Scene 道化の都庁見学
東京都庁、第一本庁舎。
高さ243メートルを誇るツインタワーは、東京の中枢機関として重厚な存在感を放っている。同時に世界中から観光客が訪れる、東京でも有数の名所でもある。
「こちらが展望室へのエレベーターになります。足元にお気を付けください」
制服を着たツアーガイドが、旗を振って集団を誘導している。日常的な観光客の一段だが、最後尾に異彩を放つ男が混じっていた。
顔は歌舞伎役者のような厚化粧で、炎のように染めた赤毛が目に痛い。筋肉質な長身を包むのは、ド派手な蛍光色のダブルスーツだ。
『ああ、原宿あたりから流れてきた変な外国人か』
どう見ても不審者だが、周りの観光客は関わりたくないのか遠巻きである。現代人の乾いた無関心こそが、一目の多い街中での最高のカモフラージュだ。
「まるぅでコンクリートの墓標だ。重苦しくて息が詰まる」
壊人鳥は扇子で顔をあおぎながら、退屈そうにガイドの説明を聞き流す。ホールに向かう先頭が角を曲がったとき、実にさりげない歩調で行列から離れた。周囲の視線が完璧に途切れた瞬間に、誰にも気づかれずに離脱したのだ。
飛び切り目立つ風貌をしているのに、群衆の中ですら目撃者はいなかった。これは特殊な訓練を受けた者だけが持つ、スパイじみた空間把握の技術である。
事前に入手した設計図により、都庁の構造は記憶してきた。人けのない通路で扉の前に立ち、迷わずに四桁の暗所番号を入力する。偽造したカードキーを通せば、奥への通路があっさりと開いた。
無機質な灰色の階段を、軽い足取りで地下三階まで降りる。またも立ちふさがった扉を同じように解錠すると、蛍光灯に照らされた通路に出た。
リノリウムの床を踏みしめて、革靴の足音を鳴らしながら突き進む。ケチな泥棒のような振る舞いなど、最初からやる気は毛頭なかった。
通路の真ん中を堂々と歩いて、監視カメラも知っているのに気にしない。
「おい、お前! なぜこんな場所にいる!」
当然ながら警備員と鉢合わせして、壊人鳥の前方に立ちふさがった。まだ詰問の段階ではあるが、警棒に手をかけた臨戦態勢だ。こんなピエロのような男が歩いていれば、誰だって止めるに決まっている。
壊人鳥は満面の笑みで手を振った。
「やあ、ご苦労さぁま。ボクゥはただの迷子だよ」
「ふざけるな、身分証を……」
硬い表情で詰め寄ろうとしたとき、警備員の頭が不自然な角度に曲がる。乾いた音を立てて頸椎が折れると、糸が切れたように膝から崩れ落ちた。あまりにも無駄のない挙動で、常人では殺人には見えないほど自然だ。
警備員の周囲に人間はいない。
ただ空気が陽炎のように揺らいで、無音かつ透明なアイスマンがいるだけだ。
「優秀だ。文句ひとつ言わなぁい」
壊人鳥が感心していると、清掃用カートが勝手に走ってきた。透明化した別のアイスマンが、カートを押してやってきたのだ。80キロはありそうな男性が、念動力のように空中に浮かぶ。
カートに放り込んで蓋を閉めると、速やかに運び去っていった。壊人鳥はなにも指示していないのに、別のアイスマンが床をモップで拭き上げる。
わずか十秒。
体毛すら残さずに証拠を隠滅して、最初から何事も起きなかったようだ。
「……まったく、素晴らしい性能だ」
壊人鳥は微かに独白すると、アイスマンの印象を思い返す。猛烈な勢いで裏社会を塗り替えている、ブラックアイアン社の自律ドローンだ。
つい一年ほど前の話なのだが、裏社会に得体の知れない噂が流れた。
『あのブラックアイアン社が、等身大の人型戦闘ロボットを売りに出した。しかもべらぼうに強いらしい』
有名な軍需産業とはいえ、さすがに人型ロボットは飛ばし過ぎだ。噂だけなら歯牙にもかけなかったが、なんとブラックアイアン社から売り込みに来た。
胡散臭い小娘のセールストークが蘇る。
『どう? 安いでしょ? トマホークを一発撃つお値段で、アイスマンなら40機も買えちゃう。維持費はそこそこかかるけど、遺族年金と比べたらタダみたいなもんだし、壊れたら買い替えればいい。エコでしょ? お財布に』
お金には糸目をつけない主義なので、試しに60機ほど大人買いした。壊人鳥にとっては捨てても惜しくないくらいの感覚なのだが、これが大当たりだった。
アイスマンが等身大の人型なのは、兵器としての明確な理由がある。
『人間が扱える道具を、そっくりそのまま使える』
鍛えた成人男性と同等のサイズ感で、手足にはそれぞれ五本の指がある。特徴が人間とまったく同じだから、人間用のあらゆる道具を扱えるのだ。
ナイフや銃火器どころか、戦車や戦闘機の操縦も出来る。鉛筆で文字を書きパソコンのキーボードを打ち、シェフのような腕前で料理だって作ってしまう。近接戦にしても達人級だし、群体戦術で連携も完璧である。
新人を育成するための莫大なコスト――つまりは予算と手間など、アイスマンには最初から不要だ。梱包を開けたそのときから、全機がスペシャリストである。
そして何よりも素晴らしいのが、絶対的なまでの『倫理観の欠如』だ。
『金さえ払えば何でもやる』
裏社会にこのような人物は実在するし、壊人鳥も雇った経験がある。
しかし冷徹なプロであろうが、粗野な無頼漢であろうが、彼らは血の通った人間なのだ。常識ではありえない命令を下すと、どうしても戸惑うものなのである。
『小学校を爆破しろ』
『女子供を皆殺しにしろ』
最終的には命令に従うにしても、最初はかなりの抵抗感を示す。これは道徳の話ではなくて、より上位の生存本能に近い防衛反応だ。
最悪のケースだと正義感に目覚めて、命令を下した上官を殺害しかねない。戦争で指揮官の死因を調べると、『部下に殺された』は万年上位である。
しかしアイスマンは違う。
赤子を殺せと命じれば、電球を交換するような気軽さで首をねじ切る。罪悪感どころか殺意すらなく、躊躇することも反逆することもない。どれほど凄惨な汚い仕事を命令しようが、言われた瞬間に即座に実行する。
まさに忠実な道具であって、それでいてお値段は高級車で一台分だ。
安い。
安すぎる。
人間の常識など足蹴にしているし、価格破壊もいいところだ。政府軍から小金持ちのマフィアまで、こぞって買い求めているのも頷ける。
人間が人間を殺す時代は、ついに終焉を迎えるかも知れない。アイスマンという新兵器には、大変革を予感させるほどの性能があった。
思考を巡らせている間に、目指していた目的地に到着する。
『第三電源室』
セキュリティの都合で室名札を偽装しているが、都庁全体を管理するメインサーバーが置かれている部屋だ。防災装置からエレベーターの運行や、果てはトイレの流水まで制御している。
都庁の管理システムをエアギャップといって、内部だけで完全に独立した設計になっている。インターネットからはアクセスできないため、改竄するには本体に触れる必要があるのだ。
セキュリティレベルも一段上がって、ドアには虹彩認証が設置されている。
「壊したら警報が鳴るよぉね」
厳重な警備に苦笑すると、壊人鳥の顔に赤い光が走った。電子基板のような光の幾何学模様が、白粉を塗った顔面に浮かび上がったのだ。タトゥーシール型のパルスシンカーが、壊人鳥の思考を読み取って活性化している。
「これあんまり使いたくないけぇど」
近距離無線通信から割り込みをかけて、認証装置に不正侵入を仕掛けた。壊人鳥は指一本触れていないのに、暗証番号から電子キーまで次々に陥落していく。虹彩認証にも偽装データを流し込み、装置を騙してほどなく解錠した。
低温を維持されたサーバー室には、空調設備の音だけが響いている。所狭しと並ぶサーバーラックの明滅が、首都高を流れる東京の夜景のようだ。
壁際に設置された管理コンソールには目もくれず、照明が照らしている中央にまで進み出る。舞台に立つように静止すると、指揮者のように大仰に構えた。
「歌え」
脳内で組み上げた破壊の旋律が、パルスを媒介にして電子の海へと伝播する。指先は指揮棒のような円を描いて、オーケストラを従えるように舞い踊る。喜びと優雅に満ちた壊人鳥の指揮は、機械を操作する光景とは思えない。
管理コンソールの電源が、触れてもいないのに勝手に入る。表示されたのは通常の画面ではなく、BMCという管理用プロセッサを制御するものだ。飾り気のない黒い背景に、白い文字が高速で流れていく。スーツの懐にある小型コンピューターが、管理システムから全ての権限を奪っている。
壊人鳥の顔面から首筋にかけて、先ほどを倍する幾何学模様が浮かんでいた。皮膚の下を這う血管のように脈動し、赤い燐光を放ちながら浸食する。万華鏡のように精緻で美しく、しかし不吉な変貌を繰り返す魔法陣のようだ。
「……フィニッシュ」
紅を引いた唇を邪悪に歪めると、肌の輝きも静かに失われた。
画面には完了と表示され、自動で電源が落ちて沈黙する。数分前と何も変わらない光景が戻ったが、これで都庁の心臓部は壊人鳥に乗っ取られた。
「この城はボクゥのものだ」
インターネットから監視カメラにアクセスして、館内の様子をリアルタイムに覗き見できる。火災報知機を誤作動させて、隔壁を自在に降ろして退路を断つ。全ての電子錠を開け閉めして、エレベーターの停止も急降下も思いのままだ。
壊人鳥は満足げにきびすを返す。
「次は発電所とぉ、通信キャリアの基地局にもぉ、細工をしないとねぇ」
鼻歌交じりに帰路につく。
一世一代のショーを披露するには、まだまだやるべき準備は残っている。




