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グリムリーパー・パレード  作者: 水銀
Phase.02 プレイ・デッド・ウェイク

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12/18

Scene 知性の祝福

 翌朝。

 あいにくの曇り空だが、仄火の胸中は期待に弾んでいた。深夜にスターバックから報告を受けて、楽しみで一時間も早く登校したくらいだ。

 昨夜の未明に学校に不審者が入り、ティムが捕縛に成功したという。どのような芸術的な成果を上げたのか、自分の目で確かめずにはいられなかった。

 地下駐車場から一階に上がると、すでに昇降口は異様な熱気に満ちている。中央階段がある玄関ホールに、生徒たちが黒山の人だかりを作っていた。制服姿の子供たちが吹き抜けを見上げ、潮騒のような喧騒が絶えず反響する。

 教師が規制線を張ろうとしているが、人数が少なくて焼け石に水でしかない。


「師匠!」

 仄火が遠巻きに眺めていたら、先に到着していた奏が駆け寄ってきた。見開かれた瞳は興奮しているが、同時に不安も垣間見える複雑な表情である。

「すごいです、あれ」

「上手くいった?」

「ええ、想像していた以上です」

 吹き抜けにある三階の手すりから、巨大なミノムシ(﹅﹅﹅﹅)がぶら下がっているのだ。高分子粘着繊維によって、全身を拘束された男である。

 無論――魔術師の成れの果てだ。

 頭だけはかろうじて自由だが、うつろな瞳に生気の光はない。口元は力なく半開きのまま、手足はときおり痙攣を繰り返していた。

 魔術師は生きてはいるが、精神の深い部分がどこかへ旅立っている。ティムの群れに追い回されて、ミリ波で尊厳まで焼却されたようだ。最後は糸で梱包されて階段から吊るされて、地獄のフルコースを味わった男の末路である。

「やったね。生け捕りじゃん」

 難易度の高い生け捕りを成功させて、仄火は満面の笑みでご満悦だ。設計したプログラムが上手く動いて、ハードウェアも完璧に実働した証拠である。


「もうすぐ警察と救急車が来るそうです」

 奏が報告すると同時に、人だかりの向こうから先生の怒声がした。

「久世! 雪ノ下! ちょっと来い!」

 黒いライダースジャケットの担任が、心底面倒そうに二人を呼んでいる。普段から無頼な雰囲気のある先生だが、今朝は輪をかけてやさぐれているようだ。

 仄火は小首をかしげる。

「……なんで先生、私の仕業だって知ってるの?」

 ティムは機械工作部で作ったものだし、警備システムの強化はブラックアイアン社の仕事である。仄火は名乗り出ていないし、先生が知っているはずがない。

 奏が気まずそうに視線を逸らす。

「あ、すみません。僕がさっき、全部話しちゃいました」

「アホ」

「ごめんなさい」

「黙ってればいいのに」

 奏は聞かれたから素直に答えたのか、あるいは成果を自慢したかっただけか。

 たぶんその両方だろう。

 嫌そうな先生の顔色を見る限り、事情聴取とお説教は確定したようだ。

「これもしかして、怒られる流れ?」

「おそらくは……。厳重注意は避けられないかと……」

「なんで?」

 奏が縮こまる横で、仄火は不思議そうな顔をした。

「誰も殺してないよ? 不法侵入者を無力化して、捕縛しただけ。警察の仕事を代行したんだから、むしろ感謝状をもらうべきじゃない?」

 確実に結果を出した。

 生徒に実害はなく、犯人は捕縛され、学校の治安は守られた。威力は最低限度に抑えたし、建物にも被害は出さず、犯人にすら大した怪我をさせなかった。電波法の出力制限に引っかかる可能性はあるが、こんなものは行政対応で終わる話だ。

「完璧すぎない? これ以上なにを求めるの?」

 仄火は大人が怒っている理由が、本心から理解できなていなかった。


「おはよう。何の騒ぎ?」

 登校してきた名も知らぬ女子生徒が、人だかりに不審な顔をしていた。みんなの視線を追って吹き抜けを見上げて、頭上にぶら下がる不審者を見てしまう。

 悲鳴。

 甲高い叫び声が上がったが、声色が明らかに恐怖によるものではない。ホラー映画のクライマックスを目撃したような、興奮と紙一重の歓声に近かった。

 教師たちは顔を真っ赤にして、撮影をするな、絶対にネットに上げるなと怒鳴り散らかしている。しかし反抗期の中学生が従うわけもなく、誰もがスマートフォンを構えて上を向いていた。

 悲鳴。怒声。笑い声。

 それは秩序を尊ぶはずの学び舎が、狂気のパレードへ変貌した瞬間だ。常人ならば目を覆いたくなるような、混乱の極みにある光景である。

 しかし仄火が見ている景色は、まったく別の意味合いを帯びていた。無垢な羊たちは見物人の気分で、紛れもなく暴力の結果を楽しんでいる。騒がしいのは平和である証拠で、無責任な軽薄さで魔術師を笑いものにしていた。

 ならば、これは秩序だ。

 正しく力が行使され、正しい結果を出した。美しい朝の風景に他ならない。


「やっぱ平和そのものじゃん」

 満足げに頷いた仄火は、自分も黒鉄色のスマートフォンを取り出した。朝日の角度は完璧で、吊るされた魔術師はタロットカードの絵柄のようだ。

「ほら、雪ノ下も」

 仄火は遠慮がちな奏の腕をつかむと、強引に自分の隣へと引き寄せた。

「え、あ、はい」

 奏は訳も分かっていないが、レンズを向けられたら条件反射で行動する。長年の習慣で引きつった笑みを浮かべ、完全に無意識でピースサインを作っていた。

「はい! にー!」

 奏が画角に収まったのを確認すると、仄火の指先が軽やかに画面をタップする。電子音がホールの喧騒を切り裂き、保存されたのは奇跡的な一枚だ。

 雲の合間から朝日が差し込み、ステンドグラスを光が透過している。魔術師は黄金の朝日に照らされ、埃が天使の羽根のように舞っていた。空中に吊るされた男を色とりどりに染め上げ、神々しいまでの色彩に照らし出している。幾重にも巻き付いた白い高分子繊維が、光を受けて真珠のように輝いていた。

 使命を果たせなかった男の姿は、十字架で張り付けにされた聖人のようだ。虚空を見るうつろな視線は、光の中に神を見出しているようである。魔術師の姿は現代アートのオブジェか、あるいは宗教画における殉教者のようですらあった。

 奏はあどけない笑顔でダブルピースを決めて、仄火に至っては得意満面の表情で笑っている。

「……奇麗」

 隣にいた男子生徒が呟き、キリスト教徒なのか十字を切る。祈りの対象を間違えてはいないかと、無神論者の仄火ですら心配になる光景だ。

 にぎわう群衆は歓声を上げて、教師たちは血管の切れそうな怒号を放つ。全てが完璧な構図を描いて、ここはいま世界で最もホットな映えスポットだ。SNSに投稿したら、万バズは確実に行く。

 生と死。喜怒哀楽。無邪気と狂気。信仰と無信仰。

 そして平和と暴力――。

 相反する要素がモザイク画のように乱立し、一枚の写真の中で成立している。子供たちの泡のように軽い態度が、善悪の彼岸をスキップしながら踏み越える。

 それはひたすらポップに色彩豊かで、底抜けに明るい地獄の光景だった。


     §


 職員室へ連行される途中、奏は一歩引いた位置から仄火を追いかけていた。

 担任の先生は疲れ切った様子で、億劫そうに仄火に説教をしている。だが仄火には何一つ届いておらず、立て板に水のように反論を繰り広げていた。

 実に仄火らしいリアリズムで、感情論を一切排した理屈の要塞である。事実と結果のみを徹底的に積み上げて、大人ですら反論できない鉄壁の理論構築だ。

『結果を出したのだから、怒られるのはおかしい』

 あまりにも純粋で――そして傲慢である。

 中学一年からは突き抜けすぎていて、周囲にいる同年代からは恐怖の対象になっても不思議はないほどだ。


 だが微塵も動じることのない仄火を見て、奏は純粋な感動を覚えていた。胸の奥が震えるような、強烈な憧憬を抱いたと言っても過言ではない。

 奏の処世術は自分を曲げて、周囲に合わせて生きていくものだ。生まれ持った突出するほどの知性は、彼にとって呪いの一種だったからである。

 自分らしさをむき出しにしたら、周囲にいる誰かが傷ついて泣いていた。素朴に正解を口にするだけで、教室の空気が凍り付いてしまう。友人の笑顔が引きつり、劣等感という刃物で傷つけてしまう。

 奏に悪意など微塵も無くとも、ただ自然に振舞うだけで周りを追い詰める。そんな生き方を続けていれば、遠からず孤独になると思ったのだ。

 だから奏は、自らに枷をはめた。

 知力を意図的に低下させて、無害で愛らしい子犬のように振舞った。正解が分かっているのに愚者の仮面をかぶって、必死に社会に溶け込もうと努力したのだ。


 ひるがえって仄火はどうだ。

 彼女は世界に合わそうなどと、露ほども考えていないのは明白である。圧倒的な結果を突きつけて、ルールそのものを暴力的に殴り飛ばしている。周囲など最初から見ておらず、累々と横たわる死体にも見向きもしない。

 仄火のエゴが世界を蹂躙して、奏を含めた有象無象は従うしかなくなる。暴風雨のような嵐になすすべもなく、吹き飛ばされないようにするのが精一杯だ。

 凄まじい、の一言である。

 既存の秩序を根こそぎに突き崩して、瓦礫の山頂で『これが私だ!』と仁王立ちしている。中学一年という若さで、ここまで傍若無人に振舞えるものなのか。

 その姿はあまりにも眩しくて、そして美しかった。


 仄火の堂々たる背中を見ていると、自分の処世術が酷く卑屈に思える。なぜ『能力をわざと下げる』なんて、馬鹿馬鹿しいことをしていたのだろう。

 誰かの機嫌を損ねないために、自分が我慢する必要がどこにあるのだ。自分で翼を折って泥まみれになることに、何の意味があるというのだ。仄火のようにただありのままに、才能を世界に叩きつけても良かったのではないか。


 このとき奏の中で、何かが音を立てて壊れた。

 それは彼を『普通の男の子』に繋ぎ止めていた、最後の理性のタガだったのかもしれない。奏はくだらない擬態をやめて、思うままに生きようと思ったのだ。

 仄火のように振舞っていいのなら、少しだけ見習ってみるのも悪くない。師匠の破天荒さにはとても及ばないけれど、たぶん奏もだいぶ変わった子供(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)だ。


 こうして少年は、少女の背中を追いかけた。

 この出会いは彼に多大な影響を及ぼして、人生すら変えるものになる。

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