Scene エアコン完備の地獄
その轟音はもはや音ではなく、大気を直接揺さぶる振動だった。リベレーターが背負った二基のブースターが、プラズマの噴流を吐き出している。
ロッキード・マーティンの技術供与で開発されたブースターは、戦闘機のジェットエンジンそのものである。
35トンもの化け物機体が、笑ってしまうほど軽快に動き回っていた。翼がないので空は飛べないが、異常な加速はドラッグレースのジェットカーのようだ。
「ちょっとアレックス、逃げないでよ! もっと近くで殴り合おうよ!」
「生憎と淑女とのダンスは、慎重であるべきと教わっていてね!」
「ダンスなら男がリードしてよ!」
「心外だな! 距離を空けるのはガンマンとしての流儀である!」
「その装甲は飾りか!」
「我らの合衆国憲法には、白刃取りの作法は載っていない! 神は六日間で創世を行い、七日目には拳銃の手入れをされた! 愛を語り合うなら、まずは弾丸をぶち込むのがマナーである!」
近接戦に持ち込まれたら、フェダラーの優位は明白である。
遠くから蜂の巣にしたい大統領と、近づいて斬りたい仄火の駆け引きだ。
轟音を引き連れたリベレーターが通過するたびに、焼けたジェット燃料の臭気をまき散らす。右腕に50mm六連装ガトリング砲を構え直すと、凄まじい速度で後退しながら弾幕を浴びせていた。
六連装バレルが高速回転して、暴風雨のように無数の銃弾が吐き出される。まさに劣化ウランの豪雨であり、耳をつんざくほどの爆音だ。激しい銃火の光が夕闇に明滅して、必殺の死の雨が二機の間を隔てていた。
高速移動を維持するリベレーターは、AIによって姿勢制御の荒波を乗りこなす。片手で暴れる銃器の反動と、半ば飛んでいる機体の慣性をすり合わせる。超高温の青白い熱流が地面へ叩きつけられ、火山砂利を四方へと吹き飛ばす。推力偏向ノズルの角度を絶妙に調整しながら、リベレーターの転倒を抑え込んでいた。
縦横無尽なリベレーターの挙動は、疾走というよりも制御された落下である。わずか数秒で暴力的なまでに加速し、速度を保ったまま空中で向きを変える。
コクピットを満たすダイラタンシー流体が、即座に硬化することで大統領の肉体を保護していた。もし流体による相殺がなければ、とっくに内臓ごと破裂して死んでいるだろう。
50mm六連装ガトリング砲の発射速度は、秒間60発という凄まじいものだ。仄火のフェダラーにも装甲はあるが、50mmの威力なら当たれば貫通する。
移動する標的を撃つことを、銃器用語で偏差射撃という。弾の発射から着弾までに時間差があるため、素人が考えているよりも当たらない。しかしこの密度で数千発もばら撒けば、一発くらいは当たってもよさそうなものだ。
だがフェダラーは身軽に飛び跳ね、小動物のように地面に沈み込む。迫り来る弾丸と戯れるように、まるで軽やかにかわし続けていた。
不自然なほど命中しないことに、大統領はまだ気付いていなかった。
走り幅跳びのように空中を飛び、着地しながら火山性の黒土を削り取る。鮮やかに身を伏せて背後を振り返り、丘陵を盾にしながらガトリング砲を向けた。
だがトリガーを絞った大統領に返ったのは、空虚なモーターの回転音である。
弾切れ。
「砲身の温度が危険域に達しています。冷却してください」
六連装バレルが限界まで赤熱して、装填済みの弾薬は空になっていた。しかもAIからの警告まで重なり、これでリベレーターの主武装は使えない。
近接戦を主体とするフェダラーなら、この瞬間を待っていたかもしれない。
「……とでも思うか?」
しかし大統領は不敵に笑う。
リベレーターは高々と片腕を掲げると、天を指し示すように道を命ずる。
「追加をよこせ!」
大統領の命令に応えたのは、直上で待機していた輸送機である。高度3,000フィートの低空域から、C-17グローブマスターが急降下する。すでに後部ハッチは開放されており、無数のコンテナが空中にばら撒かれた。
しかも空中で細かく分解すると、槍のように細いものを放出する。無数の投げ槍のように地面に刺さったのは、予備のガトリング砲のバレルである。
ブースターを点火すると、リベレーターは星を追いかけるように加速する。噴き出すプラズマが空気を切り裂き、時速250キロメートルの砲弾と化した。
大地を削りながら片手を突くと、流れるようなドリフトで砲身をつかみ取る。
「は?」
およそ理解を拒絶する光景に、仄火の呆気にとられた声がした。
直後には事態を把握し、心底呆れたように絶叫する。
「バカだ! この大統領、本物のバカだ!」
「HAHAHAHAHAHA!」
仄火が固まるのも無理はない。
交換用の砲身を用意するだけならまだしも、それを空から補給するなど正気の沙汰ではない。アメリカらしい兵站力だが、効率もコストも度外視している。
設計者の悪乗りと、大統領の筋肉思想が生み出した、狂気の補給戦術である。
「どうだリトルガール! アメリカの胃袋は底なしだぞ!」
リベレーターは赤熱した砲身を落とすと、新品に交換して鋭く構え直す。宵闇が迫る空には無数のパラシュートが開き、巨大な弾薬ドラムとミサイルコンテナが次々と降下してくる。
「さあ、パーティの続きといこうじゃないか!」
展開した武装を確認するために、大統領の意識がわずかに逸れる。時間にして一秒に満たないほどだったが、視線を正面に戻した瞬間におぞけが走る。
目前にフェダラーがいた。
大統領の呼吸を完璧に読んで、意識の間隙を突いて一気に踏み込んできた。
「君はブルース・リーかね!」
「こんなの誰だってできるよ! みんな気づいていないだけ!」
死神の大鎌が上から迫り、袈裟懸けの軌道で斬り込んでくる。上体を逸らすことでからくも避けると、胸部装甲をかすめて火花が散った。
二機とも全身に装甲があるため、中途半端な攻撃では効果がない。攻略法のセオリーは甲冑組討と同様で、ひとつは高威力の攻撃で装甲ごと破壊する。もうひとつがレスリングの要領で、組み伏せてから装甲の隙間に刺突刃をねじ込む。
この間合いだと大統領はガトリング砲を使えず、仄火も加速度の乗った斬撃は放てない。双方とも必殺を封印されているが、そんなことは仄火なら百も承知だろう。近接戦を得意とするフェダラーには、全身甲冑を突破する切り札があるはずだ。
まとわりつく湿気のような不快感で、フェダラーは近傍を這い回っていた。常にリベレーターの背後に回り込み、滑らかな水銀のように淀みなく流動する。
エイハブの骨格は人体を模倣しているがゆえに、構えの外側を取られると対応に遅れが生じる。
格闘家のように巧妙に間合いを支配しながら、フェダラーは急所を狙った斬撃を絶えず放っていた。大鎌が股間を斬り上げ、蛇のように脇の下に潜り込む。センサーが集中している頭部を、不意打ちのように狙い澄ましてくる。
装甲のおかげで致命傷こそないが、体中を削る甲高い金属音はかんに障る。近距離は死神の独擅場で、大統領には付き合ってやる義理はない。だが逃げようと思った瞬間に退路をふさがれ、フェダラーの間合いに閉じ込められる。
フェダラーは流れる水のように、一瞬たりとも止まらずに撹乱する。膝関節で地面反力をもらうと、目を疑うような角度で急旋回する。防御一辺倒のリベレーターの周囲で、大鎌を振り回しながら狂おしく踊るようだ。
フェダラーを動かす有包炭素筋肉が、限界まで酷使されて発熱していた。内部に熱をためることができず、背中にある排熱機構が作動する。
背骨に沿って並ぶ排熱ダクトが、深海魚のエラのように生々しく開いた。蓄電池を兼ねる液体バッテリーが気化し、爆発的な勢いで水蒸気が噴き出す。逢魔が時に悪魔が現れたように、不定形の翼となって夕闇へと広がっていく。猛烈な輻射熱が陽炎のように西日を歪め、病院のような強烈な消毒液の臭いがした。
背後に際限なくたなびく濃密な白煙は、死神が羽織る純白の外套のようだ。
「ならば、致し方なし!」
間合いを外そうとしない仄火に、大統領は狂気じみた決断を下す。思考を読んだAIが警告を出すが、構わずに火器管制システムに指示を伝える。
リベレーターの全身に設けられた装甲ハッチが、魚の鱗が逆立つように一斉に開放された。蜂の巣のように密集していたのは、小型ミサイルの発射セル群である。
「肉を切らせて骨を断つ!」
「それ侍じゃん! ガンマンの流儀はどこ行ったんだよ!」
「時と場合によるな!」
張り付いているフェダラーに、ゼロ距離からの飽和攻撃を見舞う。安全距離を大幅に割っているため、リベレーターも熱鉄の嵐に巻き込まれるのは確実だ。
だがリベレーターの極厚の装甲であれば、多少の傷くらいなら耐えられる。少なくとも先に音を上げて大破するのは、より装甲の薄いフェダラーだ。
「我慢比べと行こうか!」
「バカたれー!」
数百も搭載された小型ミサイルが、推力を解き放って全弾発射される。
面制圧用のクラスター・スマートミサイルだ。
一発一発が独立したAIと推進機関を持ち、すべての弾頭がデータリンクをしながら飛翔する。空中で平然と曲がって敵を追尾する、空飛ぶピラニアの群れである。
おぞましいの一言である。
たった一歩。
フェダラーが動いたのは、斜め前方に踏み込んだだけである。たったそれだけの挙措で、仄火はこの密度のミサイルをすべてかわした。
まるでミサイルの弾道を事前に把握していたように、フェダラーの手足の隙間を完璧にすり抜けていく。近接信管の作動すら間に合わずに、背後を大きく通り過ぎてから紅蓮の花を咲かせた。
その頃にはフェダラーの移動は終わり、リベレーターを盾にする位置に回り込んでいる。連続爆発したミサイルの閃光で、大統領の視界が白く塗り潰される。衝撃波を浴びたリベレーターも大きく揺らぎ、装甲に無数の鉄片が衝突する音がした。
フェダラーの動きは悪夢だ。
紙一重などというレベルではない、まるで未来予知に等しい超能力だった。
不意に気付く。
電撃的に直感したことに愕然とし、驚異的なまでの科学力に戦慄が走る。
「そうか、わかったぞ! これが『三次元マトリクス』か!」
フェダラーの動きは魔法でも超能力でもない。
純然たる科学だ。
エイハブが標準搭載している三次元マトリクスとは、ただの高性能なレーダーではない。リベレーターにも積まれているが、大統領は今まで『背中が見える高性能カメラ』程度にしか思っていなかった。
三次元マトリクスの真価とは、表面的な五感の拡張などではない。
情報の統合による未来計算である。
センサーが捕捉したあらゆる物理現象を、AIが演算することで結果を予測する。物理で入力された力学は、秒単位の時間で激変するものではない。
計算量があまりに膨大なため、決定できる未来は数秒先が限度だ。しかし短時間の未来がわかるだけでも、白兵戦では無敵を意味する。つまり先ほどの仄火はミサイルの弾道を、発射される前から全弾把握していたのだ。
仄火は事あるごとに、「ガンダムに乗りたい」と言っていた。つまりガンダムに出てくるニュータイプの未来予知を、科学の力で無理やり実装してしまった。
『エイハブが一機あれば、千台の戦車を鉄くずにできる』
この話は企業の宣伝文句ではなく、ただ事実を述べているだけである。
「……化け物め」
大統領の口から、乾いた言葉が漏れた。
この驚異的な機体を作り上げ、超能力じみたシステムを構築したのが、まだ十三歳に過ぎない小娘だというのか。
神の寵愛を一身に受けた天賦の知性。
底知れない戦闘能力。
オーパーツを量産するような工学的大天才に、先進国の国家予算に匹敵する財力を与えてしまった。
これが『機械の魔王』とすら称される、アスフォデロスの死神だ。
世界を変える力があるのなら、自由に変えてしまってもいいはずだ。なぜなら力を持っていること自体が、暴虐を許された絶対的な証明なのだから。
『大いなる力には、大いなる責任が伴う』
西洋に古くからある格言だが、こんなものは典型的な弱者の理論である。強者に従属し、あるいは寄生しなければ、安心感を得られない民衆が、己の主君を善良という鎖で縛ろうとしただけだ。強者を騙して庇護してもらうために作った、弱者の言語トリックである。純粋な強者からすれば、力を抑える理由にはなっていない。
真の強者に責任などない。
弱者の理論である善悪、共感、義務を排し、自らの意志と力のみを至上の価値基準とする。この哲学こそが正しい意味で、自我を立脚した超人の在り方である。
極限まで肥大化した仄火のエゴには、有象無象の民衆が抗うすべはない。大統領のような大国の権力者ですら、地にひれ伏すことを余儀なくされる。なぜなら世界の根底にあるルールを、不可逆な形へと再定義してしまうからだ。
それこそがA-Hub計画。
これは戦争にエイハブを導入する計画ではない。
エイハブが活躍できる形に、戦争そのものを創り直す計画だ。戦争が文明の中心にある以上、世界を土台からひっくり返すことを意味する。
仄火は本気で世界を変革するつもりだし、実際に完遂できると確信している。エイハブという極限の暴力で、世界秩序を根こそぎ破壊するつもりだ。
『ガンダムに乗って遊びたい』
動機は極端に幼児的なのに、それを実現するための手段が極悪すぎる。パンドラの箱の意味を知っているのに、仄火は笑顔でこじ開けようとしている。手に負える今のうちに対処しないと、世界は本当に玩具箱になってしまう。
そして何よりも恐るべきは、常人とはかけ離れた精神性だ。仄火の行動原理には私怨も征服欲もなく、ただ純粋に自らの美学を世界に刻印することだけがある。
対話も更生も不可能だ。
その在り方はもはや人間ではなく、意志を持つ大災害や天変地異である。
大統領の手が届くあいだに、いずれ来る災厄を止めなければならない。
「危険だ、危険すぎる! 今ここで殺しておくのが正義だと思えるほどに!」
今ならまだ間に合う。
お互いに喉笛を噛み切れる、千載一遇のこの好機。今を逃してしまったら、おそらく同じ機会は二度とない。これほど絶好のチャンスをふいにしたら、仄火はまた分厚いベールに隠れてしまう。
もはや遊戯ではない。
久世仄火という怪物を、自分の手で確実に殺す。
いま死神の魂を滅することこそ、世界元首を自負する合衆国の責務である。
「死ぬがよい!」
大統領はあらん限りに叫び、リベレーターの全火力を向けた。
「最高じゃん! その気概こそ最強の王だよ!」
「地獄を作るつもりか、リトルガール!」
「あはははははははは!」
本気の殺意に感極まったように、狂気じみた仄火の哄笑が満ちる。
暮れなずむ空は寂寥を抱き、地平線には瑠璃色の闇がせまる。夕焼けは透明感のある諧調を描いて、黄金の天蓋のようにのしかかっていた。
冥府の霧のような白い翼をなびかせて、死の化身たる死神が大鎌を突きつける。気高い鷲のような解放者は、勇壮な戦士のように邪悪を迎え撃つ。
まるで西洋絵画のような黄昏の光景に、魔王の呪いが最悪の花を添える。
「世界は今だって地獄じゃん! 別の地獄に変えるだけ! でもどうせ作るなら、エアコンとWi-Fi完備の地獄にしようよ! 私がゲームマスターをやるからさ!」
「この死神がぁッ!」




