11 ☆2
相手が闇の魔術を使ってくる輩なのであれば、こちらもそれに対する研究を行うのが常識である。なのに、よりによって闇の魔術に関する研究室に属する妖精全員が前線へ送られるとは、一体どうしたことだろう。
「闇の魔術を詳しく知る者がいなくなってもいいのかしら」
「変ですよね。親の敵じゃあるまいに」
その言葉にシャルロットははっとしたように顔を上げた。
「もしかして、闇の魔術研究室の妖精は敵?」
――強大な魔力を持つ魔王は、アカデミーに所属する妖精なのではないか?
何らかの理由により、アカデミーに敵対している、または敵対視されているということであれば、ぎこちないながらも説明はつく。例えば、アカデミー側にとって知られたくない秘密を知ってしまった、など。
「そうなると、アカデミーに裏切り者がいることを知られるのがまずいため、魔王というレッテルを貼り、妖精の敵として討とうとしていると?」
キリルもその仮説を検証しながらコーヒーをいれる。
「それだけじゃ、今回の騒ぎは説明がつかないわね」
「不可解な点は多いですが、魔王とやらの正体は分かるかもしれませんよ」
薄いコーヒーをコップに2つ注ぎ、片方をシャルロットに渡すと、彼女はお礼を言ってから啜った。苦みと酸味に渋い顔をした後、たまにはブラック以外のものみたいなと呟き、眠気を飛ばすように首を振る。
「図書館の地下で調べてみるわ。手分けしましょう」
図書館は1階から3階までの地上館と地下5階までの地下館に分かれる。地上館はアカデミーの研究生なら誰でも借りられる開架図書、地下館はいっさい貸し出しを禁じ、一定以上の資格を持つもののみが閲覧だけできる閉架図書を扱う。
現在、闇の魔術に関する資料がある地下4階は出入りが激しいものの、彼女が足を踏み入れたアカデミー職員及び学生の実績や成績が納められた地下2階は閑散としていた。
新しいものから順に、膨大なデータを引っ張り出してきては手がかりになりそうなものを探す。注目すべき点は、過去に死んだことになっていて、かつ優秀な成績の妖精。
ふと、焦げるような臭いが鼻をくすぐらせ、ぱっと机から距離をとる。その瞬間に階下から轟音とひどい振動が伝わってきた。焼け焦げるような臭いはどんどんひどくなり、部屋に充満していく。
何かが爆発したのだと分かったのは、地上と地下をつなぐ吹き抜けが騒がしくなり、けが人を搬送する声が聞こえてからであった。救護チームが上で待ちかまえ、滞りなく作業は進んでいる。ここで手を出すとかえって邪魔になってしまうだろう。
それだけ確認すると、彼女の頭の中は再び元に作業に集中しだす。魔王の正体を捜すという、その1点に。あまり見る者がいないせいか、あまり手垢が付いていないデータを掘り起こしていくと、1ページだけ手垢がついて汚れたページが現れた。
「この人」
闇の魔術専門。主に禁呪を解く研究でいくつかの論文を書いている。
とある森へ採取へ出かけたまま戻らぬ人となってしまったと別の資料にはあるが、一体何のために行方不明になったのかも分からない。なのに、次の日の記録には彼が死亡したことになっていた。
――ジークハルト・ベッケンバウアー。
姿絵については白黒の記録しかないため、色は分からないが、外見はひょろりとした背の高い、さわやかな青年に見える。この妖精が何故魔王と呼ばれ、なんのためにアカデミーに対立しているのか……それは分からない。
ただ、いくつかの裏付け資料により、この青年が鍵を握っている可能性は高かった。
彼は何者なのだろう。
それを突き止めることは、知ってはならない結論にたどり着くことになるのかもしれない。けれど、もしもアカデミーの妖精が何らかの事情で魔王を名乗っているならば、この争いに終止符を打てるかもしれない。
――たとえ、それがアカデミーの意に染まらない結果になろうとも。
ゆっくり本を閉じると埃が落ちて白くなった机から、パラパラと木片が落ちた。ランプしかつけていない暗い部屋に細い光の筋が差し込み、ふと、そちらに目をやると大きく息を弾ませた助手が立っていた。
「シャルロット様。ご無事でしたか」
「……? 何が?」
彼女がきょとんとすると、眉間にしわを寄せてキリルはあの爆音が聞こえませんでしたか?と詰め寄る。
「地下4階の爆発のせいで、1階の床まで抜け落ちた部分もあったんですよ。私の隣の本棚もひどい倒れ方をしましたし」
とため息をついた。
「ああ、揺れたなぁと思ったのだけれど」
「シャルロット様の指定席は大概入口付近ですからビックリして飛んできました」
どうやら真面目な助手は酷く心配をしたらしい。
「ごめんね。この辺は大丈夫そうだったから。それより貴方こそ大丈夫だったの?
ところどころ擦りむいているみたいだけど……って、ちょっと!。背中!。血がにじんでるじゃない」
薄暗くて気がつかなかったが、目を凝らせばシャツから滲んだ黒い色がのぞいていていた。
慌てて止血効果のある薬草を取り出すと、彼は「これくらいなら大丈夫です」と固辞する。いまこのご時世では薬草といえど貴重品だ。
しかし、だからといって必要な時に使わないのはもっと馬鹿だ。
「私も、シャルロット様の助手やってるくらい優秀なんですから、自分の体のことくらいちゃんと分かってますよ。
それよりも、このあたりも崩れる可能性があります。私もいくつか資料を持ち出してきました。無事ならめぼしい資料を安全な東閲覧室へ運んでください。
その間に私は上で包帯をもらってきます」
引き止めるほうが私の処置が遅れるんですよ、とキリルが言外に伝えると、シャルロットは分かったという風に頷く。
「無理はしないでね」
「わかってますよ」
「本当に本当に傷はたいしたこと無いのね?」
「そうですよ。そんなことより、早く」
「うん」
背中を押され、手早く机の上に広げられた資料を積み上げ、彼女は小脇に抱えた。どこかの天井が亀裂に耐えかねて落ちたのか、またひどい揺れが襲う。
「では上で会いましょう」
「じゃあ」
一瞬こちらを振り返った後、走っていくシャルロットを見て、キリルは安堵のため息を吐きながら壁にもたれた。
「……ふう。あの方は変わらないな」
背中から流れ落ちる血が床を汚す。痛みというよりも痺れが勝る状態なのが救いだろうか、と考えて、それよりもあの方が事故に巻き込まれなくて良かったと微笑む。
これで、『その後、キリルが地下から出てくることはありませんでした』という落ちがつけば、きっと激しく怒られるのだろうなぁと彼は考え、ヨロヨロと階段へ向かった。




