックアイアン社の内製品だ。彼女の趣味と要求だけで、予算に糸目をつけずに作った非売品である。このタブレットにしても世界に三台しかないため、事実上は仄火の専用になっている。

「……何で知ってるの?」

「じゃあ!」

 奏の顔つきが唐突に明るくなる。

 直前までのどこか遠慮がちだった態度は霧散して、まるで大好きな玩具を前にしたように身を乗り出した。

「やっぱりそうなんだ! それを久世さんが持ってるってことは、お父さんがブラックアイアン社の日本支社長って噂は、本当なんだね?」

 一般的にこの年頃の子供だと、普通は友達の親の職業など気にしていない。ただ別に隠しているわけではないため、仄火が関係者であることはすぐにわかる。

「そうだけど……」

 仄火がいぶかしむ間もなく、奏は嬉々として種明かしをする。

「ブラックアイアン社が出してる、製品カタログがあるよね? 僕あれを読むのが趣味なんだ! 以前にカタログの隅っこに、そのタブレットも載ってた!」

「……あれを読んでるの? 本屋じゃ買えないでしょ?」

「広報に電話すれば、誰でも買えるよ?」

 さすがに少々引いた。

 重工業の業界向けカタログを、中学一年の男子が愛読している。軍事に転用できる油圧シリンダーや、最新のサーボモーターが載っている冊子だ。間違っても玩具屋のチラシではなく、普通の子供が読んで楽しいものではない。

 あんなマニアックな代物を、わざわざ送料を支払って取り寄せている。その事実ひとつをとってみても、年齢にそぐわない価値観なのは明らかだ。

「前からブラックアイアン社って、人型ロボットを作ってるって噂があって、楽しみでずっとチェックしてたんだ! アメリカ大統領のエイハブが、ブラックアイアンの製品だって聞いたときは、もう卒倒しそうになったよ!」

 身を乗り出して興奮している奏の様子は、まさに得意分野を話しているときの趣味人のそれだ。熱を帯びた視線を目の当たりにすれば、彼が重度の『技術オタク(メカニックギーク)』であることは察せられた。

 正直、逃げたい。

 だが仄火の席は窓際で、背後には壁しかない。狂信的な眼つきをした奏ににじり寄られても、仄火は椅子の背もたれに体重を預けるしかない。

「カタログで見たんだけど、最近のブラックアイアン社って、『アイスマン』っていう、等身大の人型ロボットを作ってるよね?」

「あ、うん……まあ」

 奏は逃がさないとばかりに距離を詰めると、必死な顔つきで訴えた。

「ねえ、お父さんとは仲がいい?」

「わ、悪くはない?」

「良かった。もし不仲だったら、どうしようかと思ってた」

「ど、どういうこと?」

「ブラックアイアン社の日本支社長に話を通せるなら、お願いがあるんだ」


     §


 校舎の西側は湿った土の匂いがする、日当たりも極めて悪い裏手だ。華やかな正面とは隔絶された場所に、元は物置だったプレハブ小屋が建っている。

 外壁の各所は赤錆に浸食され、塗装は見る影もなく剥がれ落ちていた。壊れたガラス窓を交換する予算すらないのか、ひび割れをガムテープで目張りしている。

『機械工作部』

 ドアには100均で買ったプラスチックパネルに、手書きの表札がかろうじて刻まれていた。油性マジックで書いた文字は、紫外線に晒されて白く色褪せている。

「……こんな部活、あったんだ」

「形だけだよ。最後の先輩がこないだ辞めちゃったから、今は僕ひとり」

 奏が慣れた手つきでドアの鍵を開けると、錆びついた蝶番が悲鳴を上げた。

 室内は一言でジャンクの山である。

 オイルと古い電子部品の匂いが混ざり合い、小屋の空気は重くよどんでいた。使い込まれた半田ごてやペンチが、汚れた籠に無造作に入っている。埃っぽいスチール棚の奥には、ブラウン管のモニターまであった。

 床材はむき出しのコンクリートで、隅には正体不明の樹脂や金属粉が砂のように溜まっている。被覆の剥けたリード線や、電子基板が積み上げられていた。


「とりあえずこれなんだけど……」

 奏が最優先で案内したのは、ハンガーに懸架された人型スケルトンだ。全高は170センチほどの金属製で、理科室にある骨格標本のようだ。だが腹部に電気モーターがあるため、展示物ではなく駆動するロボットである。

「……このロボット」

 仄火のような専門知識を持っていなくとも、素人目にもあからさまなほどに壊れている。右膝が人体では曲がるはずのない、不自然な方向に折れているのだ。

 部活動には不釣り合いなほど高価な人工筋肉が、伸びたゴム紐のようにだらしなく垂れ下がっていた。

 ロボットなら逆関節に設計されていることもあり得るが、無残なほどに歪曲したフレームから一目瞭然だ。

「見ての通り、壊れてる。見て欲しかったのはこれなんだ」

 奏が自嘲気味に笑う。

「久世さんはロボットに興味はある?」

「なくはない?」

 仄火は言葉を濁したが、実際は専門分野のど真ん中だ。

 ものすごく得意である。

「ならロボットコンテストって知ってる? 自作したロボットでお題をこなして、その技術力を競う大会なんだけど」

 奏が座面の破れているパイプ椅子を引くと、コンクリートと脚がこすれて乾いた音がした。仄火に着席するように促して、自分は旧式のシンク台に向かう。シンクには水が通っているらしく、奏は電気ケトルに水をくんでいた。

「このロボット、ロボコンの優勝を目指して作っていたんだ。けど大会のちょっと前の調整中に、着地に失敗して膝が折れちゃった」

 ロボコンで出されていた課題は、要するに体操競技の動きである。人型ロボットに器械体操をやらせて、その完成度を競うものだった。

 膝関節が折れた理由は、奏から聞くまでもない。着地したときの衝撃――つまり作用反作用の法則に対して、関節の強度が絶望的に足りないのである。

 関節の強度を上げようとしたら、全体の重量バランスを全て取り直しになる。機械工作部にはそこまでの再設計をする体力がなくて、こうしてロボットは修理されることなく放置されているのだ。

 結果、大会への出場すら出来ずに、他の部員たちは全員が退部した。ロボコンへの入賞を目的にやってきたのなら、上級生が諦めたのは無理からぬことだ。

「おかげで僕が部長だよ。新入生なのに。なにせ一人しかいないからね」


 木製の作業机の上には、半田ごての焦げ跡が無数に重なっている。机のジャンクを適当に片付けると、マグカップにティーバッグの日本茶を入れて差し出した。

「そこで久世さん、最初の話に戻るんだけど」

「お願い事?」

「うん」

「……なに?」

 妙な気迫で身を乗り出してきて、仄火はお茶をこぼしそうになる。

「ブラックアイアン社の新製品に、『アイスマン』ってあるよね? さっきもちょっと話したけど、等身大の自律人型ロボット」

「……あるね」

 なんかもう読めてきた。

「アイスマンを買いたい。君のお父さんに取り次いでもらえないかな?」

「無理」

「そこを何とか」

「ダメ」

「どうしても?」

「不可能」

「そんなー」

 仄火が即答で断ったのは、明確な理由があってのことである。もちろん意地悪で言ってるのではなく、あらゆる面から不都合しかない。ヴィクトルに紹介するだけなら構わないが、そこからアイスマンの購入は絶対にダメである。

 ……実は奏に便宜を図るだけなら、仄火にとっては容易いことだ。ヴィクトルの協力など得るまでもなく、仄火が書類一枚にサインするだけで完了である。

「部のロボットは簡単な動きなら出来るんだけど、運動強度の高いことをやると、フレームが持たないんだ。つまり高くジャンプすると膝が折れちゃう」

「……だろうね」

「わかる?」

「何となく想像は付く」

「でもアイスマンの骨格なら、体操くらいじゃ壊れないはず」

 正しい認識だ。

 アイスマンが採用している骨格は、『ALフレーム』という特殊な構造体だ。30メートルの高さから飛び降りても、折れるどころか歪みひとつ生じない。

 だが奏に譲るべきかと問われたら、仄火は『絶対無理』と言うしかない。

 なぜならアイスマンは――軍事兵器だからである。

『運動会で勝ちたいから、強力な銃火器(アサルトライフル)を売ってくれ』

 あるいはもっと露骨に。

『人殺しの道具を買いたい』

 つまり奏が頼んでいることは、こういう意味の無理難題なのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ