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グリムリーパー・パレード  作者: 水銀
Phase.04 マッシヴ・エグゼクティブ・オーダー

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23/35

Scene 義手とコーヒーと毒

 中学校にある機械工作部の立地は、校舎の西側にあたる三等地だ。校庭からの喧騒も遠くて、声は意味のある音にはならない。教師の目が届かないのを良いことに、直近は仄火たちのたまり場になっていた。


 仄火はオリーブグリーンのコンテナに腰掛け、手元のスマートフォンでゲームに没頭している。その傍らで奏は作業机に向かって、丁寧な手つきで精密ドライバーを回していた。

 奏が慣れた様子で分解しているのは、高度に機械化した右手の義手である。緻密な網目構造を持つ、黒いカーボンの骨格がむき出しだ。本物の人体とまったく同じ配置で、白い人工筋肉が貼りついている。

 同じ机に付いている陽織が、好奇心に満ちた眼差しを向けていた。取り外したパーツが整然と並んでいく様子を、邪魔をしないように静かに観察している。

「……雪ノ下君、これは?」

「友達の義手だよ。調子が悪いって言うから、メンテナンスを頼まれた」

 作業が止まったので聞く。

「できるの?」

「たぶん世界で一番詳しいよ。僕が設計したものだから」

「え」

「父に設計図を見せたら、いつの間にか会社の商品になってた」

「すごい」

「売るために作ったんじゃないんだけどね。報酬はもらったから良いけど」

 奏の家がやっている事業は、雪ノ下製作所という医療機械メーカーだ。とりわけ義手義足といった義肢装具の扱いは、国内では随一の専門家集団である。

 奏が分解している義手にしても、雪ノ下製作所で出している売り物だ。整備中なのでパーツに分かれているが、本来はオペラグローブのように二の腕まである。


 机に肘をついた陽織は、真面目な眼つきで覗き込む。

「……ところで雪ノ下君、とても大事なことを聞きたいのだけれど」

「なに? そんな改まって」

「女の子だよね? これの持ち主」

「……なんでわかるの?」

「そりゃねえ」

 脇に取り外した外装が置いてあるが、ローズゴールドの華やかな塗装なのだ。金属質でありながら宝石のような質感で、繊細な植物の意匠まで彫り込まれている。一般的な男性が好むデザインではないし、小ぶりのサイズ感からしても同年代だ。

「年齢は?」

「同い年というか、同じ学年だよ。他のクラスにいる」

「ああ、そういえば」

 陽織に面識はないが、義手の子がいるという噂は聞いた気がする。

「まさか恋人?」

「違う」

「どういう関係?」

「……幼馴染」

 奏が言った瞬間、陽織の相好がいやらしく歪んだ。

 体の一部ともいえる義手を預ける程度には、お互いに信頼感のある男女の幼馴染である。妄想がはかどる大好物を前にして、粘着質な関心が浮かび上がっていた。

「かわいい?」

「……まあ。前にモデルやったことがあるとか言ってたし」

「きゃー!」

 静寂に満ちていたプレハブに、女子の甲高い歓声が響き渡った。

 陽織が実に鬱陶しい感じになっている。

「お幸せに」

「……何でそうなるの?」

「邪魔はしないから。むしろ早く交際して? その方が見てて面白い」

「……女子ってどうしてみんな、そういう話が好きなの?」

 深いため息をつく。

 無責任な煽りなど無視して、奏は精密ドライバーを握り直す。陽織の中では二人の未来は決定したらしく、興味本位と野次馬根性で祝福するつもりらしい。


 一般的に義肢装具の外装は、大別して二種類に分けられる。

 ひとつは生身の肉体と見紛うほどに、本来の肌の質感を再現する。昨今のメタマテリアルシリコンの人工皮膚なら、外見からは判別できない偽物も作れる。

 もうひとつは金属や樹脂の質感をむき出しにして、機械の特徴を隠さずに誇示するものだ。奏の幼馴染は明らかにこちらで、見せつけているようにすら思える。機能的には無駄ともいえる彫刻装飾など、所有欲と満足感のために施されたものだ。

「雪ノ下君、この義手ってどうやって動いてるの?」

「興味があるの? 解説するけど?」

「私、将来はお医者様か看護師になりたいの」

「ならうちの家業にも関係するね」

 旧時代的なモーターや歯車など、近年の義肢装具では使われない。高弾性カーボンで作った軽量の骨格を、誘電エラストマーという人工筋肉で動かすのが主流だ。電源は空間グリッドからの無線給電と、構造体フッ化物イオン電池を併用している。

「練習するとピアノも弾けるよ。最近の義手は高性能だから」

「そんなに動くんだ」

「あとこの義手だったから、格闘技も出来るよ」

「壊れないの?」

「胴体にコルセットみたいな装備を付けて、そこにこの義手を接続するんだ。ものすごく頑丈に作ってあるから、腕力で殴ったくらいなら絶対に大丈夫」

 奏が自分の片耳を指さす。

 例のイヤーカフのような機械が、艶消しの黒で存在感を放っていた。

「これがパルスシンカー。脳波で機械を操作する道具。最初はこういう義手とかを動かすために開発されたもの。昔はもっと大きかったんだけど、うちのお父さんがすごい執念で小型化したの」

 人間が『指を動かそう』と考えると、脳から神経を伝って電気信号が流れる。パルスシンカーはその脳波を読み取って、電波に変換して義手に送っている。

「それでこれを応用すると、師匠がやってるみたいな機械の遠隔操作になる。テレパシーっぽく思考しただけで、触れなくても対応した機材が動くの」


     §


 奏が義手のメンテナンスを完了させると、椅子から立ち上がって伸びをした。作業机にはパーツが組み直されて、硬質ポリマー保護剤を塗り直した義手がある。メタリックなローズゴールドが、顔が映るほど艶やかに光っていた。

 シンクの水道で手を洗うと、ついでに電気ケトルに水をくむ。コンセントに繋いでからスイッチを入れると、部室にいる女の子たちに視線を巡らせた。

「師匠、お茶を淹れますけど飲みますか?」

「のむー」

「深山さんは?」

「あ、ごめんなさい。じゃあ、いただこうかしら」

 仄火が気の抜けた声で返事をして、陽織は恐縮したように肩をすくめた。

 奏は緑茶のティーバッグを出そうとして、専用の容器に手を伸ばした。しかし蓋を開けて確認すると、在庫が切れて空っぽである。

 だったらと別の戸棚をあさると、奥からガラス瓶を引き出した。

 隅っこに半ば隠してあったのは、退部した先輩が持ち込んだインスタントコーヒーである。かつてロボコンを目指して躍起になっていた頃に、先生には内緒で飲んでいた私物だ。好きにしていい物のため、遠慮なく飲んでしまうことにする。


 奏は不揃いのマグカップを用意すると、三人分のコーヒーを淹れた。さらに追加のガラス瓶を取り出すと、カップと一緒にトレイに載せる。

 女子に飲み物を差し出してから、奏は定位置に戻ってガラス瓶を開けた。ティースプーンにごく少量をすくい取り、自分のコーヒーに入れてかき混ぜる。黒い液体に速やかに溶けたのは、グラニュー糖に酷似した白い結晶だ。


 縁の欠けたカップを見つめて、仄火は不満そうに顔を曇らせた。

「コーヒー? あんまり好きじゃない。カフェオレにしないと飲めない」

「さすがに牛乳はありません」

「今度、部室に冷蔵庫を導入しといて」

「わかりました」

 仄火は試しに一口だけ飲むと、あからさまに顔をしかめた。インスタントの粗雑な苦みばかりで、どうしても美味しいとは思えないのだ。

 その様子を観察していた陽織が、得意げな表情で髪の毛をかき上げる。

「仄火ちゃんは子供ね」

「陽織は飲めるの? こんなまずいもの」

「私は大好き。家でも淹れるのよ」

 女子中学生としては珍しい趣味だが、陽織はかなりの美食家(グルメ)である。会社経営者の母親に連れ回されて、多数のレストランを経験してきた。舌も年齢に不相応なほど肥えていて、味覚の好みも大人びている。

「私、コーヒーにはこだわるのよ? 新宿に生の豆を売ってるお店があって、最近は自分で焙煎してるの」

 趣味人のこだわりを披露しながら、優雅な仕草でカップに口を付けた。

 陽織の表情がわずかに強張る。

「……苦い」

「自分だってお子様じゃん」

 仄火が笑う。

 本気で淹れた高級豆と、安物のインスタントでは勝手が違った。家庭やレストランで嗜む豆は、当然もっと透明感のある味がする。インスタントは別物と言っていいほどに、雑味と焦げたような臭さの塊だった。

 ここで廃棄しないのが陽織の育ちだが、不快感を誤魔化すために砂糖を探す。


 作業机で目に留まったのは、奏が使っていたガラス瓶だ。封入されている白い粉末は、外見上はどう見てもグラニュー糖である。

 しかも運悪く席を立っていた奏は、陽織の様子を見ていなかった。

 当然、卓上砂糖だと思い込んだ陽織は、一切の不審を抱くことなくガラス瓶の蓋を開ける。スプーンで白い粉末をすくうと、カップに投入してかきまぜた。金属のスプーンが陶器の表面に触れて、鈴のような軽やかな音色を立てる。

「では……」

 しかしカップを口に運んだ瞬間、陽織の顔色が激変した。

「ん!」

 期待していた砂糖の甘さなど一切なく、味蕾をむしばむほどに苦い。コーヒーの味では断じてないほどに、神経を破壊するような化学的な刺激だけがある。

 陽織は椅子を蹴るように立ち上がり、プレハブの隅にあるシンクへ駆け込む。一切の迷いなく吐き出すと、蛇口をひねって大量の水を流した。何度も激しく水を入れ替えて、しつこいほどうがいを繰り返す。

「なにあれ、酷い!」

 陽織が水を吐き出した後も、口内には薬物めいた不快感がある。舌の表面が軽く痺れているし、えずくほど気持ちの悪い苦みが消えない。

「深山さん!? どうしたの!?」

「雪ノ下君、あの砂糖みたいのなに!?」

 陽織が卓上のガラス瓶を指さすと、事態を直感した奏は狼狽する。

「え!? あれ飲んじゃったの? ダメだよ! 吐き出したよね?」

「うん」

「良かった。飲み込んでたら救急車だったよ」

 陽織が青ざめた顔で頷くと、奏は大きく安堵の息を漏らした。

 あの白い粉末はグラニュー糖ではなく、高純度のカフェインの結晶である。奏が眠気を追い払うために、有機溶剤を使って自分で抽出したものだ。


     §


 陽織が落ち着いたので自席に戻ると、奏はカップに口を付ける。陽織が一瞬で吐き出した黒い薬液を、何事もないかのように飲んでいた。

 信じられないものを見たように、陽織の目は大きく見開かれている。

「……それ味は?」

「最悪。苦いだけ」

「……毒じゃないの?」

「これは毒かな」

 あまりにも素っ気ない返答に、陽織の顔が引きつる。健康を害する可能性があると知りながら、摂取している意図を理解できない。

 奏は中毒の量を承知しているため、砂糖と勘違いした陽織よりは少量だ。それでもドリップコーヒーに換算すると、カフェインとしては10杯分を超えていた。奏の体格だと、過呼吸や猛烈な動悸、胃痛を引き起こす寸前である。

 薄い毒液(﹅﹅﹅﹅)なのを承知しているのに、水分補給のように飲んでいるのだ。

「僕は眠気覚ましにカフェインを取りたいだけで、別にコーヒーを飲みたいわけじゃないんだ。ただ溶媒として手ごろだから、コーヒーに入れているだけで」

 溶媒。

 大衆に愛されている嗜好品を、最悪の単語で表現したものだ。コーヒーに心血を注ぐ愛好家が聞いたら、ショックで天を仰ぎそうな物言いである。

「ごちそうさま」

 コーヒーの風味など失った毒液を、奏はまずそうな顔で飲み干した。

「えぇ……」

 異様な光景を目の当たりにした陽織には、深い困惑と拒絶の念しかない。食事に娯楽性を見出している彼女にとって、奏と分かり合える日は来そうになかった。


 仄火は二人の騒動を静観しつつ、インスタントをすすっていた。最近飲んだ別のコーヒーはもっと美味しかったのに、安価な粉末は尖った苦みばかりである。

「コーヒーと言えば、うちのパパがすごい好きなんだよね」

「ヴィクトルおじさま?」

「日本支社長ですか?」

「たぶん陽織よりも情熱的だよ。産地まで自分で買い付けに行くもん」

「それは大人の本気ですね」

「今度うちの会社で、珍しいコーヒーを売りに出すことになってさ」

 毒コーヒーから距離を取っていた陽織は、何気ない仄火の言葉に反応した。カフェインで痺れていた舌の違和感も、ある程度まで回復したようである。

「珍しい(﹅﹅﹅)コーヒーなの? 詳しく知りたい」

「興味がないから聞き流しちゃったけど、かなり貴重な豆だって言ってた」

「産地はわかる?」

「アフリカの『中央アフリカ共和国』っていうとこ」

「味は?」

「しっかりした感じ。同じ農園のチョコレートとペアリングするの」

「なにそれ素敵」

 同国を原産とするロブスタ豆の希少品種で、土地の住人だけで細々と消費されてきたものだ。濃厚なコクと深みがあるため、カプチーノなどとの相性が抜群である。近代農業を導入したことで、大規模な商業栽培に成功した。

 このたび『ヴィンケレ』というブランド名を冠して、ブラックアイアンの日本支社で輸出する運びとなった。

「パパがやたらと張り切っててさ、直轄の食品ブランドまで新設したの。あちこちで偉い人に会うたびに、トップダウンで売り込んでるみたい」

「……仄火ちゃん、その豆は手に入るの?」

「今のとこ一般流通はしてない」

「あら残念」

「でもこないだ日本支社で試飲した。まだ残ってるんじゃないかな?」

「行きましょう」

 陽織は即断即決を固めると、立ち上がって荷物をまとめた。力強い足取りで出て行こうとする背中を、仄火は慌てて追いすがってつかまえる。

「待って陽織。どこへ行くつもりなの?」

「おじさまの会社。ブラックアイアンの日本支社」

 無駄なほど高い行動力と決断力を発揮して、いつもの暴走が始まったのだ。

「午後の授業は?」

「そんなものは後回し」

「後に回さないで。今日の授業は今しかない」

「食事は命を繋ぐもの。ならいただく私も、命をかけるべきだと思うの」

「食に前のめり過ぎるよ。付いていけないから」

 とりあえず無断早退にならない程度には、陽織を翻意させたいところだ。

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