Scene A-Hub計画
『A-Hub計画』
正式名称であるArms-Hubの略称で、『A-Hub』と書いて『エイハブ』と読む。全ての兵器を繋ぐ、軸のような意味合いとして命名された。
アイスマンによって既存の武器を統合し、頂点にエイハブが君臨する構造だ。
仄火はコントローラーを放り投げると、クッションが音もなく受け止める。彼女はガラス越しの青空を見上げて、まるで脈絡がないと思えることを言い出した。
「私さ、ガンダムに乗りたいんだよね」
戸惑う。
「……は? ……ガンダム? 日本のロボットアニメのことか?」
予想外すぎる言葉に、ヴィクトルは言葉を失った。聞き間違いか、あるいは高度なブラックジョークか。
だが仄火は表情一つ変えず、さも当然の権利のように続ける。
「そう。そのガンダム。別にアーマードコアでもいいけど。あんなのが戦場を走っていたら、最高にカッコいいと思わない?」
「……まさかボス、そんな理由でエイハブを作ったのか?」
「え、ダメ?」
「ダメに決まっているだろう! 現実でアニメみたいなことを言うな!」
「現実……。現実ねえ……」
怒号を浴びせられても、仄火の心拍数はひとつとして上がらない。長椅子で気だるげに身じろぎすると、ヴィクトルへと視線を流した。
その目に、ゾッとした。
心胆まで透徹するような、絶対零度の温度感しかなかったからだ。
久世仄火という人物は、ここまで冷酷な瞳をする少女だったろうか。気楽に人を殺すような性格ではあるが、日頃からよく笑っている明るい印象だった。
いまの仄火にあるのは――。
年相応ともいえる無邪気なあどけなさと、瞳の深奥から漏れる静かな狂気だ。
「なら現実の話をしようか。……パパはさ、今の戦争は好き?」
「……好きなわけないだろう」
「だよね。私も嫌い。だってつまんないじゃん。ゴミ捨て場みたい」
どこの戦場も泥だらけで、兵士は糞尿まみれで泣き叫ぶ。地雷を踏んだら足が飛ぶし、馬鹿みたいに間抜けな理由で仲間が死ぬ。
ろくな訓練も受けていない子供に、錆びた自動小銃を持たせて突撃させる。8歳の女児が大人の気晴らしに犯されて、ただの気まぐれで銃殺される。命はティッシュペーパーよりも軽くて、どれだけ血を流しても戦線は膠着したまま。
「これがパパの好きな現実だよ」
現代戦争で最も人が死ぬ要因は、軍隊同士がぶつかる正面衝突ではない。
終わりの見えない内戦、散発的なテロ、それに伴う治安の崩壊だ。貧困国が安価な銃器を拡散させて、市街地に潜んで泥沼のゲリラ戦を展開する。自爆テロが市場で炸裂し、報復で村が焼かれ、無関係な民間人が巻き込まれて死んでいく。
近年は国家間の高強度紛争へと回帰気味ではあるが、これとて過去の様相を上書きするものではない。精密誘導兵器によるインフラ破壊は、かつてのゲリラ戦がもたらした治安崩壊を、より広域に、より効率的に再現しているだけだ。
そこには大義も、戦略も、美学もない。
ただ惨たらしく死体が積み上がるだけの、野方図で救いようのない地獄だ。
「……ねえパパ。『平和』って何だと思う?」
「戦争がないことか?」
「違う。それこそアニメだよ。そんなファンタジーは未来永劫こない」
仄火は即答し、冷ややかな吐息を漏らした。
「人間が人間という種である限り、戦争がなくなることは絶対にない。人類史が始まって以降、地球上から戦火が消えた日なんて、一日たりともないんだよ。二百万年以上もかけて無理だったんだから、この先になくなることもない。人類から闘争本能を奪ったら、速やかに滅びるだろうから、命の繁栄に必要なんだと思うよ」
まず『闘争』の原因を根本まで単純化するなら、人類が宿業として持っている発展への競争本能である。闘争とは生きるために持っている本能であり、戦争などその中にある一側面に過ぎない。
今日より明日を良くしようとしたら、いずれ必ず他者との衝突が起きる。この衝突自体は目的ではなくて、より良い未来を掴むためにぶつかるのだ。
重要なのは衝突が起きたときに、『どのルールを順守するか』である。『守ろうとするルールのレベル』によって、ただの口喧嘩から戦争までの幅が生じる。
ルールに縛られた社会の営みも、その底で脈打つ原始的な情動も、全て等しく人間という生き物の本質だ。
人は肌を重ねる恋慕の情を、あるいは子を慈しむ愛情を、至上の美徳として讃え続けている。甘い吐息や柔らかな肌には寛容であるくせに、どうして残虐な暴力を否定するのだ。
愛だろうが破壊だろうが、根源を同じくする大切な欲求である。他者を慈しむ心を受け入れるのであれば、他者を破壊する残酷な闘争心も認めるべきなのだ。
仄火は生きることを全肯定する。
命は泡のように軽いけれど、同時に幸せを求めることも否定しない。満ち足りた人生を送る人が素敵なように、血と暴力に満ちた殺戮も愛おしい。
肝要なのはその荒れ狂う情動を、野放しにしないことである。燃え盛る愛は身を焼くし、歯止めのない暴力は社会を脅かす。
この本能を飼いならすための鉄鎖こそが、平和を作るための手段なのだ。
仄火は白磁のような指を立てた。
「私の考える平和とはね、『世界から今よりも暴力の総量が減って、その暴力で生まれるはずだった死者が減ること』だよ」
「……言っている意味がわからない。暴力の総量が減る?」
「単純な引き算だよ」
仄火は指を二本立てて、ヴィクトルの目の前に突き出した。
「現代戦争で死ぬのはね、九割以上が『歩兵』と『巻き込まれた民間人』なの。だったらこの二つを、戦場という盤面から取り除いてしまえばいい」
「取り除く?」
「そう。そのために『アイスマン』を作ったの」
仄火が視線を巡らせると、壁際にはアイスマンが整列していた。電源が落ちているように微動だにせず、いることが分かっていても気配すら感じない。
「アイスマンは強いよ。ちょっと手が付けられないくらい強い。『最強の雑魚』になるように、私がそう設計したから」
コンピューターのシミュレーションでは、アイスマンの勝率は86.67%である。これは素人の民間ゲリラではなく、米軍の特殊部隊を相手にした数字だ。ろくな訓練も受けていない民間ゲリラなど、血袋に変えるだけのベルトコンベアである。
「だ、だが……、いくらアイスマンでも、撃てば壊れるだろ。強力な武器を使えば終わりじゃないのか?」
「終わらないよ。壊せるのは『見えている個体』だけ。確かにアイスマンは無敵じゃないよ。でも壊れていいの。人間が死ぬより、ずっと安いから」
「……安い?」
「交換比。兵士が死ぬのではなく、在庫が減るだけ」
アイスマンなら壊れても、回収して部品を再利用すればいい。人間だと手足を失ったら生えてこないが、アイスマンは工場でいくらでも継ぎ接ぎできる。
敵地に『潜る』のではなく、群れとして環境に『溶ける』のだ。熱源も反射も偽装できるし、通信量も少ないため露見しにくい。
「ゲリラも、テロリストも、少年兵も、人間である以上はまず勝てない。アイスマンの群れは、漏水みたいに静かに浸透して、気づいたときにはもう、兵士も家族も恋人も子供も全部が死んでる」
「……なんてことを」
「これで『泥沼の紛争』は消滅する。だって紛争を起こす主体を、物理的に消去しちゃうんだから」
仄火は事務的に虐殺を肯定した。
『皆殺しにして誰もいなくなれば、戦争をする人はいなくなるでしょ?』
確かに倫理の問題を無視すれば、『紛争の早期解決法』として最適解だ。生き残れるのはアイスマンを攻略できる大国や、強力な軍備を持つ大企業だけになる。
「でもこれだけじゃ足りない。アイスマンは戦車には勝てないから」
歩兵が相手なら無敵に近いアイスマンだが、戦車や榴弾砲が出てくると少々困ったことになる。戦車の砲撃や、重機関銃の弾幕を浴びれば砕け散る。どれほど強くても質量は人間サイズなので、物理法則として重兵器には劣るのだ。
「そこでエイハブは、最強の戦車キラーとして設計したの。現代戦争の主戦場は市街地だから、適応できるように圧倒的な三次元機動力と、戦車すら一撃で破壊できる攻撃力を持たせた。運用に条件はあるけど、市街地なら戦車でも圧倒できる」
「戦車に対抗するためか……」
「歩兵はアイスマンに勝てない。アイスマンは戦車に勝てない。戦車はエイハブに勝てない。ヒエラルキーが奇麗に整う。その結果、どの国でも『エイハブを配備しなければ、戦闘の土俵にも立てない』となる」
「……本当に戦車に負けないのか?」
「もちろん条件付きだよ。具体的には市街地と近い交戦距離。そして戦争で一番価値がある場所は、この二つの条件を必ず満たす。だから、敵の戦車もそこにいる」
語る仄火の瞳は、氷のように冷徹だった。
自らが考案した理論を披露しているのに、熱中や高揚といった感情は一切見当たらない。光の届かない深海のような、底無しの虚無だけが広がっていた。
……この瞳こそ、久世仄火という少女の二面性だ。
普段の人を食った振る舞いとは、真逆に位置する彼女の一側面である。浮かんでいた海面から音もなく沈んだように、ごくまれに冷たい深海から顔を出す。
病的なリアリスト。
冷酷なニヒリスト。
極限的な意味での平等論者。
年齢、性別、肌の色、地位や貧富、果ては尊厳、人権、命すらも等しく――。
価値はないと明言する。
「エイハブは高いよ。先進国でも海軍予算が消し飛ぶくらい、馬鹿みたいにお金がかかる。だから裕福な国しか買えないし、選ばれたエリートしか乗れない」
仄火は歌うように、残酷な事実を紡ぐ。
「計画通りに普及すれば、戦争はエイハブ同士の戦いで決着がつくようになる。中世の騎士の決闘みたいにね。そこには貧乏人が入り込む余地なんてない」
戦争がエイハブという、高価な駒を使った決闘に昇華される。財力によって戦争への参入障壁が高くなれば、それに関連する死者数も局限化される。
「パパ、この意味が分かる?」
「……続けてくれ」
「戦争の構造が変わるんだよ」
仄火に特定の国に対する愛国心など皆無だし、戦争の勝敗にも興味はない。国家の存亡すら流転する情勢の些事であって、戦争を無くしたいわけでもない。ただ現代戦争の在り方が気に入らないから、『仄火の趣味に合うように変えたい』のだ。
「私はね、『戦争の貴族化』をしたいの」
それは『アーサー王物語』や『ローランの歌』で語られた、騎士道物語のような理想の戦争である。吟遊詩人の詩でしかなった『美しい一騎打ち』を、科学と資本の力で無理やり実現しようとしている。
泥臭くて汚い現代戦争を否定して、金持ち同士が戦う華やかな決闘に変えたい。現代戦争のルールを根底から再定義して、中世にあった騎士道へと回帰させる。前提を丸ごと変えることで、戦争史を逆行させるのだ。
戦争は何万人も死ぬ総力戦から、少数のエリートが戦う局地戦へと変化する。洗練されたスペシャリスト同士が、国家の威信を背負って勇敢に戦う。勝敗がドライに決まるため、感情が排除されて遺恨も残りづらい。
逆説的ではあるが、最も血が流れず、最も死者が少ない、文明的な戦争だ。
「……かつての騎士道とは、それほど奇麗なものだったのか?」
「とんでもない。現実的なヨーロッパの戦争なら、今と変わらない泥沼だよ。だから私が再定義する。戦争を巨人の神話にするんだよ」
戦争を『誰もが死ぬ無秩序な泥沼』から、『最強の超人ばかりがルールに従って踊る、華やかな狂気のパレード』へ移行させるのだ。
「ここまで行ったら戦争じゃなくて、命を懸けた極限のスポーツか、もう芸術と言うべき領域になるはず。一騎当千が文字通りの意味を持つ戦場で、何もかもをぶっ壊しながら派手に戦う。絶対に楽しいよ。みんなも見たいよね?」
「いや、待ってくれ、お前はさっき、『戦争が嫌い』と言ったはずだ。さっきからの口ぶりだと、エイハブに乗って戦いたいんだろう? 矛盾しているぞ!」
「ちゃんと言葉を聞いてよ。私は『今の戦争が嫌い』って言ったんだよ。私は戦争そのものは好きだよ。だから自分で参加して踊りたいの」
「だ、だが。そんなことが実現できるのか?」
「不可能とは思わないよ」
人類の戦争史を俯瞰すると、『距離を伸ばしていく歴史』だと言っていい。
紀元前より戦争という営みは、肉体に付随して行うものだった。重装歩兵が正面から圧力を受け止めて、側面から騎馬隊が激突して敵を粉砕する。細部に用兵の違いはあれど、1900年までを要約すればおおむねこれだ。当時の戦争はまさに武勇を示す舞台であり、一騎当千と謳われた猛者が影響を及ぼすことさえあった。
しかしライフル銃の発達によって、英雄譚は次第に終焉していく。射程が飛躍的に伸びたことで、顔など見えない距離から撃つ時代になる。鍛錬を積み重ねた騎士の矜持を、新兵が放った一発の銃弾が打ち砕いた。弾避けになる塹壕が急発展して、兵士は地を這いながら戦うようになる。
そうして二十世紀に入ると、忌まわしき大量破壊兵器が産声を上げる。産業革命以降に出てきた広域破壊によって、戦線は広くて曖昧なものへと変わった。戦争は個人の力量を遥かに超えて、国家というシステム同士の激突になる。
そして現代はドローンの劇的な進化で、この力学すら変わりつつある。いまや顔の見えない戦争は高度に発達して、地球の裏側から遠隔で殺せる時代になった。
「ね? 戦争は変わるし、変えられるんだよ」
「……なんてことだ」
「すっごい夢のない話だけどさ、現代の戦場にいる存在で、一番弱いのって人間なんだよ。人間が足手まといになっているから、兵器は100%の性能を発揮できない。勝つための合理性だけで考えると、ガンダムなんて成立しないよ。無人化したほうが絶対に強いもん」
正味、戦争に勝つだけであれば、既存兵器の無人化が結論である。戦車や戦闘機などにオートパイロットを付けて、完全な自律駆動で動かせばいい。AIに状況判断を任せれば、電波的なジャミングも無意味だ。
この発想の延長線上に、『人型ロボットが操縦する』というアイスマンがいる。人間は最初に命令を下すだけで、現場での対応はAIの自律判断に丸投げだ。人間は戦闘に関与すらせず、まさに『顔の見えない戦争の終着点』である。
「たださ、これ面白くないんだよ。アイスマンは強くて便利だけど、あれマジで作業だからね? 自分で組んだエクセルのマクロを、ボケっと眺めてるのと同じ」
かつて人間が戦場の主役であった時代には、予測不可能なドラマと意志が確かに存在した。英雄たちは愛のために戦い、兵士は友のために涙を流した。
しかし現代戦争では勝利を遠ざける雑念でしかなく、生身の兵士は弱点とすら言えるほどの存在に成り下がっている。勝利を最適化すればするほど、戦場からは人間性が失われていく。
その反論できない正しい現実を前にして、仄火は時代に逆行しようとしている。戦争という巨大な遊戯盤を、A-Hub計画という新常識で塗り替えるつもりだ。
「単純にまとめると、私はエイハブでの派手な決闘がしたいだけ。でも今のままじゃ無理だから、先にルールを整備して、戦争を『貴族の遊戯』に作り変える」
「そして……」
「ルール整備のついでとして、ダラダラと続く泥沼の内戦が消えて、死者の数が劇的に減るなら……。それって『平和』と呼んでもいいんじゃない?」
仄火が支配者として君臨するのではない。
エイハブとアイスマンという兵器体系そのものが、世界から『無秩序な暴力』を奪い取るのだ。だからA-Hub計画――全ての兵器をひとつに統合する計画である。
「な、なら貧乏人はどうなる?」
仄火の語る計画は、確かに論理的には『平和の作り方』として成立している。だがその裏側にあるのは、おぞましいまでの選民思想だ。戦争を裕福な国家だけの特権として、貧困国には『テーブルに着く資格すらない』と門前払いしている。
これは事実上の、抵抗権の剥奪だ。
エイハブを買えない貧乏人は、戦う権利すら持てない。無造作にアイスマンを差し向けられ、事務的に処理されるだけのゴミに成り下がる。それは究極の格差社会であり、資本と暴力による絶対的な支配だ。
「……ディストピアそのものだ」
「ユートピアだよ。少なくとも先進国にとってはね」
ここで何よりも救いの無い事実がひとつ。
世界を支配する先進国には、仄火の提案を拒絶する理由がないことだ。エイハブを買える資金力がある国家にとっては、何一つ困ることがない。むしろ自国の兵士が死ぬリスクが最小化するため、政治的にも軍事的にもメリットばかりである。
「だって私の試算だと、戦死者が98%も減ったよ?」
仄火は無邪気に首を傾げた。
「戦争で死ぬ若者の数が劇的に減るんだよ? そんなの政治家も国民も、諸手を挙げて大喜びに決まってるじゃん」
「……そんなに上手くいくのか?」
「机上ではね。今も実証実験をやってる。推移は良好だよ」
「机上?」
「でも机上で良いんだよ。だって政治を決めるのは机上だもん。戦争が政治の一部である以上、机上は絶対に無視できない。現場の不確定要素なんて、政治家にはノイズなんだよ。欲しいのは真実じゃなくて、『方針を決められる数字』だから」
そう言って浮かべた笑顔は、ガラスケースを外から眺めている視線に似ていた。隔絶された上位次元から、下界を俯瞰する神の視座だ。
「そ、それは虐殺だ! 平和じゃない!」
「平和の定義は道徳では決まらない。決めるのは死者の数だよ。歴史で習う全ての平和は、『大量の死者が出た反省』か、『圧倒的な暴力による支配』のどちらか。人類は何度も対話で平和を作ろうとしたけど、全部が失敗してることに気づきなよ」
もうはっきりと明言してしまうが、人類は理想では平和を作れない。
不可能だと断言していい。
無数の指導者が友愛で世界を平和にしようとしたが、ひとつ残らず破綻した。
平和は恐怖でしか作れないのだ。
「だ、だが、それで出る結果に対して、ボスはどう責任を取るつもりだ?」
「あんまりセンスのないこと言わないで。パパに支配者の素養なんて期待してないけど、さすがにその台詞は凡人すぎるよ」
子供に聞かせるように言い含める。
「あのね、私は既存のルールを壊して、世界を再定義しようとしているの」
いわば人類史に新たな1ページを書くようなもので、このレベルの活動に責任などあるわけがない。異を唱える者など皆殺しにするだけだし、それを押し通せるほど強いからルールを作れるのだ。
「私は必要なら世界を平らげるし、人類を絶滅まで追い込むよ」
絶句した。
仄火は自らの欲望のためなら、文明を滅ぼしても構わないと言っている。
「ま、人類根絶なんてしないけど。遊び相手がいなくなるし」
ヴィクトルは沈黙をもって、肯定するしかなかった。
まずヴィクトルという人物は、仄火ほど戦争への造詣があるわけではない。だが論理が飛躍しているようでいて、結果を見れば不気味なほど整合性が取れている。
『アイスマンによる管理された死』
『エイハブによる極限の暴力』
二つをセットで提供することが、『今よりはましな平和』だと言っている。まさに狂気に達した知性だが、悪夢にも『最も理論的な救済』として成立している。
「いわゆるあれだよ、神は死んだ。だから私が新しい価値を創造する」
「……正義とは思えない」
「善悪の話なんかしてないよ。てか暴力に正義なんかあるわけないじゃん。強いて言うならこれは、勝者が正義の理論だよ。実に人類史に忠実でしょ?」
善と呼ぶにはあまりに傲慢で、悪と呼ぶにはあまりに機能的だ。善悪の彼岸を超えるほどの境地に立ち、常人の精神構造では到底たどり着けない発想である。
「く、狂ってる」
「だったら抵抗しなよ。私と戦争をしよう。皆殺しにしてあげる」
ただひとつだけ決定的に言えることは。
仄火の語る平和には、人間の尊厳や倫理、情緒といった心が欠落している。
いわば計算が完璧な――。
管理された地獄だ。
「これがA-Hub計画。私の戦争教義」
「……悪魔の理屈だ」
「私は死神だよ? 名前負けしないように、死の神として踊るだけだよ」




