↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グリムリーパー・パレード  作者: 水銀
Phase.05 ワールド・イン・ディスオーダー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/35

Scene コバルトブルーの死んだ空

 そのとき空が光った。

 太陽は富士山を越えて沈み、稜線の向こう側から光線を投げかけていた。夕空は絶叫しながら血を流すように、斑雪が残る山肌を猛然と染め上げている。

 この瞬間である。

 爆焼けと呼ばれるほどの逢魔が時が、より強力な閃光によって蹂躙された。

「なに!?」

 まるで二つ目の太陽が昇ったように、東の空が莫大な光量で明るくなる。大気分子が青い波長を散乱させて、全天が真昼間のような青空に変わった。魔の夕焼けを消し去るほどの光が、空の色さえも青く変えてしまったのだ。

 息を飲むほどに美しく、おぞましいまでのコバルトブルーである。世界が終わる日が来るとしたら、空はきっとこのような死んだ色をしている。

 三次元マトリクスが即座に介入し、仄火に入力される光量を制御する。生身の肉体ならば網膜を焼くほどの、まさに神罰のような極大の閃光だった。

 空の異常はほんの数秒で収まり、何事もなかったように元の夕焼けに戻った。


 空の色が変わったとき、仄火はまさに切り札を出そうとしていた。あと三秒あれば必殺の一撃を放ち、リベレーターを装甲ごと両断できた。

 だが煮えたぎっていた大統領の殺意が、仄火から逸れたことを直感する。直後には前のめりだったリベレーターが、ブースターを噴射して一気に後退した。大気に長大なプラズマの尾を引いて、必殺の間合いから大きく離脱してしまう。

「逃がした!」

 地団駄を踏む。

 演習場を力任せに後退したリベレーターは、肉眼では豆粒ほどのサイズにまで遠ざかる。これだけの距離を取られると、現在のフェダラーでは何もできない。今日はデートのつもりだったので、この距離を埋める兵装は用意していなかった。


 張り詰めていた息を吐き出す。

「お嬢様、不躾に腰を折りますこと、誠に申し訳なく存じます。お邪魔を差し挟むなとのお言いつけは、重々承知いたしてございますが、緊急を要する事案が発生いたしました」

「前置きは良いよ。今の光でしょ? あれなに?」

「只今、千葉沖の海上におきまして、大規模な爆発を検知いたしました」

「は? ……はあ!?」

 スターバックの冷静沈着な報告に、仄火の口から頓狂な声が漏れた。

「現状では確たることは申し上げかねますが、事故にしては爆発規模が異常でございます。タンカーの事故と仮定いたしましても、観測された熱放射フラックスおよび、推定エネルギー係数が、過大すぎる数値を示してございます」

「なに? イージス艦でも爆発した? ミサイルがまとめて誘爆とか?」

「詳細は不明でございます」

 スターバックの報告は事務的だが、事態の深刻さは明白である。

 爆心地が千葉沖だとしたら、ざっと150キロメートルは離れている。この距離まで空を塗り替えるほどの発光は、通常の火薬や燃料では説明しがたい。

 仄火が思いつくのはあれ(﹅﹅)だけだ。

「現在、本船ピークオッド号は、駿河湾にて待機中でございます。直接の被害はございませんが、念のために警戒レベルを最大にまで引き上げてございます。恐れ入りますが、お嬢様におかれましても、至急本船までお戻りください」

「……OK。わかった。迎えをよこして」


 無粋な横やりに冷や水を浴びて、猛り立っていた熱狂も興ざめである。共通周波数の無線から、冷静な大統領の声が届いた。

「……リトルガール、残念だがここまでだ。急用ができた」

 政治家らしく感情が読みにくいが、隠しきれない不機嫌が混じっている。

 リベレーターは宵闇に沈みかけ、明白な武装の解除を行っていた。ガトリング砲の安全装置が作動して、薬室から未使用の弾薬が排莢されている。

「私も呼び出されたよ。門限だってさ」

 フェダラーは大鎌を持ち直すと、無造作に長大な柄を肩に担ぐ。

「どうせ同じ用件だろうけど、そっちのほうが大変そうだね」

 待機を命じていたスターバックが、言いつけに反して割り込んでくるほどだ。並の異常事態ではないし、大統領としての仕事は山積だろう。


 仄火は淡々と通信回線を切ると、大地を蹴って戦域を後にする。たった五歩で時速100キロを優に超えて、地震のように大地を揺らしながら爆走する。現状でフェダラーを動かす楽しみはなく、すぐにオートパイロットに操作を丸投げした。

 勝手に進んでいく手足から意識を逸らし、宵闇が迫り来る富士山を見上げる。夕映えの残照は残りもわずかで、薄闇の中に星が浮かんでいた。

 まずは情報の収集と解析をして、その上で自分が取るべき次の行動を決める。


     §


 太陽が没した夜の海原を、巨大な船影が静かに航行していた。ピークオッド号の外板は海に溶け込み、二色の航行灯だけが存在感を放っている。

 上甲板に位置するラウンジは、船上とは思えないほど非現実的だ。黒を基調にした幾何学的な空間に、格子模様の間接照明があしらわれている。

 寄木細工で作られた中央の床に、関東南部の立体地図が表示されていた。巨大なジオラマにしか見えないが、リアルタイムで現実を反映するホログラムだ。


 入浴を終えたばかりの仄火が、スウェットに着替えて入ってきた。甘酸っぱいザクロのような、サンタ・マリア・ノヴェッラの石鹸の匂いがする。

「結局、何が起きたの?」

 仄火がローソファへ身を沈めると、控えていたアイスマンが進み出た。繊細な湯気を立てるマイセンのカップを、恭しくサイドテーブルへと差し出す。柔らかな象牙色の陶器に、アッサムの深い赤褐色が満たされていた。

 仄火が紅茶に手を付けたとき、落ち着いたスターバックの声がかかった。

「分析の結果をご報告申し上げます。現時点では断片的な情報からの、推測が含まれますことを、なにとぞご容赦いただきたく存じます」

「いいよ。だいたいわかればいい」


 床のホログラムが滑らかに遷移して、東京都から房総半島の沖合を拡大する。夕刻に発生した爆発の拡散経路と、首都圏の被害シミュレーションが重なる。太平洋で炸裂したエネルギーの奔流が、円形の波となって東京にまで到達していた。

「爆心地は千葉沖の海上。戦略級の核兵器だと推定されます」

「……やっぱ核か」

「波形から推定される出力は、200キロトン級でございます。広島型の13倍の威力に相当する戦略核が、空中爆発により起爆いたしました」

 仄火は陶器のカップに口を寄せたまま、琥珀色の紅茶の向こうに浮かぶ光景を見つめる。千葉沖から富士山までを青空に変えるほどの発光は、地球上では核兵器くらいしか思いつかない。

 ホログラムがさらにズームアップして、爆心地の映像をレンダリングする。海面から立ち昇る巨大なキノコ雲が、まさに白い巨塔のようにそびえ立っていた。

 猛烈な熱上昇気流によって持ち上げられた雲塊が、高度1万2000メートルもの高みに達している。対流圏界面を軽々と突き破り、上端は成層圏まで突入していた。これほど途方もない質量と高度であれば、東京からでも肉眼で見えたはずだ。


「……ところでこの映像、どこから? やけにリアルだけど?」

「米軍の偵察衛星から拝借したものを、わたくしが再計算しております」

 造作もなく言ってのけたスターバックに、仄火は小さく嘆息する。軍事通信に無断侵入したことは、大統領には秘密にしておこう。米軍の機密通信が筒抜けだと知られたら、きっとセキュリティ担当者が過労死する。

 性能としてはさすがアメリカで、最新鋭の軍用光学センサーだけはある。水蒸気の乱れや噴煙のうねりまで、鮮明に捉えた極上のフルカラーだ。まさに天を突く神の指のように、綺麗すぎて鳥肌が立つほどである。

 成層圏に達した雲の頭頂部は、西日が強く当たって朱色に染まっていた。高度が下がるにしたがって暗くなり、海面付近は夜のダークブルーに沈んでいる。光によって陰影は強調されて、雲は絶えず変動して湧き上がっていた。地球の丸みによって地表が影に覆われていく中で、異様な立体感で夕空に白く浮かび上がっていた。


「被害状況はどうなってるの?」

「爆心地が離れておりましたため、陸地への被害は軽微でございます。熱線は大気により減衰し、爆風は沿岸部にも至らず、津波も防波堤で完封されます」

 ジオラマのようなホログラムに、物理減衰モデルが次々に重なる。構造物が損壊する限界線も、皮膚を炭化させるほどの熱線も届いていない。爆圧が引き起こす潮位の変動も、すべて陸地から離れた洋上で途切れていた。

「放射能は? 生活圏までくる?」

 仄火の問いに答えて、気象データが地図に表示される。高層気流と海水温度のグラデーションが、目まぐるしく動いて等高線を描き出した。

「空中爆発のため海底の泥は巻き上げられず、汚染水も黒潮の流れに乗って太平洋へと拡散いたします。また起爆時には強い西風が吹いておりましたため、放射能を含んだ水蒸気も、陸地とは逆方向へ飛散しております」

 威力が海底に届いていないため、泥の霧(ベースサージ)と呼ばれる現象は発生していない。汚染水は黒潮の奔流に飲まれて、太平洋の膨大な水量によって希釈されていく。また高空を吹いていた春の偏西風は、放射性物質を陸地とは真逆の方向へ飛ばしていた。

「……被害が少ない。出来過ぎだね」

「神のご加護か、あるいは計算ずくでございましょうか」

「狙ってやったとしたら、とんでもないね」


「しかしながら――」

 スターバックの声に続いて、ホログラムが今の現実を表示する。多数の偵察衛星がレンズを向けたため、それらを傍受している映像も緻密に変化していた。

 実戦では一度も使われていない、現代の核兵器が炸裂したのだ。各国の首脳がホットラインを飛ばし合い、偵察衛星が強引に軌道を変更する。第三次世界大戦の先駆けかと、世界中の諜報機関が泡を吹いて狂奔していた。

「高出力の電磁パルス(EMP)が、関東地方の南東部を直撃いたしました」

 それは戦略核の爆発に伴う、不可視の電磁波攻撃である。

 核爆発で放たれたガンマ線が、大気中の電子を弾き飛ばした。地磁気に沿って動いた無数の電子が、巨大な電磁パルスを一斉に放射する。これが送電線などを通じて過電流となり、接続された半導体を焼き切ったのだ。

 つまり多くの機械が壊れた。

 軍用艦であるピークオッド号には、もちろん保護シールドがある。自衛隊や政府中枢なども同様だが、攻撃を想定していない民間は壊滅的なはずだ。原子力発電所や日銀がかろうじて耐えたくらいで、病院や火力発電所はひとたまりもない。

 東京湾の沿岸部には、大きな火力発電所がいくつもある。首都圏の莫大な消費電力を支えるために、止めてはならない基幹インフラである。

 だが地図に表示された発電所は、すべて操業が停止してバツ印がついた。

「火力発電所がEMPで沈黙したことにより、電力の需給バランスが崩壊いたしました。各地の保護継電器が連鎖的に作動したことで、東京電力の送電網がドミノ倒しに脱落してございます。完全な広域大停電(ブラックアウト)でございます」

 東京都心は数千ものビル群や、高速道路が波打つ光の大動脈だ。しかし都心から千葉までの房総半島と、神奈川県の全域にかけて夜光が消えている。陸地が完全な闇へと落ちているせいで、東京湾との境目が見分けられないのだ。

 核の炎は免れても、東京は電力という生命線が止まった。水道やガスも動いていない可能性が高く、呼吸をできずに死のうとしている。

「……こりゃ東京は終わりかな」

「日本株の大暴落は不可避でございます。日本政府の舵取りに左右されはいたしますが、民衆のパニックも避けがたいものと存じます」

 EMPは人体には影響がないため、東京にいる陽織たちは無事だろう。だが最低限のライフラインすら壊滅した状態で、まともな日常など送れるはずもない。


 紅茶を飲み干した仄火は、ラウンジの窓ガラスへと歩み寄る。冷え切った海原には今は風もなく、さざ波に揺れながら静かに凪いでいた。

 本来であれば船の左舷には、沼津の市街地が光っているはずだ。だが伊豆に点在する集落や温泉街までも、墨汁を流したような暗黒に沈んでいる。数十万人が生きている都市が、タールのような駿河湾と融合したようだ。

 その代償として夜空には、皮肉なほど美しい満天の星が瞬いていた。街からの光害が消えたことで、天球は光る砂をぶちまけたように輝いている。影絵のような富士山がくっきりと見えるほどで、白銀色の天の川が一条の帯として流れていた。死に絶えようとする大都市と引き換えにした、太古の地球が持っていた夜の絶景である。


     §


 いつも冷静沈着なスターバックが、珍しく驚いたような声を出す。

「……おや?」

 寄木細工の床に展開されたホログラムの中で、電力の供給率を示す折れ線グラフが動いている。底に張り付いていたはずの赤いラインが、電気ショックを与えたように急激に跳ね上がっていた。

「どしたの?」

「電力の復旧が始まっております。こちらをご覧ください」

 衛星からの情報を反映しているジオラマも、リアルタイムでその様相が変化していた。暗闇に沈んでいた三次元地図へ、ぽつぽつと明かりが戻っている。

 最初は東京湾の埠頭に並ぶ、ガントリークレーンのナトリウムランプだ。続いて新宿や大手町の超高層ビル群で、赤い航空障害灯が一斉に明滅する。まるで都市の心臓が再起動したように、高速道路の街路灯も流れるように点灯する。

「EMPの直撃を受けましたものの、送電網の制御システムは生き残っていたようでございます。残っていた予備回線を、稼働させているように見受けられます」

「おかしくない?」

「ご明察でございます」

 送電網のような複雑なシステムは、気軽にオンオフができる仕組みではない。ブラックアウトからの復旧など、気が滅入るほど慎重な手順が必要だ。

 具体的には自家発電などのブラックスタートから始めて、発電機ごとの周波数や電圧を緻密に調整する。負荷の様子を見ながら、徐々に接続を増やしていくのだ。もし一つでも操作を誤れば、周波数が乱高下して即座に二次停電である。

 なのにホログラムのジオラマでは、電力の復旧は非常識なほど迅速である。川崎の沿岸部から徐々に光がともって、波紋のように千代田区まで広がっていく。


 その様子を例えるなら――すぐに直せるように壊した。

 あるいは発電施設がブラックアウトすることを織り込んで、復旧プログラムをあらかじめ用意してあった。

 まるで地獄の劇場(ショー)が開演したようである。

 一度は漆黒にまみれた東京が、舞台のスポットライトを浴びたように光で満たされていく。核爆発から大停電と続いて、速やかな再稼働はあまりにも作為的だ。


「電力は復旧したの? なら通信網は? ネットは動くの?」

「健在でございます。携帯電話の基地局および、データセンターへの送電が、最優先で行われております。さらに、不可解な現象が起きております」

 新たなホログラムとして、通信トラフィックを示すデータが浮かんだ。インターネットの状況を示す折れ線グラフが、ほとんど垂直に伸び上がっていく。

「通信キャリアの輻輳(ふくそう)制限が、強制的に解除されております」

「セーフティを外したってこと?」

「左様でございます。回線がパンクするリスクを度外視して、すべてのパケットを無理やり通しております。特に動画サイトへの帯域が、最優先で確保されているようでございます」

 小さなモニタリング・ウィンドウがポップアップすると、ネット上の阿鼻叫喚が次々と映し出された。

 SNSにはけたたましく通知が飛び交い、キー局はニュース速報を始めた。大手の動画配信プラットフォームはもちろん、ポルノサイトの生放送や、個人の分散型ストリーミングまで爆速だ。

 関東広域の視覚情報が、リアルタイムで垂れ流されている。通常であれば社会的に大きな事件が起きると、アクセスが集中して回線が麻痺してしまう。核爆発という未曾有の緊急事態にもかかわらず、過剰なまでの回線速度が維持されていた。


「……スマートフォンが動くのかよ」

 群衆はこぞって電子端末を掲げ、ネットの大海に映像を垂れ流している。ライブ配信者の青年は、立ち往生している渋谷の街並みを映し出す。千葉から見上げたキノコ雲の映像が、制御不能な勢いで世界中に拡散していた。

 通常の工学的常識であれば、EMPを浴びたらスマートフォンは壊れる。何らかの入念な手法を用いて、電磁波から保護したようである。

 仄火がすぐに思いつくのは、起爆の瞬間に端末を保護する仕組みだ。プログラムをあらかじめ仕込んでおいて、爆発の時間に合わせて電源を停止する。一時的に絶縁モードへ移行させれば、電磁波が通過した後の再起動で正常に稼働するはずだ。


 ホログラムを眺める仄火は、決定的な違和感にすぐに気づいた。住居の明かりはすでに戻っているのに、鉄道網だけがインクを流したように真っ黒である。

「ねえ、電車は?」

「停止したままでございます。輸送の運行管理システムのみが、復旧対象から除外されております」

「えげつな。私より性格悪いじゃん」

 鉄道のレールや大きな車体は、EMPの電磁波を効率よく吸ってしまう。意図的に保護していなければ、電車の電子回路など確実に融解する。

 さらに道路上も街灯がともっただけで、肝心の自動車が完全に止まっていた。電子制御を主体とした近年の車など、EMPの直撃を受けたらひとたまりもない。

 つまり交通網だけを確実に死滅させて、東京を巨大な檻に変えたのだ。


「……すっごいね。やり方が徹底してる」

 この劇場(ショー)を構築した意図が、急速に輪郭を帯び始めている。誰かが極めて明確な目的を見据えて、緻密な準備の末に実行したものだ。

 よくいる三流爆弾魔のように、起爆するしないといった、ダラダラとした駆け引きはやらない。初手の挨拶代わりに炸裂させて、力関係を思い知らせてきた。

 とんでもない度胸と資本力だ。

 仕掛けた犯人像はまだわからないが、次に打ってくる手なら見当がつく。もし日本へ攻撃をするのなら、都心で核爆発を起こせばよかった。あえて外洋を選んで被害を抑制した時点で、導き出される可能性はひとつしかない。

 脅迫だ。

 首謀者が何者であれ、暴力の使い方をよくわかっている。日本の国土やインフラを温存し、誰一人として殺害もしていない。堂々たるキノコ雲だけを見せつけて、逃れようのない熱の恐怖を刻み込んだ。

 日本国民のみならず、国家の中枢を恐慌のどん底に叩き込む。恐怖というハッタリだけを極大化して、物理的な後始末はすべて海と風に押し付けた。

 その悪魔的なまでの緻密さは、単なるテロリズムでは断じてあり得ない。


「もうこれ、次にやることはひとつだろ? 絶対にやる」

「犯行声明でございますね」

「ここまで丁寧にやるやつだよ? 知らんぷりのわけないじゃん」

 交通網が破綻しているため、帰宅難民となった都民は足を止める。安心を求めてスマートフォンを凝視すれば、不安をあおる情報ばかりが並んでいる。苛立ちに駆られて顔を上げた先には、けばけばしい街頭ビジョンが待ち構えている。

 停電を直した。

 電子端末が使える。

 交通網は止まった。

 ネットは快適である。

 これらすべての施策は、たったひとつの目的に向かって収束する。演劇(ショー)の幕が上がったら、役者が出てくるに決まっている。

 観客全員を特等席へと縛り付けて、初演の舞台挨拶を見てもらうためだ。


 空間に浮かぶホログラムの小画面に、一斉に砂嵐のようなノイズが走った。個人が行っていたライブ配信から、テレビの報道番組まで一緒くたである。次々に画面が切り替わって、まったく同一の男を映し出した。

 道化師である。

 顔面におしろいを塗りたくり、ド派手な原色のスーツに身を包んでいる。悪趣味なことに彼の背景には、核爆発のキノコ雲が合成されていた。

 道化師はカメラのレンズを見据えて、紅を引いた唇を三日月のように歪める。それから前説をする司会者のように、恭しいほど大仰に一礼をする。

「日本の皆様、こんばんは」

 やたらと粘りつく、神経を逆なでするような声だった。

「ボクゥの用意した夜景(ナイトビュー)は、楽しんでいただけましたぁか?」

 薄気味悪く微笑む。

「ボクゥは壊人鳥(かいじんちょう)。冷え切ったこの国を、少しだけ熱くしに来ましぃた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。